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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章 第二十話 そして一石は投じられた・其の肆

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「・・・・・・どっちにしろ男としてのけじめを付ける時が来たって話だよ。近藤さんを取るか、お小夜を取るか。おめぇの心持ち次第じゃ駆け落ちもやぶさかじゃねぇ、と俺は思っている」

 提灯の灯りだけが頼りの闇の中、土方の低い声が沖田の耳に忍び込む。

「かけ・・・・・・おち?」

 分離話さえ出ている、ただでさえ隊士が足りないというこの時に土方は何を言い出すのか――――――毒気を抜かれた沖田はただ唖然と土方の顔を見つめた。

「な、何を寝ぼけたことを言っているんですか、土方さん。こんな状況の時に駆け落ちだなんて」

 土方の思惑が全く理解できず、沖田は困惑も露わに土方に尋ねる。一方の土方はそんな沖田の反応は予測済みだったのか、眉一つ動かさず言葉を続けた。

「こういう時だからこそだ。私事に翻弄されて敵に付け込まれるような野郎は新選組にとって迷惑なだけ、足手まといになる奴ぁ喩え一番隊組長でも例外なく切り捨てる」

 ぎろり、と沖田を睨みつけながら土方はさらにきつい言葉を沖田に突きつける。

「これから先、長州や土佐の不逞浪士どもとの戦いだけでなく伊東派との争いも熾烈になるだろう。そんな最中、惚れた女と別れさせられてうじうじとしている野郎にうろちょろされても脚を引っ張られるだけだ。だったら駆け落ちでもして近藤さんや俺の前から消え去ってくれ」

 弟分に対してとはいえあまりにも侮蔑的な土方の物言いに、さすがに沖田も気色ばんだ。

「な・・・・・・ふざけないで下さい!私だって武士の端くれです!近藤先生の命令ならばどんなことだって・・・・・・!」

「・・・・・・野郎のはったりなんざたかが知れているぞ」

 声を荒らげ土方に迫る沖田に対し、土方はどこまでも静かで冷ややかな声で指摘する。

「心底惚れた女と別れなけりゃならねぇ辛さは、経験した野郎じゃなけりゃ判らねぇ」

 その一言に沖田も凍りついた。許嫁だった琴と別れた土方だからこその優しくも厳しい助言――――――ようやく沖田もその事に気がついた。

「・・・・・・しかもてめぇらが決めたってんならともかく、上からの命令で別れさせられたというならなおさらだ・・・・・・年末までまだ間はある。近藤さんに迷惑をかけねぇよう、二人でよく相談しておけ」

 最後にそう言い残すと土方は沖田に背を向け、闇の中へ消えていった。その後姿が完全に闇に溶け込んだ後、沖田は呪縛が解けたようにようやく大きく息を吐く。

(土方さんの心遣いはありがたいですけど、近藤先生の足手まといって・・・・・・いくら土方さんでも失敬すぎますよ!)

 確かに近藤や土方に比べたら若輩だし女性との経験も少ない沖田だが、それでも志を見失い公私混合するほど愚かではない。小夜には申し訳ないが、武士である矜持は曲げられないし、命令を受ければ小夜と別れることだって可能だ。

(そんなに私の事が信じられないのならば、こちらから動けばいいんでしょう!)

 男のけじめ―――――――沖田は近藤から直接命令を受ける前に自ら別れを切り出そうと、踵を返し休息所の引き戸を開いた。

「小夜、ただい・・・・・・!」

 帰宅の挨拶をしかけた沖田だが、その言葉を途中で飲み込む。沖田の目の前には予想もしていなかった小夜の姿――――――玄関にへたり込み、泣きじゃくっている小夜があった。その儚げな姿を、そして声を押し殺して泣き続ける小夜の慟哭を目の当たりにした瞬間、沖田の決心は脆くも崩れ去る。

「小夜、こんなところで泣いていないで。とにかくまず奥へ入りましょう。で、ちょっと落ち着いてから話したいことがありますんで」

 沖田は小夜の肩を抱くと布団が敷いてある奥の部屋へ連れてゆく。そしてある程度泣き止むまで、その華奢な身体を抱きしめ続けた。

「・・・・・・小夜は、土方さんに何て聞かされたんですか?」

 暫し泣き続けた小夜が落ち着いたことを見計らい、できるだけ穏やかな声で沖田が小夜に尋ねる。

「総司はんの結婚を、って近藤局長に入れ知恵をしはった方がいるって・・・・・・せやから今年中に総司はんと縁を切る覚悟をしておけと・・・・・・」

 そこまで沖田に告げると小夜は再び涙を零し始めた。どうやら沖田の結婚話の事は聞いているらしいが駆け落ち云々の話は聞いていないようだ。

「それだけ、ですか?」

 もしかしたら感情が昂って沖田に告げられないだけかもしれないと、沖田は小夜に確認する。

「へぇ、うちはそれだけしか・・・・・・?」

 沖田の腕の中、怪訝そうに小首を傾げる小夜に、沖田は丁寧に土方から告げられた事を話し始めた。

「実はね・・・・・・私には駆け落ちするか小夜と別れるか決めておけ、って言ったんですよ土方さん」

 沖田の言葉に小夜は目を丸くする。

「か、駆け落ちて・・・・・・」

「小夜との別れに動揺して、戦力として役に立たないくらいなら消え去れと・・・・・・私も見くびられたものです」

 苦笑いを浮かべつつ、沖田は小夜の涙に濡れた瞳をじっと見つめた。

「・・・・・・私は武士です。命令とあれば小夜を切り捨てるでしょう。だけど、それと同じくらい小夜を失ったら立ち上がれなくなりそうな自分も自覚しています。だから、もし、小夜が望むならば・・・・・・」

「それはあきまへん!」

 小夜は沖田の言葉を遮り、新たな涙を流しながら首を横に振る。

「総司はん・・・・・・総司はんが近藤先生や新選組を大事にしはっているように、うちにも裏切れんもんがあるんどす。うちはかわたの娘、村から離れては・・・・・・かわたの仲間から離れたら生きていけまへん」

 沖田をじっと見つめつつ、小夜ははっきりとそれを口にした。



 暫しの沈黙が二人の間に流れる。その沈黙を破ったのは小夜だった。

「うちらのような身分のもんは、普通のお方よりも互いに支えあって生きております。その支えが無くのうてしまったら・・・・・・総司はんと今まで一緒にいられたのも、総司はんがかわた村に帰るのを許してくれはったからどす。せやさけ、京洛を離れたらうちは・・・・・・」

「小夜!」

 感極まった沖田は小夜を強く抱きしめた。小夜の言うとおり、被差別民である彼女が他の土地に逃げたとしても、間違いなく拒絶されるだろう。それは一般の町人のように髪を丸髷に結い、鉄漿をつけたとしてもだ。どんなに隠そうとしても些細な仕草、立ち居振る舞いで本来の身分は見破られてしまうだろう。そしてそんな差別から小夜を完全に守りきれる自信も沖田には無かった。


 京都で生まれた恋は京都でしか咲くことが許されない――――――


 一期一会の出会いと池田屋の出会いのみで諦めていたら、また九条河原で待機していた際、再会しなければこんな苦しみを味あわなくても良かったのだろうか。

(否、そもそも小夜を探し続けたのは私自身じゃないですか・・・・・・)

 再び泣きだした小夜の背中を優しく撫でながら沖田は自戒する。添い遂げる覚悟も別れる勇気も無いまま小夜を求め、そして手折ったのは他ならぬ自分だ。そして今、さらに別れ話によって小夜を傷つけているのも自分ではないか――――――切り裂かれる己の心を抱きしめるように、沖田は小夜を抱きしめる腕に更に力を込める。

「・・・・・・土方さんが、私の妻になる人を見繕うにはまだ時間がかかるとのことです。それまで・・・・・・せめて今年いっぱいは私の傍にいてくれますか?」

「・・・・・・」

 泣きじゃくる小夜の口からは返事はない。その代わり沖田の胸にすがりつきながら、小夜は小さく、しかしはっきりと頷いた。



 翌日、朝七ツの鐘がなる頃屯所にやってきた沖田は、局長室の近藤に挨拶をした後、そのまま隣室の副長室にも顔を出した。。

「土方さん、お早うございます」

 朝食を食べ終え、茶を飲んでいた土方に朝の挨拶をする。

「・・・・・・あまり眠れなかったようだな」

 目を充血させ、隈まで作っている沖田に、土方はほんの少しだけ同情の色を滲ませつつ声を掛けた。だが、そんな同情を吹き飛ばすように沖田は屈託のない笑みを土方に向ける

「ええ、まぁ・・・・・・あんなことがありましたしね」

 沖田は姿勢を正しながら、昨晩小夜と共に出した答えを土方に告げた。

「土方さんの申し出は有りがたかったのですが、小夜とは私の婚姻相手が見つかり次第、別れることになりました。私以上に小夜が・・・・・・京都をを離れることはできないと」

「そうか」

 土方は短く呟くと、茶をすする。きっとこれは沖田と小夜が苦悩に苦悩を重ねて出した答えに違いない――――――そう思いつつ、土方は改めて念を押す。

「・・・・・・いいんだな?」

「はい、私だけでなく二人で相談して決めたことですから。今まで黙認してくださってありがとうございました」

 決して顔色は良くなかったがその口調はどこまでも清々しく、目にも覚悟を決めた者特有の力が宿っている。これならば新選組の足手まといにはならないだろう――――――沖田の決心に、土方はほんの少しだけ安堵の表情を浮かべた。


 だが、土方はこの時に気がつくべきだった。沖田の言葉は自分自身さえ欺く偽りの言葉だということに。そしてこの別れを許したことによりさらなる悲劇が沖田と小夜を襲うということに――――――その事を知るのはもう少し後、沖田と小夜が別れた直後の事になる。



UP DATE 2014.5.24

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最後の一石は沖田と小夜が投げた『別離』という名のものでした。歴史の本流の前にはささやかすぎる小さな一石、しかしこれが後に沖田の運命を、そして新選組の運命をも巻き込む大きな波紋を生み出してゆきます。

ちょっと見には優しさに思えた土方からの『駆け落ち』の提案、だけど実は近藤の懐刀と言われる沖田でさえも役に立たなければ切り捨てるといった『鬼の副長』の厳しさから出た言葉でした。確かに私事で迷い、揺れ動いている上司に命を預けろと言われても部下はついていけませんよね・・・だったら小夜を連れてどこかに立ち去れというのも頷けます。(もし駆け落ちという名の脱走をしたとしても試衛館派と伊東派が対立している最中、どちらが追手になるかでまた揉めそうですし←それも狙っていたかもしれない。伊東派に追いかけさせて総司に返り討ちにさせる、っていう手もありかも)

しかし武士の矜持(プライド)&小夜の事情から二人は別れを決意しました。もしこの別れが穏やかなものだったら大正時代のジジイ総司はいなかったかも・・・ええ、まだまだ序の口、これから沖田も小夜も、そして新選組も翻弄されます( ̄ー ̄)ニヤリ
本格的な波乱はもう少し後、孝明天皇崩御、正月の居続けが終わった第七章からになりますがお付き合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m

次回更新は5/31、孝明天皇の崩御によって時代が動き出します。
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