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「短編小説」
鶴蔵てまえ味噌

鶴蔵てまえ味噌・其の参~豊島屋の白酒

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 霞たなびく春らしからぬすっきりした晴天を突き破るように霊峰富士が聳え立つ。淡い雪化粧を施した富士を堪能しながら中村鶴蔵はほんのりと甘い白酒をすすった。

「ふぅ・・・・・・やっぱり富士山を見ると『帰ってきたんだなぁ』って実感しますよね、歌右衛門兄さん」

 鶴蔵は今、兄分である四代目歌右衛門の江戸下りに随身して江戸に向かっている途中である。江戸三座の類焼から九年、鶴蔵にとっても九年ぶりの江戸だ。だからだろうか、三十路になり、それ相応の分別も付いている鶴蔵の筈なのだがやけに落ち着きが無い。

「それと、やっぱり助六に出てくる『富士の白酒』の味は違いますよねぇ!いやぁ、うめぇのなんのって!」

 普段から明るい鶴蔵だが、それとは少し様子が違う。不自然なほど陽気にはしゃぐ鶴蔵に、歌右衛門はその秀麗な眉を僅かに顰めた。

「おいおい、『助六』じゃあそんなことは一言も言っていないぞ、鶴蔵。うろ覚えも大概に・・・・・・」

「しかし『羽衣伝説』にちなんでいるんでしょ?だったらやっぱり富士の白酒じゃないですか。浅草の偽物じゃなく!」

 やんちゃだが先輩への礼節は絶対に失しない鶴蔵が、歌右衛門の話の腰を折るなどやはりおかしい。そう訝しんだ瞬間、歌右衛門はある事に気がついた。

「・・・・・・おまえ、まさか白酒で酔っ払っているんじゃないだろうね?」

「へへへぇ、酔ってなんていませんよぉ、歌右衛門兄さぁ~ん」

 その声は確実に酔っぱらいに声音である。歌右衛門は自分の落ち度に気が付き頭を抱えた。

(そうだ、こいつは酒の匂いで酔っ払うほどの下戸だった・・・・・・)

 酒豪が多い梨園では極めて珍しく、鶴蔵はかなり重症の下戸である。いつだかの地方公演では酒をくれるという客に断りを入れてわざわざ饅頭を貰ったほどだ。それだけに酒の類にはめっぽう弱く、女子供でさえ酔わない白酒にも頬を赤らめてしまう。

「この白酒が旨いから気分が良くなっているだけですってばぁ・・・・・・おぅ、主人!もう一杯おかわり!」

 なまじ口当たりが良い分、進んでしまうのだろう。さらに追加を注文してしまった鶴蔵に歌右衛門は慌てふためき、奥から白酒を持って出てきた主人に詫びを入れた。

「ああ、すみません。こいつには渋茶を一杯、白酒は私がもらいますから!」

 四代目歌右衛門は苦笑いを浮かべてみせの主人から白酒を受け取った。それを鶴蔵は恨めしそうに見つめるが、歌右衛門に睨まれ諦める。

「承知しました。では今お茶をご用意い致します・・・・・・ところで、不躾なことを伺いますが、お江戸のお方で?」

「ええ、そうですが?」

 歌右衛門は白酒をすすりながら小首を傾げる。

「では貴方様は『豊島屋の白酒』をお飲みになった事はございますか?」

 『豊島屋の白酒』――――――その一言を聞いて歌右衛門は合点した。鎌倉河岸にあるその店の白酒は年に一度、桃の節句前の二月二十五日にしか売り出さない。その為、客がその日に押しかけてしまい死者まで出したのである。
 さすがに今はそれを防ぐ為に店の前に矢来を組み、入り口で切手を販売してから奥でその切手と白酒を交換する方式に変えていた。それでも毎年警備に奉行所の同心が引っぱり出されるし、怪我人対策として店の中で医者が待機している程の人気だ。『同業者』として気になるのは当然だろう。

「ああ、三月に江戸にいればご相伴に預かるね。何せ年に一度しか売り出さない白酒、逃したらまた一年飲めないからね」

 特に気にして飲んだことがないので曖昧な返事をする歌右衛門だったが、それでも店の主はありがたそうに耳を傾けた。

「教えてくださってありがとうございます。いえね、同業者としてどんな味の白酒なのか気になって気になって・・・・・・しかし店を放り出して江戸に行くことも叶わず今に至っているんですよ」

 店の主が笑顔を見せたその時である。

「豊島屋よか・・・・・・俺ぁおめぇさんの白酒のほうがうめぇと思うぜ」

 酔っ払ってふにゃふにゃしていた鶴蔵が、不意に話に割って入ってきたのだ

「そもそも白酒を買うのに切手が必要、ってどういう事だよ!師匠の妹のお千賀坊の為に俺ぁ一晩中店の前で待たされたんだぞ!しかも菱餅もあられも無しでよ」

 どうやら白酒そのものの味より雛菓子をくれなかった恨みのほうが大きいらしい。店の主と歌右衛門は顔を見合わせて吹き出した。

「まぁまぁ、そればかりは仕方ありませんね。でも一晩待つとは・・・・・・そのお話を聞けただけでもやはり味わうのは無理だと思い知らされました」

 さすがにがっかりした表情を浮かべる店の主だが、それを覗きこんだ鶴蔵がとんでもないことを口走る。

「じゃあ、今度並ぶ時はあんたの分も買っておいてやるよ。どうせ並ぶついでだ。来年には絶対に買ってやるから待ってておくんな」

 思わぬ鶴蔵の申し出に店の主は目を丸くし、歌右衛門は大仰に溜息を吐いた。

「お前・・・・・・三十路になってまだ勘三郎さんの内弟子みたいな真似事をするつもりかい?まったくどこまでお千賀ちゃんに頭が上がらないんだか」

 さすがに勘三郎だって三十路になった一人前の役者に使いっ走りはさせないだろう。もう少し威厳を持てと忠告する歌右衛門に鶴蔵は唇を尖らせる。

「仕方ねぇだろ。師匠の妹だしよ、癇癪起こすとそりゃ手が付けられねぇし・・・・・・白酒屋の前で一晩明かすほうがまだましだよ」

 三つ子の魂百まで、とはよく言ったものである。きっと鶴蔵は一生千賀に頭が上がらないのだろう。
 鶯の恋鳴きがどこからともなく聞こえる中、歌右衛門は力のない笑いを浮かべてそびえ立つ富士山に目をやった。



UP DATE 2014.2.26 


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前の話と前後しますが、こちらは千賀と結婚する前の話になります。(実は千賀と結婚する前鶴蔵は別の女性と結婚していますが離婚してしまいました^^;)

まずは三回目にして鶴蔵の下戸が発覚してしまいました(爆)本当に駄目だったようで、皆がお酒を飲んでいる間ひたすら食べまくっていたりだとか、興業のお礼に饅頭をもらったりだとか・・・・・・拙宅『夏虫』の土方よりもヒドイ下戸なんです(^_^;)なので少しアルコールが残っている白酒なら酔っ払うんだろうな~とこんな話が出来上がりましたv
(白酒はお酒が残っていますが甘酒はお酒は一切入っていません。ちなみに私は甘酒は一切受け付けませんが白酒ならおK。友達と行った澤乃井酒造の白酒は美味でした~♪)
そしてこの頃から、というかこの話の時点から9年前(二十歳前後)まで鶴蔵は千賀に振り回されていたようで(^_^;)人気ブランドのバーゲンなどで彼氏が彼女の為に順番待ち、なんてことが現代でもありますが、まさにそれでしょう。しかも立場的に逆らえないし・・・・・・当時の2月末(現代なら3月末~4月上旬?)、まだまだ夜は寒いでしょうに、気の毒としか言いようがありません。こんなかんじでず~っと千賀の尻に敷かれているんでしょうねぇ(^_^;)

次回更新予定は3/26、多分魚介類あたりを・・・潮干狩りの季節でもありますし、鯛(桜鯛)なんかもいいですし。こちらもじっくりネタを練りたいと思っています(*^_^*)
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