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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・春夏の章

父子日和・其の参~天保六年六月の空梅雨

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 恭四郎の実家を訪問するこの日も江戸の空はあっけらかんと青く、雲ひとつ浮かんでいない晴天だった。紋付袴を身につけ緊張の面持ちの恭四郎と、幾田に見立ててもらった花浅葱の小袖を身につけた澪は一人息子の恭太と共に番町にある恭四郎の実家・渡瀬家へと向かっていた。

「ねぇ、おまえさん。着物を汚しちゃいけないのは解りますけど、いい加減駕籠から下りたほうがいいんじゃありませんか?恭太を抱いていても番町までならここからそんなにありませんし」

 従者よろしく袴の股立を取って宿駕籠の横を歩いている恭四郎に、澪が心配そうに声をかける。だが恭四郎は澪の頼みをあっさりと却下した。

「気にすんなって。兄上にも門前までおめぇと恭太を駕籠に乗せていくから、ってぇ許可は取ってある。兄上も内輪の事だから別に構わねぇってよ」

 どうやら恭四郎は、実家とはいえ武家の家に上る前に澪の着物を汚したくないという礼儀的な理由と、赤子連れで訪問するというので物理的に大変だという理由から兄・恭一郎に宿駕籠の使用の許可を貰っていたらしい。
 本来なら実家へ挨拶に行くにしても、四男坊の妻が門前まで宿駕籠で乗り付けるなどという暴挙は許されない。だが今回は恭一郎からの要請であるし、乳飲み子を連れて八丁堀から番町までの距離を歩く大変さから特別に『お許し』をもぎ取ったのである。

「ま、向こうにも体裁があるから、渡瀬の家の南塀のところで降りればいいさ」

 いつにも増してのんびりした口調だが、やはり緊張の色は隠せない。澪の宿駕籠の許可も恭四郎なりの空威張りなのだろう。見慣れない紋付袴の横顔を見ながら、澪も覚悟を決めるかのように唇を引き結んだ。



 江戸の駕籠かきというのは往々にして乱暴なものであるが、赤子が乗っていることと酒手を弾んだことで澪を乗せた宿駕籠は穏やかなまま番町まで辿り着いた。そして恭四郎に手を引かれて宿駕籠から下りた瞬間、澪は思わず目を丸くする。

「お、大きい・・・・・・!」

 どこまでも長々と続く土塀とその塀越しにちらりと見える大きな屋根に、澪は恭四郎の顔を見つめてしまう。もしかして盗人上がりの自分の良人は、とんでもない良家の子息なのだろうか――――――そんな澪の疑問を感じたのか、恭四郎はとんでもないことを口にした。

「まぁな。渡瀬家は一応石高五千石だから」

「ご、五千!」

 澪は思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、慌てて口を抑えた。旗本いえどもピンからキリまで、御家人に毛の生えたような貧乏旗本もいれば大名にも引けをとらない大身旗本もいる。恭四郎の実家は後者の方で、五千石の旗本なんてごくごく限られた存在だ。きちんと手入れされた土塀や庭木などからも、渡瀬家がかなり裕福だということは想像に難くない。

「ほら、そんなびびる必要なんてねぇ。塀の向こうが俺んちとはいえ、ここから門までそこそ小距離はあるんだから・・・・・・行くぞ、お澪」

 恭四郎は澪の腕から恭太を抱き上げると、そのまま息子を抱いたままずんずんと進んでいく。

「は、はい!」

 このまま置いて行かれたら堪らないと、身軽になった澪は慌てて恭四郎に付いていった。



 屋敷を囲む土塀も見事なものだったが、屋敷の顔とも言える門も澪を驚かせた。夏の日差しに白く輝く長屋門は、江戸市中では大名か大身旗本くらいしか許されないものだ。そんな長屋門を守っている門番に恭四郎が二言、三言告げると、予め話を聞いていたらしく三人はすんなり中へ入れてもらえた。

「恭四郎様、ご無沙汰しておりまする」

 出迎えてくれたのは用人の南尾だった。だいぶ白髪が混じった南尾の髷に視線を落としつつ、恭四郎は急く心を押さえつけながらいきなり本題に入る。

「堅苦しい挨拶は抜きだ。そもそも俺が家を飛び出していったんだから。それより父上は?」

「はい。ここ数日意識が混濁しておりまして・・・・・・間に合って良うございました」

 その顔色からするとかなり状況は悪いらしい。恭四郎の背中に緊張が走るのを澪は見逃さなかった。その時である。

「恭四郎、よく来てくれた。お澪さんも挨拶なんていいから」

 奥から出てきた恭一郎が二人を急かす。家督を継いでいる家長自らが玄関までやってきて客人――――――しかも弟夫婦を出迎え、家に上がるよう促すなどというのは極めて異常だ。

「兄上、そんなに父上の容態は・・・・・・」

 澪に恭太を預けつつ乱暴に草履を脱ぎ捨てた恭四郎は真剣な面持ちで恭一郎に尋ねる。

「ああ、正直いつ身罷ってもおかしくない」

 先日とは打って変わった厳しい表情のまま、恭一郎は奥から二番目の部屋へ二人を案内した。そしてひと声かけつつ襖を開ける。

「母上、恭四郎とその妻を連れてまいりました」

 そこには七十くらいだろうか、年老いた恭四郎の母と思われる老婦人と、それに寄り添うように座っている四十代くらいの武家の婦人がいた。

「恭四郎・・・・・・よくぞ戻ってきてくれました」

 老婦人は恭四郎の顔を見るなり恭四郎ににじり寄り、泣き崩れる。気丈であることを強要される武家の妻が、家族の前とはいえ人目も憚らずに泣き出すとは――――――澪は勿論、恭四郎も唖然とする。

「あなたがお澪さんね?渡瀬から話は聞いております。いきなり深刻なところへ呼び出してしまってごめんなさいね」

 四十代くらいの婦人はどうやら恭一郎の妻らしい。泣き崩れている母を宥めている恭四郎を見やりながら澪を奥へと導いた。

「初めまして、澪と申します。何分商家の出で武家の作法には疎くて・・・・・・不調法をお許しくださいませ」

 勧められた座布団を断りつつ、澪は恭太を抱いたまま恭一郎の妻へ頭を下げる。

「いいの、気にしないで。それよりも義母上様、そろそろ恭四郎さんを義父上にお目通りさせなくては」

「そう、そうでしたね・・・・・・恭四郎、父上に会ってやってくれますか。あの人も頑固だから最後の最後までお前の勘当を解かなかったけど、心の中では・・・・・・」

「承知しております。では兄上・・・・・・」

 恭四郎は頭を下げると、兄と共に隣の部屋――――――屋敷の一番奥、父親が臥せっている部屋へ入っていった。

「あの・・・・・お義父様はどのようなご病気で?」

「それが今の病では判らないとお医者様に言われてね。恭四郎さんの家出から立て続けに息子達が離れていってしまったせいで、長く気臥の病を患ってはいたんだけど。あとここ最近はお腹の方も痛いって・・・・・・」

 恭一郎の妻がそう言いかけた時である。

「恭四郎!何を今更のこのこと!このたわけ者!さっさと出て行け――――――っ!」

 嗄れた、しかしやけに大きな怒鳴り声が巨大な旗本屋敷を震わせた。



 確か恭四郎の父親は瀕死の状態ではなかったのでは・・・・・・息子の恭太を抱きしめながら澪は老義と義姉と顔を見合わせる。

「信じられませんわ・・・・・・本当に先ほどまで聞き取るのがやっとのか細い声しか出せなかったのに」

 恭一郎の妻が思わず呟き、老義母もそれに頷いた。どうやら瀕死だったというのは嘘では無かったようだ。だが、隣の部屋から聞こえてきた怒鳴り声はどう贔屓目に見ても死にかけた人間の声ではない。
 一体何があったのか確かめようと隣の部屋を覗こうとした三人の女達だが、その行動は次の瞬間、別の人物の怒鳴り声によって止められてしまう。

「おう、言われなくてもこっちから出て行ってやる!兄上がわざわざ八丁堀まで出張ってきて下さったから来てみたものの、単なる死にぞこないじゃねぇか!とっととくたばっちまえ、この糞親父!」

「貴様より先にくたばって堪るか、この馬鹿息子!喩えくたばったとしても化けてでてやる!貴様に二度と渡瀬の家の敷居は跨がせん!」

 瀕死どころか殺しても死なないような頑固親父に、負けじと言い返すドラ息子――――――その応酬に、三人は思わず吹き出してしまった。

「ああ、おかしい。本当にあの二人はよく似ていて・・・・・・間に入った恭一郎が気の毒だからそろそろ助け舟でも出しましょうか」

 そう言いながら老義母は二人の嫁を促し、男二人がにらみ合っている部屋に入った。

「そこまでにしてくださいな、二人共。恭太が起きてしまいますよ」

「恭太・・・・・・?」

「ええ、恭四郎の子供です。お澪さん、こちらに」

 老母に促され澪は一礼すると、上体を起こしている舅の目の前に恭太を抱いたまま出る。するとそれまで吊り上げていた眦を下げ、好々爺の表情になった。

「そうか、男の子か・・・・・・お澪さんと申しましたかな、こんな馬鹿息子の子を産み育ててくださって」

「いいえ、滅相もございません。それよりお加減の方は・・・・・・」

「この馬鹿を怒鳴りつけたら気鬱など吹っ飛んでしまったわい!全くアホ面下げてのこのこと・・・・・・痛たっ!」

 不意に義父が腹を抑えて呻き出す。

「父上!薬湯を!」

 恭一郎が慌てて枕元にあった煎じ薬を父親に飲ませる。その漂う香りを嗅いだ澪は少しホッとした表情を浮かべる。

「そのお薬でしたらそれほど強いもではございませんね。それで痛みが収まるようでしたら、そのうち快方に向かわれると思われます」

「お澪さんはお薬に詳しいの?」

「はい。麹町にあった薬種問屋の娘ですので多少の心得は・・・・・・」

「なるほどな」

 薬を飲み終わった義父は澪に向かって言葉をかける。

「澪さん、これからも恭太を連れてここに来てくれませんかのう」

「勿論です」

「恭四郎、お前もお澪さんと恭太の護衛としてならば渡瀬の家の敷居をまたぐのを許してやる」

「それはこっちの科白だ!澪と恭太の顔を見せてやるんだからありがたいと思え!」

 何だかんだ言ってやはりこの二人はよく似ているのだ。武家というよりは下町の職人親子のような乱暴なやりとりに、その場にいた家族は全員が笑い出した。


 空梅雨の空はどこまでも澄み切り、十年来の親子の再会を祝福しているかのようだ。からりと晴れた父子日和の空の下、素直ではない親子喧嘩はまだまだ続きそうであった。



UP DATE 2014.6.18

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何だかんだ言って意地っ張りなところがよく似ている父子でございましたwwそして上手く本文に盛り込めなかったところの補足をば(^_^;)

恭四郎の父親は本当は小心者なのでしょう。だけど渡瀬家の家長として武士らしくあらねばならないと、自分にも子供たちにも厳しかったに違いありません。だけど末っ子の恭四郎の家出を始め、次男は長崎留学から戻ってこず、三男は放蕩の果てに性病を貰ってきて死んでしまい『果たして自分の子育てはこれでよかったのだろうか?』と悩みだしてしまったのでしょう。
恭四郎の家出の後、病に付したというのはきっとそういった悩みからに違いありません(だからこその小心者ww)
そして恭四郎も嫁に派手な着物を着せようとしたり、駕籠で実家に乗り付けたりと『いかに自分を大きく見せようか』というところに腐心してしまうところがまた小心者っぽくて・・・うん、やっぱり似ているのですよ、この父子♡

そして似たもの親子の再会によって恭四郎の父親の心配事の『大きな心配事』が取り除かれたのでしょう。(何せ行き先がわかっていなかったのは恭四郎だけでしたので←知っていたのは兄の恭一郎だけ)
その病気の原因の一つが取り除かれたこと&やっぱり息子には弱った自分を見せたくないという見栄っ張りによって恭四郎の父親は復活いたしました(爆)でも基本的に身体は弱っていますからねぇ・・・元気なのは声だけだと思ってくださいませ♪

次週は拍手文更新、そして7月の『紅柊』は7/2からになります。7月は4週分書けるのでちょっと凝った話とか新しいCPとかでもいいかもな~。
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