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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・春夏の章

業火の恋情・其の壹~天保六年一月の決意

 ←烏のがらくた箱番外~2014年、明けましておめでとうございますm(_ _)m →拍手お返事&何故私より早くダウンするかな・・・(^_^;)
 一年中賑やかな吉原であるが、年に一度だけ誰も吉原大門をくぐらない日がある。それが一月一日だ。精進潔斎をし、色事を控えなければならない風習は吉原にも生きており、この日ばかりはどんなに金を積まれても客を一切取らない。なのでこの日ばかりは吉原大通りも閑散としており、人通りもまばらである。そんな街中を一組の男女が歩いていた。
 一人は鮮やかな黄八丈を身につけた中年増。少し抜き気味の襟に色気を感じさせる着こなしからすると、年季明けの花魁あたりだろうか。そして黄八丈の女の前を風呂敷包みを手にした、鰹縞の粋な長着を身につけた男が歩いている。

「へぇ、こんなところも吉原にあったのね。十年以上もここにいるのに全く知らなかったなぁ」

 黄八丈を身につけた中年増――――――清波が物珍しそうに辺りを見回す。そして、そんな清波に付き合って足を止めた鰹縞の男は辰治郎であった。

「ごめんなんし、辰治郎さん。つい足を止めてしまって」

 辰治郎が清波の歩みに合わせて足を止めたことに気が付き、清波は慌てて詫びる。だが、辰治郎は気分を害した様子もなく清波に笑顔を見せた。

「いいえ、こんなのんびりできるのも今日だけですから」

 いつもの無愛想さは影を潜め、新春の陽光そのもののような柔らかな表情を浮かべている。それは仕事をしている時には絶対に見ることが出来ないものだ。その笑みにつられるように清波の頬も思わず緩んだ。

「確かにそうよね。まるで・・・・・・吉原を独り占めしているみたい」

 そう呟いて清波は周囲をぐるりと見回す。『籠の鳥』の遊女が妓楼の外に出ることは殆ど無い。せいぜい桜の時期にその近くに寄る程度だ。だから清波にとって見る景色すべてが物珍しく、まるで見世物小屋に迷い込んだ子供のごとく目を輝かせているのだ。そんな清波を辰治郎はどこまでも優しい目で見つめる。

(吉原に来た当時から変わらないな、花魁は・・・・・)

 涙に暮れていたのは初日だけで、次の日から清波は好奇心のままに色々な事に興味を持ち、楼主や女将を呆れさせたものだ。その好奇心は未だに衰えず、『自分の裁量で商売ができる』と局見世を選んだのも持ち前の好奇心によるものである。きっと清波ならどこに行っても強く生きて行けるだろう。一抹の寂しさを覚えつつ、辰治郎は清波を促した。

「花魁、そろそろ行きましょうか?新春早々露路番を待たせちゃあ悪いでしょう」

「それもそうね・・・・・・じゃあ、行きましょう」

 辰治郎の言葉に、清波は再び歩み始めた。一歩一歩、まるで辰治郎と二人っきりの時間を味わうようにゆっくりとした歩みだったが所詮お歯黒溝に囲まれた小さな世界、幸せな時間はそう長くは続かない。四半刻も経たないうちに二人は清波が入ることになった局見世がある路地へ到着した。

「ここ・・・・・・なのね。これからお務めをする場所は」

 木戸になっている路地の入り口、その横に掲げられている赤提灯を見つめながら清波は唇を噛みしめる。恵比寿屋が面している通りに比べ遥かに狭く、日当たりも悪い路地だがここがこれから清波が戦っていく場所なのだ。そんな清波の覚悟を感じつつ、辰治郎は木戸の前で見張りをしている露路番に声を掛けた。

「明けましておめでとうございます、六兵衛さん。これが話をしていたうちの清波です。以後よろしくお願いします」

 辰治郎の口上に、清波はたおやかに頭を下げる。その仕草は質素な黄八丈を着ていても他の女と違う『何か』を感じさせる。そんな清波を頭の天辺からつま先までじろりと見つめた腹掛け、股引、印半纏の姿の露路番・六兵衛は疑わしそうに辰治郎に尋ねた。

「おい、今度は大丈夫か?二年前は夕波とか言ったか・・・・・・ありゃろくでもねぇ女だったよな。それでなくても中見世の恵比寿屋から二人も羅生門河岸行きを出すなんてちょっと問題があるんじゃねぇか?」

 吉原の端にある局見世に流れてくる殆どは格の低い小見世の娼妓である。いわゆる『鳳凰』に喩えられる大見世や中見世の花魁がやってくることは殆ど無いのだ。勿論例外もあるがごく僅かであり、二年で同じ見世の花魁が二人も流れてきたのは初めただと六兵衛は呆れる。そんな六兵衛に対し辰治郎は苦笑いを浮かべつつ首を横に振った。

「ああ、夕波か・・・・・・あの女と今回の清波はぜんぜん違うから安心してくれ。俺が保証する!」

 恵比寿屋きっての問題児と清波を一緒にされては堪らない。辰治郎は六兵衛に対して必死に力説するが、辰治郎が力を込めれば込めるほど六兵衛は意味深な笑みを浮かべた。

「おい、辰さん・・・・・・もしかしてあの姐さんに惚れているのか?」

 清波に聞こえぬよう、六兵衛は辰治郎に耳打ちをする。その瞬間、辰治郎の頬が朱に染まる。

「な、何言いやがる!し、新年早々寝ぼけたことを言いやがって!」

 辰治郎は慌てて小声で否定するが、その赤く染まった頬は六兵衛の言葉が図星だったことを如実に現している。廓の男らしからぬ辰治郎の初な反応に、六兵衛はただにやにやと笑うだけだった。



 木戸に守られた路地に入り込み、二人は六兵衛に見世に案内された。棟割長屋が続く中、進んでいった一番奥のにその局見世はあった。唐紙に間口四尺五寸、奥行六尺ほどの見世だったが、畳表も張り替えており思っていたよりはきれいだ。

「権利金を奮発して貰ったんでね。あんたの注文通り畳表を替えておいた。じゃあ俺はこれで失礼するぜ・・・・・・ま、頑張れよ」

 意味深に六兵衛が辰治郎に耳打ちすると、そそくさとその場を去った。部屋には予め運び込まれた鏡台と煙草盆、そして行灯が置かれている。清波の好みが考慮されたこれらのものはどれも辰治郎が選び運び込んだものだ。さらに部屋の隅には新しい布団が畳まれており、二つ枕がちょこんと乗せられている。それを見た瞬間、清波は不意に辰治郎と部屋に二人っきりであることを意識してしまう。

(な、何を考えているの!今日は元日じゃない!)

 不意に胸よぎってしまった邪な想いに清波は羞恥を覚え、あらぬ方を向く。一方辰治郎は清波より先に二つ枕を意識してしまい、それを清波に悟られぬよう清波に背を向け手にしていた風呂敷包みを解いた。羽毛が触れるほどの刺激があれば崩れてしまいそうな危うい均衡の中、二人の間になんとも言えない沈黙が漂う。話したいことは山ほどあるが、それを口にした瞬間何かが壊れてしまいそうな恐怖も感じる。
 どうしたらいいのか――――――清波が考えあぐねているその時、沈黙を破ったのは辰治郎だった。

「じゃあ俺はこれで失礼します。不足の物は無いと思いますが、何かあったら恵比寿屋に一報を。すぐに駆けつけます。年季が明けても花魁は・・・・・・恵比寿屋の花魁ですから」

 『自分だけの花魁』という言葉を飲み込み辰治郎が別れの言葉を切り出す。その目は切なさに今にも泣き出しそうだ。

「あい・・・・・・その時は、お願いします」

 いっそ恥も外聞もなくすがりつく勇気があればと清波は思う。だが、そこまで思い切った行動に出られるほど清波は若くないのだ。
 新春の陽光さえ届かぬ路地の奥、二人は名残を惜しむように互いを見つめ続けていた。



 辰治郎が局見世から立ち去って暫くした時、不意に隣の局見世に続いている襖が半分開き、清波と殆ど歳が変わらなさそうな娼妓が顔を覗かせた。

「ねぇ、今度入ってきたのってあんた?」

 害意のない、人懐こそうな娼妓の笑顔につられて清波も笑顔を向ける。

「ええ、この春年季が明けてこっちにお世話になることになりました。だけど全く勝手がわからなくって。わっちは恵比寿屋から来た清波って言います。以後よしなに」

 清波はこれから同輩となる娼妓に頭を下げた。これから隣組としてやっていく相手だ、仲良くしておいて悪いことはない。

「恵比寿屋の清波・・・・・・って、もしかして『ならずの御職?』」

 どうやら女は清波の二つ名を知っているらしい。かなり驚いたように切れ長の目を見開く。その大仰な驚き様に清波は苦笑いを浮かべつつ、現状を説明する。

「やだ、そんな大仰な二つ名がここにまで・・・・・・『ならず』じゃなくて『なれず』、どんなに頑張っても御職になれなかったんですよ。でなきゃとっとと身請されてますって」

 冗談めかした清波の言葉に、女は少しがっかりした表情を浮かべた。

「確かにそうよ・・・・・・ね。なれるもんならなりたいもんね、御職」

 御職になれるのにあえて『ならない』という選択肢は吉原には無いのだ。その事実を突きつけられ女は肩を落としたが、すぐに気を取り直したかのように笑顔を見せる。

「ま、よろしくね。わっちは真津衣、なんか解らないことがあったら聞いておくれ。ただ、この場所に入った娼妓って一ヶ月持たないんだよねぇ」

 真津衣は清波の部屋を見回しながら、できれば聞きたくなかった事実を口にした。

「一ヶ月・・・・・・そんなに短いの?」

 確かに局見世の娼妓は入れ替わりが激しいが、ここまでとは思わなかった。目を丸くする清波に真津衣は真剣な顔で声を潜める。

「うん、この部屋が一番奥だとか、理由は色々あるんだけどね。あと、借金がかさんでいられなくなったとか、男と駆け落ちしたとか・・・・・・そういえば清波ちゃん、あんたと来た男って、イロかい?だとしたら一ヶ月以内にデキちゃう可能性もあるけれど」

 どうやら悪い理由だけでこの場所から立ち去る訳ではないらしい。その事に少しだけ安堵しながら清波は真津衣の言葉を否定した。

「ううん、残念ながらあの人は何もないの」

 清波は残念そうに溜息を吐き、俯く。

「わっちの片恋でね・・・・・・十五の小娘の頃から惚れているんだけど、全く何にもなし。向こうにその気があるのならちょっかいくらい出してくれるよねぇ」

 見世の男の中でも一、二を争う生真面目な辰治郎だ。そんな辰治郎が『売り物』の娼妓にちょっかいなど出す筈がないと清波は自分に言い聞かせるように真津衣に告げる。だが、隣で二人の会話を聞いていた真津衣は少し違った印象を抱いていた、

「そうかなぁ。隣で聞いていた感じだと相手の方が清波ちゃんを気にしていたようだけど」

 それは幸や五三郎が清波に告げたことと同じ言葉だった。他人から見たらそう見えるのだろうか――――――そんな他人の思い違いにさえ、清波は嬉しさを感じる。

「気のせい気のせい!もしそうだったとしたら局見世に来てないって!」

「・・・・・・それもそうね。でも、夢は捨てないほうがいいよ。きっとこの見世が叶えてくれるから」

 それは隣の部屋で客を取っている真津衣ならではの予感なのだろうか。だが、初夢としては悪いものではないと、清波は真津衣に極上の笑みを見せた。



UP DATE 2014.1.1

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今年一発目の『紅柊』は去年から引き続き清波&辰治郎の恋の話になります。今回は恵比寿屋からのお引っ越し、ぽかぽか新春のお日様の下、二人仲良く局見世へのデートを書かせていただきました。距離的には多分10~15分くらいの距離なんでしょうけど、互いの思いが出せなかった二人にとっては幸せな時間なのです。だからこそ清波はだらだら歩いておりますし、辰治郎も文句も言わず清波に付き合っているという・・・ノリとしては中学生のデートですよね(^_^;)ただ、この続きは次回にて・・・一月一日はエッチも掃除も洗濯もしちゃいけないのです(多分宴会と新年の挨拶以外やっちゃいけない筈)
そして清波の入ることになった見世がまた意味深ないわれがある部屋で・・・一ヶ月以内に何かがあるみたいですね~。それが何なのか、ぜひお楽しみに。少なくとも辰治郎と恋仲になるくらいじゃ清波は見世を止めませんv

次回更新は1/8、正月の喧騒が終わった頃、再び辰治郎が清波を訪ねてきます。
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