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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・秋冬の章

桑都の織姫・其の壹~天保六年七月の手仕事

 ←烏のおぼえ書き~其の五十・虫売り →拍手お返事&某所でも意外と和風の話を受け入れてもらってホッとしたε-(´∀`*)ホッ
 梅雨も明け七夕を明日に控えたこの日、幸は珍しく朝からそわそわと落ち着きがなかった。たまたま六の付く日で吉昌が江戸城に登城しているからまだ良いものの、事あるごとに門まで出向いては外を覗くということを繰り返している。

「おい、幸。そんなにそわそわしたって八王子の荘三郎はまだ来ねぇぞ。いつも来るのは朝四ツ半過ぎじゃねぇか。確かに例年よか二日遅れているけどよぉ」

 幸のあまりの落ち着きの無さに呆れ果てた五三郎は、いい加減落ち着けと幸に声をかける。だが、幸はそんな五三郎の忠告を半分も聞いていなかった。

「今年はどんな縞物を持ってきてくれるんだろう・・・・・・細めの方が公に着る分には良いんですけど太めの縞の方が映えるんですよねぇ。あ、横縞なんかも捨てがたいかも。特にお綸(いと)ちゃんの織物は絶対に持ってきてもらわないと」

 十七歳という年齢にしてはかなり落ち着いている幸だが、『八王子の荘三郎』が来るこの日ばかりはかなり浮ついていた。その呟きからすると、どうやら八王子近辺の名物、多摩織を平河町の道場に持ってきてくれる人物らしい。五三郎もその辺は理解しているのか、特に焼きもちを焼くこともせず、適当に幸に付き合っていた。それでも『お綸ちゃん』という特定の名前が出たことに反応を示す。

「お綸ちゃんの織物って・・・・・・何でだよ」

 綸とは八王子でも一、二を争う織り手の名手である。まだ十九歳と職人としては若いのだが、その繊細な糸繰りと目がきちんと揃った織の技術は群を抜いており、幸が贔屓にしている人物でもある。だが、わざわざその名を口に出すことは滅多にないのに―――――五三郎が怪訝そうに眉をしかめると、幸はその理由を五三郎に告げた。

「今年の御様御用ですよ。五三郎兄様だって補佐役として出るんでしょう?その御仕着せ全員分をうちで用意するんですから」

 さらりと言い放った幸の一言に五三郎は目を丸くする。

「おい、それって・・・・・・二十名分は軽くあるだろうか!」

 しかも御様御用となれば全員かなり質の良い熨斗目麻裃を身につける。普段使いのものと違い、かなり値が張るだろう。だが、幸は五三郎の驚きを尻目にさらにとんでもない事実を告げた。

「いいえ、三十人分ですよ。去年、一昨年と無かった分、今年くらいは奮発しないと、織り手だって困るでしょう」

 破壊力満載の幸の発言に五三郎が口をパクパクさせる。そしてようやく声を出そうとしたその時である。

「すみませ~ん、縞買の荘三郎ですが、お幸様はいらっしゃいますでしょうか」

 玄関の方からよく通る、若い男の声がした。その声に弾かれるように幸と五三郎は玄関に向かった。すると年の頃は五三郎とほぼ変わらない、粋なよろけ縞の長着を尻っ端折りした若い男がにこやかな笑みを浮かべて玄関に佇んでいた。

「すみません、予定より二日も遅くなってしまって。ご注文の反物の数を揃えるのに手間取ってしまいました」

 荘三郎は幸に詫びると、同行していた二人の使用人に反物を運び込ませた。『縞買』とは八王子近辺の絹織物を一手に扱う仲卸の事で、土地ではかなり幅を利かせている。土地柄、かなり荒っぽい縞買も少なくないが、荘三郎はまるで大店の手代のように物腰が穏やかで愛想が良い。
 それ故か八王子で集めた反物を地元の市だけでなく直接江戸の呉服屋に売り込むこともしていた。幸と知り合ったのも荘三郎が日本橋の呉服商に品物を納めに来た時であり、その時意気投合した事が縁で毎年平河町にも品物を届けに来てくれているのである。

「まぁ、こんな感じになりますか。八王子中を駆けまわって熨斗目用の反物を揃えました。この中から選んでいただければと」

 多摩の田舎者とは思えない、きれいな江戸言葉で荘三郎は幸に品物を勧める。それを横で見ていた五三郎はその量の多さに呆気に取られた。

「おい・・・・・・どう見てもこいつぁ百本くれぇはあるんじゃねぇか?」

 幸が購入するのか三十人分だと言っていたし、荘三郎もそれを知っているはずだ。つまり残り七十本近くはまた八王子に持ち帰らねばならない。暗にそのことを五三郎は指摘するが、荘三郎は顔色一つ変えず五三郎の疑問に答えた。

「ええ。こちらに収めましたら残りは、日本橋の越後屋さんに収めますので」

 荘三郎の言葉に五三郎は思わず苦笑いを浮かべる。

「おいおい、天下の越後屋にうちの売れ残りを押し付けるのかよ」

「ええ。お幸様のほうが良い値段で引き取ってくださいますし、何よりここは日本橋へ行く道中の途中です。使用人達も少しは休めますし我々にとっては良いこと尽くしなんですよ」

 確かに商売相手である大店ならば、少しでも仕入れ値を安くしようと買い叩くだろう。それに対して武士ならば――――――否、金銭的に裕福な山田家ならば荘三郎の言い値どころか、他所に品物を回さないで欲しいとさらに上積みして支払いをしてくれる。場所的にも日本橋に行く途中であるし、荘三郎達にとってはむしろありがたい『上客』なのだ。

「なるほどねぇ。ま、双方にいい事だらけなら問題ねぇか。日本橋の呉服屋は泣きを見るけどよ」

 そう言って二人は顔を見合わせて笑い出した。

「そういやお幸は言っていた『お綸ちゃんの織物』ってぇのはどいつだい?」

「ああ、既に一本はお幸様が手にしていらっしゃいますね。あれは特別に良い品なんですよ。特にお綸が織った紬は、六代目のお気に入りだと仰っていましたっけ」

 荘三郎は反物を三本ほど広げて五三郎に説明する。

「これがお綸が織った紬です。目が細かくて揃っているでしょう。ここまでの名手はなかなか八王子でもいないんですよ。またあの娘は糸繰りも自分でやってしまいましてね・・・・・・いや、本当はお蚕様を育てて糸繰りをする家なのでそっちが本業ですかね」

 荘三郎は今までの笑顔とは明らかに違う、どこまでも暖かな苦笑いを浮かべた。

「おなごの癖に本当に頑固な職人気質で・・・・・・自分が繰った糸が下手な職人に織られるのがどうにも我慢できなかったみたいです」

 そんな荘三郎の言葉を聞きながら五三郎は綸が織ったという紬の反物をしげしげと眺める。確かに並みの紬より糸が細い分軽く、しかし目が細かくきっちり揃っているので丈夫そうだ。

「なるほどな。確かにこりゃ上物だ。お幸が執着するのも無理はねぇ」

 しげしげとその織物を見た五三郎の言葉に荘三郎は満足気な笑みを見せた。



 麹町の山田道場に立ち寄った後、荘三郎達は日本橋の反物屋に品物を納め、八王子への帰路についた。さすがに江戸市中で宿泊しては金が掛かり過ぎる。せめて新宿まで足を伸ばさねばと自然と三人は急ぎ足になる。

「今日は新宿の馬糞女郎が相手ですねぇ」

 使用人の一人の太助が期待を含んだ口調で荘三郎に尋ねる。何せ財布の紐は荘三郎が握っているのだ。少なくともここで機嫌を損ねては仕事帰りのお愉しみも無くなってしまう。そんな使用人に対し、荘三郎は軽く頷きながら仕事とは違う、砕けた口調で応えた。

「ああ、そうだな・・・・・・お前達は適当に遊んでいいぞ。っていうか、俺ぁ宿についたら帳簿を片しておかないとならねぇから、馬糞女郎どもを適当にあしらっておいてくれ」

 その口調からすると、どうやら荘三郎は新宿で遊ばないらしい。それに気がついたもう一人の使用人、佐次郎が荘三郎に尋ねた。

「もしかして荘三郎さん、お綸ちゃんに操を立てているんですかい?」

 その瞬間、荘三郎はぷっ、と軽く吹き出した。

「何を言ってやがる。俺が操を立てたところで転ぶようなやわな女じゃねぇよ、お綸は」

 荘三郎のその言葉に、太助と佐次郎がつられて笑い出す。

「確かにそうだ!っていうか嫁に行く気があるんですかね、あの娘は」

「さぁな。病弱な両親を抱えてちゃあそう簡単に嫁にも行けねぇだろう」

 そうこうしているうちに三人は新宿へ到着した。垢抜けない客引きが大声を張り上げて呼び込みをし、ベッタリと首筋に白粉を塗った新宿女郎が客の袖を掴んで離そうとしない。そんな強引な客引きを適当にあしらいつつ、三人はようやく定宿に辿り着いた。



 食事をとった後、太助と佐次郎に飯盛をおごると、荘三郎は早速帳簿の整理を始めた。日本橋では不景気を理由に少しばかり買い叩かれたが、その分山田道場では久しぶりの御様御用という事もあり、いつも以上に多く購入してもらったので少しだけ儲けが優っている、というところだろうか。

「本当に助かっているよなぁ」

 不景気の最中、少しでも高く買ってくれる得意先があるのはありがたい。本来なら個人客相手に販売をしないのが縞買だが、背に腹は代えられない。今まで得意先にしていた呉服屋はいい顔をしないが、相手が将軍家御様御用を司る山田浅右衛門だと聞けば、それ以上反論してこないのもありがたかった。

「これで少しはお綸に渡せるかな」

 少しだけ多く稼げた金子を見て、荘三郎はひとりごちた。基本的に縞買から織り職人には品物を買い取る時に支払いをするのだが、綸の反物を気に入っている幸は他に流さないよう少し上積みをして支払ってくれるのだ。
 勿論それは荘三郎の懐に入れてしまっても何ら問題ない金である。だが、荘三郎はそうしようとせず、上積みされた分を綸に渡すつもりであった。勿論その金には下心が付いている。

「・・・・・・だけど、あいつは機織り一筋だからなぁ。色恋なんざ見向きもしねぇし」

 病弱な両親を抱え、家計を支えている綸に対する同情もあるが、それ以上に荘三郎は綸に密かな想いを抱いていた。
機織りも行う養蚕農家と縞買という関係で、互いに子供の頃から知っている間柄であるが未だ己の気持ちを綸に伝えられていない荘三郎である。

「駄目で元々、今回帰ったらそれとなく粉をかけてみるか」

 綸も今年十九歳、この七月からは未婚でも鉄漿をつける年齢だ。いつまでも独り身という訳にはいかないだろう。荘三郎の家は兄が継いでいるし、何なら自分が綸の家に婿養子に入ったって誰も文句は言わない。むしろ荘三郎の兄は喜んでくれるだろう。
 そして綸の両親とも荘三郎は仲が良かった。機織りに夢中になると周囲が見えなくなる綸の代わりに薬を取ってきたり医者を呼んだりしたことも一度や二度ではない。
 そう、荘三郎と綸の周囲はこれ以上望むべくもないくらい環境が整っているのである。その中で唯一の問題は綸の心持ち次第なのだ。

「まぁ、こんなところでうだうだ考えていてもしょうがねぇ。今日はさっさと寝て明日に備えるか!」

 こんなところで飯盛相手に金を落とす気にもなれない。しつこい飯盛の相手を使用人達に任せたまま、荘三郎はさっさと布団に潜り込んでしまった。



UP DATE 2014.7.2

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天保六年七月話は新キャラ登場です(*^_^*)2年ぶりの御様御用を二ヶ月後に控え、山田道場は慌ただしさを増しているようですが、その一つが当日着ていく着物です。
さすがに御様御用をやる本人たちは自分らで準備するでしょうが、そうでない者達はどうしても手抜きになりがちになるもので・・・そのために山田道場では『御仕着せ』という形で門弟たちに着物を揃えている、という設定にさせてただきました。基本的に『御仕着せ』は大店なんかがやることなんですけどねぇ・・・(店の制服支給と考えてください。今でもありますよね)

そんな御仕着せ用の反物を運んでくれるのが今回登場した縞買・荘三郎です(*^_^*)こちらも色々捏造だらけで(^_^;)
本来縞買は職人たちから出来上がった品物を買い取り、八王子の市場で販売するという事をしていたそうです。しかし中にはそれに満足しない輩もいるかも・・・と出来上がったのが荘三郎のキャラなんです。天保の大飢饉の不景気の最中、やっぱり守りだけじゃ商売なんてやっていられませんよねぇ・・・。
そしてそんな荘三郎が気になっているのが、今回名前だけの登場となったお綸です。どうやらかなり頑固者みたいですけど・・・次回更新は7/9、八王子に帰ってきた荘三郎が綸の家に出向きます。

あ、いい忘れた。タイトルの『桑都(そうと)』とは八王子の別名、美称なんだそうです(*^_^*)
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