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「短編小説」
鶴蔵てまえ味噌

鶴蔵てまえ味噌・其の陸・ところてん

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 鬱蒼とした木々から真夏を思わせる日差しが旅の一座に襲いかかる。雨上がり特有のむせ返るような湿気と相まって肌を刺す日差しは容赦なく旅人たちの体力を奪っていった。だが、旅人たちの足取りが重いのはどうやら日差しと熱気だけが理由ではなさそうだ。

「こんちくしょう!折角連日大入りだったて言うのによぉ!改革改革って・・・・・・ろくでなしのお上のせいでこっちは商売上がったりだ、くそったれ!」

 突如の大声に木々の枝で羽を休めていた鳥達が驚き、ばたばたと飛び立ってゆく。その呆れるほどよく通る声の持ち主は、股旅姿の中村鶴蔵だった。



 天保十三年、この年は水野忠邦による天保の改革により歌舞伎界は大打撃を受けていた。水野らは歌舞伎に対し、市川團十郎の江戸追放、平人との交際禁止や居住地の限定、湯治・参詣などの名目での旅行の禁止に外出時の網笠着用の強制などの役者の生活の統制、さらには江戸・大坂・京都のみ興行地の限定といった苛烈な弾圧が加えたのだ。
 また、江戸の繁華街にあった江戸三座を中村座の焼失を機に建替えを禁止し、浅草の猿若町に移転を強要された。ただ、歌舞伎の廃絶まで考慮されていたものがそこまでに至らなかったのは、ひとえに北町奉行・遠山景元の進言によるものと言えるだろう。

 勿論改革の余波は越中・富山へ興行に出ていた鶴蔵たちにも及んだ。六月一日初日を迎え、盛況だった舞台もたった十四日で打ち切らざるを得ず、江戸への帰還を余儀なくされたのだ。

「畜生、老中も蝮の耀蔵も糞食らえだ!」

 歩く気力も失せ、飛騨山中の掛茶屋で休息を取っていた鶴蔵は連れの匡蔵らに当たり散らす。そんな鶴蔵の癇癪を匡蔵は女形ならではの柔らかい物腰でいなした。

「仕方ないだろう、鶴蔵。うつけ者揃いのお上の考えることなんざ、たかが知れているってもんさ――――――ま、例外もいるけどね。遠山様がいてくださったから何とか猿若町への移転で済んだんだし、わっちらも歌舞伎を続けていけるんだ。辛抱おしよ」

 野郎仕立ての股旅姿をしていてもさすがは女形、匡蔵の言葉はどこまでも柔らかく、ささくれだっていた鶴蔵の神経を鎮めていく。

「まぁ、おめぇがそう言うんならな・・・・・それよりあれ、なんだ?」

 何かを見つけたのか、不意に鶴蔵が掛茶屋の目の前にある滝を指さした。丁度滝壺の辺だろうか、滝の下にある水船に何やら白いものが浮かんでいる。どうやら水船に入れることによってその白いものを冷やしているらしい。

「おい、親父!あの水船の中に入っている白いもん、ありゃ何だ?」

「へぇ、あれは心太でございます。こんな蒸し暑い日には暑気払いにいいでしょう?」

 掛茶屋の主の言葉に鶴蔵を始めとする一座の者は急に蒸し暑さを強く感じた。こうなると舌が、そして喉が心太を欲してくる。鶴蔵はごくり、と生唾を飲み込むと茶屋の主に向かって声を掛けた。

「確かにこんな蒸し暑い中で食う心太は格別だろうな・・・・・・じゃあここにいる皆の分、貰おうかい」

 鶴蔵の一言に一座、特に若い衆が歓声を上げる。その様子を微笑ましく見つめながら、茶屋の主はさらに鶴蔵に細かな注文を取る。

「ありがとうございます。ところでお味は如何します?醤油と黒蜜、どちらでもいけますが」

「江戸っ子は酢醤油、って相場が決まってるんでぇ。お前たちもそれで良いよな?」

 鶴蔵は一座の者達に確認を取るが、それに真っ向から反対したのは匡蔵だった。

「あら、わっちも江戸っ子だけど黒蜜で頂きますよ。他に黒蜜がいい子はいないかい?」

 すると三、四人が恥ずかしそうに名乗りを上げる。どうやら酢醤油の爽快感より黒蜜の甘さが恋しかったのだろう。匡蔵は艶然と笑みを浮かべると茶屋の主に自分達以外は全員酢醤油で、と注文をする。

「それにしても鶴蔵は面白いよねぇ・・・・・・普段は甘党なのに心太だけは酢醤油って妙じゃないかい?」

 注文の品を作るために店の奥に入っていった店の主の背中を見送りつつ、匡蔵は鶴蔵を冷やかす。その冷やかしに若い衆から笑いが起こるが、鶴蔵にとってはそれも面白く無い。

「うるせぇ!寒い時ならいざ知らず、やっぱり暑い時はきりりとした酢醤油ってぇのがお決まりじゃねぇか!」

 照れ隠しなのか、唇を尖らせぶっきらぼうに言い放ったその時である。茶屋の主とその妻らしい中年の女が盆に心太の入った器を乗せて店の奥から出てきた。

「お待たせしました!酢醤油のかた、どうぞ!」

 茶屋の主が鶴蔵に心太の入った器を渡しながら声を張り上げる。美濃焼きだろうか、濃い緑色の釉薬も美しい陶器に浮かぶ心太はどこまでも涼しげで食欲をそそる。鶴蔵は若い衆全員に心太が配られたことを確認した後、ちゅるりとそれをすする。するとつるんとした喉越しとともに酢醤油の心地よい酸味と香りが口いっぱいに広がり、心地良く喉を通り過ぎた。そしてその美味しさは黒蜜でも同様だったらしい。

「こりゃ美味しいねぇ。黒蜜も品が良くって疲れも吹き飛ぶよ。やっぱり滝で冷やすのが良いのかねぇ・・・・・・しかも酢醤油でも黒蜜でも馴染むときてる。お上も心太みたいに融通がきけばいいのにさ」

 思わず零れた匡蔵の呟きに、鶴蔵は反射的に混ぜっ返す。

「無理だろう。酢醤油だろうが黒蜜だろうが何をぶっかけても美味しい心太と違って、奴らは何をぶっかけても食えねぇよ」

「ふふっ、確かにそうだ!」

 鶴蔵の一言に匡蔵を始めその場にいた全員が大笑いする。そんな底抜けの笑い声を吹き抜ける一陣の風がさらってゆく――――――江戸に帰っても先が見えない中、鶴蔵ら旅の一座は一時の休息を堪能していた。



UP DATE 2014.5.28 

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本格的な夏には少々早いのですが、旧暦だと6月は梅雨も開け真夏に突入!ということで今回はところてん(心太)をお題にさせていただきましたv
鶴蔵たちが飛騨の山中で心太を食べたこの時、本当に天保の改革による歌舞伎の弾圧の時期だったんですよね。しかも鶴蔵達が本拠地にしている中村座は前年の火事で消失しているという・・・だから旅芸人みたいにあちらこちら巡業してお金を稼いでいたというのにお上から呼び戻しを食らってしまった鶴蔵達、本当に悲劇のオンパレードです。そりゃ山の中で叫びたくもなりますよ(-_-;)
そんな鬱憤を晴らすかのような涼しげな心太、関東圏に生まれ育った私は『心太=酢醤油』だと思い込んでいたのですがそうじゃないんですよね~。黒蜜をかける心太を知ったのは社会人になってから、以後心太=黒蜜を貫き通しております。美味しいお店があったら酢醤油もいいかな~とは思うんですけどね(^_^;)

次回更新予定は6/25、七夕ネタなのかそれとも他のものか・・・これから考えます(^_^;)
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