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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章 第八話 谷三十郎の変死・其の肆

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「た、大変です!谷先生が・・・・・・祇園で殺されました!」

 そんな第一報が新選組屯所に伝えられたのは夜四ツの鐘が鳴る直前だった。初夏の清々しい夜に突如飛び込んできた七番隊組長の死に、西本願寺屯所は騒然となる。

「あの馬鹿、不逞浪士にでもやられたか・・・・・・三番隊が検分に向かっているんだな?だったら二番隊と八番隊!祇園を中心に不審者の捜索を!虱潰しに下手人を探しだせ!」

 自ら谷三十郎の暗殺を命じたことなどおくびにも出さず、土方は次々と指示を出してゆく。

(どうやら総司と万太郎はうまくやってくれたようだな。あとは目眩ましだけ、か)

 どれほど谷三十郎に非があろうとも『粛清』となれば隊内に動揺が走るのは必至だ。昨年の大規模な隊士補充から一年、ようやく戦力として役立つようになってきた隊士に辞められてはかなわない。
 少なくとも沖田と万太郎なら証拠を残さず任務を遂行してくれている筈だ。彼らが屯所に帰還するまでは時間を稼ぎ、隊内粛清だということを他の隊士から隠すのが自分の役割――――――土方は心のなかで呟く。
 だが、そんな土方の思惑などどこ吹く風、次々と屯所に入ってくる報告は土方が思いもしなかった方向に転がっていった。

「刀傷が・・・・・・無いだと?それは本当か、斉藤?」

 祇園会所から帰ってきた斉藤の詳細な報告に土方は目を丸くした。

「一体どういうことだ?」

 確かに手段の指定はしていないが、傷ひとつ負わせずに殺すことはむしろ刀で斬りつけるより遥かに難しい。沖田や万太郎は一体何をしたのだろうか・・・・・・喉元にまで出かかった言葉を辛うじて飲み込み、土方は掠れた声で斉藤に尋ねる。

「なんと言いますか・・・・・・いっそ不逞浪士に斬り殺されたのであればまだ体裁が保てたような・・・・・・」

 斉藤も斉藤で、普段の彼からは考えられない、奥歯に物が挟まったような物言いをする。一体何があったというのだ――――――土方は苛立ちを露わに斉藤に詰め寄る。

「はっきり言え、斉藤!報告に体裁も何もねぇだろうが!」

 土方の剣幕に、斉藤は諦めたように首を横に振り、重い口を開いた。

「はっきり言ってしまえば飲み過ぎによる頓死、というのが一番近いでしょうか。まるで酒樽でも被ったように酒の臭気がものすごかったですし、顔もかなりむくんでいましたし・・・・・・酒樽で溺死した、と言われても俺は信じてしまうでしょう」

 困惑を露わにしながらの斉藤の言葉を聞き、土方は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「酒樽で、溺死・・・・・・」

 土方は頭痛を覚え、こめかみを指で揉んだ。確かに生前の谷は――――――特にここ最近は浴びるように酒を飲んでいたが、死んだ後にまで酒の臭いを漂わせるとは思わなかった。正直酒が苦手な土方としては信じられないし、そんな死に方は絶対にしたくない。

「確かに・・・・・・いっそ刀傷の一つでもあれば名誉の戦死、とても言えるが酒の臭いをプンプンさせてぶっ倒れて死んだとなると、会津への報告も、なぁ」

 組長格の者が他の誰かに殺されるというのも問題だが、酒の飲み過ぎで頓死というのもやるせない。詳細は沖田や万太郎が帰ってきてから――――――土方は下唇を噛み締めながら斉藤を下がらせた。



 沖田と万太郎が帰ってきたのは斉藤の報告が終わって四半刻もしない頃だった。ばたばたと落ち着きのない屯所の中、微妙な表情で副長室を覗きこむ。困惑に眉毛を下げたその顔は、先程の斉藤と瓜二つだ。まぁ、谷のあの死に方では仕方ないだろうと土方は無い新苦笑する。

「土方さん、ただいま帰還しました。さすがに七番隊組長が死んだとなると隊内も慌ただしいですね」

 まるで他人事のように語る沖田に、土方は肩をすくめる。この男はどんな仕事を任されても飄々としている。だからこそどんな汚れ仕事でも安心して任せられるのだが、今回ばかりは少々勝手が違う。

「ああ、死に方はともかく幹部の一人ではあったからな・・・・・・ところで万太郎は?」

「いますよ。万太郎さん、土方さん直々のご指名です」

 冗談めかしながら背後にいる万太郎に声をかけると、沖田はまるで忍び込む猫のようにするりと副長室に入り込む。そして沖田に続いて目を真っ赤に腫らした万太郎が入ってきた。

「単刀直入に聞くが・・・・・・おめぇら、一体谷に何をしやがった?」

 今まで書物をしていた筆を置くと、土方は低く唸るような声で沖田に尋ねる。その表情は明らかに苛立っている――――――沖田はまぁまぁと土方を宥めつつ、事の顛末を報告し始めた。

「実のところ何もしていません。強いて言えば・・・・・八坂神社で谷さんの背後に立ったというくらいですかねぇ。ね、万太郎さん?」

 沖田の問いかけに万太郎も頷き、重い口を開く。

「兄は、私どもの気配を感じ逃げ出しました。正直あの逃げ方は『士道不覚悟』、切腹と告げられても文句は言えないでしょう。そして逃げ出したはいいのですが、階段の途中で頭を抱え・・・・・・階段を踏み外して頭でも打ったのかもしれません・・・・・・そのまま立ち上がる事はありませんでした」

 声をつまらせながら起こった出来事を報告する万太郎の後を継ぐように、今度は沖田が口を開いた。

「人目があったので亡くなった瞬間を見ることは出来なかったんです。私達が見たのは谷さんが死んだ直後、鳥居の影に隠れて確認しただけです。そこに斉藤さんがやってきて・・・・・・」

「ああ、その後のことは斉藤から聞いている。まるで酒樽で溺れたようだ、って奴は言っていたな。それにしても・・・・・・」

 土方は襟を少しくつろげながら天井を見上げる。

「こんな偶然もあるんだな。神仏なんざ信じちゃいねぇけどよ・・・・・・万太郎、おめぇには付いているのかもしれねぇぜ、まっとうな神仏がよ」

 万太郎に強く押し切られて谷の暗殺に参加させたが、正直土方としても実弟の万太郎にこの仕事はさせたくなかった。兄弟の情に流される心配というのも勿論あったが、それ以上に万太郎の生真面目さが自らを追い詰めるのではないか――――――そう心配していたのだ。だが、今回に関してはそれは避けられたのである。そして同じことを考えていた人間は土方の他にもう一人いた。

「きっとそうでしょうね。大阪の神様辺りでしょうか・・・・・・万太郎さんは日頃の行いがいいですから、誰かさんと違って」

 沖田が最後に呟いた余計な一言に土方の眉毛がぴくり、と跳ね上がる。

「総司、それは嫌味か?」

 今にも噛みつかんばかりの表情を浮かべる土方に対し、沖田は爽やかな笑みを浮かべる。

「いいえ、事実を述べたまでです。小夜がいるときに限って人の休息所に転がり込んできたり、故郷に花街から届いた恋文を束で送るような真似をするから肝心なところで神様に見捨てられて振られるんですよ」

 しれっ、と言い放つ沖田に、土方はあからさまに渋い表情を浮かべた。

「あの・・・・・土方副長」

 沖田とのやり取りが終わったのを見計らって、今度は万太郎が恐る恐る土方に声をかける。

「私はそろそろ大阪に戻っても宜しいでしょうか?」

 兄・三十郎の葬儀には出ずに――――――万太郎の言葉の裏に隠れた決意に、土方は真顔になる。

「兄貴の葬儀には出なくていいのか?」

 真っ直ぐに万太郎を見つめる目には憐憫の色が滲む。鬼の副長と揶揄されるが、土方ははかなり情に厚い男である。せめて兄の葬儀に出てからでも・・・・・・そう言いかけた土方の言葉を遮るように、万太郎はきっぱりと言い放った。

「ええ、隊命とはいえ兄をこの手にかけようとした不肖の弟です。葬儀に顔を出すなんて許されるとは思っていません。それに罪悪感を抱えたまま葬儀に出てしまえば、うっかりボロを出してしまうかもしれませんので。なので弟の周平を喪主に葬儀を・・・・・・」

 罪悪感を抱え続ける万太郎に、土方は悲しげな笑みを見せる。

「解った。ならば今夜のうちに出立したほうがいいか」

「はい。それに戦を匂わせるような風が大阪にも吹き始めています。下手をすればこの夏にでも再び長州討伐が行われるかもしれません」

 その顔は既に兄を不慮の事故で失った弟の顔ではなく、大阪の闇の中、隊に有益な情報を絡めとろうとする監察方の長の風貌を備えた一人の男であった。 その表情を確認すると、土方は先程とは違う、不敵な笑みを浮かべる。

「それでこそ俺が見込んだ男だ。万太郎、大阪を頼んだぞ」

「承知」

 兄の死を微塵も感じさせないその顔は、冷徹な新選組の隊士そのものであった。



 会津藩藩医・南部の見立ての結果、谷三十郎の死因は『頓死』とされた。その亡骸は生前の私室に横たえられ、線香が手向けられている。

「ここ最近飲まれる量が増えていたみたいですね。しかもこれほどまで酒に臭いを漂わせているとは・・・・・・もうかなり時間は経っている筈なのに」

 顰め面を露わにしながら南部は呆れたように溜息を吐く。どうやら寝入りばなを起こされたらしく、いつもの彼らしく無く少々不機嫌そうだ。

「申し訳ありません。私の不徳のいたすところで・・・・・・」

 これからのことを考え、南部にこれ以上へそを曲げられては堪らないと、傍にいた近藤が何故か頭を下げた。そんな近藤の態度に南部は少し慌てる。

「いえいえ、近藤局長のせいじゃありませんよ。これは誰のせいでもない、本人の責任なんですから。

 南部は苦笑しながら呟くと、眠たげに目をこすりつつ早々に新選組屯所を後にした。


 葬儀の後、荼毘に付された谷三十郎の遺骨は弟・周平によって大阪の本伝寺に埋葬された。これは次兄・万太郎の意向によるものであったという。隊を裏切るような横領をした兄を新選組隊士として埋葬する事に引け目を感じたのか、はたまた自分の足で墓参が出来る場所に埋葬に、罪滅ぼしをするためだったのかは定かではない。
 ただ、谷三十郎の二人の弟はこの事件以後も新選組隊士として働き、周平は士取調役を務め、慶応三年の幕臣取り立て時に見廻組並を拝命、万太郎は表に出る事こそ無かったが大阪での諜報活動に心血を注ぐことになる。



UP DATE 2014.3.1

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今回は谷三十郎亡き後の新選組の動きを取り上げさせてもらいました。きっと第一報辺りは混乱していたと思うのですよ。何せ死んだ場所が祇園という、攘夷派志士のたまり場じゃないですか(^^)てっきり『殺された!』と慌てふためいたと思うんですよね~。で、第二報、第三報と続いていくうちに真実が判明していくわけでして・・・現代のニュースなんかでもそですよね。不確かな、だけどセンセーショナルな情報ばかりが先走ってしまって、後から知らされる真実は実は大したことなかったとか・・・いや、むしろ大したことがない方がいいのか(-_-;)

で、長兄が亡くなってしまった谷家ですが、周平は関西にいるうちは新選組隊士として行動しております。Wikipedia先生に聞いてみたら江戸で脱走したとか・・・というかむしろ大阪に残ったと考えたほうが自然な気がするのですが(^_^;)万太郎は三十郎の死後隊士として名前は上がってきませんが、弟がここまで在籍していたからにはやめてしまうとも考えにくいんですよね・・・なのでこれからも監察として諜報活動に勤しんでもらいますvなんか好きなんですよ~彼(*´∀`)

次回更新は(可能だったら)3/8、第二次長州討伐前夜~将軍崩御辺りを取り上げたいな~と思っておりますv
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