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「短編小説」
鶴蔵てまえ味噌

鶴蔵てまえ味噌・其の壹~初踊り

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 厳かな静寂の中、除夜の鐘が鳴り響く。腹の底に響くその音を耳にしながら中村座の子役・中村鶴蔵は眠れぬ夜を過ごしていた。

「ああ、どうしよう・・・・・・何とかひと通りは覚えたけど、四度しか稽古はできなかったし。お師匠様の期待に添えるような踊りがおいらにできるかなぁ」

 明日のためには早く眠らねばならない。だが眠ろうとすればするほど明日の晴れ舞台の事が頭を巡り、眠れなくなってしまうのだ。ますます冴えてしまう目を大きく見開き、鶴蔵は昼間の稽古を思い出していた。



「全くどうしたもんかねぇ」

 鶴蔵の母親で志賀山流十一代家元・せいは鶴蔵を前に大仰に溜息を吐く。

「何度教えたらできるようになるんだい、富太郎。これじゃあ伝九郎さん――――――あんたのお師匠さんにも顔向け出来ないだろう?仕初式で踊る名誉を下さった、っていうのにさ」

 仕初式とは歌舞伎座などで元旦から三日間行われる行事である。新年を寿ぎ、翁渡や子役の踊り初め等の後で一同で手打ちをするのだが、その子役踊り初めに鶴蔵は大抜擢されたのだ。
 鶴蔵は勿論喜んだが、それ以上に喜びを露わにしたのは歌舞伎役者の家の出である母親のせいだった。ここぞとばかりに志賀山流の名誉を賭け、気合を入れて息子に『鹿島踊』を仕込もうとしているのだが、如何せん緊張と技術の未熟さ故、鶴蔵は踊りをなかなか覚えられないのである。

「・・・・・・伝九郎さんに言って明日は諦めるかねぇ」

 半ば諦めにも似た母親の叱咤の言葉に鶴蔵はぽろぽろと涙を流す。否、母親に叱られているから涙ぐんでいるのではない。教えられている踊りができない事が悔しいのだ。どんなに幼くても鶴蔵は歌舞伎役者であり踊りの名手の息子である。もし自分が務めを果たせなければ自分だけでなく師匠や母親の不名誉になる――――――その責任感故の涙だ。
 だがいつまでも泣き続けているわけにはいかない。ぐずぐずと鼻水をすすり、再び母親に稽古をつけてもらおうと姿勢を正したその時である。
 
「なぁ、おせい。十歳の子供に『鹿島踊』は無理なんじゃないのか?」

 重苦しい気配が漂う中、口を挟んだのは鶴蔵の父親・市兵衛だった。元々公事宿の手代だった市兵衛はひょんなことからせいと恋に落ち、志賀山家へ入婿になった男である。
 なので歌舞伎界の事細かな事情には疎いが、物事を客観的に見つめ的確な助言をすることに長けている。だが、その言葉に素直に耳を傾けられるほどせいは冷静ではなかった。

「そうは言うけどね、お前さん!舞台は明日なんだよ!」

 良人の言葉に熱り立つせいだったが、市兵衛は冷静に事実を述べる。

「大人だって踊るのが難しい『鹿島踊』、いくら志賀山流家元の息子とはいえ十歳の子供に躍らせるのは難しいよ。喩え踊れたとしても『鹿島踊』は今や飛ぶ鳥を落とす勢いの名役者・坂東三津五郎さんの得意だ。富三郎に踊らせても見劣りするだけだと思うけどなぁ」

 ある意味志賀山流やせい自身の矜持を踏みにじる非情な言葉だが、市兵衛の言葉は紛れもない事実だった。正論だけに言い返すことも出来ず、せいは子供のようにぷぅ、と頬を膨らませる。

「・・・・・・じゃあ何を踊らせろ、って言うんだい?」

「『仲蔵狂乱』はどうかな?あれはお家の芸だし」

 『仲蔵狂乱』は志賀山流九代目家元でもある初代・中村仲蔵が編み出した踊りである。確かに『仲蔵狂乱』『鹿島踊』よりは簡単な踊りではあるが、それなりの技量がなければ踊れない。しかも明日が仕初式という切羽詰まった状況である。果たして今から稽古をつけて鶴蔵が覚えられるかどうか――――――せいは一瞬逡巡したが、意を決したように鶴蔵を見つめた。

「・・・・・・もう間がないけど仕方ないかねぇ。富三郎、今から『仲蔵狂乱』の稽古だよ!」

 せいは扇を手に取ると息子を促し、すっ、と立ち上がった。



 稽古で身体を動かせば腹が減る。さらに明日が本番と、飲まず食わずで四度通し稽古をした後は尚更だ。すっかり日も暮れ、掛売の集金に各店の手代達が家を訪問し始めた頃、ようやく鶴蔵は年越しそばにありつけた。十歳の子供とは思えぬその食欲に、せいは呆れる。

「本当にお前はよく食べるねぇ。普通だったら緊張で茶さえ喉を通らないっていうのに」

「だって年越しそばは年に一回でしょう?しかも藪そばのお蕎麦だし・・・・・うめぇ!」

 先程までの涙顔はどこへやら、満面の笑みで蕎麦をすすると、新たな蕎麦をつけつゆにどっぷりと浸す。

「こら、そんなつゆに浸して食べるもんじゃありません!みっともない!」

 そんな風に母親に怒られつつ年越し蕎麦をすすっていた鶴蔵だけに、緊張など無いものだと周囲は勿論、本人もそう思っていた。だが、布団に入った途端に急に明日のことが心配になり目が冴えてしまったのだ。
 何かを食べているときはそれに夢中になれるのだが、そうでない時はやはり明日の踊りの出来が気になってしまうらしい。冴えてしまった目を瞬きながら、鶴蔵は不安に苛まれる。

「どうしよう・・・・・失敗しちまったら・・・・・」

 一年を占い初舞台だけに、失敗したらと考えるだに恐ろしい。そんな状況にも拘らず、否、そんな状況だからだろうか。鶴蔵の腹の虫もムズムズと動き出し、夜が白み始めることにはぐるぐると鳴り出したのである。それに気がついた鶴蔵は、この不安は腹が減っているからだと思い込む。

「きっと腹の虫が収まれば度胸が付くよね。うん、そうだ!お屠蘇はあんまり好きじゃないけど、お雑煮がある。それと伊達巻と栗きんとんと・・・・・ああ、早くお雑煮やお節、食べたいなぁ」

 こうなったら楽しいことだけを考えようと、鶴蔵は朝六ツの鐘が鳴るまでおせちや雑煮に思いを馳せ続けていた。



「・・・・・・で、その時の出来はどうだったんですか、お師匠様」

 弟子の一人が鶴蔵――――――三代目・中村仲蔵に尋ねた。舞台では子役の子供踊りが催されておりやんやの喝采が上がっている。

「それが俺自身は覚えていなくてよ。ただ一生懸命さが大人には微笑ましかったんだろうな。お師匠さんが殊の外褒めてくれたのと、ご新造さんが褒美に菓子をくれたのだけは覚えている」

「覚えているのはそれだけですかい!」

 舞台の合間の腹ごしらえと、餅の入らない雑煮をすすった弟子が呆れたように言い放つ。

「前日の年越しそばと言い朝食った雑煮と言い・・・・・・芸事で覚えていることはないんですかい?」

「芸事は身体が覚えているからいいんだよ」

 仲蔵は笑うと雑煮を飲み干した。鰹の出汁が効いた汁が腸に染みわたる。

「俺の食いじっぱりは生まれつき、腹が減っては戦も芝居もできねぇや」

 そういうと、仲蔵は空になった椀を膳に置いて立ち上がる。

「さぁ、腹ごしらえもすんだし・・・・・・初舞台、気合入れていくぞ!」

「応!!」

 舞台袖にも聞こえてくる歓声からすると、間違いなく今年の初舞台も満員御礼だろう。拍手喝采の中、仲蔵達は華やかな舞台へと上がっていった。



UP DATE 2013.12.25 


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お待たせしました、今年の拍手文は『鶴蔵てまえ味噌』となりました。舞台は江戸後期~幕末、私としては初めて本格的に歌舞伎役者を主人公にした話になります。
主人公の中村鶴蔵(三代目中村仲蔵)はどちらかというと脇役タイプ、いぶし銀の演技力で主役級の役者さんたちに目をかけられていたそうなのですが、時代の悪戯もあってなかなか出世が出来なかった人らしいのです。まぁ、そのうち半分は本人の借金やら女性関係にあったりもしますが・・・(^_^;)本来三座の役者は江戸から出ることが叶わなかったのですが、その三座が火事で焼けたりしたことによって半ば旅芸人のような青春時代を送っておりました。しかも本人はあまりそれを国している様子がない・・・(-_-;)むしろ色んな地方の色んな人との出会いや、色んな食べ物に出会うことを楽しんでいた感じさえ見受けられます。もしかしたらその出会いが役者としての深みを彼に与えていたのかもしれませんが。

この話は
江戸歌舞伎役者の“食乱”日記 (新潮新書)をベースに書かせていただきましたが、何せエピソードの幅が広い!今回の初舞台から火事で焼け出された十代の話、さらに借金苦で女房と一緒に江戸を夜逃げした話など枚挙に暇がありません(^_^;)なのでこの話は『夏虫』方式、つまりジジィの思い出話として語っていく予定です。

次回更新は1/29、上記した女房との夜逃げエピソードを取り上げたいと思いますv

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