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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・外伝

夏虫外伝~失われた師走・其の壹

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 木枯らしが横浜の街中を吹き抜け、建付の悪い勝手口の扉をカタカタと鳴らしてゆく。その音を何とはなしに聞きながら、沖田総司は疲れて帰ってくるであろう内縁の妻・小夜のために夕餉の支度をしていた。

 決戦の地・函館を命からがら逃げ出して丸三年、世間はすっかり明治という新しい時代に染まっていた。沖田と小夜が潜伏している横浜の街にはガス灯が灯り、髷を結っている者もだいぶ少なくなってきている。そもそも沖田本人も短めのザンギリだ。
 だが変化は街や人々の見目だけではない。戊辰戦争で捕縛され、謹慎を余儀なくされていた新選組の同志達もぽつり、ぽつりと釈放されたとこの前読んだ新聞にも書かれていた。だが、その扱いは極めて小さかった。新政府にとっても、人々にとっても、もはや新選組は過去の遺物なのかもしれない。

「尤も、近藤勇も土方歳三もあの世に旅立ってしまいましたからねぇ。生き残りなんて新選組の抜け殻みたいなものなんでしょう、新政府にとって」

 鍋に切り刻んだ大根を入れながら沖田は自嘲気味な独り言を呟く。否、この世にいないのは彼らだけではない。自分達の手で粛清した芹沢に始まり、新選組の幹部の殆ど――――――井上に原田、山崎に伊東、藤堂、そして沖田本人も『死んだこと』になっているのだ。さすがに本名を名乗ることはままならないので、時と場合によって『井上宗次郎』や『藤堂平助』の偽名を使っているが、そのうち本名を名乗れる日が来るようになるのかもしれない。そして、事情により今は別れて暮らしている義理の娘・佳代にも、その事を話せる日が来るのだろう。
 
「そういえば佳代も年が明けたら五歳ですか・・・・・・帯揚もあっという間なのかなぁ」

 佳代の名前を呟くと、沖田の胸は締め付けられた。佳代は沖田の実の娘ではない。幕臣になるのと引き換えに別れることになった小夜と御陵衛士として新選組から離脱した藤堂平助との間に出来た子である。
 だが、佳代が生まれたその場所に立ち会っていたのは沖田であったし、明治新政府の目を盗んでは会いに出向いているのも沖田である。生活のため女医者の仕事をしている小夜よりもむしろ会いに行っている数は多いかもしれない。
 それだけに情が湧いてしまうのも自然の成り行きだろう。沖田が恋敵である藤堂平助の名を名乗っているのも、藤堂と小夜の関係を知っている高台寺党の残党からその事が漏れても言い逃れができるようにとの苦肉の策である。いつか佳代が大人になり、どんな事情も受け入れられるようになったら、沖田も自分の本名を佳代に告げる事ができるのかもしれない。

「小夜も年内は忙しいだろうから、年が明けたら一緒に佳代に会いに行きましょうかね。しかし小夜のやつ、遅いなぁ」

 既に味噌汁と惣菜が出来上がってしまった。今日は野毛山の山科医師に代わって花街の娼妓達の診察に行っている。お産と違って時間の目処はだいたい立つし、そろそろ帰ってくるはずなのだが・・・・・・と思ったその時である。

「そ、総司はん!大変や!師走が・・・・・師走が無くなってしまうんやて!」

 ばん!と乱暴に玄関の戸が開く音がしたのと同時に、小夜の動揺した声が飛び込んできた。



 小夜は被差別民の出ではあるが、京女らしく普段は羽目をはずす事は一切しない。そんな小夜が肩で息をしながら家の中に飛び込んできたのだ。その手にはくしゃくしゃに握りしめられた読売が握られている。これほど小夜が取り乱すには相当の理由があるに違いない。そう瞬時に判断した沖田は、わざとのんびりした声音で小夜に語りかけた。

「何ですか、小夜。そんな慌てなくてもご飯は逃げませんから・・・・・・」

 だが、沖田の思惑とは裏腹に、小夜は眦を吊り上げつつ沖田ににじり寄る。

「何呑気なことを言うてはりますの!こんなん出されたら、のんびり構えていられまへんえ?まずはこれを見はってください、総司はん!」

 珍しく声を荒らげながら小夜が、手に握りしめた読売を沖田に突きつけた。その皺だらけの文面を読み進める内に、沖田の表情も険しくなっていく。

「・・・・・十二月一日、二日をそれぞれ十一月三十日、三十一日にしてその後、西洋の暦に変更するって・・・・・何ですか、これ!」

 それは新政府によって出された暦の変更――――――従来の太陰太陽暦を廃して翌年から太陽暦を採用する旨の布告を知らせたものだった。



 その布告が庶民に知らされたのは明治5年11月23日の事だった。太政官布告第359号において『来ル十二月朔日二日ノ両日今十一月卅日卅一日ト被定候』(12月1日および2日を11月30日および31日と定めた)とされたのである。だが、さすがに12月を丸々無くすことに罪悪感でも感じたのか、この布告は翌24日付け太政官達書で取り消され、12月2日まで旧来の暦通りとなったのだが、その情報が広く行き渡る前に一番最初に出された布告は広がりを見せ、横浜にも届いたというわけである。

「ひと月増えることはままありますけど、まるまる一ヶ月無くなってしまうなんて」

 沖田は前髪をかきあげながら唇を尖らせる。戊辰戦争の頃は珍しかったザンギリも、明治五年の今では決して珍しいものではない。その他の西洋化もどんどん進む中、そのうち暦も西洋暦に変更されるだろうと漠然と思っていたが、まさかこんな早く変更されるとは想像さえしていなかった。

「どないしまひょ、お正月の準備・・・・・・」

 ようやく落ち着きを取り戻した小夜が、泣き出しそうな表情で沖田に尋ねる。あと数日で新年になるというのに、餅や正月飾りの準備は勿論、煤払いさえしていないのだ。泣き出したくなるのも無理は無い。

「あなたが心配することはありませんよ、小夜」

 小夜に心配をかけまいとするかの如く沖田は屈託のない笑顔を小夜に見せ、皺くちゃの読売を丁寧に畳む。

「お正月の準備が出来ないのは私達だけじゃありませんでしょうし。皆で出来なければ後ろ指を指されることはありませんよ」

 その一言に小夜は切れ長の目を大きく見開き、次の瞬間がっくりと肩を落とす。

「総司はんに聞いたのが間違いやった・・・・・・もう少し真剣に考えはってください!」

 あまりにも呑気過ぎる内縁の良人の言葉に、小夜は軽い絶望を覚えた。だが、いつまでも悩んでいる訳にはいかない。この時既に世の中は沖田や小夜の想像以上の混乱に陥っていたのである。



UP DATE 2013.12.7

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今月は暫し本編を離れ、潜伏生活3年目の出来事の話を書かせていただきました♪
簡単な設定としては総司=新政府の目があるため外で働くことはままならず、家の中のこと一切合切を取り仕切る(というと聞こえはいいけど、いわば『ヒモ』^^;)小夜=医療技術があるのを幸い(もぐりだけど)医者として生活費を稼いでいる。特に横浜娼婦は近隣の被差別民の出の娘が多かったので、むしろ小夜の身分が役だっている、となっております。
(『鹿鳴草楼夢』を書く際、横浜の花街について調べたんですが、外国人相手ということで普通の庶民の娘のなり手がおらず、半ば強引に被差別民の娘たちを引っ張り出してきたらしい・・・)

そんな生活を送っている二人に突如襲ってきたのは明治の改暦です。今まで使っていた暦から西洋暦に変わるというだけでも大変なのに、庶民に知らされたのは約10日前!しかもこれはあくまでも東京の話であって、地方への伝達はさらに遅く、辺鄙な場所では改暦2,3日前に知らせが届いたという話も・・・orzいかに当時の新政府がいきあたりばったりだったかよく判ります。現代もあまり変わらないような気がしますが(^_^;)

取り敢えず、餅や正月飾り以外困ったことはなさそうな総司夫婦ですが、世の中はそうは行かないようで・・・次回はそんな世間の様子を中心に書けたらな~と思います。
(あと外伝なので多少色っぽいシーンも書けたら・・・管理人のスケジュール&話の展開によって一話ごとの長さにかなりばらつきが出ると思われますのでご了承ください><)

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