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「短編小説」
鶴蔵てまえ味噌

鶴蔵てまえ味噌・其の漆・荒井のうな重

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「なぁ匡蔵、おめぇいくら持っている?」

 じっとりとまとわりつく不快な熱気に耐えながら、鶴蔵は目の前に出された木地塗りの重箱を睨みつけた。その重箱からは何とも美味しそうな匂い――――――鰻の蒲焼き特有の香ばしい匂いが漂っている。

「一応手持ちはあるから安心おしよ・・・・・でも、できれば一食二朱以内で収めたいところだねぇ。多分無理だろうけどさ」

 どれほど大きな鰻なのだろうか。重箱の蓋は鰻の蒲焼きによって押し上げられ、そのの隙間からは鰻の尻尾がはみ出している。それを流し目で見やりながら諦観の溜息を吐いたのは女形の匡蔵だ。

「そもそも鶴蔵が言い出したんだろうが。『夏場はやっぱり鰻だろう』って」

 鰻の蒲焼きに刺さっている傘のような太い櫛を指先で弾いたのは、鶴蔵と同様脇役として実力を伸ばし始めている勝蔵である。そんな勝蔵を睨みつけながら、鶴蔵は不貞腐れたように頬を膨らます。

「ああ、確かに俺が言ったさ。だけどまさかこんなでかい重箱で、鰻がはみ出るくれぇ山盛りになったうな重が出てくるたぁ誰が思う?しかもこんな田舎でよぉ」

 さすがに聞かれてはまずいと思ったのか、声を押し殺して鶴蔵は文句をたれた。



 三人が立ち寄ったのは荒井の宿、至る所に鰻屋の看板が掲げられている鰻の名所である。蒲焼きの香ばしい香りに誘われ、ついついある店に入ったのが運の尽き、出されたのは江戸の二倍はあろうかというほど大きな重箱に、これまた山盛りに盛られて鰻だったのである。
 この土地の相場は知らないが、少なくとも江戸で出されれば一分はするだろう。下手をすると二分取られてもおかしくない。
 こんなことなら値段を聞いてから店に入れば良かったと嘆いたが既に後の祭りである。三人は仕方なく出された鰻を食べたが、値段が判らぬまま食べる高級料理ほどまずく感じるものはない。
 本来なら美味しくて仕方がない筈のうな重なのに、まるで木っ端を噛むような味気なさは仕方ないのだろう。その為だろうか、匡蔵と勝蔵は半分ほど、大食いの鶴蔵でさえ三分の二ほどしかうな重を食することが出来なかった。

「・・・・・・何か鰻を食べた気がしねぇな」

「ああ・・・・・・まずくて仕方がねぇ」

 店の者に聞こえないよう三人は囁き合う。

「もし一分以上出せ、って言われたらよぉ・・・・・・」

「不味かった、って言いたてて値引きさせるか」

「それしか無いだろうねぇ。でも一分は覚悟しておこうよ」

 最悪実力行使で一分ずつ置いて逃げ出そう――――――そんな話をつけた後、意を決したように鶴蔵が店の者に声をかけた。

「おい、おあいそ!」

「へぃ、ありがとうございます。え~、お重三人前ですからしめて六百文で」

「ろ・・・・・・ろっぴゃくもん!!!」

 思いもしなかった激安ぶりに、三人は思わず素っ頓狂な声を上げる。少なくとも一人一分で合計三分――――――すなわち銭で三千文は取られると思っていたのに、その五分の一の値段だというのだ。

「ええ~っと、一つ六百文で、合わせて千八百文・・・・・・・?」

 そう言いながら鶴蔵が財布から一分銀を取り出そうとした時、店の者が『違いますよ』と鶴蔵を止める。

「お重一つが二百文ですから三人前で六百文ですが・・・・・・江戸からいらっしゃった方はよく勘違いなされるんですよね」

 驚く鶴蔵たちに店の者が怪訝そうな表情を浮かべる。だが、鶴蔵たちにとってこの値段は驚き以外何者でもなかった。

「そ、そうか。てっきりこんだけ大盛りだといい値段をするんじゃねぇかって・・・・・・じゃあこいつで頼む」

 そう言って鶴蔵は二朱銀と一朱銀を一枚ずつ店の者に渡し、百五十文の釣り銭を貰った。

「あ、そうだ。この残った鰻をちょいつ包んでくれねぇか?」

「へぇ、お安いご用で」

 しょっちゅうそのような事があるのだろうか、奥から竹の皮を持ち出してくると店の者は慣れた手つきでうな重の残りを包み、三人渡してくれた。そしてそれを受け取ると神妙な面持ちで店の外に出る。そして店から少し離れたところまでやってくると、ようやく三人は表情を崩し、腹を抱えて笑い出した。

「何だよ!最初っから一杯二百文って解っていたらもっと美味く食べることが出来たのによぉ!」

「本当に食べた気がしなかったってば」

「まずいのも無理はねぇよな。高く取られると思っていたんだからよ!」

 ひとしきり笑った後、よくよく他の店の呼び込みを聞いてみると、一杯百五十文から二百文くらいがこの辺りの相場らしかった。鰻の名所だけあっていかに安く、美味い鰻を出せるか鎬を削っているのだろう。

「まぁ、二百文だからこの辺じゃそこそこ良い鰻なんだろうねぇ」

「ああ、そうだろうな。腹が減ったら改めてこいつを味わおうか」

「できれば焼きたて出来たてを食べたいけどこればかりは仕方ねぇか」

 鶴蔵の一言に匡蔵と勝蔵は再び笑い出した。



UP DATE 2014.6.25 

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本当は別のネタで書く予定だった『鶴蔵てまえ味噌』、資料をパラパラめくっていたら美味しそうな鰻のネタを見つけてしまいまして・・・土用の鰻もありますし、鰻も悪くないな~と急遽7月話を『うな重』にいたしました(^_^;)
私も今回はじめて知ったのですが今回の舞台の荒井宿、浜松よりも少し西の方にあるそうで・・・つまりそんな昔から浜松近辺は鰻で有名だったんですよね。現代の養殖物でさえかなり美味しいのに、天然物だった当時のものはさらに美味しかったんだろうな~(ぢゅるり)しかも江戸に比べてかなり安かったみたいです。『一分(1000文)取られるんじゃ?』と鶴蔵が思ったのは実は史実でありまして・・・一体どんだけ大きくて美味しい鰻が出てきたんだろう(・・?
今では絶滅危惧種、レッドリストに乗ってしまったニホンウナギ、こんな贅沢は夢のまた夢なんでしょうねぇ・・・。

次回更新は7/30、お盆に関わるネタか他の何かか・・・ていうか鮎も書きたいのに面白いネタが多すぎてまったく書けない(-_-;)落ちアユの時期までに書けるかどうか甚だ怪しいです(^_^;)
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