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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・外伝

夏虫外伝~失われた師走・其の貳

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 小夜が改暦の知らせが書かれた読売を持ってきた次の日、沖田は野菜を買いに珍しく吉田橋の方へ向かっていた。戊辰戦争が終結して三年以上経過し、新政府軍の幕府軍残党狩りも下火になっているとはいえ沖田は元・新選組幹部だった男である。できれば人目を避けたいところだが、そうも言っていられない事情があった。

「こんなことになるんだったら昨日作兵衛さんが来てくれた時に買っておくんだったな、お米と里芋」

 沖田はいつも日野からやってくる行商の作兵衛から米屋野菜を購入していた。しかし毎日顔を出してくれる作兵衛が、今日に限ってなかなかやってこないのである。しかも具合の悪いことに野菜も米も底をつきかけていた。
 元新選組隊士として役人の目は気になるが、背に腹は代えられない。仕方なしに沖田は市場がある吉田橋の方へと向かったのだが、そこで思わぬものを目にした。

「暦の回収ぅ~!暦を回収するよぉ~!買っちまった奴は払い戻しをするから持ってきておくれ~!!」

 暦売が声を張り上げ、暦の回収を呼びかけていたのである。だが、払い戻しをすると言っているにも拘わらず、人々はなかなか集まっていないようだ。そんな暦売に興味を惹かれて沖田は暦売の方へ近づいていった。

「暦屋さん、塩梅は如何ですか?というか、暦を売るならともかく回収するって・・・・・・」

 興味半分に沖田が覗きこむが、暦売は泣き出しそうな顔を沖田に向ける。

「どうもこうもありゃしねぇ。商売上がったりだよ!お上に冥加金を払った直後に改暦なんて・・・・・・最初に刷った暦は紙くず同然さ!」

 暦売は周囲を気にしつつ沖田に愚痴を零した。暦の販売権をもつ弘暦者は例年十月一日に翌年の暦の販売を始めており、この年もすでに翌年の暦が発売されていた。しかし急な改暦により従来の暦は返本を余儀なくされた上に、急遽新しい暦を作ることになり、弘暦者は甚大な損害を蒙ることになったのである。

「大変ですねぇ。まさかこんなことになるなんて」

「ああ、本当に。しかし俺達もだが、他の奴らもかなり大変みたいだぜ。何せ事始めと歳暮と煤払いを同時にやらなきゃならねぇからな・・・・・・そうそう、さっき市場でもおかみさん連中が殺気立って野菜にたかっていたぜ。というかやってきた行商達も半ば奪われるように野菜をふんだくられていたっけ」

「え・・・それ、本当ですか?」

 暦売の思わぬ言葉に、沖田の顔から血の気が引いた。



 吉田橋は元々関所が設置されていた場所だけあって今でも関外からやってくる行商や露天売が多く店を構えている。その吉田橋近くの市場へ到着した沖田は小さな溜息を吐いた。
 さっき暦売が言ったように家庭を預かる女達が先を争って僅かな野菜やもち米、その他正月用品を奪い合うように買っているのだ。その光景は既に恐慌状態に陥っていると言っていいだろう。店を構えている露天だけでなく吉田橋を渡ってくる行商を見かけた途端、そこに女達が群がり先を争って野菜などを買って行ってしまうのである。これでは作兵衛も来ることは出来なかっただろう。

「参ったなぁ・・・・・・一番期待できる市場がこれじゃあ」

 あまりにひどい騒動になってしまっているので警察が出動し、女達を静止しようとしていた。しかし逆に女達に『余計なことをするな、暦を変えたのはお上だろう!』と怒鳴られ、若い巡査などは涙目になっている。

(あ~あ、気の毒に。確かに不逞浪士より怖そうですしねぇ)

 刀でのやり取りなら自信はあるが、口喧嘩は正直苦手である。そんな騒動に巻き込まれる必要のない立場にいることの幸せを噛み締めつつ、ぼんやり騒動を見ていた沖田に巡査の一人が声をかけてきた。

「貴様、こんな昼日中から何をしている!」

 年の頃は沖田と同じ三十歳前後だろうか。確かにこんな時間に働きもしない男は不審がられても仕方がない。沖田は苦笑いを浮かべつつ巡査に答えた。

「すみません、ちょっと妻が寝込んでしまって・・・・・・しかも米も野菜も尽きかけているのに行商さんが来てくれないんですよ。仕方なしに仕事を休んで市場に買い出しに来たんですが何なんですか、この騒動」

 勿論『仕事を休んだ』とか『妻の病』とかは嘘である。だが、本当のことをいう必要もないと沖田は適当に理由を述べた。すると巡査は同情したようにちらりと市場の方に視線を投げかける。

「そりゃ気の毒だな。行商が来ないんじゃあ仕方ないか。というか、行商も得意先を回りたくても回れないというのが正直なところだな。まぁ、もち米と小松菜、あと南瓜も諦めろ」

 口髭を指で整えつつ、巡査は小さく溜息を吐く。

「・・・・・・もしかして、冬至かぼちゃもまとめてやってしまおうって事ですか?」

「おなごは甘い物が好きだから譲れないんだろうよ。本官はあまり得意ではないが、妻や母が南瓜好きで毎食山のように南瓜の煮付けを出されては辟易しておる」

「それはそれは・・・・・・確かに苦手な甘い物が大量に出されるのは勘弁して欲しいですよね」

 巡査に同情しつつ、沖田はふと新選組にいた島田魁のことを思い出した。毎年島田が作る『島田汁粉』は糸をひくくらい砂糖をたっぷり入れていて、甘くて食べれたものではなかったが今となっては懐かしい思い出である。

「普通の米も無理ですかねぇ。せめて正月くらいは雑穀なしの銀シャリを食べたいものですけど」

「それを望むんなら今までの暦通りに暮らすんだな。正直今年は無理だ・・・・・・おい、そこ!喧嘩はよさんか!明日に持ってきて貰えばよかろう!!」

 どうやら最後の小松菜を得ようとするため、女達がつかみ合いの喧嘩を始めてしまったようである。ぎゃあぎゃあと喚く女達を止めるため、巡査は沖田から離れていった。

「やれやれ、先が思いやられますね」

 今日は食材を買うのは無理だろう。二、三日は凌げるが、この状態が明日も続くようなら、食料を調達する為に日野辺りまで足を伸ばさなくてはならないかもしれない。少し早めの年始挨拶も兼ねていっそ出かけてしまおうか、そう思った時である。不意に沖田の右肩を何者かが掴んだのだ。

(何者!)

 沖田の肩を掴んだ男は沖田に一切の気配を感じさせなかった。確かに現場を離れて数年、勘が鈍っていることは否めないが、利き腕の肩を掴まれるほど落ちぶれてはいない自負はある。
 するとかなりの手練れか――――――沖田が体中に殺気をみなぎらせたその時、沖田の肩を掴んだ人物が声をかけてきた。

「久しぶりだな、沖田さん。まさかこんなところで見かけるとは思いもしなかった」

 それはここにいるはずのない、思わぬ人物の声だった。



UP DATE 2013.12.14

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・・・外伝なので色っぽいシーンを書きたいのに、何故かお正月用品争奪戦になってしまいました(T_T)
沖田はただふつ~に日常の野菜やお米を買いたいだけなのに、パニックになった主婦たちが買い出しに東奔西走し、なだめる警官たちを怒鳴りつける・・・まぁよくある光景です(^_^;)家庭を預かる主婦を相手に説得仕様なんて所詮無理、元・新選組一番隊組長だってドン引きしております。
そして更に困ったのが暦売(>_<)当時、暦を売る業者は国が定めていて、彼らは国に冥加金(今で言う法人税みたいな感じ何でしょうかねぇ?)を支払って10月1日から次の年の暦を販売しておりました。それがこの有り様・・・まぁ沖田は絶対にこの時点で暦なんて購入していないでしょうから問題ないでしょうけど(おいっ)暦売は大変なことになっておりました。(さらに農業では何かと便利な旧暦ですから、新暦だと都合の悪いことが後々出てきたらしい・・・この後5年ほどすると『おばけ暦』なる非公式の暦も売りだされるようになったそうです)

そんな騒動の中、食料調達に日野まで出向こうか迷う沖田を掴む何者かが・・・果たしてそれが誰なのか?次回をお待ちくださいませ♪
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