「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の拾・八朔の雪(沖田林太郎&おみつ)

 ←葵と杏葉世嗣編 第七話 婚礼・其の壹 →葵と杏葉世嗣編 第八話 婚礼・其の貳
「やっぱり気が進まないなぁ。」

 火熨斗のかかった紋付き袴を見ながら新懲組六番組組頭・沖田林太郎はため息を吐く。

「旦那様、これで十五回目のため息ですよ。」

 しかめ面の良人のため息の数を指摘しながら妻のおみつは良人の肩に付いた塵を取り除いた。

「せっかくの松平様からのお誘いなのですから、たまには羽を伸ばして来て下さいませ。でないと私の落ち度になります。『だから婿養子は・・・・。』って。」

 おみつは林太郎の上司・松平権十郎の口まねをしながら渋る良人を促す。

「今まではそれで済んでいたのに・・・・務めとはいえ気が重いものだ。私が小唄一つも唄う事ができないのを知っているでしょう。」

 花街に繰り出すくらいなら道場で稽古をしたいのに・・・・恨めしげに妻の顔を見ながら林太郎は渋々出かける準備を始めた。



 新懲組が本格的な活動を始めて二年、庄内藩預りとなり努めが徐々に認められるようになったのは嬉しいが、それに伴い気の乗らない付き合いも多くなる。
 今日もまた新懲組を率いる松平権十郎に呼び出され吉原の『八朔の雪』を見に行く事になってしまったのだ。『八朔の雪』とは、八月朔日の紋日に吉原の遊女が揃って白無垢を着る行事である。

『此日中の丁へ出る女郎は、皆々上着まで白無垢を着す、故事なり』

 と『新吉原年中行事』には書かれており、吉原では、花魁達が白無垢の小袖を着て仲ノ町へ道中をする習わしが守られていた。
 そして、吉原俄(よしわらにわか)という即席演芸もこの日から八月いっぱい行わた。これは吉原の真ん中にある仲町で行われる太夫や幇間がくり広げる即席の踊りや演芸の事であり遊女を買わない素見の見物客で賑わったと伝わっている。



「吉原俄は面白そうなんですけど・・・・。」

 林太郎の興味は普段は見られぬ花魁の白無垢ではなくおもしろおかしい吉原俄にあるらしい。

「また子供みたいな事を・・・・弟の総司といいどうして沖田家の男衆は子供みたいなんでしょう。」

 浮気の心配はないものの付き合いとなるとそうも言っていられない。変なところで子供っぽい良人にみつは呆れたように肩を竦めた。

「そういう性分に生まれついてしまったんですよ、私も総司も。」

 妻に妓遊びを勧められるとは・・・・・苦笑いを浮かべながら林太郎はようやく袴を手に取る。

「『八朔の雪』を見るならば・・・・・誰でも見る事が出来る吉原ではなく江戸のお城でみたいものです。」

 西の方-------江戸城の方角-------を見つめながら林太郎は切なさを含ませ、呟いた。



 八朔の行事というのは吉原だけで行われるものではない。元々の八朔とは、早稲の穂が実るこの時期、農民の間で初穂を恩人などに贈る風習が始まりである。この事から、八朔は『田の実の節句』ともいう。
 この『たのみ』を『頼み』にかけ、武家や公家の間でも、日頃お世話になっている(頼み合っている)人に、その恩を感謝する意味で贈り物をするようになった。

 さらに徳川家康が天正十八年八月朔日に初めて公式に江戸城に入城したとされる事から、江戸幕府はこの日を正月に次ぐ『八朔御祝儀』の祝日としたのだ。
 いにしえに家康が白装束に身を固め、半分水没している城の真ん中に立ち、天下の統一を心に誓った事に因んで、白惟子に身をかためた諸侯が登城して列席する習わしとなっていた。また、この日は大奥でも白惟子に付帯姿で、『幕府年中行事歌合』には

『ゆたかなる秋をたのむの祝ひとや袖にも雪の色をみすらん』

 という八朔参賀の歌が載せられている。




「旦那様・・・・。」

「まだ叶わぬ夢物語だけど・・・・。」

 林太郎は袴をつけるとぽつり、と呟く。

「総司達も京都で名を上げた。我々も日々頑張っている。この乱世なら-------公方様に認められて幕臣になれるかもしれないじゃないか。」

 普段は穏やかで、大それた事など言う良人ではない。だが、八朔という、幕府にとっても重要な行事が林太郎に言わせたのかもしれない。

「絶対に・・・・・近い将来、吉原ではなく千代田で八朔の雪を見る事が出来ます。私は・・・・・信じております、旦那様。」

 おみつは林太郎に羽織を着せかけ、その背に寄り添った。



 八朔の雪-------それは残暑が見せる夢幻。江戸の片隅に生きる浪士の儚い淡雪のような夢は新しい時代の芽吹きと共に溶け、消えてしまう事に気づかぬまま林太郎は妻に見送られ吉原へと出かけていった。



UP DATE 2009.7.28


Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

   
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






久しぶりの幕末歳時記、今回は江戸時代っぽい《八朔》を取り上げてみました。吉原にしても江戸城にしても『いかにも江戸』って感じなんですよね~。
本当は維新派の誰かをこのテーマで、と考えていたのですが、江戸と維新派の相性は水と油・・・・・どうしても合わないんですよね。なので今回は新徴組から、しかも個人的に二次創作で馴染みが深い沖田総司の義兄・沖田林太郎を取り上げてみました。
ガラの悪い新徴組の中で一番真面目そうなイメージがあったので『江戸城の八朔』を口にしても大丈夫かな、と(笑)。

次回幕末歳時記の更新はお盆の帰省の為少し間が開いて8月19日を予定しております。
(出来れば来週に・・・・と言いたいところなんですが、予定が立て込んでおりまして。父の介護もあり~の旦那の実家に帰り~のなので許してやって下さいませ。)
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【葵と杏葉世嗣編 第七話 婚礼・其の壹】へ  【葵と杏葉世嗣編 第八話 婚礼・其の貳】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【葵と杏葉世嗣編 第七話 婚礼・其の壹】へ
  • 【葵と杏葉世嗣編 第八話 婚礼・其の貳】へ