FC2ブログ

「短編小説」
鶴蔵てまえ味噌

鶴蔵てまえ味噌・其の肆・比丘尼と嫁菜

 ←烏のおぼえ書き~其の三十八・江戸の花見の名所 →烏のまかない処~其の百四十四・ハーゲンダッツ・桜味
 嘉永五年、鶴蔵の兄分であった四代目歌右衛門が上方で亡くなった。大阪の贔屓は『ぜひ大阪に墓を』と希望したが、元々歌右衛門は江戸の人であるし代々の墓も江戸にある。
 というわけで鶴蔵は歌右衛門を江戸に返すため、その遺骨を持って江戸へと向かっていた。その嘆きは深く、それこそ水さえも喉を通らないのではないか――――――鶴蔵の弟子は心配したが、彼はすぐにその考えを改めざるを得なくなった。

「まったく体を動かすと腹が減ってたまらねぇ。しかも歌右衛門兄さんを抱えてるとあっちゃあ神経もすり減らして余計に腹が減らぁ。おい、雪蔵!なんか饅頭でも買ってこい!」

 大阪を出立して二刻も経たないうちに飛び出した言葉がこれである。雪蔵が自らの考えを改めざるを得なくなるのも無理は無い。
 まだ二十歳そこそこ、まだ食べ盛りから抜け切れていない雪蔵よりも食べているのではないかと思うくらい鶴蔵はよく食べる男である。しかもその種類を全く選ばないときているのだ。
 上は高級料亭の会席料理から下は屋台の稲荷鮨までこの男の胃袋に入らないものは無いのでは?と疑いたくなるくらい取り敢えず何でも口にする。唯一鶴蔵が口にしないものは酒ぐらいだろうか。
 そんな鶴蔵が『腹が減った』と駄々をこねだしたのは甲州街道の祖母石のあたりだった。前日騒ぎすぎて寝坊をし、ろくな朝食を食べぬまま宿を飛び出してしまったのは災いした。韮崎宿まであと少しというのにその場に座り込んでしまったのだ。

「お師匠様・・・・・・あと半里ほど歩けば次の宿場に辿り着くはずですから、もう少し辛抱してもらえませんか?」

 だが、相当疲れているのか鶴蔵は立ち上がろうともしない。

「ったく、兄さんのお骨なんざ抱えていなけりゃ道中で食べる饅頭や羊羹くらい持っていけるのによ・・・・・・兄分に気ぃ使いながら、ってぇのは性に合わねぇ!」

 どうやら純粋に腹が減って、というより歌右衛門の遺骨に気を使いながら歩くという精神的な疲労が大きいようだ。いい大人が座り込み駄々をこねる姿は到底鶴蔵の贔屓には見せられたものではない。

「仕方ないでしょう。諦めてください、お師匠様」

 今にも歌右衛門の遺骨を放り投げだしてしまいそうな勢いの鶴蔵を雪蔵が窘めたその時、春風に乗って若い娘の歌声が流れてきた。鄙びた歌詞からすると地元の娘達が歌っている可能性が高い。そうすればなにがしかの食料にありつけるかも、と鶴蔵はふらふらとその声の方へ歩き始めた。

「ちょ、お師匠様!どこへ行くんですか!」

 慌てはするが、特に急ぐ旅でもないので仕方なく雪蔵もその後について行く。すると街道脇の少し開けた野原で二人の比丘尼が野草を摘んでいたのを発見した。
 その若さ、妙な色気からすると本物の比丘尼ではなく『色比丘尼』、つまり尼の格好をして春をひさぐ女らしい。着物の裾をからげ膝まで露わにしながら野草を積む姿ははちきれんばかりの若さに溢れ、男ならふるいつきたくなるだろう。
 だが、腹の減っている鶴蔵はうら若き比丘尼の白い脛には目もくれず、その手に摘まれた野草にしか目が行っていなかった。

「すみません、そこの比丘尼殿。もしかしてこれから食事でございますか?」

「ええ、そうですけど・・・・・・」

 食い気に満ち溢れ、自分達が手にしている嫁菜に吸い付いている鶴蔵の視線に慄きながらも、年上の比丘尼が返事をする。年の頃は二十五、六、少し垂れ気味の目尻が愛くるしい。江戸でもなかなかお目にかかれない程の上玉だったが、生憎鶴蔵の興味は彼女が手にしている嫁菜にしか無い。

「もし良かったら少し我々にも分けていただけませぬでしょうか。勿論お礼は致します」

 若い比丘尼達は思わず顔を見合わせたが、骨壷を抱え、情けない表情で必死に訴えてくる中年の男の懇願に同情したのか頷いてくれた。



 彼女達が仮の宿をとっている古ぼけた小屋に入ると、切れ長の涼やかな目をした年若の比丘尼が米を取り出し研ぎ始めた。江戸と違い白米だけを炊く習慣のないこの地方でこれは極めて贅沢だ。確かに雑穀より早く膳を出すことは可能だが、さすがに鶴蔵もいたたまれなくなる。だが尼僧達は嫌な顔ひとつせず旅人のために食事の準備をしてゆく。

「ご飯が炊きあがるまでお待ちいただけますでしょうか。その間こちらをどうぞ。田舎のおかずですのでお口にあうか解りませんが・・・・・・」

 と、年かさの比丘尼に差し出されたのは大根の漬物だった。山中で塩が貴重品なのか塩気はやや薄かったものの、二人共遠慮無くばくばくと食べつくす。さらに凍豆腐に嫁菜を絡めた煮物も出された。江戸や上方の食事に比べたら質素極まりないが、それでも比丘尼達の心尽くしが嬉しい。そんな食事をしている間に、ようやく飯が炊きあがった。

「お待たせしました。お口にあうかわかりませんが・・・・・」

 ほんのりとした玄米の香ばしさと嫁菜の爽やかな青さが香る菜飯が鶴蔵と雪蔵の前に出される。

「ありがたい。恩にきます!」

 そう言うと二人は一粒残さず雑穀飯を食べつくした。その食欲に比丘尼達は唖然とする。

「本当に助かりました。これはささやかですがお納めください」

 鶴蔵は二朱銀を幾ばくか包み比丘尼達に渡す。それは彼女達の花代数日分に相当する額だった。懐紙に包んであるとはいえ、手触りでそれを察知した比丘尼達は顔色を変える。

「いいえ、確かにお米は貴重品ですが、これほどでは・・・・・お相手もして・・・・・・」

 そう言いかけた比丘尼の言葉を鶴蔵は遮る。

「お気になさらずに。これはあくまでも『神仏に対する喜捨』ということで」

 あなた方はあくまでも真面目な比丘尼、だからこれは花代ではなく喜捨なのだと強く言い放つ。そこまで言われては受け取らないわけにも行かないと比丘尼達は渋々それを受け取った。

「それとこれを・・・・・・何か困ったことがあった時、歌舞伎好きの道楽者にこれを見せれば何かと力になってもらえるはずです」

 その短冊には『捨てかねた世や嫁菜摘む尼二人』とあまり上等とは言えない句と共に『中村鶴蔵』の名が書かれている。小首を傾げる比丘尼達に対して、雪蔵が苦笑いを浮かべながら説明する。

「うちのお師匠さん、こんな食い意地っぱりですけど、歌舞伎の世界じゃ相当な売れっ子なんですよ。だからその名前を出せばきっとあなた達の助けになるはずです・・・・・・たぶん」

 そう言って二人は比丘尼達の小屋を後にした。そして若い比丘尼達が彼らの正体を知るのはこのおよそ一年半後、『與話情浮名横櫛』の蝙蝠安の噂が韮崎まで伝わった時であったという。




UP DATE 2014.3.26 


Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

INランキング参加中v
こちらはブログ村の小説ランキングにリンクしております。



こちらは画像表示型ランキングですv
 



回を進めるごとに鶴蔵のマダオ化が進んでいく気がしている今日このごろです。いや、先輩の骨壷抱えて言う科白が『腹減った』って・・・今月の紅柊同様『死ネタ』のはずなのにこの違いは一体何なんでしょう(^_^;)これも鶴蔵のキャラクターなのかもしれません。でも私は結構好きです、こういうしょ~もないおっさん。
今回は駄々をこねた挙句、田舎の比丘尼にたかって飯にありついている鶴蔵ですが、たぶん宿場までは歩けたはずなんですよね~。ただ弟子に我儘を言いたかっただけのような気がしないでもない・・・・・そこに若いおね~ちゃんの気配を感じたからスケベゴコロでふらふらと誘われちゃったんだろ~と思われます。ただ、あまりにも比丘尼達が質素な生活をしていたのでスケベゴコロまで露わにするのは気が引けたのでしょう・・・・・・そういうことにしておいてください(-_-;)

次回更新予定は4/30(旦那の実家帰省の関係で前後にずれる可能性あり)、筍で面白いエピソードがあるのでそれを取り上げる予定です(次回はおっさんではなく悪ガキ鶴蔵が登場します♪)
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のおぼえ書き~其の三十八・江戸の花見の名所】へ  【烏のまかない処~其の百四十四・ハーゲンダッツ・桜味】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のおぼえ書き~其の三十八・江戸の花見の名所】へ
  • 【烏のまかない処~其の百四十四・ハーゲンダッツ・桜味】へ