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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第十三話 改革への障壁・其の壹

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 佐賀藩および福島藩は長崎御番を担っているため二年に一度、十一月の参勤、二月の就封(国への帰還)が幕府によって許されている。そしてこの時期の就封は関八州内の大名の参勤、就封と重なるため、江戸府内はやけに落ち着かないのだ。
 道の途中で互いの行列に出会えば身分相応の挨拶を交わさねばならないし、茶を一服するにも本陣の取り合いになってしまう。佐賀藩にとって幸いなのは東海道沿いにある小田原藩の藩主・大久保が老中を務めており、参勤・就封の必要が無いことだろう。だがそう思っているのは茂義や松根など斉正に使えている者達のみであった。

「ふん、大久保の洟垂れ小僧が・・・・・・老中面をして我らに対する接待の手を抜くとは何たることかっ!佐賀の方が石高は高いのじゃぞ!」

 すでに酔っぱらった斉直がくだを巻いているのは小田原の本陣である。藩主がいないから勝手なことはできぬと必要最低限の接待しかしない小田原藩の役人に対し、斉直は嫌みを言い放つと、小田原藩の役人は勿論、身内の斉正さえ顔をしかめるような派手な宴会を始めたのである。

「請役様、まだ二日目なのにいいのですか?この様な贅沢を・・・・・・」

 宴会の騒ぎを部屋の外から聞いている松根は、腕組みしている茂義に尋ねた。

「良い訳ないだろう!この二日で四百両が湯水の如く使われているんだぞ!こんな派手な宴会が続いたら行きで浮いた分をあったいう間に食いつぶす・・・・・・毎日二百両で三十日、最低でも六千両は確実に無くなるな」

 茂義の算段に松根の顔が強張る。

「う・・・・・・請役様、冗談も休み休み言って下さいませ。六千両だなんて・・・・・・行きは五千両でしたよ?そんな千両も多い出費なんて」

 松根は茂義の言葉を笑い飛ばそうとしたが、その顔は幾分引きつっていた。そう、松根も感じていたのである。この計算さえ甘い観測の上に成り立っていた砂上の楼閣だということを。



 宴会は来る日も来る日も続き、二十日目を少し過ぎたところで支出は当初茂義が予測していた六千両を超えてしまった。会計を任されている藤川が帳簿を茂義の前に持ってきて、どうしたものかと相談にやってきたのである。

「いい加減にしてくれ・・・・・・折角行きで五千両まで削減したのに、すでに六千両・・・・・・下手をすれば七千両を超えるぞ!」

 今日も本陣の大広間において前藩主斉直を中心とした宴会が繰り広げられている。特にこの時期は箱根の山を越えてしまえば他藩の行列に当たることもないため、本陣は使いたい放題だ。しかも本来本陣に引き入れることが許されない飯盛女さえも斉直は引き込んでいる。本陣の主も眉を顰めたが、落ちる金子には敵わない。女子衆を引き入れることを黙認し、そのかわり献上品を増やして藩から金を引き出そうと躍起になっているのである。

「飯盛ならばまだいいじゃないですか。この前なんか城内の御女中とおぼしき女性が差し出されましたよ」

 茂義と藤川の話に加わった松根が口をとがらせる。

「ああ、あれだな。あれは城下の遊女らしい。吉原ばりの料金をふんだくられた・・・・・・全くひどいものだ。これではいくら若殿が質素倹約に励んでも大殿によって使い果たされてしまう」

 茂義と松根、そして藤川は帳簿を見つめながら頭を付き合わせ、今後の方針を考えるが良い考えなぞそう簡単に思い浮かばない。結局この就封にかかった金は七千両を超え、佐賀藩の金蔵にさらなる打撃を与えたのであった。



 斉直の贅沢は旅路の途中だけではなかった。佐賀城三の丸に居を構えるや否や、取り巻きを集め贅沢三昧を始めた。斉正が率先して行ない、ようやく軌道に乗り始めた質素倹約令さえも無視するその行動に藩士、特に贅沢に慣れた上級藩士達は流れてゆく。
 さすがに斉正の面前では木綿の着物を身につけていた上級藩士も、家に帰るや否や絹の今まで着慣れている服を身につける。さらに一部の斉直の取り巻きは禁止されている歌舞音曲まで『大殿様もやっていらっしゃるから』とおおっぴらにやり始めたのである。
 勿論これでは領民に示しが付かないと斉正の配下が注意を促しに出向いたが、斉直の取り巻き達は聞く耳を持たない。そんな上層部の乱れは領民の耳にも入ることとなり、地主達を始め裕福な者達は斉直に倣い派手な生活を始めるようになってしまったのである。



 だが、事はそれだけでは終わらなかった。質素倹約令を出した斉正本人さえも斉直の前に出る際は、木綿の着物から絹の着物に着替えなくてはならなかったのである。いくら父親の前に出るためとはいえ、自分が率先して決めた倹約令に背く行動をしなければならないのだ。その為、斉正は一時期不眠症に悩まされたと後に記録されている。

「父上に礼節を尽くさなくてはならぬことは判る。しかし・・・・・・」

 斉正は目の前にいる松根にこぼす。さすがに藩政に実際に携わっていて、斉正以上の苦労を背負い込んでいる茂義に話せるような愚痴ではない。

「砂糖の栽培は成功したのだぞ!それなのに父上の取り巻きどもは・・・・・・」

 斉正は珍しく唇を噛みしめ、悔しげな表情を露わにした。

「久米や南部も悔しがっておりました。ようやく軌道に乗り始めた天建寺の砂糖黍畑を馬で荒らされたと」

 藩主に就任して一年目、斉正は産業育成を担う『山方(やまかた)』に経済手腕が見込まれた久米雄七や南部大七ら優秀な人材を登用した。
 彼らは斉正の命に従い地道に農村を回り綿花栽培などを試行、それらの中で天建寺で試作していた砂糖黍がうまく育ち始めたと報告を受けた矢先での騒動であった。

「半分ほどは何とかなりそうなので、頑張って砂糖の製造までこぎつけたいと久米が申しておりましたが・・・・・・」

 それだって斉直の取り巻きが邪魔をするかも知れない。心なしか松根の声も沈みがちである。

「商用作物は我が藩では難しいものがあるのかな・・・・・・話は変わるが、地主達が小作から搾り取っている加地子料だって問題だ。ただでさえ倹約令で我慢を強いて貰っている領民達が、あれのせいでやる気を無くしている。それにも拘わらず地主どもは父上の真似をして倹約令を守らぬ・・・・・・真面目に働いている者が辛い目に遭っているなどというのはおかしいではないか!」

 斉正の激高に松根も思わず頷く。

「本来ならば米相場が上がっている分、領民達だって少しは楽な生活が出来るはずなのに、その儲け分を加地子料で搾り取られております。あれではあまりにも非道すぎます」

 建前上は銭で固定した料金を支払えば済むはずの加地子料であったが、実際は米のまま地主に搾取され、米相場が高くなった時に地主達が米を売り払って儲けているというのが実情であった。しかも搾取する時は公定相場、つまり市場より遙かに安い相場で計算され、本来より多くの米を奪われてしまうのである。
 さらに佐賀藩は本藩直轄地のほか三つの支藩と親類や親類同格の領地がある為、各領主と藩任命の代官が併存し、年貢収納において両者が入り乱れて複雑な構造を呈している。本来ならばすっきりとさせたいところだが各家の利権も絡み、なかなか思うようにはいかず、そのしわ寄せは領民に行っている。

「自分達が作った米を食べることができないなんて・・・・・・代替作物として導入しようとしていた薩摩芋の栽培も我が藩ではうまくいかなかったそうじゃな。何故薩摩にできて我が藩ではうまくいかぬのであろう。そんなに我が藩の出来は悪いのだろうか?」

「いや・・・・・・あれは欲張って堆肥をやりすぎたのがいけなかったらしいと申しておりました。やたら肥え太ってしまった上に大味であったとか・・・・・・人間でも芋でも甘やかしすぎてはものの役には立たぬのでしょう」

 クスクスと笑いながらも、松根は薩摩芋に喩えてちくりと斉直を非難する。

「とにかく今は弘道館にいる若者達が一人前になり、若殿を支えられるまでになるのを待つしかございませぬ。確か今年中村彦之允や井内伝右衛門が弘道館を修了し、城に出仕することになるとか。いきなり重要な役職は無理でも若殿の側に付き従わせることは可能でしょう。彼らは殿の片腕になる存在です」

 熱っぽく語る松根であったが、それも斉正の悩みの種の一つであった。

「しかし・・・・・・どれほどの時間がかかるのか。現時点ではせいぜい松根、お前の配下にしか彼らを置くことはできぬぞ」

「願うところです。請役殿や須子藩の領主殿の配下では彼らは瞬く間に反対勢力によって潰されてしまうでしょう。不本意ではあるでしょうが、時が来るまで私の配下として城内のまつりごとに慣れさせるのも悪くはありません」

 できるだけ明るくいう松根であったが不安が無い訳ではなかった。果たして前藩主の権力がいつまで続くのか、それさえも判らぬ先の見えない状況で自分達はこれからやって行かなくてはならないのである。いくら松根の配下だからと言っても松根の目が届かないところでは彼らも嫌な思いをするだろう。果たしてそれに彼らが耐えてくれるのか――――――僅かに光が見えたと思った矢先だけに斉正の心労は増すばかりであった。



 離れているだけに妻に心配をかけさせてはならない――――――そうは思うものの、この辛さを吐き出す相手は盛姫しかいなかった。七月に届いた斉正の手紙には、盛姫にしか訴えることができない斉正の苦しみが切々と書かれていた。

「相当・・・・・・厳しい状況のようじゃな」

 斉正の手紙を読み終えると、盛姫はため息を吐き丁寧に手紙をたたみ始めた。

「大奥の者達が隠居をいびりすぎましたでしょうか」

 風吹も心配げな顔をする。大奥女中による斉直虐めにおいて情報提供の片棒を担いでいただけに、後ろ暗さがあるのだろう。もしかしたらその反動が斉正の改革を妨害すると言う形で出てしまったのかも知れないと、風吹はばつの悪そうな顔をしたが盛姫はかぶりを振った。

「隠居殿の享楽ぶりは昔からじゃ。あの歳ではそうそう今までの生活を変えることも難しいのであろう。いびりにしても奥がやらずとも他の大名衆が何らかの動きをした筈じゃ。平戸のご隠居様も同じ九州の藩ということで『他の大名衆がいい顔をしていない』とわざわざ忠告してくれたというのに・・・・・・今年の正月の挨拶で顔を会わせた兄上や姉上、あの溶姫までも佐賀の隠居の享楽振りに眉を顰めておったぞ」

 偕子も人のことは言えぬであろうに・・・・・・と盛姫は苦笑する。

「・・・・・・ところで、風吹。我が良人に『四位少将』は早すぎると思うか?」

 不意に盛姫が風吹に尋ねた『四位少将』の言葉に、風吹は勿論その場に控えていた女官達全員が表情を強張らせた。

「ひ・・・・・・ひ、姫君様!悪い冗談はお止め下さいませ!」

 しばしの沈黙の後、ようやく風吹が口を開く。

「確かに将軍家の姫君を娶った者であれば位階を一段上げることは問題ございませぬ。しかし若殿はまだ二十歳――――――いくら何でも若すぎます!そのような前例は聞いたことさえございませぬ!お考え直しを!」

 風吹の言うとおりであった。大名の位階は各家で決まっているが、将軍の姫君を娶った者は特例として一段上の位階を授かることが認められている。しかしそれは年齢と共に徐々に上げていって最終的にその位階に辿り着く、という形を取るのである。いきなり一段上の位階を授かることは極めて珍しい。少なくとも風吹は聞いたことが無かったので、盛姫に考え直すよう説得したが、盛姫は自分の意見を曲げようとはしなかった。

「ならば風吹には他に何か良い考えはあるのか?妾には他にご隠居殿に対抗する手段が思い浮かばぬ。身分にへつらうところがあるゆえ、多少は効果があると思うのじゃが・・・・・・」

 盛姫のその言葉に風吹も言葉を失う。

「・・・・・・承知いたしました。では大奥にその旨嘆願書を」

「いや、妾が出向くと大奥に手紙を出す方がよかろう。昇進は表の領域じゃ。さすがに妾自らが働きかけをしなければ動いてはくれぬじゃろう。風吹、その旨、御台の母上様に知らせを」

 盛姫は風吹に指示を出し、江戸城大奥に斉正の昇進について直接出向いて嘆願したいとの書状を早速出した。のんびり歩いても四半刻ほどの距離しかない江戸城であるが、江戸城の門までよりその先の方があらゆる意味で距離がある。早くて三日後くらい、遅くても十日後に返事が来ればいいとのんびり構えていた黒門の面々であったが、返事は思った以上に早く――――――その日の夕刻に返ってきたのである。

「ち、父上!何故・・・・・・!」

 返事の速さにも驚いたが、それ以上に驚いたのはその署名であった。その署名を一目見るなり盛姫の顔色が豹変する。勿論その手紙の本文は代筆であったが、手紙の最後の部分、そこには紛れもなく将軍、家斉の花押が書かれていたのである。

「使者が控えの間で待っております。明日の午前中、できるだけ早い時間に来ていただきたいと。如何返事をいたしましょうか、姫君様」

 風吹の顔も緊張している。もしかしたら自分達が知っている以上に江戸城は佐賀の事情を知っていて、それがのっぴきならない状況なのかも知れない。

「――――――使者に伝えよ。明日、昼四つに大奥に参ると。」

 盛姫は手にした書状を丁寧に畳ながらも、その手は小刻みに震えている。事によれば位階云々より大事になるだろう――――――盛姫は覚悟を決めた。



UP DATE 2010.05.12


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お待たせしました、二週間ぶりの新作です(^^)。
今回から本格的に藩政について書き始めておりますので、『えええ~っ?』という方もおられるかも知れませんが、詳細はこれから徐々にひとつひとつ説明していくつもり(?)ですので、判らないところはさくっ、と流し読みしてくださいませ。特に砂糖黍や薩摩芋の部分はエピソードだけ走っているけど、時期までは・・・・・な話ですので(おいっ)、技術的、反対勢力のおっさん達の妨害があったのね、くらいを理解してもらえればいいかと(^^;
現代でもそうなのですが、改革派VS既存勢力派の攻防というのは厄介なものです。事業仕分けなどを見ていてもそうですものね~。この話もそういう既存勢力を手放そうとしない前藩主派に対し、改革派がどう切り込んでいくのか生暖かく見守ってやってくださいませ。

次回更新は5/19、盛姫が父親に呼び出しを喰らいます(笑)。そして密偵として有名なある人の報告書が(史実でも九州当たりをうろついている人です)・・・・次週をお待ちくださいませね。


《参考文献》
◆改革ことはじめ http://www2.saga-s.co.jp/pub/hodo/kaikakumenu.html
◆参勤交代 日本歴史学会編 吉川弘文館
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