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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章 第二十三話 孝明天皇崩御・其の参

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 ひどい発熱の、一旦解熱を見た孝明天皇だったが、二十五日になり症状は急変した。既に頭部、顔面を中心に皮膚色よりやや白めの豆粒状の丘疹が生じ、全身に広がっていたのだが、それがのどの奥――――――いわゆる呼吸器・消化器などの内臓にも広がってしまっていたのだ。
 痘瘡によって肺に損傷を受けた天皇はひどい痰を吐くようになり、呼吸困難の状況に陥った。このままでは重篤な呼吸不全に陥ってしまうと伊良子光順他担当医達が体を擦ったり膏薬を貼り付けたりと出来る限りの処置を施すが、症状は全く改善されない。それどころか化膿した発疹が膿疱となり、再び高熱を出し始めたのである。

「・・・・・・二条城には『益御機嫌能被成為候(ますますご機嫌がよくなられました)』との御容態書を提出せよ。少なくとも御用納めまで主上の病状は伏せおかねばならぬ」

 伊良子光順は『病状』と発言したが、その場にいた誰もが天皇の死を覚悟した。既に膿崩れた全身からは出血が止まらず、ひゅうひゅうと苦しげに鳴る喉の音はいつ消えてしまってもおかしくないほど弱まっている。

「承知・・・・・・いたしました」

 連絡役の若い医師は涙を拭いつつ、幕府や朝廷各所への連絡のため部屋から退出した。それを見届けた伊良子は、残った医師団に告げる。

「我々は力の及ぶ限り主上のご回復の手助けをするぞ」

 だがその声は弱々しく、聞く方の表情にも疲労と絶望が滲んている。彼らの昼夜に及ぶ十日間の努力は最悪の形の結末を迎えようとしているのだ。それも致し方がないだろう。
 そして彼らの看病も虚しくこの日の夜四ツ半過ぎ、孝明天皇は宝算三十六という若さで崩御した。ただ、この事実はすぐに各所に伝えられることはなく、表面上はそのまま看病が行われている体裁を保っていた。



 天皇医師団から幕府に提出された『御容態書』は会津藩を通じて新選組にもその内容が伝えられた。だが、近藤を始めその内容を額面通りに受け入れる輩は誰一人いなかった。

「朝廷からの発表は相変わらず、というところか。」

 広沢からの連絡書に目を通した後、近藤は神妙な面持ちで呟く。

「額面通りこのままお元気になられてくれればありがたいのだが・・・・・・」

 だが、それは極めて難しいだろう――――――近藤の言葉に沖田は小さく肯く。

(やはり今上は・・・・・・年の瀬を超えるか超えないか、というところか)

 箝口令が敷かれているらしいが、それでも漏れてくる噂はある。それによると孝明天皇の症状は極めて重く、部屋の外まで苦しげな呼吸が聞こえてくるという、まるで怪談話か何かのような話を沖田も耳にしていた。だが、そうなると問題は小夜と一緒に過ごせる時間である。
 土方が会津からの紹介を持ってきたのは五日前のこと、それから話がトントン拍子に進んでしまい、松の内が過ぎた頃に結納を交わそうという話になっていた。だがそれはあくまでも天皇の崩御がない場合であり、不測の事態が起こったらどうなるか判らない。

(今上が崩御されればもう少しだけ時間が稼げるんでしょうかね・・・・・・いや、そんな不埒な事を考えているからいけないんですね)

 ついつい自分の都合の良い様に考えてしまう身勝手さに辟易しながらも、やはりどこかでそれを望んでしまう沖田がそこにいた。



 巡察を終え、疲れきった身体を引きずって沖田が休息所に帰ってきたのは夜九ツ半過ぎであった。普段ならそのまま屯所に宿泊し、翌日の巡察に備えるところなのだが、小夜との別れの期限が迫っている今はそれさえも惜しい。それは小夜も同じで、沖田がどんなに遅くに帰宅するような夜でも、夜勤明けの日でも必ずと言っていいほど休息所に詰めていてくれる。

「小夜、ただいま帰りました」

 休息所から漏れる灯りに沖田が無意識に言葉をかける。だがいつもならすぐに返ってくる小夜の返事が今日は無かった。玄関の前に座り、沖田を迎えてくれる姿はいつも通りなのだがその顔は強張り、声さえ出せないと言った風だ。その異変にさすがに疲れきっていた沖田もすぐに気がつく。

「どうしたんですか、小夜?何か顔色が悪いというか強張っているような気がするんですけど」

 草履を脱ぎながら沖田は小夜に尋ねる。すると小夜は震える声を絞り出し、沖田に聞き返してきた。

「総司はん・・・・・・屯所で、主上様の事なんか聞いてまへんか?」

 主上――――――その一言に沖田も敏感に反応する。死穢を扱うかわたである。もしかしたら朝廷の死穢を扱う仲間から何か伝え聞いているのかもしれないと、沖田は草履を脱ぎ捨てるとそのまま小夜の横に座り込んだ。

「一応『ますますご機嫌がよくなられました』っていう内容の御容態書が提出されたって話だけは・・・・・・何かあったんですか?」

 沖田は小夜の両肩を手で包み、まるで睦言を囁くような優しい声で小夜に尋ねる。

「小夜、あなた、仲間から何か聞いているんですか?それとも・・・・・・」

 小夜には答えられない質問かもしれないと思いつつ、尋ねずにはいられない。そんな沖田の心遣いを感じたのか小夜は少しずつ、しかしかわたでしか知り得ない情報を沖田に伝えた。

「殯宮・・・・・・主上様の亡骸を埋葬まで安置するお宮を作るために・・・・・・仲間が駆り出されたんどす。しかも極秘裏に、っていう命令も・・・・・・」

 つまり、現場では既に孝明天皇の埋葬準備が始まっているということである。さすがに天皇が存命中にそのような動きをする筈は無いので、既に天皇は崩御されている可能性が高い。

「なるほどね。きっと諸々の事情を考えて、仕事納めの後にでも公表するんでしょう。年末の忙しい時期に発表すると色々仕事が重なって不平不満が出るでしょうから・・・・・・世知辛い世の中ですよね」

 沖田の予想はほぼ合っていると思われた。ただでさえ多忙な年末に天皇の崩御が重なれば更に仕事は増え、混乱を来すだろう。だったら数日ほど公表を遅らせ、仕事がひと段落した仕事納めの後に公表すれば、それほど混乱はないと思われる。

「ということは、今上の喪があけるまで慶事は控えないとまずいですよね。小夜、もし私の結婚が遅れるようならもう少しだけ・・・・・・」

 せめて天皇の服喪が明けるまでは傍にいてくれないか――――――そう言いかけた沖田に、小夜ははっきりと首を横に振った。

「余計に別れが辛うなります。それと主上様のお隠れが公表されはったら、かわたの者全員が忙しくなるんです。ここに通う余裕は無くのうて・・・・・・」

 その瞬間、小夜の切れ長の目から涙が一粒零れ落ちた。その涙に沖田は唇を寄せる。これほどまでに愛おしいのに別れなければならない理不尽さに、沖田の胸は押しつぶされそうに鳴る。

「そうですか・・・・・・でも、除夜の鐘くらいは一緒に聞くことは出来ますか?」

「へぇ」

 小夜は沖田の顔を見つめながら頷いた。沖田にも、そして小夜にもそれぞれが生きる世界がある。本来なら交わるはずのない互いの世界が触れ合ってしまったがために生まれた恋は、年が明けたら終わりにしなければならないのだ・・・・・・沖田の中に何かがこみ上げ、その激情のまま沖田は小夜を抱きしめる。

「じゃあ・・・・・・特に何もなかったらここに来てくださいね」

 もしかしたらそれさえも叶わないかもしれないが、そう言わないと小夜を手放すことが出来なくなるかもしれない――――――沖田のそんな想いを感じたのか、小夜は沖田の腕の中で小さく頷いた。



 それからの四日間、表面上は何事も無く日々が過ぎ去っていた。しかし紫宸殿に出入りする、目にも眩しい白服を身につけたい被差別民達が人々の目に付かないわけがない。孝明天皇崩御翌日から白服の被差別民達の噂は殿上人の口の端に上り、それは瞬く間に幕府にも伝えられた。

「総司・・・・・・おめぇがお小夜から聞いた話と合致すると思わねぇか?」

 殿上人の噂話を招待された忘年会で聞いた土方は、ほろ酔いのまま沖田にその事を告げる。

「ごく普通の町医者の箱入り娘なんかより、お小夜の方が使えるじゃねぇか」

「止めてくださいよ、土方さん。私だけでなく小夜までこき使おうとするのは」

「そもそもこき使っているのまおめぇだろうが。南部に診せるまでもねぇ平隊士の怪我はお小夜が診てる、って話だぞ」

「それは私の部下が勝手に小夜に手当を頼んでいるだけですよ。別に私がこき使っているわけじゃありません・・・・・・まぁ、小夜の医者としての稽古にはうってつけだからって黙認していたのは悪いと思っていますが」

「ほら見ろ・・・・・・その上、かわたにしか回らねぇ様な情報も時に持ってきてくれたるするじゃねぇか。おめぇらが別れたら、別口で情報源を探さなきゃならなくなる」

 どうやら土方が沖田と小夜の関係を黙認してくれていたのは、沖田の精神状態だけでなく、情報源としての有用性も入れての事だったらしい。そんな土方のしたたかぶりに苦笑しつつ、それでも今まで二人の関係を許してくれていた土方には感謝するしかない。

「土方さん、今まで小夜との仲を黙認してくださってありがとうございます」

「・・・・・・ああ」

 沖田の改まった言葉に照れくささを覚えたのか、土方は煙管を加えたままそっぽを向いてしまった。



 大方の予想通り、孝明天皇の崩御が公にされたのは真実の崩御から四日後の十二月二十九日、御用納めの翌日であった。



UP DATE 2014.6.14

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とうとう孝明天皇も痘瘡で崩御されました
そして何時の時代でもやんごとなき方の逝去は生きている人間の都合に合わせられてしまうものでして・・・家茂ほどではないにしろ、孝明天皇の薨去発表も数日遅れと相成りました。これは間違いなく御用納めを待ってからの日付ですよねぇ(-_-;)
そういえば昭和天皇も『最新医療』とやらで強引に寿命を引き伸ばされ、倒れられた翌年の松の内を過ぎてからの薨去でした・・・実際に生きているか否かの違いはあれど、今も昔も殆どやることは変わっていない・・・。

そんな中、総司と小夜の別れも目前に迫っております。総司は未だに未練タラタラですが小夜は自分の身分もあるのでしょう、ある意味開き直っているような・・・さらに孝明天皇薨去も小夜達かわたを忙しくさせてゆきます。死穢を司り、そして払う役割も果たす彼らがある意味一番忙しくなるのではないでしょうか・・・。
次回更新は6/21、薨去発表後の慌ただしさ、そして入れられれば総司&小夜の最後の一夜になります。
(次回の話如何によっては第六章を24話で終わらせてしまうか、それともあと最大4話プラスするか決めます。できれば伊東&永倉&斉藤の居続けは次の第七章の初っ端に持って行きたいので・・・総司と小夜の別れの場面はそんなに長くはならないだろうし、難しいところです><)
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