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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章 第十六話 三条制札事件・其の肆

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 安藤の切腹の報を受けてから六日後の九月十九日、土佐藩からの招きを受けて近藤、土方そして吉村貫一郎の三人は祇園栂尾亭に出向いていた。本当は伊東甲子太郎が呼ばれたのだが、この四日前の九月十五日に名古屋へ出立し屯所を留守にしていた為、近藤直々の指名で吉村が代理を務めたのである。

「しかし副長、某のようなものが伊東参謀の代理として出向いても宜しいのでしょうか?」

 伊東さえ一目置く論客で、つい最近まで山崎と共に長州探索を行っていた吉村だが、このような表舞台に立つことは初めてだ。さすがに戸惑いを露わにするが、意外にも土方は『お前だからだ』と吉村に対して強く言い切った。

「なまじ立場があると勧められたモンは断れねぇだろ。おめぇにはちょっと引いたところで土佐の野郎を観察してもらいてぇんだ」

「観察・・・・・・ですか?」

 土方の言葉に、吉村は訝しむように目を細める。

「ああ、その通り――――――当然奴らは三条の制札引き抜きの件をこれで幕引きにしてぇと考えているだろう。だが、それが幕府への恭順と繋がらねぇってこともまた確かだ。ま、田舎もん二人が丸め込まれねぇようにいざとなったら助け舟を出してくれ」

 軽く道化た風の土方に、緊張で強ばっていた吉村は思わず吹き出した。

「何を仰います、土方副長。多摩が田舎だったら私の故郷である盛岡は未開の地じゃないですか!」

「未開の地に北辰一刀流の使い手の論客がいる訳ねぇだろ。代々の江戸詰が何言ってやがる」

 そんな他愛もない話をしているうちに三人は栂尾亭に到着した。外にまで漏れ聞こえる声からすると、既に土佐藩側は栂尾亭に入っているようだ。

「まぁ、今日は切腹した藩士の初七日だ。解っていると思うが、あまりこちらからは事を荒立てるなよ」

 近藤が二人に釘を差し、三人は栂尾亭の暖簾をくぐった。



 近藤ら三人が栂尾亭で接待を受けていたその頃、沖田は夜の巡察の為、四条から三条に向かって北上していた。鈴虫の声が耳をくすぐる中、沖田の隊は三条大橋にたどり着く。

「数日前までの騒動がまるで嘘のようですね」

 十九夜の月はまだ出ていない暗がりの中、提灯の灯りにぼんやり浮かぶのは新しい制札だ。さすがにあの後引き抜こうとするものは現れず、三条大橋は以前のような平穏を取り戻していた。
 だがその平穏は長きにわたって続くものなのか、それとも一時的な静けさなのか沖田には解らない。

「・・・・・・未だ新たな将軍も着任する様子もないし、これからの幕府は一体どうなってしまうのでしょうか」

 漠然とした不安に押しつぶされそうになりながら、沖田は口の中で小さく呟く。だが、その声は周囲にいた部下達にも聞こえなかった。否、聞かせてはならなかった。どんな小さな不安でも、上に立つものがそれを露わにしてしまったら下の者の士気に関わってくる。特に危険が伴う夜の巡察でそれは絶対に避けなければならない。

「さ、そろそろ屯所へ戻りましょうか。だけど気を引き締めてくださいね」

 災いは、ふとした油断を突いて襲いかかるものだ。例えば普段の巡察の帰りのような――――――沖田は自分に言い聞かせるように部下に告げると襟を正し、三条の高札場を通り過ぎていった。



 沖田が三条大橋を通り過ぎ、西本願寺への帰路を急いでいたのと同じ刻限、島原では原田と永倉そして藤堂の三人が酒を酌み交わしていた。というより原田の愚痴に永倉と藤堂が付き合っているというべきだろう。最初こそ一緒に騒いでいた娼妓や芸妓も下がらせ、今は男ばかり三人だけの宴と化していた。

「本当にさぁ・・・・・・敵ながらあっぱれなやつだったんだよぉ、安藤って野郎はさぁ」

 宴の中心人物がくだを巻きながら永倉や藤堂に訴えた回数は既に十度を超える。その愚痴に相槌を打ちながら永倉と藤堂は苦笑いを浮かべていた。

「はいはい、判りましたよ――――――それにしてもとんでもない惚れ様だな。おまさちゃんの惚気もだけどここまで何度も聞かされるとさすがにうんざりしてくらぁ」

 杯の酒を空けながら永倉が茶化すと、藤堂もそれに続く。

「そうそう、サノはこいつ!と思ったらとことん一途だもんな」

「いいじゃねぇか。本当に敵ながらあっぱれな奴だったんだからさぁ」

 原田は手酌で自分の杯に酒を注ぐ。かなり酔っているのか、注いだ酒は杯から溢れだし、原田の手を濡らしてしまう。

「おっと、勿体ねぇ!」

 原田は手を濡らした酒を行儀悪く舐めたあと、文字通り杯に溢れるほど注いだ酒をすすった。

「なんかさぁ・・・・・・仕事とはいえ時々馬鹿らしくなるんだよな。こんな世の中じゃなけりゃ旨い酒を飲めそうな奴だっているのによ」

 ぽつり、と呟いた瞬間、原田の目からぽろり、と涙が零れ出す。そしてその涙は止まること無く原田の目から溢れだし、頬を濡らしてゆく。これ以上飲ませたらさらに収拾のつかないことになるだろう――――――永倉と藤堂は本能でそれを悟った。

「ほらほら、男が泣いてるんじゃねぇよ。その安藤とかって奴も浮かばれねぇぞ。ほら、とっとと立ちやがれ!でないとまたおまさちゃんに叱られるぞ!」

 永倉はぐでんぐでんに酔っ払った原田を藤堂とともに支えて立ち上がらせると、茶屋を後にした。十九夜の月は頼りなげに夜道を照らし、三人の影を薄ぼんやり映し出す。その影を見つめながら藤堂はあることを考えていた。

(伊東さんが名古屋から帰ってきたら・・・・・・もうこんなふうに三人で飲むことも無くなるのかな)

 藤堂が伊東からその話を聞いたのは伊東が名古屋に出立する前日の事だった。

「大樹公が無くなってからひと月以上が過ぎているというのに、徳川宗家を継いだ一橋慶喜は未だ将軍職に就こうともしない。これは一橋公御自ら幕府に見切りをつけているからと思わないかい?」

 毒を含んだ甘い言葉は藤堂の耳へすんなりと入り込み、瞬く間に藤堂の心を鷲掴みにする。だが、さすがにすぐ頷くことも出来ず、藤堂は不躾に伊東に尋ねた。

「伊東さん、まるで倒幕を目論んでいる不逞浪士のような物言いをするんですね。一体何を企んでいらっしゃるんですか?」

 警戒心を露わにする藤堂に、伊東は眉一つ動かさず返事をした。

「それは否定しないよ。だって事実じゃないか」

 口の端をきゅっ、と釣り上げると伊東はさらに藤堂の目をじっと見てかき口説く。

「今回名古屋では尾張月堂殿の上洛を要請するつもりだ。そしてその要請を行った事を口実に尾張公の下に就くという名目で・・・・・・・新選組から離脱しようかと思っている」

 新選組からの離脱、との言葉が伊東の整った唇からこぼれた瞬間、藤堂の目は大きく見開かれた。確かに近藤ら試衛館派と伊東派の思想は水と油ほどの違いがある。だが、それを承知した上で伊東は新選組を尊王色に染めようと指定たはずである。
 つまり伊東は頑なに佐幕派思想を崩さない試衛館派幹部を懐柔することを諦め、離脱という形によって自分の勢力を確たるものにしようとしているのだ。それを理解した藤堂だが、さすがに伊東の計画には納得出来かねるものを感じた。

「しかし新選組とはいえ一回の浪士風の要請に、尾張の大御所が耳を傾けてくれるものでしょうか。そんなに簡単に行くものとは思えないのですが?」

 だが、伊東はどこに勝算があるのか『大丈夫だ』と藤堂に告げる。

「少なくとも会津は煩く言わないと思う。何せ月堂殿はせ会津公の実の兄上なのだから」

 尾張の月堂――――――徳川慶勝は尾張十五代藩主・徳川茂徳や会津藩主・松平容保、そして桑名藩主・松平定敬と共に高須四兄弟と呼ばれる賢君だ。その徳川慶勝を京都に呼び、その護衛にでも付くといえば会津としては何も言えない。

「確かに・・・・・・今考えられる限りでは、それくらいしか離脱する大義名分は無いかもしれませんね。そして離脱してしまえば後は何とでもなるでしょうし」

 伊東の言葉に藤堂は揺らぎはじめる。そしてその気配を素早く感じ取った伊東は藤堂の手を取り、ぎゅっ、と握りしめ最後のひと押しとばかりに殺し文句を告げる。

「そういうことだ。うまくいくかは判らないけど、僕らが帰ってくるまで心を決めておいて欲しい」

 まるで恋の告白のような最後通告の言葉を藤堂に残すと、伊東は篠原らを引き連れて名古屋に旅立ってしまった。予定通りなら今日、名古屋に着いているだろう。

(ちょっと邪ではあるんだけど・・・・・・早く離脱なり分離ができれば、総司からお小夜さんを奪い取る口実ができるんだけどなぁ)

 酒臭い息をまき散らし、喚いている原田を宥めすかしながら藤堂は感傷的になる心を隠し、原田の休息所に向かって歩き続けた。


 そして新選組の幹部達が漠然と感じていたように、小さな嵐の芽はすぐそこまで迫っている。その嵐が京都に戻ってくるまであと数日、そんな事など思いもしない新選組幹部達はそれぞれの小さな平和をかみしめていた。




UP DATE 2014.4.26

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サラッ、と流してしまった感はありますが三条制札事件その後となります。この事件のおよそ七日後―――多分死亡した藩士らの初七日に合わせて土佐藩側が新選組を呼んで『この件はこれで終わりにしましょう』的な宴を開いたとか。確かに土佐藩側としてもこの事件は厄介だったのでしょう。(多分最初は酔っぱらいの仕業だったでしょうし^^;)そして新選組側もそれを受けているということは、(歴史に残っている事件とはいえ)人こそ死んでおりますが、政治的に深刻なものではないと判断したからに他ならないと思います。

そんな近藤、土方の他、巡察で当時を振り返るもの、茶屋の馬鹿騒ぎで死者の霊を弔うものなど様々ですが、ある意味これは平和だからできること。そうでなければこんな風に穏やかに『振り返る』余裕なんて無いでしょうから・・・。

次回更新は5/3、名古屋から帰ってきた伊東が近藤に直談判いたします♪
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S様、コメントありがとうございます(*^^*) 

伊東参謀、色々画策しておりますよ♪平助は...諦めてください(>_<)
コメントありがとうございますね(^^)
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