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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章・序

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 梅雨にしては珍しい、激しい雨が降りしきる。まるで秋の台風を思わせる雨風の中、中越は沖田老人と待ち合わせているいつものカフェーに向かっていた。

「雨だけならいざ知らず、こんなに風が強くなるなんて!しかもよりによって沖田さんの話を聞く日に何故雨風がひどくなるんだ!」

 ともすれば、風にあおられそうになる蝙蝠傘を支えながら中越はぼやく。仕事が一段落し、今日は遅刻せずに済むと思ったらこの天気だ。まるで新選組の話を聞き出そうとしている中越を天の力が妨害しているようだ――――――土砂降りの雨空を中越は恨めしげに見上げる。既にズボンは膝までびしょ濡れで泥が跳ね上がっているし、上着も濡れて重たくなっている。正直蝙蝠傘は『無いよりまし』という程度にしか役に立っていなかった。

「沖田さんにも悪いことをしたよなぁ。こんな雨の中わざわざ出てきてもらうほどの話は慶応二年の前半は無いはずだし」

 中越もただぼんやりと沖田老人の話を聞いている訳ではない。仕事の合間を縫って幕末の政治状況や事件、特に新選組の周辺で起こった出来事を可能な限り詳細に調べていた。その独自の調査では慶応二年は比較的安定期に入っており、特に大きな事件は見つけられなかった。さすがに沖田老人も今日ばかりは話す内容に困ることだろう。
 だが、会う約束は約束である。ともすれば風に壊されてしまいそうな蝙蝠傘を盾に、中越は煉瓦造りのカフェーに一歩、また一歩と近づいていった。



 ずぶ濡れになった中越がカフェーに到着したとき、真っ先に目に飛び込んできたのは沖田老人だった。白地に紺の吹き流し縞の着物を小粋に着こなし、優雅にロシアンティーを飲んでいる姿は雨の中やってきたとは到底思えず、満身創痍の中越とは大違いだ。

「すみません、沖田さん。また待たせてしまって。それにしても優雅ですね。このひどい雨の中、全く濡れていらっしゃるようには見えないのですが」

 中年の女給に差し出された手拭で濡れた服を拭きつつ、中越は沖田老人に尋ねる。

「ははは、確かに中越さんに比べたら全く濡れていないと言っても良いかもしれませんね。濡れたのは足元くらいですから」

 カップをソーサーに置き、沖田老人は笑った。確かによく見ると履物は泥に汚れていたが着物の裾はちっとも汚れていない。尻っぱしょりをしてきたとしてもあまりにも綺麗すぎる。訝しげな表情を浮かべた中越に、沖田老人は種明かしをした。

「濡れなかったのはあれのお陰ですよ。日野の知人に作って貰ったものでしてね。こんな大雨の日にひとつ持っていると結構役立つんですよ」」

 沖田はカフェーの奥を指差す。その指し示した先、客席からは見えにくい場所に都会では珍しい蓑がぶら下がっていた。大柄な沖田に合わせて大きく作ってある蓑は化粧細工が施されており、襟周りは木綿の色糸で縁取られている。工事現場や農作業用のもので無いことは一目瞭然だ。それを見た瞬間、中越が感嘆の声を上げる。

「へぇ、良い蓑ですね・・・・・・ここまで凝ったものは初めて見ました。流石新撰組だけあって身に付ける物も違いますね。毛羅とは大違いだ」

 中越が感心すると、沖田老人は少し驚いた様に目を丸くした。

「ほぉ、都会の若い方で蓑と毛羅の区別つくなんて珍しい」

 感心しきりの沖田老人に対し、中越は少々恥ずかしそうに照れながら口を開く。

「ええ、昔まだ実家に住んでいた頃、年老いた使用人が毛羅を身に付けていまして。それを蓑と言ったら使用人にこっぴどく叱られました。こんな質素な物を蓑と言うなと」

 中越のぼやきに沖田老人はぷっ、と吹き出した。

「そりゃ叱られますよ。蓑は旦那衆のもの、毛羅は庶民のものですから。私も昔は政府の目を気にして毛羅を纏っていたものですが、この歳になると毛羅は重くて・・・・・・贅沢かなと思いつつも十年ほど前から蓑を送ってもらうようになりました」

 懐かしそうに目を細める沖田老人の言葉に、中越も黙って頷く。どちらも軽い稲藁で出来ているが、蓑の方が高級品だけあってより軽い。特に沖田老人の様に大柄だと材料の量も並より多くなるためその重さが堪えるのだろう。

「新しさ、物珍しさに目をとられてしまって良くても古いものはいかん、という風潮がありますが、中には古くても良い物はあります。確かに西欧風のコォトも悪く無いですけど、こんな暴風雨が相手では心許ない」

「ははは、耳に痛いです」

 コートしか持っていない中越は苦笑いを浮かべつつ、注文取りにやってきた中年の女給に珈琲を頼んだ。

「改めて沖田さん、この雨の中わざわざ来てくださってありがとうございます。新撰組の安定期とは言え、何か日常の面白い話があるかもと・・・・・・」

「おや、『安定期』と決めてかかるとは、新聞記者らしからぬお言葉ですな」

 中越の言葉に沖田老人は悪戯っぽい笑顔を見せるが、その目は笑っていなかった。

「決めてかかると特ダネ・・・・・・でしたっけ、面白い話を逃してしまいますよ」

 意味深な沖田老人の言葉に中越は愕然とする。

「そんな話があるんですか!評価も高まって京都警備の顔だった新撰組に?」

 今にも飛びかかりそうな勢いで身を乗り出す中越を、沖田老人は笑顔でいなした。

「それを見つけ出すのが貴方のお仕事、老人はただ語るのみ」

 唄うように呟くと、沖田老人は中越の珈琲を持ってきた女給にロシアンティーのおかわりを注文した。

「もう、藤堂のおじいちゃんは甘い物が好きなんですから。たまには渋茶にしたらいかがですか?」

「あはは、お絹さんには敵わないなぁ。だけど今回はロシアンティーで頼みますよ」

 まるで母親のように沖田老人の嗜好を窘める女給に、沖田老人はさり気なく抵抗する。そんなやり取りに中越はこみ上げてくる笑いを堪えるのに必死だ。そして何だかんだとごねた末、結局女給が折れ沖田老人はロシアンティーを注文することに成功した。

「済みませんねぇ、待たせてしまって・・・・・・・そうそう、さっきの話の続きですが、平和な時代にもそこそこ大きな事件はありましたよ。まぁ、今日初っ端に話す近藤先生が深雪太夫姉妹を身請けしたとか、その際不明金が発覚し隊士が切腹に追い込まれたなんていうのは大した事件じゃありませんけど」

 のんびりと呟く沖田老人の言葉に、中越は驚愕を露わにする。

「大した事件じゃないって・・・・・・とんでもない事件じゃないですか!それこそ特ダネそのものですよ!」

 いきなりの大きな話に、中越は慌てて濡れた鞄から手帳を取り出す。

「おやおや、この程度で大事件ならこれから話すことは特ダネとやらだらけですよ」

 沖田老人はカラカラと笑いながら新たにやってきたロシアンティーを受け取った。豊かな湯気と芳醇なジャムの甘い香りが珈琲の香りと混じり、不思議な感覚を中越は覚える。

「長州での失敗が余程堪えたのでしょう。帰り道で立ち寄った大阪新地の深雪太夫の優しさにほだされた近藤先生が、太夫の身請けを言い出した事から事件は始まりました・・・・・・」

 穏やかながら厳しさを含むその声は、新撰組一番隊組長のものである。激しい雨がカフェーの窓を打ち付ける中、沖田老人の柔らかな声に導かれ、中越は幕末へと引き込まれていった。



UP DATE 2014.1.4

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およそ一ヶ月ぶりの『夏虫』再開です(^^)年末年始の多忙期にぶち当たってしまって外伝共々短めになってしまっていますが、今回ばかりは忙しくなくても短かったかも(^_^;)

池田屋の文久元年、屯所移転の慶応元年、そして幕臣取り立てや油小路の変などがあった慶応三年に挟まれ慶応二年は比較的地味な年ではありますが、それでも何だかんだと事件はあります。いきなり深雪太夫の身請話もありますし、それに絡んで河合耆三郎の切腹もあります。さらにその少しあと谷三十郎の変死もありますし・・・ちょっときな臭い動きもあるんです。そこいら一連の動きを丁寧に書けたらな~と。小説で一番難しいのは『何事もない日常の描写』といいますが、そういった隊士の日常も描けたらとも思っておりますv

次回更新予定は1/11、いきなり深雪太夫の身請話を近藤局長が切り出しま~すヽ(=´▽`=)ノ
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S様、 新年明けましておめでとうございます(*^_^*) 

旧年中はお世話になりました。今年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m

毛羅ですが岩波新書『水の道具誌』(山口昌伴著 2006年8月18日初版)という本で扱われておりました。もしかしたら一地方だけの言い方なのかもしれませんが、実のひとつ取っても都会とは違い細かな違いがあることが面白く今回取り上げさせていただきました。こちらの本、なかなかマニアックな水回りの道具が取り上げられており、小説のネタのヒントになるかもしれません(*^_^*)
なお、蓑は防水性、通気性に優れていて長時間の作業に向いているそうです(晴れている時と変わらないとのこと)

沖田老人の言葉に含蓄を感じてくださってありがとうございますv勿論新しいもので良い物も多いのですが、古くても性能の良い物が蔑ろにされるのは・・・ねぇ(^_^;)西欧諸国に追いつけ追い越せで新しいものを取り込んできた日本ですが、当時からそれに疑問を持っていた人はいらっしゃいました。そんな一部の意見が言えればな~との一言ですね、沖田の言葉は。古くても新しくても良い物が残ってゆく、そんな世の中になってもらいたいものです。

新年早々のご挨拶、ありがとうございました(*^_^*)
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