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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章 第七話 谷三十郎の変死・其の参

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 爽やかな新緑の香りが夜気に漂う。酔客の笑い声にかき鳴らす三味の音が耳に残る祇園の喧騒の中、谷三十郎は千鳥足で八坂神社へ向かっていた。

「ふん、どいつもこいつも・・・・・・」

 隊内での立場が危うくなりつつある谷の将来を決定づけたのは、昼間土方に告げられた事実だった。

「近藤局長とお前の実弟・周平の養子縁組を解消する」

 感情のない声で短く告げられたその一言に、谷は目の前が真っ暗になった。養子縁組解消の理由として、近藤の妾に男子が生まれ、無事成長しそうだからと言われたが、それがあくまでも建前であることは谷が一番良く知っている。隊費の横領、そして伊東派への寝返りが露見すればただでは済まないと覚悟していたが、実際弟の養子縁組が解消される段になってようやく自分のしでかした事に気がついたと言っても過言ではないだろう。。

(大阪からも新選組は撤退しているし・・・・・・もしかして、万太郎の立場も危ういのか?)

 自分の立場だけでなく、弟達の将来をも棒に振ってしまった己の行為に悔やんでも悔やみきれない。

(畜生・・・・・・万太郎も周平も自分で地位を掴み取ればいいんだ!俺が動向なんて関係ないだろう!なんでこんなくだらないことに一喜一憂しなけりゃならないんだ!)

 自分の非を弟達になすりつけながら谷はふらふらと八坂神社の階段を昇り始めた。決して急な階段ではないが、酔ってもつれ気味の脚にはいささか厄介なものである。何度も階段に脚を引っ掛けつつも谷は階段を昇りきり鳥居をくぐる。そして、その様子を人混みからじっと見つめる影が二つあった。

「あの様子だとかなり飲んでいるようですね。あれだったら『命令』は遂行しやすいですけど・・・・・・しかし本当にいいんですか、万太郎さん?」

 人を避けるようにほんの少し小道に入ったところでぽそり、と口を開いたのは沖田だった。その横には悲壮感漂う表情の谷万太郎がいる。これからやらねばならない『命令』――――――兄・谷三十郎の暗殺の為か、かなり方に力が入った状態だ。今からこんなに余計な力が入ってしまっては、任務を遂行できないどころか返り討ちにあってしまうだろう。沖田はわざと軽薄な笑みを浮かべながら万太郎に語りかけた。

「元々は私と斉藤さんが命じられたことですし、さすがに実の兄に剣をふるうのはやり難いんじゃないですか?さすがに土方さんだってそこまで鬼じゃありませんし、ここは私達に任せてもらった方が・・・・・・」

 もし自分が義兄の林太郎を斬れと言われたら、最終的に命令に従うとしてもやはり躊躇ってしまうだろう。生真面目な万太郎の気持ちも解らなくはないが、ここは外れてもらったほうが良いかもしれないと沖田は万太郎に思い直すよう促す。しかし万太郎からの返事は予想通りのものだった。

「いいえ、これだけは・・・・・・俺にやらせてください、沖田先生!一度ならず二度も家名を汚した男に、情もへったくれもありません。これは・・・・・・俺に目をかけてくれている土方副長への忠誠です!お願いします!」

 その今にも泣き出しそうなほど潤んだ目は悲しいほどに真剣だ。その眼の色を確認すると、沖田は万太郎に気付かれぬよう小さな溜息を吐いた。

(私が近藤先生に対して抱いている感情を――――――いや、もしかしたらそれ以上の感情を万太郎さんは土方さんに抱いているかもしれませんね)

 確かにろくでもない大阪隊の中でも唯一人生真面目に諜報活動をしていた万太郎に、土方はかなり目をかけている。それが余程嬉しかったのか、万太郎は精力的に仕事をこなしていた。むしろ足を引っ張る大阪隊が撤退してからは、さらに懸命に任務に取り組んでいると言っていいだろう。

(かといって衆道、って感じでもないんですけど・・・・・・やっぱり忠誠、なのかなぁ)

 言葉は悪いが捨て犬が拾ってくれた人間にどこまでも懐くような、そんな雰囲気が万太郎には漂っている。

(まぁ、万が一仕留めそこなたら助太刀をすれば問題ありませんけど)

 万太郎には黙っているが、斉藤もこの人混みのどこかに潜んでいるはずだ。沖田は緊張に強張っている万太郎を促すと、谷の後追いかけるように八坂神社の階段を昇り始めた。



 八坂神社の境内に入ると谷は真っ直ぐ手水場に行き、水を飲み始めた。酔った所為かやたら喉が乾く。

「・・・・・ふぅ」

 柄杓に三杯ほどの水を飲んでようやく人心地ついた。やはり自分が自覚している以上に酔っているのだろう。頭のなかがぐるぐると渦を巻く様な不快な酩酊感にまともに立っていられないほどふらつく足許――――――無理して茶屋から出ずに酔いが覚めるまで休んでいれば良かったと濡れた口許を手の甲で拭ったその時、谷は背後に迫る殺気に気が付いた。

「な、何奴!」

 鯉口を切りつつ谷は振り返る。だが、酔って焦点が定まらないためか、それとも祇園の灯りを背負っている為か、相手の顔ははっきり見ることが出来ない。

(長州か、土佐か・・・・・・ここまで酔った状態では二人を相手に血路を開くのは難しいかもしれない)

 だが、この場で死んでたまるかという意地もある。ここで谷が死んでも嘆き悲しむものは少なく、試衛館派も伊東派も邪魔者が消えたと思うだけだろう。

(絶対に・・・・・・生き抜いて近藤や伊東の鼻を明かしてやる!)

 そう思った瞬間、谷は刀を抜き、言葉にならない奇声を上げながら二つの影に斬りかかった。だが、谷が刀を振り下ろそうとしたその時、二つの影はふた手に別れ谷の背後に回った。勢い余って谷はもんどりうつが、転ぶことだけは辛うじて免れる。

(このまま逃げられるか?)

 背後に敵に取られてしまった形ではあったが、目の前には八坂神社の階段が―――――開けた逃げ道が広がっているように谷には見える。平常だったら敵に背中を見せて逃亡するなどありえない話なのだが、酔った谷にそこまでの理性は残されていなかった。

(一か八か・・・・・・いくぞ!)

 正直脚は絡まり、まともに追いかけられては追いつかれるのは明白だ。だが、本能的に感じてしまった命の危機に抗う術を今の谷に求めるのは酷だろう。谷は不格好に身体を泳がせながら階段を駆け下りようとする。だが次の瞬間、不意に頭が割れそうなほどの激しい頭痛に襲われる。

「う、うおぉぉぉぉ!」

 絶叫し、激しく痛む頭を抱えながらそれでも階段を駆け下りようとする。だがそんな状況でまともに階段を駆け下りることなどできるはずもなく、谷は転びそのまま階段の一番下まで転げ落ちていった。



「あ、兄上!」

 八坂神社の鳥居の奥、絶叫と共に不意に視界から消えた谷三十郎に、万太郎は激しく動揺する。

「万太郎さん、落ち着いてください。」

 思わず谷の様子を見に走りだそうとした万太郎を、沖田が辛うじて押しとどめる。

「何故?もしかしたら兄が逃げているかもしれないのに!」

 沖田が自分を押しとどめる理由がわからず万太郎は食って掛かるが、沖田はゆっくり噛みしめるような口調で万太郎を諭す。

「落ち着きなさい、あの悲鳴が聞こえませんか?逃げていればそれに合わせて悲鳴も遠ざかるものですが、その様子もない・・・・・・私達が動くと却って厄介なことになります。谷さんの絶叫が途切れたのも気になりますし」

 そう万太郎を宥めつつ、沖田は鳥居の影に隠れつつ階段下の様子を探った。沖田の眼下、そこには地面に倒れ伏した谷とそれに群がる野次馬達が見える。最初のうちは痙攣を起こして手足をひくつかせていた谷だったが、その動きも徐々に弱まり、暫くすると動かなくなる。

(気を失っただけなのか、それとも・・・・・・)

 さすがにここからでは少し距離がありすぎて判りづらい。また痙攣の後にぴくりとも動かなくなったのも気がかりだ。動くに動けず、沖田が困惑を覚えたその時、ようやく遠くの方から『誠』と染め抜かれた提灯が近づいてきた。

「御用だ!ちょっと離れてくれ!」

 人混みをかき分け近づいてくるその声は、斎藤一のものだった。

「全くいつの間に・・・・・・いいところを全部持って行っちゃうんだからずるいですよねぇ、斉藤さんは」

 口を尖らせながら沖田は近づいてきた万太郎に声をかける。

「兄は一体・・・・・・?」

 さすがに気になって万太郎も階段下を覗きこむ。相変わらず谷はぐったりと倒れたままで、新選組の隊士らが近づいても動く気配を見せない。

「気を失っているか、それとも打ちどころが悪かったか・・・・・・酷な言い方かもしれませんが、私としてはむしろこのまま死んでくれた方がありがたいと思います。少なくとも実弟のあなたの手にかかるより遥かにマシな死に方ですし」

 沖田の低い声に万太郎は顔を強ばらせたまま頷いた。

「・・・・・・誰か、戸板を!この仏を祇園会所に運んでくれ!」

 必要以上に張り上げた斉藤の声が八坂神社の境内まで届く。自分達に気を使ってくれての事だろうと、沖田は苦笑いを浮かべた。

「万太郎さん、どうやら兄殺しの汚名を着ることはなくなりましたね」

「・・・・・・はい」

 少しホッとした色を滲ませる沖田の言葉に、万太郎は小さな声で返事をする。

「きっとご神仏があなたに罪を着せないようにしてくれたんですよ。八坂神社の神様にお礼だけ言ってから屯所に帰りましょうか」

 万太郎を気遣ってか、やけに口数が多くなっている沖田とは対照的に万太郎の口数はますます少なくなってゆく。万太郎は沖田の言葉に黙って頷くと、背後に従って本殿へと向かう。そして黙ったまま手を合わせた。
 若葉と土の匂いが色濃く立ち込める中、暫くすると万太郎の喉から嗚咽が漏れ始める。

「・・・・・・どこかで飲んでいきましょうか?」

 このまま屯所に帰還して報告をするのも辛いだろうと、沖田はらしくない提案を万太郎に持ちかける。だが、万太郎は悲しげに首を横に振った。

「・・・・・・いいえ、すぐ屯所に・・・・・・帰営しましょう」

 早く帰還して土方に報告をせねば――――――強く思うものの、万太郎の嗚咽はなかなか止まらない。

「すみません、沖田先生。もう少しだけ・・・・・・谷三十郎の弟として、兄の死を嘆かせてください」

 どんなにろくでもない兄でも血を分けた兄弟なのだ――――――しゃがみ込み、嗚咽を続ける万太郎を、沖田はそれ以上言葉を掛けること無く、ただ黙って見つめていた。



UP DATE 2014.2.22

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谷三十郎を尾行していたのは沖田と万太郎でした。多分、というかほぼ間違いなく沖田、斉藤あたりに命令は下ったんでしょうけど、責任感の強い万太郎のことですから自ら名乗りを上げたんでしょうね。ちなみに彼が京都に来ていたのは弟・周平の養子縁組解消がらみです。きっと三十郎に言う前に万太郎には事情を説明しておこうと土方が手紙でも出したのでしょう。それでいてもたってもいられず京都に来て、そのままこの現場・・・となっております。

そして今回谷三十郎の死因に脳疾患説を取らせていただきました。かなりお酒が好きだったようですし、史実に近い資料では刀傷は無かったとありますし・・・・・・拙作では『神仏のお情け』という名のご都合主義としてやってくださいませvきっとこのままだと万太郎は兄を殺した後、自分も切腹しかねませんので・・・この現場で一番ホッとしていたのは沖田かもしれません♪

次回夏虫の更新は3/1、土方への報告が中心となります。
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