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「短編小説」
明治美味草紙

明治美味草紙 其の陸・サイダー(マルセル&お花)

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フランス人海兵、マルセルに帰還命令が出たのは銀杏の若葉が色濃さを増し始めた初夏のことであった。本国から日本にやってきて既に二年、その帰還命令はむしろ遅すぎると言っても良いだろう。しかし彼にとってそれは死刑宣告にも似た辛いものであった。何故ならは彼には日本人の愛らしい恋人、お花がいるからである。
 本国から離れた東の果てにあるこの小さな島で見つけた、彼にとっての『Femme fatale(運命の女)』は、まだあどけなさが残る十代の少女であった。『弁天の花』と呼ばれる愛らしい娘とマルセルが出会った時、彼女はまだ十六歳だったのだ。その若さ故にこの残酷な帰還命令を平然と受け入れることは、お花にとって難しいだろうとマルセルには思えた。
 お花はきっと嘆き、悲しむに違いない--------------だが、黙って本国へ帰ってしまうのは二人が育んだ愛を裏切るような気がして出来ない。
 辛い気持ちを抱えたまま、マルセルは重い足取りで彼女の家に向かい彼女を呼び出すと、そのまま暗い表情のまま外国人向けのカフェに向かっていった。



 二人が通う馴染みのカフェの、窓際の席に座るとウェイターは何も聞かずに二つのサイダーを運んできた。幾度も通い続けたこの店も今日が最後になるだろう。マルセルの表情からお花も事情を察したらしく、大きな目に涙をいっぱいためながらぽつり、ぽつりと呟くマルセルの言葉に聞き入っている。

「とうとう・・・・・仏蘭西に帰っちゃうのね。」

 マルセルの話が終わり、しばしの沈黙が流れた後、お花は日本語で呟いた。いつかは来ると覚悟していた日がとうとうやってきたのである。
 出会いはお花の父親が経営している弁天町の土産物屋だった。妹への土産を買うために友人と二人でやって来たマルセルと、店の手伝いをしていたお花は互いに一目で恋に落ちたのである。
 いつかは別れなくてはならないと判っていながらその気持ちは抑えきれるものでは無く、若い二人は互いの情熱のまま愛を育んだ。特にお花はマルセルの好みに合わせ、髪型や化粧さえも西洋風にしたほどである。だが、そんな情熱な恋も今日で終わる。明日の朝、マルセルはフランス艦に乗って母国へ帰らなければならないのだ。

「Est-ce que je ne peux pas aller ensemble en France, aussi?」
(私も一緒にフランスに行くことはできないの?)

 お花が尋ねるがマルセルは悲しげに首を横に振るばかりである。

「Je suis desole・・・・・ゴメンナサイ。」

 彼の言葉が心に痛い。言葉を選び選び語りかけてくれる彼の優しさも別れを余計に辛くする。一緒にフランスに行きたいが、士官でもない彼にそれが許されるはずもない。それはお花にもよく解る。解るが割り切れる訳では無い--------------別れることを宿命づけられた恋と割り切るにはお花はあまりにも若すぎた。
 目の前には飲みかけサイダーが入ったグラスが初夏の日差しを受けきらきらと輝いている。シュワシュワと現われ、消えてゆく泡沫はまるで港の女と船乗りの恋のように儚く切ない。
 子供の頃から港の女の涙を見てきたお花はそのような恋はすまいと心に決めていたのに、結局彼女らと同じく海の男に恋をしてしまったのである。

「でも忘れないで・・・・・命を捧げていたのに、愛の証を見せられなかった『弁天の花』がいたことを・・・・・。」

 涙を流し続けるお花の手を取り、悲しげに見つめる男だったが、ようやく諦めたのか深い深いため息を吐いた。

「オハナサン・・・・・サヨナラ・・・・・ダイスキデス。ズット・・・・・。」

 マルセルは片言の日本語でお花に囁くと、そのまま席を立ち店を出て行った。後に残されたのはお花と飲みかけのサイダーだけ・・・・・・悲しい恋の終わりように、サイダーの微かな泡沫だけが弾けては消えていった。



UP DATE  2010.05.23


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月末恒例拍手文更新です。今回は全国的にはあまりメジャーじゃないんですけど地元で有名なお花さん&マルセルの悲恋を取り上げてみました。
実はこの別れの時、マルセル本人はお花さんに逢うことが出来ず、彼の友人が代わりに本国への帰還命令を伝えたそうです。文中の科白『命を捧げていたのに、愛の証を~』はその友人にお花さんが託した手紙の一部なんですよ~。
でもそれじゃああまりにも切なすぎません?てな訳で今回『お花さんの恋』をアレンジして最後二人がきちんと出会って別れたことにさせて貰いました。本当はサイダーじゃなくフランス語読みのシトロンでも良かったんですけど、こっちの方が日本では馴染みがあるかな~とタイトルはサイダーにvちなみに文中のフランス語は翻訳機で変換したものですので極めて怪しい(爆)。日本語からコンピュータ言語まで語学が苦手な管理人にやることだと許してやってくださいませ。

この駄文の元ネタですがおはなさんの恋―横浜弁天通り1875年 (有隣新書)というものです。ドキュメンタリーなのか、事実をうまく組み込んだ小説なのか判断に迷いますが、明治時代の日本の風俗や当時の人々のものの考え方を丁寧に書いた良書だと思います。(以前TVでも特集が組まれておりました。)
歴史資料としては勿論なんですが、純粋な悲恋小説としても充分楽しめますのでよろしければ是非手にとって下さいませv(新書で999円なんでね~図書館にリクエストして恋愛部分だけ読むって言うのもありかと思います。翻訳者の文章が多少堅苦しいきらいはありますが、原作は恋愛上手なフランス人だけに情感の部分は良いですよvできれば恋愛小説が上手な人の翻訳で読みたひ・・・・・。)


次回拍手更新は6月27日頃、アイスクリームか何か涼しげなものにしたいな~と思います(全く考えていない・爆)
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