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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の拾壹・花火(岡田以蔵&少女)

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元・土佐藩郷土、岡田以蔵は勝海舟の護衛として四条河原の納涼床に来ていた。残暑の夜空を花火が彩り人々が喝采を上げる中ただ一人、以蔵は仏頂面を決め込んでいる。

 幕府の重鎮の従者らしく、残暑厳しい最中にも拘わらず一分の隙もなく着物を着こなしている姿は一端の武士そのものだがその気配は生まれついての幕臣とは異質のものである。
 火熨斗のかかった袴を着け、月代や髭を剃り上げてもこの年の一月まで京都を震撼させていた『人斬り以蔵』の妖気は隠しようがない。どんなに体裁や見目を整えても以蔵は『野獣』そのものなのだ。

 師匠・武市半平太が結成した土佐勤王党で師匠の役に立つ為にそして勤王党の一員として生きて行く為に『人』であることを捨てた名残は入墨のように消したくても消せるものではなかった。土佐勤王党の行動に疑問を感じ、脱藩してもそれは変わらない。

 先日も坂本龍馬の紹介された新しい主・勝海舟に『君は人を殺す事をたしなんではいけない。』と注意を受けたばかりである。郷士という不遇の身分故に暗殺者に甘んじていた以蔵を気遣い坂本も勝も何かと目をかけてくれるのだが、刻み込まれた野獣の本性を消すことは出来ないでいた。

「役人勤めは性に合わんぜよ。」

 師匠の教えに疑問を抱き、脱藩したはいいが思い出すのは師匠の事ばかりである。あの人に好かれたくて剣術を頑張ってきたのに・・・・その思いが日増しに募る。



 以蔵の瞳に微かな影がよぎったその時である。

「あ!お父ちゃんを助けてくれはったお兄ちゃんやんか!」

 以蔵の思考を破ったのは何と十歳ほどの少女であった。以蔵はその顔を見て愕然とする。そう、師匠の教えに疑問を抱いたのはこの少女との出会いがそもそもの発端だったのである。



 少女の父親・平野屋寿三郎は、商人ながら勅使・大原重徳東下の際に士分となり供をしていたが、収賄や横領などを行ったため評判が悪かった。
 一度ならまだしも、再び勅使に随行するというので、朝廷の威信失墜を懸念した長州・土佐両藩の志士が団結して『天誅』という名の暗殺を企てたのである。
 土佐からは岡田以蔵・千屋寅之助・五十嵐幾之助らが、長州からは寺島忠三郎らが加わり、平野屋寿三郎殺害しようとしたが、その時、父親の命乞いをしたのが目の前にいる少女だった。

「お父ちゃんを許したってください・・・・・。」

 白刃きらめく中、がたがたと震えながら父親の助命を嘆願する少女に以蔵の心が揺れた。他の仲間が少女さえ手にかけようとするのを止め、『町人だから』と殺すことはせず加茂川河岸の木綿を晒す杭に生き晒しにしたのである。この件以来以蔵の土佐勤王党での立場は悪くなりこの事件から半年もしない内に脱藩を余儀なくされた。



 その時、父親の命を懇願した娘が目の前にいるのだ。以蔵は慌ててあたりをきょろきょろと見回す。

「おまん・・・・・家族は?」

「あっちの河床。お父ちゃん、お仕事の話に夢中でうちのことなんか忘れとるんやないかな。」

 父親に連れられて来たのだろうか。一つ挟んで隣の河床を指さし少し寂しげに答える娘に、以蔵は己の姿を重ねてしまった。

「けんど、こがな所に来てしもうたらお父もぞうを揉むろう。送ってあげるから戻んちょき。」

 この暗さで子供が一人うろちょろしていたのでは人さらいに遭いかねない。自分の顔を覚えられている心配はあったものの放っておく訳にはいかず、以蔵は少女の手を引こうとした。しかし、少女は以蔵の手を振り払いかぶりを振る。

「嫌や。うち、この花火したいんや。」

 手に持っていたのは線香花火であった。あまりにも小さく、この草いきれの中では万が一火花が散っても火事になることはないであろう。だが、子供の火遊びを容認する訳にもいかない。

「おう、岡田。手こずってるようだな。」

 不意に頭の上から声がした。見上げると河床の上から勝が面白そうにこちらを見ているではないか。

「あ・・・・申し訳ありません。」

 歓談中の主の気を逸らしてしまうとは従者失格である。使い慣れない武家言葉を駆使し、以蔵は頭を下げる。

「いいって事よ。おめぇさんの困惑している顔なんざそうそう拝めるもんじゃねぇ。お嬢ちゃん、線香花火か?だったらそのおじさんを貸してやるから楽しんでおいで。」

 半ば楽しんでいるように勝は以蔵に席を外す許可を与えた。



 ぱちぱちと火花を放ちながら咲き誇る線香花火は夏の終わりを予感させる。募るほどの想いを抱きながら師匠の元へ帰れぬ自分はどこに向えばいいのだろうか。
 志の為なら幼子の嘆願さえ無視せよと言う師匠の言葉に納得は出来ない。だが、それでも自分の剣技を認め、ここまでにしてくれた師匠への恩、そして恋心にも近いあこがれを消すこともままならない。

(自分に目の前の娘の半分ほどの勇気があれば・・・・。)

 白刃の前に飛び出し、父親の命乞いをした幼い少女。この勇気さえあれば自分はもう一度師匠の元へ帰ることが出来るのではないか。その想いはしかし、線香花火のように儚く弱いものである。
 打ち上げ花火の明かりに消されぽとりと落ちるその弱々しい閃光に以蔵は己の心の弱さを痛感せずには居られなかった。



 以蔵が皮肉な形で土佐に帰ることが出来たのは次の年、拷問の末、土佐勤王党の所業を洗いざらい白状した挙げ句打ち首となる。

『君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後ぞ 澄み渡るべき 』

 死の間際になって武市の呪縛が解けたのであろうか。慶応元年夏、ぽとりと落ちる線香花火のように
稀代の剣客はあっけなくこの世を去っていった。



UP DATE 2009.8.18


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久しぶりの《幕末歳時記》です。しかしこれは『恋』なのか・・・・?BL少々入り気味(ただし片想い)ですが、たまにはこういうのも悪くはないかと。
岡田以蔵の資料を読むにつけ、どんどん切なくなってしまうのですよ~。学問が無い分、剣(暗殺剣)でがんばろうともがいているのに師匠を始め他の仲間からも疎まれたらしいです。
乱暴で酒色に溺れていたかもしれませんが、捕まった弟子に対して「あのような安方(あほう)は早々と死んでくれれば良いのに、おめおめと国許へ戻って来て、親がさぞかし嘆くであろう」はないと思うんですよ。ま、リーダーがこんなんですから土佐勤王党は潰れるべくして潰れたのかもしれません。

次回の更新は9月の頭、お題は『虫聞き』の予定です。(誰にするかは決めていません・苦笑)
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