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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第十四話 改革への障壁・其の貳

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 江戸城からの呼び出しを受けた盛姫は、次の日の朝、支度を調えると早々に江戸城大奥に出向いた。普段の挨拶ならば御広敷御門からそのまま大奥の一番奥、御台所住居まで向かうのだが、この日はいささか様子が違っていた。何と御台所住居とはまるで方向が違う将軍寝所へと案内されたのである。その手前には御鈴番の詰所があり、当番の奥女中がいささか緊張した面持ちで頭を下げている。

「姫君様、ここから先は私は勿論、お付きの女中達も参ることは出来ませぬ。この襖より先は他の者が案内いたしますのでそれに従ってくださいませ」

 そう言った先導の女中の声も心なしか震えていた。何かがおかしい――――――確かに位階の嘆願書への返事には御台所ではなく父である将軍の花押が押されていたが、それでもその話は御台所を通じて表へと伝えられるものだとばかり思っていた。しかし、どうも違うらしい。

(本来、この話を受けるのは貞丸か茂義か・・・・・・江戸家老では話にならぬという訳か)

 奥女中達の緊張からしてもやはり今回の呼び出しは特別なのだろう。盛姫は唇を噛みしめる。

「・・・・・判った。案内ご苦労であった。風吹、そちたちはどこか控えの間で妾が戻るまで休んでおれ」

 盛姫は心配げな表情を浮かべる風吹ににっこりと微笑むと、開かれた襖の向こうへ脚を踏み出した。



 盛姫の後ろで襖が閉められる。その音を聞きながら盛姫は衣擦れの音を立てつつ、将軍寝所の御小座敷へと向かった。

「姫君様、お待ちいたしておりました」

 まだ十二、三歳くらいの小姓の少年が盛姫に対し一礼し御小座敷の襖を開く。

「思ったより早かったな、国子」

 そこにいたのは父、家斉であった。将軍寝所なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、盛姫がここにで向いた用件からすると役者が大仰すぎる気がする。

「父上、どういう風の吹き回しですか!昇進の嘆願であれば御台の母上様を通じて行なえば充分ではありませぬか」

 父親の思惑が判らず、盛姫は身分を忘れ――――――親子といえど身分は絶対的なのである――――――盛姫は声を荒らげる。しかし、そんな愛娘の失礼極まりない発言を家斉は平然と受け流し、立ち上がった。

「位階の昇進だけならばな。だが、実は佐賀の昇進と引き替えにそなた達にして貰いたいことがある。そしてそれは御台所に・・・・・・寔子に漏らす訳にいかぬ事なのだ。詳細は中奥にて大久保が話すから付いて参れ」

 盛姫が詳細を尋ねようとしたが家斉はそれを遮り、さっさと上御鈴廊下へと向かい始める。

「父上!お待ちくださいませ!」

 遅れまいと慌てて盛姫もそれに付いていく。そして盛姫は生まれてこの方一度も足を踏み入れたことのない中奥へと足を踏み入れてしまった。禁断の場所への侵入――――――それはまるでこれからの彼女の、そして佐賀の未知なる運命を暗示しているかのようであった。



 そもそも普段政治の事は老中を中心とした評議に任せている家斉である。遊興に浸っていると後ろ指を指されることもしばしばだが、政治がより複雑さを増しているこの時代、将軍の独裁というのは何かと不都合があるのだ。
 世襲、身分という枠はあるものの、合議よって導き出される客観的な意見で国は動いている。そこに迂闊に『将軍の御意向』などという不条理を差し込んではならぬことを家斉は熟知していた。
 だが、今回に限りその慣例を無視して将軍自らが出向き、動いているのである。盛姫でなくともおかしいと感じざるを得ない。
 家斉の先導のもと、盛姫は初めて足を踏み入れる御座の間に導かれ、家斉の斜め横に鎮座した。そこには既に老中の大久保も待ち受けており、その前には書状の束が山積みになっている。

「大久保、例のものを」

 家斉が声をかけると、大久保は束ねられた書状を盛姫の前にすべて差し出した。

「姫君様、どれでも構いませぬ。一部取ってご覧下さいませ」

 大久保に促され盛姫は一番上にあった書状を取り、中身を読んでゆく。そして読み進めていく内にその顔色が徐々に青ざめてゆく。そこには佐賀の内紛――――――というより隠居の放蕩振りともう一つ、薩摩藩の密貿易疑惑について書かれていた。佐賀の内紛の話が事細かに、しかも正確に報告されているだけに薩摩の密貿易についても変な信憑性を抱かざるを得ない。

「こ、これは・・・・・・薩摩の密貿易とは・・・・・・真の事なのでございましょうか?」

 書状から目を上げた盛姫はわなわなと震えながら、青ざめた顔で家斉を見つける。

「少なくとも佐賀の件は覚えがあろう、国子。薩摩の密貿易疑惑も佐賀の報告と同等の信憑性があると見るのが正しい。七割、八割の確立で薩摩が抜け荷に手を染めているのは間違いないと思われる」

 家斉のその冷徹な言葉に盛姫の表情は強った。薩摩藩は御台所の実家である。これが表沙汰になれば御台所の立場さえ危うくなるだろう。

「そう言う訳だ。御台所にこれ以上心労をかける訳にも行かぬ」

 家斉の言葉に娘としてかなり引っかかるものを感じた盛姫だが、それどころではない。今でこそ御褥御免で床を共にしなくなったものの、家斉にとって御台所は大事な『片腕』なのである。
 まだ一橋家世嗣だった頃から許嫁として一緒に暮らし、どんな家臣達よりも長く共に暮らしてきた『糟糠の妻』を、お家の事情で苦しい立場に追い込むのは家斉の本意ではない。しかし、そんな家斉の私的な想いとは関係なく政治は、そして隠密は動いてゆく。

「ただいま、間宮とその部下には鹿児島潜伏のため、長崎にて九州地方の言葉の習得をさせております。しかしできることならもう少し奥まった地域にて鹿児島近隣の言葉を習得させたい。そこで・・・・・・」

「佐賀にその片棒を担げと言うのか!御台の母上を裏切れと・・・・・・!」

「国子!」

 大久保の言葉に激高した盛姫を将軍が叱る。

「いいか、国子・・・・・・いくら御台所の実家とはいえ、あまり大仰に密貿易をやられてしまっては幕府として面子が立たぬ」

 確かに家斉の言葉は正しい。しかし実の母親以上に盛姫に愛情を注いで育ててくれた御台所の実家である薩摩藩への諜報活動を手助けせよと言われても簡単に納得出来るものではない。さらに薩摩藩の世嗣は良人の母方の従兄でもある。斉正にとっても決して他人事ではないのだ。

「これはともすれば周囲の藩を全て敵に回しかねないほど、佐賀にとって危険な賭であることは重々承知しておる。しかしな国子、ただ特例を認める訳にいかぬのはわかるであろう。それだけではない、佐賀はすでに幕府に三万両もの借財をしている身・・・・・・この話、断ればどうなるか判っておろうな」

 家斉の言葉に盛姫はしばし言葉を失った。そして迂闊に『隠居派に対抗するために位階の引き上げを』と願った自分の浅はかさを後悔した。

「・・・・・・しばし、時間をいただけぬでしょうか」

 どんなに考えても答えは出ない。盛姫は重々しく口を開く。

「この話、お受けするにしても間宮をどこに匿えばいいのか、まだどのように事を運べば良いのか妾の一存では決められませぬ」

 とにかく時間が欲しかった。盛姫一人で判断するには事があまりにも大きすぎる。だが、そんな盛姫の願いは次の一言であっけなく打ち砕かれた。

「それに関しては私めが直接佐賀の請役殿と交渉いたしました故、姫君様は詳細まで気にせずとも構いませぬ」

 時間を稼ごうとした盛姫に対し大久保が退路を断ってしまった。茂義と大久保は斉正、盛姫の婚礼以来何かと言葉を交わす間柄であり、今回の事もその流れによるものだろう。

「・・・・・・判りました。背に腹は替えられませぬ」

 それは幕府の条件を飲んだことに他ならなかった。



 盛姫、そして大久保からの火急の飛脚が斉正の許へやってきたのは十日後のことであった。その書状を読みながら斉正、そして茂義は愉快そうにくすくすと笑う。

「国子殿の焦る様子・・・・・・見たかったなぁ」

「貞丸、奥方に対してそれはないんじゃないのか。ひどい良人だ!」

「そういう茂義だって笑っているじゃないか。」

 互いに収まらない笑いを指摘しながら書状をたたんでゆく。

「まぁ、いきなり中奥に呼び出されてしまっては国子殿も動揺するしか・・・・・・ちょっと考えれば薩摩と縁が深い私達に、そんな話を漏らすのはおかしいと気がつくはずなのに」

 つまり、こういう事である。幕府の機能上、例え御台所の実家であろうと犯罪の疑いがあればそれは調査しなくてはならない。そしてそれを表だって妨害することは将軍であっても許される事ではないのだ。そんな事をしてしまっては幕府の秩序が乱れ、混乱を来してしまう。そこで白羽の矢が立ったのが佐賀藩であった。
 表向きは『幕府の隠密を匿え』とのことだが、それはとりもなおさず幕府の隠密の行動を掌握することに他ならない。

「とりあえず従兄殿に知らせておけば、後はあっちで何とかしてくれるだろう」

 斉正は松根に声をかけ墨と硯を用意させる。この工作が功を奏したかどうか判らないが、数年に及ぶ間宮林蔵らによる調査によっても薩摩の密貿易の証拠は得られなかった。意気消沈して帰途に就いた帰りがてら、思いも寄らぬ浜田藩の密貿易を見つけ、『竹島事件』に発展したことを考えれば、彼らの腕は決して悪いものでは無いのである。にも拘わらず薩摩藩のそれが見つけられなかったのはひとえに佐賀藩からの忠告があったからに他ならない。



 その一月後、諸々の裏工作の算段を付けるため茂義は江戸の大久保の元へやって来た。

「姫君様からも書状を頂きました。幕府の御庭番を匿うことで位階の昇進を認めて貰える、という事でございますね」

 その表情は一見真剣そのもののように見えたが、その目は何故か嬉しげに笑っている。明らかに将軍側の思惑は判っているぞというその表情に大久保も思わずつられて笑みをこぼしてしまう。そして挨拶もそこそこに二人は具体的な手はずを話し始めた。

「抜け荷の調査ですか・・・・・・そんな商品があればどんなにありがたいか」

 会談の途中。不謹慎だとは思いつつ茂義はつい口を滑らせてしまう。シーボルト台風から五年、ようやく被害を受ける前の状況と同じくらいに戻りつつあるものの、有田の職人達は他の窯元に引き抜かれ、米以外の作物も改革派の妨害により思うようには開発できない。
 特に焼き物は注文を受けたものさえ納品できず、平戸に援助を求めている状況である。抜け荷という犯罪を犯すにも、売ることが出来る商品がなければどうにもならない。ある意味抜け荷で疑われる薩摩藩の裕福さがうらやましくもあった。

「こら、鍋島。口が軽すぎるぞ」

 あまりに物騒な茂義の発言に大久保は窘めたが、茂義の言葉の重さに頷いてもしまった。

「まぁ気持ちは判らなくもないがな。天建寺砂糖も結局うまくいかなんだとか・・・・・・。姫君様に頂戴したのだが、なかなかどうして質の良いものであったのに。あれなら江戸や大坂で高く売れるぞ」

 大久保の眉間に微かに皺が寄る。

「ええ、隠居派の者達に『稲を作るところで贅沢品を作るとは何事か!』と押し切られましてね。結局話は立ち消えです。折角砂糖黍の収穫、砂糖の精製までうまくいったのに・・・・・・悔しくて夜も眠れませんでした」

「それを少しでも打開したいと姫君から四位少将の打診があったが・・・・・・もちろん受けるな?」

 それはとりもなおさず表向きは幕府の犬として近隣諸国を欺けと言う事である。

「・・・・・・本当ならば隠密ではなく、直接幕府の役人に出向いて貰って大殿に睨みを利かせて頂きたいくらいですが。」

 この事がばれれば佐賀は近隣各国から袋だたきにあっても文句は言えない。幕府に対し、別段後ろ暗いところが一切無い佐賀にとって幕府の隠密が入り込んでもどうという事は無いが、そうでない近隣諸国の方が多いのである。それらの国々に気を遣うことも藩としては必要なのだ。

「しかし、問題はどうやって余所者を佐賀藩内に入れるかということですね。特に若殿関係の入藩者に厳しい目が向けられるのですよ」

 やりたい放題やっているように見える斉直とその取り巻きであったが、どこか後ろ暗いところがあるのか、はたまた江戸で散々虐められた大奥女中達の影に未だ怯えているのか、飛脚ひとりに対しても執拗なくらい身辺調査をする。

「そなた、高島流砲術というものを知っておるか?」

「ええ話だけは・・・・・・」

 高島流砲術とは長崎に生まれた砲術である。今現在日本にある砲術の中で一番実践的と言っても良いかもしれない。

「ここ最近近海において外国船があちこちに見受けられるようになってきている。佐賀も新しい砲術を取り入れるべきだと思うが。話は私から付けよう」

 つまり技術者として間者を入れようというのである。問題は砲術を導入する予算である。ただでさえ苦しい台所事情の中、この費用を捻出するのはかなり厳しい。しかし、長崎御番において砲術を導入しておくことは絶対に役に立つ。

「承知しました。佐賀本藩においては難しいのですが、それがしの領地内ならば彼らを引き入れることはできるでしょう。それがしには佐賀家中の務めもございますゆえ、何かと不便をかけてしまうやも知れませぬが、出来る限りの事はやらせて頂きます」

 斉正の位と引き替えに佐賀藩は間宮を引き入れ、その手段として高島流砲術を導入するという体裁を取る事になった。この時茂義はあくまでも領地を提供するだけで、自分が直接高島流砲術に関わることはないと高をくくっていた。そうすれば万が一隠居派や他藩に事が露見しても『自分は関知して居なかった』としらを切ることも可能だからだ。しかし、そんな茂義の思惑に反し、この直後におこった事件によって茂義はこの件に深く関わらざるを得なくなる。



UP DATE 2010.05.19

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『改革への障壁』其の貳です。今回はちょっと寄り道をしておりますが、やはりあの我儘隠居に対抗するには斉正も茂義も茂真もまだまだ若すぎます。そこで盛姫の実家、徳川家に『位階を早めに上げてv』助けを求めたのですが時期が悪かったと(爆)。史実的には斉正の階位昇進と薩摩藩への諜報は一切関係ありませんが、間宮林蔵を中心とした御庭番達がこの時期九州を中心に活動をしていたことは史実です。そこでどうせならという事で間宮林蔵の諜報活動と斉正の昇進の話をセットにさせていただきました。
そして今回出てきた『高島流砲術』、これも佐賀の軍事に大きく関わってくることなのですが、これも幕府の許可の許でとさせていただきました。天保の改革で高島流砲術が弾圧を受けてしまうため当初から幕府の目を忍んで・・・・・という学説が多いのですが、長崎警護の強化を申し渡されていた当時、幕府としてはむしろ軍事力強化を申し渡す方が自然のような気がしまして(笑)。でもしょせん貧乏藩、導入っていっても最初の内はたかが知れております。その貧相さに失笑を買う描写も出てくるかも知れませんが、彼らの成長を生暖かく見守ってやってくださいませm(_ _)m


次回更新は5/26、隠居派のさらなる妨害、そして茂義が巻き込まれる極めて大きな事件の発端まで書ければいいかな~と目論んでおります。(この事件に絡みようやく茂義&風吹の関係も動き出すか・・・・・な?次の次くらいになるかも知れませんが久しぶりに二人の恋に取りかかれそうです。)
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