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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第十二話 浅葱の羽織・其の肆

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淀川の流れを利用できる下阪と違い、流れに逆らいながら綱に曳かれ、何度も船を岸に着けながらの帰京は容易ではない。漕ぎ手が六名の早舟であっても約十一里の行程、朝早くに出発しても伏見に到着するのは夕刻になってしまう。
 それでも将軍警護という大仕事を終えた者達にとってのんびりとした船旅もまた楽しみの一つである。壬生浪士組の新入隊士達も例外ではなく、久しぶりの梅雨の晴れ間、がらの悪いくらわんか船を冷やかしながら引率の先輩達--------------沖田や永倉、原田、藤堂の四人と共に夏の川旅を満喫していた。

「へぇ、そうなんですか・・・・・細川さんや杉山さん達は大樹公がこちらにいらっしゃるまでの限定入隊って事になるんですね。」

 新入隊士の事情を聞き、沖田は少し残念そうな顔を見せる。

「ええ、そうなんですよ。てっきり公方様がいる間だけの臨時雇いがあるとばかり思ってたんですけど、他の部隊は入隊条件が厳しくて。入隊できたのが誠忠浪士組だけだったんです。」

「できるだけ長い間務めたいんですけど、親に心配はかけられませんし・・・・・家を継ぐ前の、一生に一度の晴れ舞台ってことで入隊させて貰いました。」

 そういう者達が新入隊士の中に五、六人ほどいた。その多さに沖田や永倉は驚きを見せたが、どうやら土方はあえてそういう者達を選んで入隊させたらしい。壬生浪士組自体の将来が見えない中、長期雇いは保証できないという事情もあるだけに、そこは仕方が無いのだろう。
 ただ募集の細かなことを知らなかった沖田達は自己紹介がてらの皆の事情を聞きながら状況を察するしかない。

「考えて見りゃそうだよなぁ。俺たちだっていつ暇を出される判ったもんじゃねぇし・・・・。」

「まず最初に暇を出されるのはお前だろうな、左之助。局長達が押し借りしてまで稼いだ金で買い込んだ米を、図体のでかさをいいことに遠慮無く人の三倍も食いやがって・・・・・まるで金銀を喰らっているみてぇだと土方さんがぼやいてたぞ。」

 原田や永倉の掛け合いに船にいた皆がどっと笑う。そんな新入隊士達を乗せた船に対し、芹沢を始め幹部を中心に乗せた船は険悪そのものであった。
 新見の行動に怒り心頭の芹沢と、反抗的な新見は狭い船内の反対側に位置し、それを近藤や土方、そして平間などが宥めると言った様相を呈していた。幸いだったのは壬生浪士組を敬遠して他の客が乗り込んでこず、貸し切り状態だったという事だろうか。いつ船上で斬り合いになるか判らない緊迫した空気がこちらの船では漂い続けていた。



 京都に帰るとまず困ったのがやはり隊士の寝る場所であった。芹沢等水戸派の五人、というより壬生に帰営した途端再びどこかへ消えてしまった新見を除いた四人が八木家の居間で厄介になることになったが、それ以上の人数を母屋で賄う事は不可能である。それ以上に三十六人もの大人数を八木家一軒で世話をすること自体無謀であろう。壬生に帰れば何とかなるだろうと変に開き直っていた壬生浪士組幹部らは窮地に立たされる。しかし、これをどうにかしなければ今夜寝る場所さえないのである。

「そやなぁ・・・・・せやったら前川さんにも頼みまひょか。そもそも浪士組の話は六角の本家はんが受けた話やし、無下に断ることはせなんだと思いますけど。」

 芹沢や近藤から相談を受けた八木が提案する。京都六角にある前川本家は、掛屋として御所や所司代の公金の出納、奉行所の資金運用の仕事など色々な公職を兼ねていたため、奉行所や所司代との密接なつながりがあった。上洛する浪士組の宿舎を選定するにあたり、市中情勢にも詳しく役人の信頼も厚かったことから、前川本家がその仕事を任されたという事情があるのだ。八木家の斜め向かいにある前川荘司宅もその一族であり、本家の指針には逆らえないだろうと八木は提案する。

「確かに前川さんの所は大広間もありますし魅力的ではありますが・・・・・こんな急な話で大丈夫なのでしょうか。」

 こういう所で変に気遣いを見せる近藤が不安げに八木に尋ねるが、八木は近藤の不安を吹き飛ばすようにからからと笑いながら心配するなと言う。

「なぁに、将軍警護の数ヶ月間なら大丈夫やと思います。ほな善は急げ、早速話をつけてきます。」

 八木はそういうと早速前川の屋敷へと脚を運んだ。さすがに前川荘司もここ最近の壬生浪士組の惜し借りの話や、見ず知らずの浪士達が入り込むという事に難色を示したが、そもそも壬生浪士組の話を受けたのは前川の本家である。渋々ながら了承するしかなかった。よっぽど浪士組の荒くれ者が怖かったのか、その日の内に前川家の者達は必要最低限の荷物をまとめ、夜逃げの如く早々に六角の本家に避難してしまったのである。

「何だか申し訳ないなぁ。」

 そう呟いたのはもぬけの殻となった前川邸の様子を見に来た山南であった。こちらには新入隊士及び監視役として試衛館派の面々が寝泊まりすることになったのである。さすがに新入隊士が前川邸の母屋で幹部が八木邸の長屋門の中、というのでは格好が付かない。かくして前川邸も屯所に加え、人数の増えた壬生浪士組は気持ちも新たに活動を始めることになった。



 江戸からやって来て居残った水戸派や試衛館派と違い、大阪での隊士募集に応じたものは近場故の気楽さもあったのだろう。創立時から在籍している者達に比べ、規律に対して多少考え方が甘いというか。緩いところがあった。
 そもそも有り余る体力を持て余している青年達である。最初こそ猫を被っていたが三日もすると巡察だけでは発散しきれない体力を家の柱や調度にぶつけるようになったのである。さすがに幹部がいる前では-------------特に芹沢や土方の前では大人しくしていたが、幹部の目が無いと手が付けられない。折しも梅雨の後半の激しい雨が余計に若い隊士達の鬱憤を募らせてゆく。

「あれだけ暴れる力が残っているんなら試衛館名物の荒稽古でもやらせましょうかねぇ。」

 時間を持て余し、八木家の座敷にやって来た沖田が酔っぱらっている芹沢に冗談半分に提案する。笑いながらとはいえ、普段こういう提案をするような青年ではないだけによっぽど腹に据えかねているのか問題に感じているのかどちらかなのだろう。すでに酒が入っていた芹沢だったが、この状態にしては珍しく沖田の提言に聞き入る。

「もしかして・・・・・うぃっく、以前近藤から聞いた『稽古の次の日血の混じった小便が出る』ってやつかぁ?・・・・・悪かぁねぇな。」

 芹沢は雨に煙る庭に視線をやりながら沖田の提案に同意する。酒に溺れた状態でありながらまともな返事をするくらいだから、芹沢としても思うところがあるのだろう。

「となると道場のひとつでも建てないとこの季節つらいか・・・・・。」

 らしくなく芹沢が渋い顔をする。道場を建てたくても今、壬生浪士組にはそんな資金的余裕は無い。しかも将軍警護が終わってしまえば無駄になる道場を新たに建てる資金を会津が出してくれるとも思えないし、新たに道場を作る時間も惜しい。そうなると考えられるのはどこかの中古物件を移築してくることだが、それを探すのも一苦労だろう。

「道場なんて要りませんよ。不逞浪士は雨の日であろうが雪の日であろうが関係なく襲ってくるでしょう。雨の日の戦い方を覚えるには実際雨の中で稽古をした方が良いと思いますけど・・・・・新入りだって命は惜しいでしょう?」

 普段は人当たりが良い沖田だが、稽古となると途端に厳しくなる。江戸の道場では近藤以上に怖れられていた、その片鱗をちらりと垣間見たような気が芹沢はした。

「一理あるな!さすが試衛館の塾頭、良いこと言うじゃないか!」

 笑いながら沖田の肩をばんばんと力任せに叩き、芹沢は続ける。

「そのうち中古の道場を見つけてやる・・・・それまで外で稽古をするか。着物が濡れるのが嫌だという野郎がいたら下帯一丁で稽古を付けてやれ!」

 芹沢の鶴の一声は絶大だった。個人個人の力を付けなければならないのは勿論、組織として数人単位の先頭の訓練も必要になってくる。そんな事もあり沖田の提言の次の日から本格的な稽古が始まった。すでに剣術の基礎が出来ているものは芹沢らによる神道無念流剣術を、力に任せて刀を振るだけでまだ基礎さえ出来ていないものはいち早く実践力を付けさせるために天然理心流の稽古をさせる。時には激しい雨の中、あえて荒稽古に新入隊士を引きずり出す日も少なくない。

「おらおら!これしきでくたばっているんじゃねぇ!とっとと立ち上がれ!」

 普段は気安く語りかけてくれる幹部達が稽古になると豹変する。慣れない稽古にへばり、ぬかるんだ地面に転がったまま動けなくなると容赦なく下駄履きのままの蹴りが入るか雨を吸って重くなった木刀が振り下ろされる。そんな中、一人気を吐いていたのが佐々木であった。

「お・・・・沖田先生!もう一本お願いします!」

 板きれで作った貧相な防具で護られている場所以外、痣だらけになりながらも何度も何度も立ち上がり沖田にかかってくる。

「こいっ!」

 沖田は一喝すると木刀を下げたまま佐々木の攻撃を迎え撃つ。

「いぇぇぇぇっ!」

 甲高い声を上げて佐々木が沖田に襲いかかるが、沖田はその剣をするりとかいくぐり、胴をよこに払う。

「うっ!」

 再び佐々木は地面に叩き付けられ泥まみれになる。跳ね上がった泥は沖田の着物の裾や顔に跳ね上がり、沖田は煩わしげに顔にかかった泥跳ねを手の甲で拭った。

「脇が甘すぎる!何度同じ事を言わせれば気が済むんですか!」

 沖田が険しい顔で一喝する。そこそこ背が高いという事もあるのだろうし、前に剣術を習っていた道場が見た目の美しさにこだわる道場だったというのもあるのかもしれない。佐々木の構えは理想よりほんの少し上段過ぎるのである。

「拳二つ分構えを下げなさい!あなたより背の高い私でさえ脇を突くことが出来るのですから、あなたより背の低い刺客にとっては願ったり叶ったりですよ!」

 沖田のきつい言葉はそのまま佐々木の命を守る言葉である。佐々木は泥の中から立ち上がると、声にならない叫びを上げながら再び沖田に飛びかかる。

がつっ!

 木刀同士がぶつかる鈍い音と共に佐々木の腕に痺れが走る。ようやく沖田の一撃を己の木刀で受けることが出来たのである。

「よしっ!」

 雲間から覗く太陽のような笑顔を浮かべると、沖田はようやく木刀を下ろした。



 そんな稽古の日々が続いていたが、新見は大阪から帰った日以来八木邸には寄りつかなかった。

「あの大うつけがっ!除隊だ除隊っ!家里同様腹を斬らせる!」

 なまじ目をかけていただけに芹沢の怒りは激しく、新見の除隊を言い出し、鎖港の上申書にも新見の名前を記載しなかったのである。

「まぁまぁ芹沢さん、落ち着いて・・・・・今までに見たことのない金子を目の前にして新見君も魔が差したのでしょう。私も今までおめもじすることさえ叶わなかった方々にお声をかけていただけて舞い上がっているくらいですから。ここは副長に降格くらいに収めて下さいませんか。」

 できる限り無用ないざこざを避けたいと思う近藤は、内心得心がいかないながらも新見の援護をする。

「・・・・・仕方が無いな。今回はあんたの顔をたてようか。」

 近藤には散々酒の席で迷惑をかけているだけに芹沢も強く言いにくいのだろう。結局土方預けという形で新見を副長に降格することにした。

「まさかこんな形で早々に局長が脱落するたぁな。」

 酒を飲みつつ芹沢は目の前にやってきた土方に愚痴を吐き出す。

「どういう事だい、芹沢さん?まるで誰かが脱落するのを予測していたような言いぐさじゃねぇか。」

 冗談半分に言った土方であったが、その発言は意外にも当を得ていた。

「当たり前じゃねぇか。そもそもこの集団に聖人君子がいるとでも思っていたのか?金に弱い新見、権力に弱い近藤、そして酒に弱い俺--------------誰かが潰れても後の二人が立て直すって形にしたくて三人の局長をおいたって言うのに意味がねぇ。」

 ただでさえ脆弱な基盤しか持たない壬生浪士組を少しでも長く維持するための三頭体制である。さらには副長も二人配置と人数の割には不自然なほど頭でっかちなこの集団はただひたすら動乱の世の中で組織として生き残ることだけを考え抜いた芹沢の傑作と言って良いだろう。しかし創設三ヶ月で早くも頭の一つが欠けてしまった。

「弱みだらけの局長の下に女に弱い副長かよ・・・・・ろくでなしの集団だな、誠忠浪士組は。」

 自分も俎上に上げて土方は苦笑する。集団による合議制をも取り入れようとした三頭体制であるがやはり壬生浪士組にとってこの頭は巨大過ぎたのだろう。時間と共に人工的に作り上げられた不自然な姿は自然な形へと変化を遂げてゆくが、それは今しばらく先のことになる。



 初夏の風の中、浅葱色の羽織を着た若者達が京都の街を巡察する姿が目立つようになってきた。

「気ぃつけや、壬生浪や。絡まれたらしまいやで。」

 押し借りの話や前川邸を乗っ取るように占領した話、そして街中で繰り広げられる長州系の不逞浪士との戦いなど壬生浪士組はたった三ヶ月で良くも悪くも京都の人々に知られるようになっていた。その集大成が浅葱の羽織だろう。この羽織自体はこの一夏だけのものになるのだが、その鮮やかな色彩と共に人々の記憶に焼き付くことになる。



UP DATE 2010.04.23


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『浅葱の羽織』の章、最終話になります。大阪から帰ってきた途端事実上の除隊扱いになってしまった新見さんですが、実際五月下旬に出された鎖港の上申書に名前が無かったり、八木家の為三郎君にさえろくに顔を覚えられていなかったりと局長やっていた割りには影が薄いんですよね~。後に田中伊織=新見錦じゃないかって説もありますが、もしかしたら偽名を使って芹沢さんや近藤さんあたりから逃げ回っていたのかも知れません。
そして稽古ですが、雨の中思いっきり外でやらせております(爆)。確かに雨に濡れるのは道具が傷みそうですが、それ以上に雨の日の脚裁きなどは、舗装されていない分稽古をしておかないと絶対に命取りだと思うのです。この後道場も移設されますが、それとは別に雨の日の稽古もあったのではないかと妄想させて頂きました。
途中かなり下品な表現が出てきておりますが、中学校の部活(女子バスケ)の時、顧問の先生(男性)から夏の練習では・・・・・って言われたんですよねぇ。当時は何とも思わず『へぇ~そうなんだ。』と聞いておりましたが、今言われたら確実に先生はセクハラで訴えられるでしょう。まぁ、試衛貫流の稽古のきつさを表現するための言葉だということでご了承下さいませv


来週30日は帰省のためお休みさせていただき、次回の更新は5/7、23:00~に新話に突入させていただきます。一応芹沢&おウメか愛次郎&あぐりのどちらかは出そうかと・・・・・徐々に八月十八日の政変に向かって始動しなければいけませんね。何とか頑張ります^^;
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