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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・春夏の章

桜葬・其の壹~天保六年三月の思い出

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 春の風に乗って桜の花びらが一枚、ふわりと空に舞う。まるで小さな蝶のような軽やかさに、澄庵は思わず目を細めてそれを見つめた。
 ここは四谷・東長寺。彼岸を過ぎたこの日、澄庵は一人墓参りに来ていた。東長寺は澄庵の実家の墓がある場所であり、澄庵にとって大事な人の墓のある場所でもある。彼岸の喧騒を避けたこの日、澄庵は実家の墓参を早々に終えると、急くようにその人の墓へと向かう。

「・・・・・・もう十年にもなるのか」

 若くしてこの世を去った彼の人の為に作られた小さな墓は、まるで彼女そのもののように愛らしい。澄庵自ら月命日に来ては墓石を磨きあげているた汚れこそ無いが、十年の月日は少しずつ墓石に刻み込まれていた。

「佳奈・・・・・・やっぱりお前の頼みは聞き入れてやれなさそうだ」

 その声が閨で囁く睦言のように甘いという事実に澄庵自らは気付いているのだろうか――――――はらり、はらりと桜が散りゆく中、澄庵は手を合わせ十年前の悲しいほどに幸せだった日々を思い出していた。



 澄庵こと真丘悠馬と母方の従姉妹である永江佳奈は乳兄弟の間柄でもあった。佳奈の母親が産褥で亡くなった為、悠馬を産んだばかりだった悠馬の母親が二人を一緒に育てると申し出たのだ。ちなみに悠馬の母親と佳奈の母親は姉妹である。
 旗本ととは言え御家人に毛の生えた程度の貧乏旗本、乳母など雇う余裕も両家には無かったし、幸いな事に悠馬の母親は乳の出が良すぎて困るほどだったので二人の子供を育てるのに何ら問題は無かった。だが、佳奈は蒲柳の質だった彼女の母親に似た上に、生まれつき心臓が弱かった為、臥せってしまう事が多かった。そんな佳奈を見てきた悠馬が医者を志すことになったのはごく自然の成り行きだろう。

「佳奈、俺は絶対に医者になってお前の心臓を治してやる!」

 悠馬は佳奈を見舞うたびにそう告げて、華奢な手を強く握りしめた。

「家の後を継ぐのは兄者だし、父上も母上も俺が医学を志す事を渋々ながら了承してくれた。まぁ婿に行くにも持参金が無いから、っていうのもあるけどさ」

 冗談めかして告げる悠馬に佳奈はクスクスと笑う。

「もう悠馬はそんなやんちゃな事ばかり言って・・・・・・じゃあ佳奈は待っておりますから、絶対に治してくださいな」

 透けるような白い肌は熱っぽさによるものなのか仄かに桜色に染まっている。潤んだ瞳も熱によるものなのだろうが、それでもどきりとするほど艶かしく悠馬の目には映った。そのたおやかさに思わず手折ってしまいたくなる衝動に襲われながら、悠馬は強靭な理性でそれを耐え忍ぶ。そう、いつの間にか悠馬は佳奈に対して『病弱な従姉妹』以上の想いを抱くようになっていたのである。

(もし佳奈が普通の身体に生まれていたら・・・・・・)

 既に自分は佳奈を許嫁にしていただろう。いとこ同志の結婚は決して珍しいものではないし、双方の親も許してくれただろう。だが、それを妨害するのは他でもない病弱過ぎる佳奈の身体だった。

(この身体じゃ子供を成すどころか、情を交えるのも難しいかもしれない)

 男女の情交は身体に、特に心臓に負担がかかる。芝蘭堂に運ばれてくる瀕死の者の中にも情交の最中に倒れたというものも少なからずいるのだ。勿論どうにかして想いを遂げる方法はないかと師匠である大槻玄沢にも尋ねた事があるが、やはり心臓が弱い女性に対し、無理強いをしてはならないと窘められただけだった。

「虚しいかもしれぬが、邪念は別のところで吐きだせ。そもそもお前が医者を志したのはその娘の身体を治してやるためであろう?辛いだろうが耐えろ・・・・・・儂がお前に教えてやれることはそれだけだ」

 大槻の見立てでは、子供を生むどころか男と情を交えることすら無理だろうとの事である。ただ見つめ合うだけ、そして手を握るだけ。せいぜいが接吻を交わすぐらいしかできないだろう。達観できたかと言われれば嘘になるが、それでも悠馬は佳奈を少しでも長く生かすためにと腹を括った。

(たとえ男と女の関係になれなくても――――――佳奈の一番近くにいることができれば、それでいい)

 どちらにしても己の欲望をむき出しにしても、年より幼い佳奈は怯えるだけだろう。ならば優しい従兄弟の仮面を被って傍についていた方がいい――――――あの日を迎えるまで悠馬は自らにそう言い聞かせ、己の恋心を諦めていた。



 幼い頃のまま、穏やかに終焉を迎えると思い続けていた悠馬と佳奈に思いがけない話が降りかかってきたのは二人が十七歳になった春、梅の花が綻び始めた時期だった。

「義兄上、悠馬・・・・・・頼みがある!」

 梅見の宴を催すからと佳奈の父親・永江世之介に呼び出された悠馬と悠馬の父親は、突如佳奈の父親に頭を下げられた。しかも土下座だ。永江の思わぬ行動に慌てふためく二人を他所に、永江は悲壮な声で二人に信じられないことを頼み込む。

「一夜だけでいいから・・・・・・悠馬を佳奈の夫として迎えさせてくれないか」

 一瞬何のことだか解らず呆けた表情を浮かべた二人だったが、その意味を把握し怒りを露わにしたのは悠馬の父親だった。

「おい、世之介!冗談にしてもたちが悪すぎるぞ!仮にも旗本の娘を一夜妻に、なんて口に出すべきではないだろう!それでなくてもあの体だ、夫婦事などしたら確実に佳奈は死・・・・・」

「義兄上、あれは秋まで保たぬ」

 悠馬の父親の激昂に対し、永江は悲しげに呟く。

「長くても夏を越せるか越せないか・・・・・・いつ心の臓が止まってもおかしくない、覚悟をしておけと、昨日医者に告げられた」

 沈痛な面持ちのまま永江は続ける。

「悠馬に傷をつけることは百も承知だ。だから・・・・・・届け出はしない。ただ、悠馬を慕っている佳奈があまりにも不憫で・・・・・・一夜だけでも佳奈に普通の娘としての幸せを味合わせてやりたいと願う、愚かな親心だと思って・・・・・・」

 永江の目からぽたり、ぽたりと涙が落ちて袴を濡らす。その男泣きの涙を見て、何を思ったのか、今まで黙りこくっていた悠馬が口を開いた。

「叔父上・・・・・・いえ、義父上、その旨、了承いたしました。その話、受けさせていただきます」

 迷いの欠片もない、きっぱりした物言いに驚愕を見せたのは悠馬の父親である。

「悠馬!お前は何を言っているかわかっているのか?」

 愕然とする父親に対し、悠馬はこれ以上はないと思われる華やかな笑みを見せた。

「はい、これでも芝蘭堂に通わせて頂いておりますので。しかし、それ以上に私も佳奈を・・・・・・愛おしいと思っております。従姉妹としてではなく一人の女性として。だからせめて彼女がこの世を旅立つまで、傍にいさせてください。お願いします」

 そもそも悠馬が医学を志したのは佳奈の病を治すためだった。その事を悠馬の父親は改めて思い知らされる。

「・・・・・・解った。お前にそれだけの覚悟があるなら・・・・・・認めよう」

 納得はいっていないが仕方がないと、悠馬の父親は渋々了承した。



 届けでもしない、仮初の夫婦とはいえ、祝言も挙げないのはあまりにも不憫だと、祝言の準備に取り掛かったため二人の祝言は三月に入ってからになってしまった。両家の親と兄弟だけの簡素な式だったが、表に知らしめるための式ではないので問題はない。それよりも悠馬が気になるのは佳奈の衣装である。
 白無垢を着た佳奈はとても美しく、悠馬はまじまじと見つめてしまう。その視線を感じた佳奈は頬を赤らめ悠馬の隣に座った。

「では盃を」

 本来なら雄蝶雌蝶の姿をした子供たちが差し出すものだが、生憎今回は年頃の子供達がいなかった。そこで悠馬の兄が盃を差し出す。

(兄上・・・・・・)

 今にも泣き出しそうな、沈痛な面持ちの兄の顔を見て、悠馬は幸せそうに微笑んだ。

(きっと兄者は、死にゆく娘を娶る俺を哀れんでくれているのだろう。だけど・・・・・・)

 悠馬は微かに甘い酒を喉に流しこみながら心の中で呟く。

(兄上の気持ちはありがたいけど、俺は今までの人生の中で一番幸せを感じているんだ)

 優しい兄に罪悪感を感じながらも、悠馬はこれから迎える至福の時間に心躍らずにはいられなかった。佳奈を我がものにできる――――――その場にならなくては判らないが、少なくともひとつの褥で眠ることができるのだ。

(あわよくば、抱ければ御の字だけど・・・・・・接吻くらいはできるかな)

 白無垢姿で恥ずかしげに俯く佳奈を横目で盗み見ながら悠馬は逸る心を必死で抑え続けた。



 佳奈の身体に負担をかけないようにと、三三九度だけの簡単な式を終えた悠馬と佳奈は、二人揃って用意された寝所に入った。

「佳奈、疲れていないか?」

 いち早く抱きしめたいという男としての気持ちを押さえつけながら、悠馬は『医者の卵』の顔で佳奈に尋ねる。そんな悠馬の優しさを感じたのか佳奈はにっこり微笑みながら頬を染めた。

「少しだけ・・・・・・疲れた、というよりむしろ緊張しております」

「緊張?」

 意外だと言わんばかりの悠馬の問いかけに、佳奈は顔をさらに真っ赤にして俯いてしまう。

「だって・・・・・・こんな場面で緊張するなという方が・・・・・・」

「あ、ああ、そうか・・・・・そうだよね」

 佳奈の指摘に、悠馬も急に気恥ずかしさを覚えて俯いた。その口調や顔色からすると、佳奈はそれほど疲れを感じていないらしい。だが、あくまでも感じていないだけで、もしかしたら緊張の影に疲労が隠れてしまっているだけとも考えられる。そこは悠馬の観察眼が試されるところでもあった。

「でも・・・・・いや、だからこそ今夜は俺に全てを任せてくれないか?佳奈に無理はさせてくないから・・・・・・好きだよ、佳奈」

 力強い悠馬の言葉に、佳奈は恥じらいながら小さく頷く。そしてそれを確認した悠馬はそっと佳奈の手を引き、己の胸の中へ佳奈を抱き寄せた。



UP DATE 2014.3.5

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今月の話はワラ店に居を構える謎の医者・澄庵が主役の話(しかも死ネタ)になります。書こう書こうと思いつつイメージが沸かず、結局こんなに遅くになってしまいましたよ(^_^;)
本文の補足になりますが、澄庵こと真丘悠馬は乳母が雇えない程度の貧乏旗本の次男坊です。で、病弱の従姉妹で乳兄弟の佳奈を救うために医学の道を志したのですが、どうやら間に合いそうもなく・・・(T_T)なお芝蘭堂に入れたのはひとえに澄庵の熱心さによるものです。元々は他の医学所で勉強していたのですが、その才能を認められ、引っこ抜かれた、というところでしょうか・・・・・そのうち書けたら(または他にネタがなければ)書くかもしれません(^_^;)

そして次回は★付きになります(*´艸`*)病弱な佳奈相手ですのでそれほど激しいプレイは無いと思いますが(おいっ)たまには初々しいエロもいいでしょう♪ということで次回をお待ちくださいませv
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