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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・春夏の章

黄昏時の逢瀬・其の壹~天保六年五月の進展

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 それは芳太郎が道場の稽古から帰ってきた時の出来事だった。この日は夕刻から道場に吉昌の客が来た為、早々に稽古を切り上げ藩邸に帰ってきたのだが、黄昏の薄暮の中、立ち話をしている男と女の影が芳太郎の目に飛び込んできたのだ。しかし男と女の立ち話と言っても決して色っぽいものではなくむしろその逆、今にも殺し合いでも始まるのではないかと思われるほど険悪なものである。

「いい加減つきまとうのはお止め下さいませ!貴方様とて武士の端くれでしょう、みっともない!」

 強気なその甲高い声は縫のものだった。その内容からすると相手の男は元夫の田辺だろうか――――――芳太郎は足早にその二つの影の傍に近づく。

「こんばんは、お縫さん。一体どうなさったのですか?」

 言い争いをしている二人の耳にも届くようわざと声を張り上げながら近づくと、芳太郎は田辺を冷ややかな目で一瞥した。

「おや、田辺さん。離縁して二年にもなるのに未だにお縫さんに言い寄っていらっしゃるんですか?」

 普段穏やかな芳太郎だけに、怒りを露わにすると強面の上役でさえたじろぐほどの迫力がある。そんな芳太郎が殺気をむき出しに近寄ってきたのだ。さすがに田辺も分が悪いと観念したのか、ぺっ、と芳太郎の足下に唾を吐いてその場から逃げるように立ち去った。その後姿を睨みつつ、芳太郎は縫に声をかける。

「お縫さん、なぜこんな時間に・・・・・・いくら邸内とはいえ不用心すぎます」

 勘弁してくれとばかりに困惑を声に滲ませる芳太郎に、縫は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。

「確かにそうなんだけどね・・・・・・端午の節句にってご家老様の奥方様が譲ってくださったのよ、これ。さすがにご家老様の奥方様からの呼び出しじゃ断れないでしょう」

 そう言いながら縫が芳太郎に見せたのは菖蒲の葉の束だった。菖蒲葺や菖蒲湯、男の子がいれば菖蒲刀などかなり多くの葉が必要となるため、出入りの農家にまとめて頼んでいたものを皆で分けていのだろう。

「でもね、御徒長屋までは皆で一緒に帰ってきたのよ。それなのに、皆が家に入ったところであいつが出てきて・・・・・・」

「きっと待ち伏せしていたんでしょうね。園田の家は一番奥だから、皆と一緒に帰ってきてもお縫さんが一人になるだろう、って見越して」

 低い声で呟く芳太郎に、縫はただ黙ってこくり、と頷いた。



 縫を御徒長屋の自宅に送り届けると、縫の父親である園田が顔を出した。

「おう、芳太郎か。そうやって縫と並んでいると、金魚のフンみてぇに縫の後ろをくっついて走り回っていた餓鬼の頃を思い出すな」

 いつもの園田らしくもなく茶化した物言いは、何となく嫌な空気を感じているからだろうか。この際だから先程あった出来事を園田の耳に入れておこうと芳太郎は決意する。

「金魚のフンは今も変わらないと思いますけどね・・・・・・ところで園田さん、少し宜しいでしょうか?」

 深刻な表情を浮かべた芳太郎に園田は訝しげな表情を浮かべるが、断ること無く芳太郎を家にあげてくれた。

「縫も同席させたほうがいいか?」

「いえ・・・・・・できれば二人だけで」

 園田に告げるその顔は、縫に惚れている男のものでなく厳しさを露わにした武士のものである。芳太郎のその表情を確認すると、園田は縫に茶を淹れてくるよう告げ、芳太郎を客間に通した。

「・・・・・・また田辺の野郎が縫に絡んでいたのか?」

 部屋に入り襖を閉めるなり、園田が開口一番芳太郎に尋ねる。その様子からすると今回が初めてではなさそうだ。芳太郎は不満も露わに園田に詰め寄る。

「ええ。あの人、いい加減どうにかならないんですか?あのまま放っておいたらお縫さん、何をされるか判ったもんじゃありません!」

 勢い込んで園田に詰め寄る芳太郎だが、そんな若者を園田はまぁまぁと宥めた。

「その件に関しては俺達も上に訴えているんだ。けどな・・・・・・田辺は私生活はぼろぼろだが最低限の仕事はこなしているから、迂闊に辞めさせる訳にもいかないと言われてな」

 園田の困惑の表情に芳太郎も肩を落とした。思えば自分の娘に危害を加えるような男をそのままにしておくような園田ではない。それでもなお田辺が縫にまとわりついてくるということは、田辺もそれだけ狡賢く動いているのだろう。芳太郎は諦観の溜息をひとつ吐くと、意を決したかのような生真面目な表情で園田に尋ねた。

「ところで話は変わりますが・・・・・・・お縫さんに再婚話って出ていますか?」

 突拍子もない話の展開に、園田は唖然とし目を丸くする。

「おいおい芳太郎、冗談も大概にしてくれ。二回も出戻ってきたんだぞ、縫は。そんな相手を嫁になんて物好きは・・・・・・」

「ここにいますよ、園田さん――――――もし、お縫さんに他から再婚話が出ないのであれば、俺がお縫さんを娶らせていただきます」

 低く落ち着いた声音でありながら、強張りを隠せない――――――それは、芳太郎一世一代の嘆願であった。



 園田家の客間に何とも言えない奇妙な沈黙が流れる。その気配の原因の九割方は芳太郎の嘆願を受けた園田によるものだ。園田は目を丸くしたままごくり、と唾を飲み下し、ようやく口を開く。

「おい、芳太郎・・・・・・冗談も程々にしろ。そりゃあお前達が外で逢引しているのは薄々感づいちゃいたが、縫は二度も失敗しているし・・・・・・」

「冗談なんかではありません。俺は本気です!」

 そう言い切ると、芳太郎はさらに言葉を続けた。

「今年の九月、俺は御様御用を拝命されます。その褒章にお縫さんとの結婚の許可を頂きたいのです。身分違いは重々承知しています。ですが、このままでは田辺に・・・・・・お願いです!」

 芳太郎は両手を付き、畳に額が擦れるほど頭を下げる。それに慌てたのは園田である。

「おい、芳太郎!頭を上げやがれ!そもそも俺達の婚姻には上役の許可がいるんだぞ?いくら俺が諾の返事をしたって上が許さなきゃ元も子もねぇだろうが」

 園田は苦笑いを浮かべつつ、芳太郎に頭を上げるよう促した。

「そりゃあ俺としても二度も出戻ってきた出来の悪い娘を望んで貰ってくれる男はありがてぇと思う。だが、この世はそんな人情だけじゃどうにもならな・・・・・・ん、待てよ?」

「どう、なされました?」

 不意に腕を組んで考えこむ園田に、芳太郎は怪訝そうに尋ねる。

「・・・・・・確かさっき『御様御用は九月』っておめぇは言ったよな?」

「はい、そうですが・・・・・・」

「そうか。そうなると報奨金絡みで攻めていけば・・・・・・今年も米の出来は期待できそうもねぇし・・・・・・」

「園田・・・・・・さん?」

「あ、いや何でもねぇ。こっちの話だ」

 園田は慌てて自分の顔の前で手を横に振ると、改めて芳太郎に語りかける。

「あまり期待はしねぇでもらいたいが、もしかしたらおめぇの願いと田辺の件、二ついっぺんに解決するかも知れねぇ方法が・・・・・・ある」

「それは本当ですか!」

 園田のその一言に芳太郎の表情がぱぁっ、と明るくなる。だがそれとは対照的に園田の表情は渋さを増してゆく。

「だが、厄介な根回しやら藩の財政やら色んな条件が重ならねぇとちょいと難しいものがあるんだ・・・・・・だから、あんまり期待はしないでくれよ」

「そのお言葉がいただけただけでも充分です!ありがとうございます!」

 武家の世界の厄介さは芳太郎も嫌というほど知っている。そんな中、園田自らの口からこの一言が聞けたというのはかなり重要なのだ。嬉しさに感極まり、深々と芳太郎が一礼したその時、茶を淹れた縫が部屋の中に入ってきた。



 園田と込み入った話をした翌日、千住で勤めを済ませた芳太郎は、上野の出会い茶屋で縫と落ち合った。きっと縫も昨日の話を部屋の外で聞いていていただろうし、大まかな事は把握していると思われたが、念のためにと芳太郎は昨日の園田との話の詳細を縫に語る。

「まぁ、父上がそんな話を・・・・・・」

 芳太郎から話を聞いた縫は目を丸くする。さすがに報奨金がらみとか米の出来不出来と係るなどという言葉は聞こえなかったらしい。

「うん。まぁそう簡単には行かないだろうけど・・・・・・俺達の結婚はともかく、田辺がお縫さんに近づかないような算段だけでもうまく運んでくれるとありがたいな」

 芳太郎は笑顔を見せながら縫を自分の胸に引き寄せると、その唇を軽く吸った。それでも縫の唇の柔らかさを堪能するには充分すぎるほどだ。昨日の園田の言葉と腕の中にいる縫の存在に浮かれている芳太郎とは対照的に、縫は年上の落ち着きで芳太郎に疑問を投げかける。

「そんなうまくいくかしら?離縁して二年もしつこく付きまとってくる男がそうあっさりと引き下がるとは思えないんだけど」

 だが、縫より六歳年下の若い恋人はどこまでも楽天的であった。それははっきりとではないものの、園田の口から二人の結婚を許された事が大きいのかもしれない。

「きっと上手くいく。でないとお縫さんだけじゃなく周囲だって困ることになるんだから。そのついでに俺達の結婚話も進んでくれると・・・・・・まぁ俺の親父も園田さんも黙認してくれているから今でも夫婦みたいなものだと思っているけど」

「馬鹿・・・・・・」

 呆れたような笑みを浮かべつつ、今度は縫の方から芳太郎の唇に己の唇を重ねてきた。

「・・・・・・今日は随分と積極的だね、お縫さん」

 縫からの接吻に少し驚きながらも、妙に嬉しそうに芳太郎が笑う。

「・・・・・・たまには、いいでしょう?」

 首筋まで真っ赤になりながら、縫は芳太郎の頬に己の頬をすり寄せた。

「昨日は・・・・・・本当にありがとう」

 芳太郎の腕の中でぽつり、と縫が零す。

「あの時、たまたま芳ちゃんが通りかかってくれたから良かったものの、もしあのままだったら私、何をされていたか・・・・・・」

 小刻みに震える縫の肩を、芳太郎は強く、しかしどこまでも優しく抱きしめる。

「大丈夫。絶対に俺がお縫さんを守ってみせるから・・・・・・だから怖がらないで」

 芳太郎は囁くと縫の顎を取り、更に深い接吻を仕掛けた。



UP DATE 2014.5.7

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紅柊五月話は結局芳太郎×縫の話になりました。どうも私の中でこの二人には初夏のイメージがありまして・・・・・・この時期になるとむしょ~に書きたくなるのです(^_^;)
そんな芳太郎と縫ですが、相変わらず前夫のストーカー行為に悩まされております。逃した魚は大きく見えるのか、はたまた他所の男のものになった途端に魅力的に見えるのかわかりませんが・・・・・・自分から離縁しておいてのこの迷惑行為に園田を始め御徒連中もほとほと手を焼いているようです。だけど仕事で大きなへまをしないので辞めさせるわけにも行かず・・・・・・そんな中、園田が何らかの妙案を思いついたようですが、その話は9月に詳しくさせていただきます。
(御様御用を自国の藩士が賜ると色々お金がかかるので、そのあたりを突いてくるんでしょうけど・・・この話にはサプライズがありますので取り敢えずこのへんで♪)

次回更新は5/14、この流れですもの★付になります( ̄ー ̄)ニヤリ
そして明日の夜にもボカロ小説にて久々に現代ものエロ・・・こちらも宜しかったら覗いてやってくださいませ♡
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