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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第六章

夏虫~新選組異聞~ 第六章 第二十四話 孝明天皇崩御・其の肆

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 孝明天皇の崩御が公にされたのは十二月二十九日、御用納めの翌日であった。その発表に伴い孝明天皇の第二皇子・祐宮睦仁親王が次期天皇になることが決定、元服前であることから立太子礼を経ずに践祚を行い皇位に就くことになった。なお践祚の儀は年明け一月九日に執り行われることがこの時同時に発表される。
 この調停の慌ただしさは瞬く間に京洛の町にも広がっていった。天皇の快癒祈願も兼ねながら飾られていた正月飾りは慌ただしく取り払われ、かわたなど浄めの者が神社仏閣、そして街中をいつも以上に掃き清められてゆく。注連縄飾りから零れ落ちた藁屑一本でさえ道端に残されることが許されぬ潔斎の中、年末の掛取りさえ自粛された京都の大晦日は恐ろしいほど静かに過ぎ去っていった。



 巡察から帰ってきた沖田が、刀の手入れをしている永倉、原田、そして斉藤らを見つけ、三人に近寄ってきた。

「静かなのは良いんですけど、やっぱりやりにくいですよねぇ」

 車座の中に胡座をかきつつ沖田はぼやく。

「騒然としている京都の町はいくらでも知っていますけど、こんな静かな京都は初めてです。部下への声がけさえ声を潜めないと睨まれちゃうんですよ。普段だったら怒鳴らないと聞こえない時さえあるっていうのに」

 そんな沖田の言葉に、三人も思わず苦笑いを浮かべながら頷いた。

「ああ、確かにな。さすがに京洛の主がお隠れになったとあれば街自体が気落ちするのは仕方ないんだろうけどさ。おまさのところの実家も掛取りさえ気を使う、って嘆いていたぜ」

「そうそう!大樹公が亡くなられた時は平然と商売をしていたっていうのによ」

 永倉の愚痴に沖田も思わず笑ってしまう。

「それを言ってしまったら江戸だって同じでしょう。今上がお隠れになったからって江戸の町がしんみりしたことなんて無いですし」

「確かにそりゃ言えているな!」

 不謹慎と思いつつもつい失笑が漏れてしまう。屯所の中なのだから多少の笑い声くらいは問題無いと思われるが、やはりここにも重苦しい空気が漂っているのだ。

「・・・・・・しかし正月飾りが無い、っていうのも寂しいものですよねぇ。芹沢さんが亡くなった時だって鏡餅だけはちゃんと供えたのに」

 懐かしそうに遠い目をする沖田に、斉藤がそれは少し違う、と訂正する。

「それは食い意地が張っている隊士達対策だ、って土方さんが言っていたぞ。単なる飾り物はともかく、食えるもんは揃えておかないと後が面倒だって」

 『食い意地が張っている隊士、というところにやけに力を入れ、斉藤は沖田を睨む。どうやら鏡餅は沖田対策だったらしい。それを暗に指摘され、沖田は苦笑を浮かべた。

「なるほどね。ということは、今回もお鏡餅を期待しても・・・・・・」

「残念ながらそれは無理みたいだ。西本願寺の目もあるからな」

 希望的観測を口にしようとした沖田に、永倉が釘を刺す。

「西本願寺の目って・・・・・・我々があちらを監視しているんじゃなかったでしたっけ?」

「その逆もありだろ。逐一俺達の行動を観察して苦情を言ってくるんだぜ」

「確かに!まるで姑のようですよねぇ。土方さんとどっちが上でしょうか?」

「どっちもいい勝負じゃねぇか?」

 混ぜっ返した原田の一言に、今度は遠慮のない大きな笑い声が起こった。

「おい、沖田さん。今日は休息所に帰らないのか?」

 いつもと違い、いつまでも屯所に居座り続けている沖田に斉藤が尋ねる。その問いかけに対し沖田は微かな苦笑いを浮かべた。

「ええ、今上のお隠れで、かわた村の者達が全員『清め』に駆り出されているんだそうです。大喪があるまで続くらしいですよ」

 努めて明るく振舞っているが、その声に含まれる暗さは隠し切れない。その暗さを敢えて指摘せず、斉藤は更に沖田に尋ねた。

「そりゃ大変だな。確か来月九日に践祚の儀があるんだろ?大喪はその後だし、まだまだ続きそうだな」

「四十九日の精進潔斎みたいなもんだろ。まぁ街中が綺麗に越したことはねぇけどよ」

 やはりいつもの京都とは違うのだ―――――――組長達がそんな話をしているうちに、賄方から声がかかった。どうやら年越しそばが出来上がったらしい。

「ま、いつまでもここで油を売っていても平隊士達の気が休まらないと思いますので、年越しそばだけ食べたら一旦休息所に戻りますかね」

 沖田のこの言葉をきっかけに、他の三人も手入れをしていた刀を片付け始めた。



 局長室に準備されていた年越しそばを食べひとしきり談笑したあと、沖田は自分の休息所へと帰宅した。しかしいつもなら灯りをつけて自分の帰りを待っていてくれているはずの小夜はそこにはいない。
 孝明天皇崩御の公式発表がある前、二十五日からかわた村の人々と共に清めの儀式に駆り出され、こちらに来る余裕がないのである。巡察の途中に沖田もその光景をちらりと見たが、漂わせる深刻な雰囲気に声など掛けられる雰囲気ではなくそのまま素通りをしてしまった。

「今夜の除夜の鐘は・・・・・・無理ですかね」

 沖田の結婚の話が本格的に進む前に、せめてもう一度だけ小夜ときちんとした形で会いたかった。そして最後の始末を――――――別れの言葉と今までの感謝を小夜に告げたかった。だが、自分達にはそれさえも許されないのだろうか。

「まぁ・・・・・・私の結婚話はどうせ大喪が終わるまで進まないでしょうから、それまでに一度会えればいいかな」

 あくまでも沖田の希望であったが、それは叶わない可能性が高かった。自分たちの関係に関して、小夜の父親は黙認してくれていたが、兄弟、特に一番年が近いすぐ下の弟は沖田を目の敵にしている。小夜は何も言わないが、きっと村でも色々言われているのかもしれない。ならばこのまま自然消滅でも仕方ないかと沖田は思う。

「あれだけ好きになる人は・・・・・・もういないんでしょうね」

 たった一度きりの邂逅から微かな手がかりを手繰り寄せ、奇跡的に結ばれた二人である。それだけで充分ではないか・・・・・・そう思った時である。がらがら、と玄関の扉が開き、沖田の名を呼ぶ愛しい人の声がしたのである。

「小夜!」

 沖田は玄関に飛び出し、引き戸の外に佇んでいる小夜を家の中に引き入れ強く抱きしめた。

「小夜・・・・・・今夜もてっきり来れないものとばかり思っていました」

 大晦日の夜気にすっかり冷えきっていたが、沖田の腕の中のぬくもりは紛うことなき小夜のものだ。沖田は冷えきった小夜の頬を温めるように己の頬を小夜の頬に擦り寄せる。

「約束やったやないですか・・・・・・最後の除夜の鐘は一緒に聞こう、って」

 その言葉と共に小夜の華奢な腕が沖田の背中に回される。冷えきった中に感じる微かなぬくもりに、沖田は小夜が今夜に間に合うよう懸命に時間を作ってくれたことを確信した。

「ありがとう・・・・・・小夜」

 沖田は小夜の耳に囁いたその時、西本願寺から腹の底にずっしりと響く鐘の音が聞こえてきた。どうやら除夜の鐘が鳴り始めたらしい。

「でも・・・・・・すんまへん。こんな遅うになってしもうて」

 除夜の鐘の音を聞きながら、小夜は沖田に詫びる。だが、沖田は小夜を抱きしめたまま首を横に振った。

「いいえ。忙しいのは解っていますよ。それに・・・・・・着替えもせずにこっちに来てくれたんですから、むしろ感謝しないとね」

 沖田の指摘通り、小夜は喪服である真っ白な着物を身につけていた。しかも継ぎ接ぎひとつない新品である。どうやら天皇崩御に合わせて下ろしたものらしい。それだけこの地に住まう人間にとって天皇は神そのものの、偉大な存在なのだろう。

「あなたにはあなたの、そして私には私の務めがあります。明日からは一人で頑張らないといけないけれど・・・・・・今夜だけは一緒に・・・・・・」

 沖田の腕に更に力がこもる。その腕の力を感じながら小夜は沖田の腕の中で小さく頷いた。



 地を這うような除夜の鐘だけが鳴り響く静謐の中、沖田と小夜の最後の抱擁はどこまでも熱く、そして悲しみに満ち溢れていた。互いを記憶に留めようと激しく求め合うのに、明日からは共に歩めなくなる侘びしさが身体の芯を貫き、悲しさがいや増してしまうのだ。

(もう、これほど好きになる女(ひと)はいないだろう――――――)

 そんな確信を抱きつつ、沖田は夜明け近くまで小夜を離さず、小夜も沖田にすがりつく。これほどまでに愛おしいのに身分の違いに引き裂かれてゆく・・・・・・この瞬間、沖田の心の中に小さな、しかしどす黒い染みが生まれる。

(こんな身分の違いなんて無くなれば良いのに・・・・・・)

 だが、その考えが過激な倒幕派の思想と似通っていることに、沖田自身まだ気づくことはなかった。


 除夜の鐘が鳴り止み、夜が白々と明け始めた頃、二人はかわた村の入口にある小さな御霊神社の前にいた。出会った最初の頃によく二人で逢引をし、そして最初に結ばれた場所でもある。

「じゃあ・・・・・・小夜。身体にだけは気をつけて」

 沖田の言葉に小夜は涙ぐみながら笑顔を見せる。

「総司はんも・・・・・・お幸せに」

 それだけ言い残すろ小夜はくるりと沖田に背を向けた。そして降り注ぐ初日の出の中、神社の横の細い道へと消えていく。

(さようなら、小夜)

 沖田の初恋は新春の陽光のように眩しく、そして儚いものだった。眩い光の中、溶けるように消えていった小夜の残像を惜しみつつ、沖田はいつまでもその場に立ち尽くしていた。



UP DATE 2014.6.21

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第六章本編最終話は沖田の初恋の終わりで幕を閉じました(/_;)相手が町人ならあらゆる裏技を駆使しても、というところなのでしょうが、被差別民である小夜にはその方法を使うことができません。それが解っていながら恋に落ちてしまったのはやはり二人の若さなのでしょうか・・・。

ただ、孝明天皇崩御、そして沖田と小夜の別れという二つの終焉は次の物語の始まりでもあります。孝明天皇の死によって伊東派は分離の新たな口実を見つけ出し、沖田の手を離れた小夜を手に入れるために平助が動き出すでしょう。これらの動きによって新選組が、そして沖田がどう動くのか――――――特に今回の別れで沖田の心のなかに生じてしまった小さな染みは徐々に沖田の心身を蝕んでいくでしょう。
第六章・結、そして第七章の序の大正時代のジジィ語りの後始まる第七章は、裏切りと復讐に彩られそうです。

次回更新は6/28、ジジイ総司の総括となります。果たして中越の『じゃあ別れたのに何故小夜と夫婦になれたのか?』というツッコミをどう躱すのか・・・これから話を書く私自身も楽しみにしたいと思ってます(^_^;)
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