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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章 第二十一話 孝明天皇崩御・其の壹

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 沖田と小夜の別離話など水面下では色々あったものの、近藤・伊東両氏の会談の後、表面的には何事も無く穏やかに日々は過ぎ去っていった。嵐の前の静けさとでもいうのだろうか、その平穏さにむしろ気味の悪さを沖田が感じていたある日のことである。

「あれ、土方さん今頃見廻組だった大沢源次郎を兵庫に送るんですか?」

 副長室に呼び出された沖田が、土方の文机に無造作に置かれた書類に目を走らせ声を上げた。それはおよそ二ヶ月前、三条制札事件と同時期に起きた事件の首謀者で、幕臣の渋沢栄一と協力して捕縛した男である。その男を江戸に送るから兵庫の神戸港まで送り届けろと会津から命令がきたらしい。

「おう、三条の件でバタバタしていたからすっかり忘れてたんだろうよ、会津も。総司、悪ぃがちょっと兵庫まで行って来てくれねぇか」

 まるで気軽な使いっ走りに行かせるような土方の口調に、沖田は苦笑せざるを得ない。

「承知しました・・・・・・しかし、土方さん。ここ最近妙にやり残した仕事の処理が多すぎやしませんか?」

 今回の件は会津のうっかりが原因だが、それ以外でも大事だが特に急がない仕事の処理ばかりをさせられている気がする、その事を土方に尋ねると、土方はらしくもない穏やかな笑みを浮かべた。

「それだけ治安が落ち着いているってことだよ。ここ一月は特にでかい事件も無かったしよ・・・・・・伊東達がいつ分離話を持ち出してくるか判らねぇ。その前に雑仕事は全部片付けちまいたいんだ」

 久しぶりの平穏を噛み締めているかのような土方の言葉だが、沖田は土方の言葉の裏に隠されたものを敏感に察知する。

「土方さん・・・・・・もしかして私に気を使ってくださっていますか?」

 土方に告げられたあの日以来、沖田の結婚に関する話は一切出てきていない。それどころか特に急ぐわけでもない仕事ばかり粛々と行ってゆく土方に、沖田は違和感を覚えるのだ。だが、土方は『そうじゃない』と沖田の言葉を一笑に付す。

「別に気を使っているわけじゃねぇさ。確かに最近は急ぎじゃねぇ仕事ばかりだが、いつかはやらなきゃならねぇもんだし、おめぇの嫁に関してもなかなか手頃なのが見つからねぇってだけだ。ま、どっちにしても今年が終わるまであと一ヶ月ちょいあるんだ。それまでは今まで通りで構わぇだろう?」

 そう言いつつ、土方はさっさと兵庫に行って来いとばかりに沖田を手で追い払う。まるで蝿でも追い払うようなその手の動きに苦笑いを浮かべ、沖田は一礼して副長室を後にした。



「小夜、ちょっと兵庫まで出張することになりました。なので明日、明後日はこっちに来なくても大丈夫ですよ」

 出張準備のため休息所に戻ってきた沖田は、本を風呂敷に包んでいた小夜に告げた。これらの本は弟妹らに邪魔されぬよう勉強できるように小夜が持ち込んだり、松本良順に譲ってもらったりした蘭学書だ。小夜はいつの間にか多くなってしまったこれらの本を少しづつ持ちだしているのだが、今日もその荷造りに追われているらしい。

「兵庫?今回はえろう遠うおすな。何か大事でも?」

 本を包む手を止め、小夜は心配そうに尋ねる。

「いえ、罪人の監視だけですよ。たまたま江戸に行く船が神戸から出る予定なのでそっちに連れて行けってことで」

 沖田は荷物をまとめている小夜の横に座り込むとぽつり、と呟いた。

「だから・・・・・・そんなに急いで荷造りする必要はありませんよ。悲しくなるじゃありませんか」

 土方に告げられた時点で覚悟はしていたつもりだったが、いざ小夜が荷造りを始めて少しずつその私物が無くなっていくのを見ていくとその決心がぐらついてくる。そんな自分より、粛々と私物を片付けている小夜のほうがむしろ腹をくくっているように沖田には思えた。

「土方さんもお琴さんに振られた時に言ってましたけど・・・・・・土壇場の潔さでは、男はおなごに敵わないっていうのは本当ですね」

 小夜の身体を引き寄せ、沖田はその肩に顔を埋める。腕の中の温もりは確かなものなのに、近い将来それを手放さねばならない。そう思うと余計に切なさが募ってゆく。

「・・・・・・何を言うてはりますの。ほんま、総司はんは時々子供みたいにならはるんやから」

 小夜はまるで母親のように沖田の頭を撫でつつ優しく語りかけた。心の中にある一抹の不安を沖田に垣間見せぬように――――――。

(もしかして、副長はんが総司はんに駆け落ちを勧めはったのは、総司はんのこの脆さを知ってはってのことなんやろか・・・・・・)

 土方の話があってからというもの、沖田の小夜への執着ぶりはますますひどくなっているように小夜には思えた。それは男が女に、というよりも子供が母親に縋るような、そんな感じに近いだろうか。
 そもそも肉親の縁が極めて薄い沖田である。江戸にいる姉たちも育ての親であり、血がつながっているわけではない。そんな沖田にとって小夜は初めて心を許せる女であり、家族だったのだ。それを強引に引き離そうとすれば何かしらの齟齬が生じるのも致し方がない。

(大丈夫。きっと副長はんは総司はんを支えてくれはるひとを見つけ出して・・・・・・)

 だが、それは自分ではないのだ――――――小夜の目に涙が滲む。だが、それを見たら沖田はさらに不安定になってゆくだろう。沖田の目の前で動揺を見せてはならない――――――さらに力が込められる沖田の腕を感じつつ、小夜は自分の弱さを戒めるように唇を噛み締めた。



 月が変わり師走になると、この時期特有の慌ただしさが新選組にも襲ってくる。十一月の間に細々した仕事はあらかた片付けて事なきを得ていたが、師走にやらねばならない各所への年末挨拶やそれに伴う宴ばかりは避けようがない。さらに巡察においてはこの時期どうしても多くなる酔っぱらいへの対処などの仕事が増え、忙しさが増してしまうのだ。

「近藤さん、総司の結婚相手探しは年明けでも構わねぇか?」

 連日の宴会にげっそりとやつれ、目の下に隈を作っている土方が近藤に尋ねる。好きでもない酒を呑んだせいでかなりひどい宿酔に襲われているのだ。こめかみを抑えつつぬるくなった渋茶をちびちびと飲む土方に、こちらも同様に宿酔で苦しんでいる近藤が語りかける。

「ああ・・・・・・今年は例年に増して招待が多いからな。まだ幕臣取り立ての正式な通知は来ていないし、落ち着いたらでいいと思う」

 藤堂の発言から時間が経過している分、沖田の身の振り方に関して近藤にも少し余裕が出てきているのかもしれない。土方は内心ほっとしつつもそれを表には出さず、頭痛に顔をしかめながら先程黒谷から届いた広沢からの書状を広げた。

「・・・・・・近藤さん、どうやら今上帝が厄介な風邪を召されたみてぇだな。わざわざ俺達に知らせてくる、ってぇ事は相当なんだろう」

 土方は手にした手紙を近藤に渡しつつ、宿酔とはまた違った渋い表情を浮かべる。

「何々・・・・・・十一日に行われた神事に無理をおして出席なされたのをきっかけに風邪をこじらせたと?」

 書面にざっと目を通した近藤も眉を八の字に下げ、困惑を露わにする。

「あのお方も頑固だからなぁ。医者が止めてるんだから辛気臭ぇ神事なんざ適当にうっちゃっておけばいいものを」

「そう言うお前だって以前南部先生が止めるのも聞かずに無理をして、寝込んだことがあるじゃないか。きっと宮中にとって大事な神事だったんだろうよ」

 そうは言ったものの、近藤の表情も手紙を読み進めていくうちにだんだんと険しくなってゆく。

「しかしこれはいけないな・・・・・・翌十二日に発熱した後、執匙の高階経由が診察して投薬したが、翌日になっても病状が好転しなかったそうだ」

 執匙とは天皇への処方・調薬を担当する主治医格の者である。国内でも五本の指に入るであろう医療の手練である執匙にも手に負えない病気となるとかなり厄介だ。

「確か明日、中川宮のところへ年末の挨拶だったろう?その時に探りを入れておいたほうがいいかもしれねぇな。ま、さすがに大樹公に続いて今上帝まで、なんてこたぁねぇだろうけどよ」

「おい歳!縁起でもないことを言うんじゃない!」

 近藤は不謹慎な発言をする土方を窘める。だが、そんな土方の発言が正しかったことを近藤は翌日知ることになる。



 年末の挨拶のため、中川宮の屋敷に出向いた近藤と沖田は銀二十枚を下賜された。年末の挨拶金としては少々多すぎるものだったが、どうやら九月にあった三条制札事件の褒章も多少兼ねているらしい。

「ところで近藤。そなたはお上のご容態について何か聞き及んでいることはあるか?」

 人払いをさせた後、中川宮は声を潜めて近藤に尋ねる。それに対し、近藤は素直に見聞きしていることだけを口にした。

「はい、風邪をこじらせ翌日に発熱なさったと・・・・・・」

「あれは風邪などではない!」

 中川宮は近藤の発言を遮るように声を荒らげ、不機嫌そうに眉を寄せる。

「我も典薬寮の外科医・伊良子光順からの又聞きなのだが、執匙が投薬をしても全く症状が良くならぬというのだ!」

「あの・・・・・・」

 近藤と沖田の目の前だというにも拘らず激高する中川宮に二人は戸惑うが、そんなことはお構いなく中川宮は悪しきものを吐き出すように次々に皇居内の状況を語ってゆく。

「大抵の風邪であればこの投薬で殆ど治るというのに・・・・・・これはさすがにまずいと昨日から伊良子など他の典薬寮医師も次々と召集され、昼夜詰めきりでの診察が行われている。はっきりとは判らぬが・・・・・・もしかしたら主上は痘瘡を患ってしまったかも知れぬというのが伊良子の見解じゃ・・・・・・」

 そこまで一気に語りつくすと、感極まったのか中川宮は涙を零し始める。

「痘瘡!」

 その言葉を聞き、近藤と沖田は愕然とした。



UP DATE 2014.5.31

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沖田の結婚による別れ話が出たにも拘らず、全くやる気を見せない土方です(^_^;)というか、気乗りしない仕事をやらずに済むようにあえて急がなくてもいい仕事や忘れていた仕事を中心にやっているような・・・テスト勉強をしなけりゃいけないのに部屋の片付けをしたくなる、あんな心境だと思われます。そのお陰で12月は宴会を中心とする接待の応酬に専念できたわけですが(おいっ)

そんな多忙な中、飛び出してきたのが孝明天皇の体調悪化です。十一日までは軽い風邪のようでしたが、どうやらそれが痘瘡のようでして・・・詳細は次回になりますが、西洋嫌いの攘夷論者・孝明天皇にとってこの痘瘡は結構致命的な病気だったりするのです。(拙作『葵と杏葉』にて痘瘡及び種痘についてはかなり取り上げさせて頂きましたが、まさかその知識がここで使うことになろうとは^^;)

次回更新は6/7、中川宮による説明が続きます。
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