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「VOCALOID小説」
枝ノ護人

ボカロ小説・枝ノ護人~朱雀の章・2

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 美しい琵琶の音が深い眠りについていた鳴鼓の耳をくすぐる。そして楽琵琶にしてはやや音が高い気がするその音に合わせ、若い男の歌声も聞こえてきた。

――――――ー祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり

 鳴鼓の眠りを妨げぬよう遠慮がちにかき鳴らす琵琶の音と歌声は、鳴鼓が初めて耳にするものだった。歌舞音曲を生業とする白拍子として興味をそそられた鳴鼓は閉じていたまぶたを開け、周囲を見回す。

(ここは・・・・・・海の中?)

 鳴鼓の周囲は目の覚めるような鮮やかな青一色に包まれていた。それが自分の周囲に立てかけられた几帳の色だと知るのに暫しの時間を要する。普通なら白地であるはずの几帳のありえぬ色に面食らいながら、その青をよくよく見つめるとかなり薄い生地で出来ているのか向こう側がうっすらと透けて見えた。室内の調度からすると鳴鼓が寝かされているのは母屋の帳台らしい。
 そして琵琶の音と歌声は鳴鼓の左手にかけられている御簾の向こう側から聞こえていることをようやく把握する。

(あっちだと・・・・・・南庇、かな?)

 このくらい大きな屋敷であれば間違いなく東枕で寝かせてもらえるだろう。となると歌声が聞こえてくる鳴鼓の左側は南庇になるはずだ――――――仕事の癖でついつい他人の屋敷を推し量ってしまう悪い癖に、鳴鼓は自嘲の笑みを浮かべた。その時である。

「ようやく目が覚めたようだね」

 鳴鼓が身動ぎをしたことに気がついたのか、不意に琵琶の音が止む。そして鳴鼓を気遣うような青年の美声が御簾越しに聞こえてきた。

「こ・・・・・・ここは、どこ?」

 肋骨の骨折の痛みに顔をしかめつつ、鳴鼓が御簾の向こう側に声をかける。すると御簾がゆらりと揺れ、声の主が入ってきた。青い几帳越しに見えるその姿はまるで武人のように背が高い。

「俺の屋敷。それ自体の場所はと言われれば此岸と彼岸の中間というか、黄泉比良坂の途中というべきか・・・・・・」

 どう説明したらいいか考えあぐねているのか、青年は少し言いにくそうに口ごもる。

「人間達が言うところの妖かしの住処、といえば少しは解りやすいかな?」

 その一言に鳴鼓は驚いた。ということは几帳の向こう側にいる青年も妖かしなのだろうか?だがその声は人間のように聞こえるし、几帳越しのその姿も少々背は高いものの人間と変わらない。

「妖かしの・・・・・・それにしては随分と豪華ね。わざわざ几帳まで青く染めるなんて」

 鳴鼓は動揺を隠しつつ当り障りのないよう、それでも相手を探りつつ青年に質問をする。

「それはただの趣味。ここでは別に対して珍しいものでもないよ。ところで・・・・・・そちらに行っても構わないかな?できれば君の怪我の様子も看ておきたいんだけど」

 遠慮気味のその声に、鳴鼓はくすり、と笑う。人外のものであることを匂わせつつも婦人に対する礼節を重んじるその態度に鳴鼓は好感を感じた。

「ええ、勿論。命を助けてくれた恩人を拒絶する必要もないでしょう?」

 すると鳴鼓の許しを得た青年はするりと几帳をくぐり抜け、鳴鼓の枕元にやってきた。気を失う前に見た蒼い目は判っていたが、還俗しかけのような短髪もかなり濃い目の藍色だ。
 そしてご丁寧に身につけている直衣まで濃い目の瑠璃色と青一色で統一されていた。直衣には蜘蛛の巣模様が銀糸で刺繍されていてかなり手が込んでいる。内裏でこれが許されるのは三位以上の公家や皇家の公達くらいだろう。

「きれいな・・・・・色ね」

 鳴鼓は青年の蒼い目をじっと見つめ、思わず呟く。

「君は俺が怖くないの?普通の人間は尋常ではありえないこの色を見ただけで怯えるのに」

 愉快そうに口の端に笑いを浮かべつつ、青年は鳴鼓に尋ねる。すると鳴鼓は小さく首を横に振って『怖くない』と呟いた。

「命を助けてくれた恩人なのに?確かに見た目は人間とは違うけど・・・・・・・怖くはないわ」

 穏やかに微笑みながら鳴鼓は蒼い青年に微笑みを返す。確かに人間とは違う蒼色の髪と瞳の持ち主だが言葉は通じるし物腰は上品だ。むしろ鳴鼓のほうががさつかもしれない。
 そんな思いで青年を見つめていると、青年は鳴鼓の額にかかった前髪をそっと掻き上げた。その動きで鳴鼓は自分が髪を断ち切ったことを思い出す。

「それにしてもひどいことをするね、人間は。おなごに対してこんな大怪我を負わせた上に髪を切るなんて・・・・・・まるで尼削ぎだ」

「ははっ、これは自業自得」

 痛みに顔をしかめつつ、鳴鼓は青年に事の顛末を説明する。

「平家狩りから逃れるために妹達と一緒に逃げていたんだけどね・・・・・・髪は相手に掴まれた際、逃げるために自分で切ったの。そして怪我は私が崖から落ちてしまったから・・・・・・あれだけ高い崖から落ちて命があっただけでも儲けものよ。でも、もう少しうまく逃げおおせたらこんなことにはならなかったんだけどね」

 傷の痛みに途切れがちになりつつも、全てを話した鳴鼓の説明に青年は納得したように頷いた。

「なるほど。さすがにここまでは人間も追ってくることは出来ないだろうから、怪我が治るまで暫くここで身体を癒やせばいい」

「ありがとう・・・・・ところで、あなたの事はなんて呼べばいいの?」

 礼を言おうとしたが相手を何と呼べばいいのか解らない。

「そうだな。人間は俺を土蜘蛛、と呼ぶし、妖かし達は『蒼の君』と呼ぶ・・・・・・あ、妹の未来(ミク)は『海斗(カイト)お兄ちゃん』と呼ぶかな」

 最後の名はどう考えても諱――――――それを聞いて鳴鼓は慌てる。

「さ、さすがに私が諱を呼ぶのは・・・・・・まずいでしょ」

 人物の本名はその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、その名を口にするとその霊的人格を支配することができる――――――それ故、諱で呼びかけることが許されるのは親や主君、そして夫のみで、それ以外の人間が名で呼びかけることは極めて無礼であると考えられていた時代である。豪胆な鳴鼓もさすがに慌てふためくが、海斗と名乗った青年は全く気にする素振りも見せなかった。

「気にすることはないよ。そもそも俺の諱を知って君が口にしたところで俺が君に支配されるなんてことは無いだろうし」

 確かに相手は人の姿を崩さない妖かしだ。青年の言葉通り、鳴鼓が諱を口にしたくらいでは動じないだろう。そう認識した鳴鼓は素直に青年の申し出を受け入れた。

「・・・・・・それもそうね。じゃあ海斗、って呼ばせてもらうわ。私の事は鳴鼓って呼んで」

 鳴鼓の名乗りに対し、今度は海斗が驚く番だった。

「君もなかなか豪胆だね。妖かしに諱を名乗るなんて」

「だって卑怯でしょ?自分だけ手の内を隠すなんて。これでも・・・・・・武士の子らしいから。尤も今は白拍子をやっているけどね」

 少し寂しげな鳴鼓の口調に、海斗は何を思うのかほんの少しだけ目を細める。だが、次の瞬間、その意味深な眼の色を隠すかのように端正な顔に笑みを浮かべた。

「そうか・・・・・、白拍子ならば、怪我が治った暁に一度舞でも舞ってもらおうか。そのためには暫くゆっくりお眠り、鳴鼓」

 そう言って海斗は鳴鼓のまぶたに大きな手を乗せる。その暖かさに安心した鳴鼓はまぶたを閉じた。



 最初の三日間、鳴鼓はただひたすら眠り続けた。やはり傷が思っていた以上に深かったのだろう。そんな鳴鼓を母屋に残し、海斗は屋敷の庭先に見える遣水に目をやっていた。一見するとごく普通の遣水に見える一筋の流れだが、黄泉比良坂の途中にあるこの屋敷に引き込まれている遣水は只者ではない。大地を走り、生きとし生けるものに命をもたらす『龍脈』の一本なのだ。その龍脈がここ数日不可解な動きを見せいた。
 人間の世が戦乱に明け暮れていた為か、ここ数年間この鑓水を始め、あらゆる龍脈が荒れ狂い、その管理者である『枝の護人』がその沈静化に奔走していた。しかし鳴鼓が海斗の許にやってきたその日から龍脈の混乱がぴたり、と収まり穏やかに流れ始めたのである。その原因が未だ判らず、『枝の護人』の一人である海斗も頭を抱えていた。

「いったい何が原因なのか・・・・・・全く原因がわからぬというのも気味が悪い」

 思わず弱音を零してしまった海斗に、不意に何者かが声をかけてきた。

「不思議なこともあるのね。今まで荒れ狂っていた龍脈がこんなに穏やかになるなんて・・・・・・しかも『枝の護人』であるお兄ちゃんにも原因が解らないんでしょ?」

 海斗に語りかけてきたもの、それは一匹の蝶だった。鳳蝶だろうか、碧色を基調にキラキラと煌くその姿はやはり普通の蝶とは明らかに違う。海斗を兄、と呼んだその鳳蝶に海斗は微笑みを見せながら穏やかに語りかけた。

「当たり前だろう、未来?所詮俺は本流から分かれた龍脈の枝の番人を司るだけの『護人』だ。枝だけでなく本流にも関わる現象など解るはずもない。解るとしたらこの秋津島を産み落とした黄泉大神くらいだろうな。ただ、少なくとも鳴鼓が何かしらの原因であることは間違いないと思う」

 真剣な眼差しで自分なりの原因究明をする海斗だったが、未来と呼びかけられた鳳蝶はその語りの半分も聞いてはいなかった。

「ねぇ、もしかして鳴鼓っていう人間、お兄ちゃんの『片割れ』なんじゃないの?護人も夫婦になると途端に力が強くなるって言うからその力の片鱗なのかもよ。そもそも『枝の護人』が人間と一緒になるっていう前例が無いわけじゃないんだから」

「冗談はほどほどにしろ、未来」

 呆れたように呟く海斗に未来はさらに追い打ちを掛ける。

「そんなに否定しなくてもいいじゃない。そういう変に意固地なところがいけないんだよ、お兄ちゃんがもてないのって。それとも・・・・・・お兄ちゃんがムキになるほどきれいな人なのかな、その鳴鼓って人?後でその几帳の結界を破って見ちゃおうかなぁ」

「おい!」

 未来の暴走しそうな好奇心に、さすがの海斗も気色ばみ声を荒らげる。だが未来はそんな兄の剣幕を知った風もなくけらけらと笑い出した。

「大丈夫。魂魄を飛ばして覗くだけだもん。お兄ちゃんが振られるような真似はしないから安心して!」

 鳳蝶は笑い声を上げると、海斗の前から飛び去っていってしまった。その飛んでいった方角からすると『本体』がいる東対へ行ったらしい。取り敢えず自分が張った結界を破られず海斗はほっと溜息を吐く。

「全く・・・・・・たまたま人間を拾ってきたら面白がって」

 海斗は呆れたように独りごちると簀子から南庇へと戻り、鳴鼓が眠っている母屋の奥をじっと見つめた。鳴鼓の希望で南庇と母屋の間を隔てている御簾は上げっぱなしにしているが青い几帳はそのままだ。
 実は鳴鼓が不思議がっていたこの青い几帳はただ染めているわけではない。海斗がその妖力で作り上げた糸で織り上げた『結界』なのである。この中で眠っている分には人間の血肉を好む妖怪も近づくことはできないし、海斗以上に強い魔力を持つ未来も迂闊には近寄れない。
 蜘蛛の糸で編んだような極めて薄い青い生地だが、これを破るには未来でもかなり本気を出さねばならないだろう。つまり海斗はそこまでして鳴鼓を自分以外の全ての妖かしから護ろうとしていたのである。勿論意識してやったことではなく、大怪我をした鳴鼓を不憫に思っての措置だったが、先程の未来の指摘はそんな海斗の無意識を暴き出すものだった。
 勿論先程の言葉は兄を困らせるための冗談だろうが、それでも内心焦ってしまう。

「人間をこの場所に長きにわたっておくことは許されないのに・・・・・・俺は鳴鼓に惹かれているのか?」

 思わぬ形で自覚を余儀なくされた己の想いと対峙して、海斗は心のざわめきを抑えることができなかった。




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前回大怪我をしてどうなることになるかと思われた鳴鼓ですが、無事海斗の屋敷に保護されることと相成りました♪この屋敷内の描写が意外とクセモノでして・・・そもそも寝殿造りの造りが『母屋・庇・簀子』の三重構造になっていることさえ理解していなかった私はまずそこを理解することから初め、衝立である几帳、そして部屋を仕切る御簾に関しても改めてそれを調べ直すといった有り様・・・orz偶然にも御簾は先日行った松本城で見る機会がありまして『らっき~♡』などとほざいておりましたら筋肉痛という名の天罰をくらいました(>_<)

閑話休題、この話において『枝の護人』は日本全土を駆け巡る龍脈の枝の管理人、という位置づけをさせていただきました。海斗は京都から西、おおよそ出雲あたりまで管理しているようなイメージですかね。あんまりそこのところはきちんと設定しているわけではないので、もしかしたら管理範囲が広がる可能性もあるかもしれません♪

次回更新は5/26、上半身くらいは起こせるくらいになった鳴鼓が早速何かをやらかします(^_^;)


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