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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章 第二十ニ話 孝明天皇崩御・其の貳

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――――――もしかしたら主上は痘瘡を患ってしまったかも知れぬ

 血の気の失せた唇で紡ぎだされた中川宮の一言に、近藤と沖田は愕然とした。

「確か・・・・・・今上は種痘をお受けになってはおられませぬよね?」

 京都や大阪では嘉永二年に江戸に先駆け『除痘館』という種痘所が日野鼎哉や緒方洪庵によって開かれていた。医者の子は勿論、大名の子息や庶民にも広まりを見せている種痘だが、頑迷な攘夷論者や外国嫌いの者達は西洋の技術である種痘を拒否している。それは孝明天皇も同様であった。すなわちそれは、痘瘡に罹患してしまったら命に関わりかねないということを意味している。

「ああ。あんな怪しげなものを受けられるかと・・・・・・だが、陛下の反対を押し切ってでも種痘は受けさせるべきだったかも知れぬ」

 その目に涙を浮かべつつ、中川宮は呻く。それは聞こえるか聞こえないかの小さな声であったが、沖田には悲痛な絶叫のように聞こえた。

「中川宮様、まだ痘瘡と決まったわけではございませぬ。ここは暫く執匙らの診断を待つ他は・・・・・・」

 近藤もそう感じたのか、中川宮を慰めるように穏やかな声で囁きかける。その声音に己を取り戻したのか、中川宮は袖で滲んだ涙を拭うと近藤をまっすぐ見つめた。

「そうだな・・・・・・済まぬ、取り乱してしまって」

 そうは言うもののやはり憔悴は隠し切れない。だが孝明天皇が省死の淵を彷徨っているとあればそれも仕方ないだろう。これ以上は中川宮の負担になると判断した近藤は沖田に目配せをする。

「いえ、今上のご容態が思わしくないとなれば治世に関わりますれば・・・・・・では我々はこれにて失礼致します」

 近藤は話を切り上げると、沖田と共に早々に中川宮の前を退出した。



 中川宮の屋敷から屯所への帰り道は重苦しい空気に支配されていた。

「もどかしいな。松本法眼ならきっと一発で病の正体を見破るだろうに」

 家茂の逝去を思い出したのか、湿った声で近藤は呟く。

「そうですね」

 多分近藤の独り言であろう言葉だったが、沖田は思わずその呟きに返事をしてしまう。

「となると・・・・・・総司、お前の嫁探しも一時中断かな」

「・・・・・・え?」

 てっきり返事など返ってくるとは思わなかっただけに、思わぬ近藤の返答に沖田は呆気にとられる。

「いや何、歳も言っていたんだがな・・・・・・忙しいのとなかなか目ぼしい娘が見つからないとでお前の結婚は年明けにずれ込むかもしれないと。そこへ今上の容態が、となれば・・・・・・」

「縁起でもないことを言わないでくださいよ!きっと今上は持ち直しますって」

 沖田は慌てて近藤の弱気な言葉を否定する。だが、口ではそう言いながらも沖田は孝明天皇の病状悪化、そして崩御をちらり、と願ってしまった。

(もし今上の病が年明けにずれ込めば・・・・・・)

 孝明天皇の病状が思わしくなければ、さすがに近藤も沖田の結婚話を進めるような不謹慎な真似はしないだろう。余計に別れが辛くなるだけだが、それでも小夜と一日でも長く過ごせることを沖田は望んでしまう。

(最低な男ですね、私は・・・・・・)

 つい己の欲望に傾いてしまいそうになる気持ちに喝を入れつつ、沖田は近藤の後に付き従い、夕暮れの京都の街を歩き続けた。



 近藤らが中川宮に謁見した翌日、事態は大きく動き出した。十二月十六日、なかなか熱が下がらない孝明天皇の診察を執匙の高階経由らが改めて行った。その結果、天皇が痘瘡に罹患している可能性が大きくなったのである。
 高階自身は痘瘡の治療経験が乏しかった為、経験豊富な小児科医ニ名を召集して診察に参加させた。

「誠に申し上げにくいのですが・・・・・・今上は痘瘡に罹患された可能性が極めて大きゅうございます」

 痘瘡に詳しい二名の医師が口を揃えて孝明天皇の痘瘡の可能性を断言する。ここまで強く指摘されてはさすがに現実から目を逸らすことも適わない。
 翌十七日に武家伝奏等へ天皇が痘瘡に罹ったことを正式に発表し、天皇の拝診資格を持つ医師総勢十五名により、昼夜問わずの治療が始まったのである。



 孝明天皇が痘瘡になったという報告は、会津を通じて極秘裏に新選組にも伝達された。

「朝廷からは『御順症』とあるが、果たしてどうなのか・・・・・・朝廷の医師は漢方の者ばかり。いくら今上帝が外国嫌い、蘭学嫌いとはいえお命に関わることなのだからもう少し柔軟になられても良いと思うのだが」

 丁度この日、三条制札事件の褒章を受け取りに黒谷にやってきた土方と原田が、愚痴混じりの広沢からの伝達を聞かされた。
 秋の家茂の逝去から半年後に発生した天皇の病気――――――立て続けに起こる不幸に渋い表情を崩さない広沢に対し、土方も神妙な表情のまま言葉を返す。

「それは無理でしょう。それが可能ならば種痘を受けていると思われます。噂によると今上は種痘を推進している佐賀公と大喧嘩をなさったとか」

 土方の問いかけに、広沢は苦笑いを浮かべつつ頷いた。

「ああ、あそこは藩を挙げて種痘を輸入して、大阪、京都、江戸に株を分けたくらいだからな。下世話な話、京都守護職を希望していた佐賀公が着任できなかったのは、今上と種痘の件で揉めて、『あいつを京都に近づけるな』と今上が幕府に圧力をかけた為とも言われている」

 方や強行な攘夷論者で外国嫌い、方や種痘や軍艦など海外のものを積極的に取り込む蘭癖大名となれば相性の悪さは目に見えている。

「・・・・・・『肥前の妖怪』は得体が知れませんが、今回ばかりは佐賀公の意見に賛成したい気持ちです」

「同感だ」

 土方の言葉に広沢も、そして隣にいた原田も笑い出してしまった。

「ところで土方、この前近藤から聞いたのだが・・・・・・沖田の嫁を探しているという話は本当か?」

「は、はぁ・・・・・・まぁ、その通りですが」

 あまり触れられたくない話題を振られ、土方は曖昧な笑みを浮かべる。だが、その表情に気が付かないのか、広沢はどんどん話を進めてゆく。

「出入りの薬問屋の弟に当たるらしいのだが、腕の立つ町医者が祇園近くにいるらしい。そこに年の頃十七という娘がいるとの事だが・・・・・・沖田の相手に不足はないのではないか?」

 よりによって会津から話を持ちかけられるとは――――――受けてしまったが最後、色々と会津に借りを作ってしまいそうな話になりそうだと土方は断る理由を模索する。

「しかし・・・・・既に許嫁がいらっしゃるのでは?」

 さすがに妙齢の医者の娘なら許嫁くらいいるだろう。土方はその可能性に賭けてみるが、世の中は底まで甘くなかった。

「それが未だに許嫁さえ決めようとしないと、その薬問屋も嘆いているのだ。身分的にも問題ないし、この機会に一緒にさせてはどうだ?」

 悪気のない広沢の申し出に、土方は内心臍を噛んだ。広沢、つまり会津からのここまで強い紹介とあっては断るに断れない。

(ま、壬生狼が相手と知ったら向こうから断ってくるだろうよ)

 こうなっては新選組の悪評に頼るしか他はない。

「・・・・・・ではそのお話、お願いしても宜しいでしょうか」

 今まで許嫁さえ決めなかったのだ、きっとこの話も向こうから断るだろうと土方は腹をくくる。

「承知した。たださすがに今上の容態が思わしくない時に慶事の話を進めるのはできないから、暫く待っていて欲しい。こちらから話は通そう」

「ありがとうございます」

 隣で原田が驚きを露わにする中、広沢の言葉に土方は深々と頭を下げた。



 土方は黒谷での話を全て――――――孝明天皇の容態から沖田の結婚相手候補の話まで近藤に話した。それを聞いて近藤はうむ、と肯く。

「なるほど、『御順症』殿額面通りには会津は受け取っていないと」

「確かに痘瘡となったらそう簡単には治らねぇだろう。特に大人が罹ると痘瘡は重症化する」

 煙管に手を伸ばしながら土方は険しい表情を崩さない。

「総司の話だって今上の容態が回復したら、って前提付きだ。もし治ると思っていたらそんな様子見的な真似はしねぇだろう」

「・・・・・・我々もそのつもりでいた方がいいのかな」

「だろうな。不謹慎を敢えて言わせてもらうが、下手したら準備した正月飾りが全部無駄になるかも知れねぇぜ。生きていていたとしてもお隠れになっちまったとしても」

 刻煙草を煙管に詰め終えた土方は、それを深く吸い込み、煙を吐き出す。ゆらりと揺れる紫煙は渦を巻きながら天井へと昇ってゆく。そんな土方を見つめつつ、近藤は重々しく口を開いた。

「きっと・・・・・・ご回復あそばされるだろうよ。それでなくても今年は幕府にとって大きな不幸があったんだ。それに引き続いて今上まで、なんて考えたくもない」

 秋に逝去した家茂の後を継いだ慶喜は十二月五日に天皇からの将軍宣下を受け、ようやく将軍に就任したばかりである。脆弱な幕府の基盤が落ち着く前に孝明天皇が亡くなってしまったら、更に政局は混乱するだろう。近藤は孝明天皇の回復を願わずにはいられなかった。


 だが近藤の願いも虚しく、十二月二十五日、事態は思わしくない方向に急変することになる。



UP DATE 2014.6.7

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新選組を始め社会全体に影響を及ぼす天皇の病はやはり痘瘡(天然痘)でした・・・大阪、京都で種痘が始まってからおよそ二十年、庶民から徐々に貴族にも広まっていたはずの種痘も、外国嫌いの孝明天皇は受けていなかったんです。
そうなるとどうしても病気というのは重症化するもので(T_T)案の定孝明天皇の病状も悪化していたようです。外向きには回復しているとの発表でしたが・・・(これは当時の『お約束』みたいなものですから^^;)
さすがにこんな状況では沖田の結婚話も進めるわけには行かず、新選組独自の嫁探しは中断していたものの、思わぬ方向から横槍が入りまして(^_^;)さすがにこれでは鬼の副長も断れませんよねぇ・・・(-_-;)

次回更新は6/14、孝明天皇の最期になります。
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