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「短編小説」
鶴蔵てまえ味噌

鶴蔵てまえ味噌・其の捌・西瓜ひとふね

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 嘉永五年夏、この年の中村座の夏芝居興行は『怪異談牡丹灯籠』であった。

 夏芝居、または夏狂言とは若手中心の安価な興行のことである。この時代、芝居小屋の暑気を避けるために役者や歌舞伎関係者は地方巡業や土用休みをとるのが普通であった。そんな中、『せっかく芝居小屋が空いているのなら』と寛政年間から、若手俳優による低料金の興行が行われ始めたのである。
 真夏に、しかも若手中心に行われる興行とあって普段であれば『品性に欠ける』と行われることがない水狂言や怪談物、喜劇など派手な演目が多く上演されるのも夏芝居の魅力である。そんな魅力的な演目を根っからの芝居好きが見逃すはずは無い。

「おまえさん・・・・・・もう不惑を超えているんだからさ、そろそろ若手に役を譲ってやったらどうだい?」

 鏡台の前で煙管を吸い付けながら、女形の匡蔵が窘めるように鶴蔵に告げる。

「おめぇだって人のことは言えねぇだろうが。『下女・お米役をやりたかる若手がいねぇ』って言ったらのこのこと首を突っ込んできやがって」

 どちらも似たり寄ったりの芝居馬鹿、二人共そこそこの地位を確立しているのだから夏場は休めばいいものの、やはり歌舞伎が好きなのだ。しかも夏芝居は毎年新しい演出が行われるときている。これをやるなというのは二人にとって『死んでくれ』と告げられるのと同義だろう。
 そんな芝居馬鹿二人がやりあっているその時である。

「あの~、お師匠様」

 鶴蔵の弟子、梅蔵が楽屋にひょこっと顔をのぞかせる。

「おう、どうした?何か厄介事でも起こったのかい?」

 舞台に関しては意外なほど神経質な鶴蔵である。それを知っている弟子たちは開演前の楽屋に鶴蔵を訪ねることは殆ど無い。それだけに、何か若手だけでは処理できない厄介事が起こったのかと鶴蔵が気色ばむ。

「いいえ。実は今さっきお師匠様のご贔屓筋、青物問屋の近江屋枡五郎様からこちらが届きまして・・・・・・」

 そう言いながら梅蔵は一通の手紙を鶴蔵に差し出す。

「何々・・・・・・何だこりゃ?」

 鶴蔵は困惑したように眉根を寄せ、奉書紙に包まれていた一枚の紙切れを指で摘み、匡蔵に見せる。

「『西瓜ひとふね』って・・・・・・ひと山、っていうのは聞いたことがあるけどさ。はっきりと幾つか書いていないっていうのが近江屋さんらしいね」

 匡蔵もその紙切れを見た瞬間苦笑いを浮かべる。その紙切れにはただ一言、『西瓜ひとふね(一船』』としかかいてなかった。鶴蔵達と同い年の近江屋枡五郎はこういった思わせぶりな悪戯が大好きで、去年も土用の丑の日に大きな桶五杯分の鰻を鶴蔵の楽屋に送りつけてきた前科がある。この様子だと今年もろくなことをしでかさないだろう――――――そう思いながら鶴蔵は梅蔵に告げる。

「使いの者に伝えてくれ。確かに承りました、と」

「へぇ、承知しました!」

 梅蔵は鶴蔵に深々と一礼すると、踵を返して勝手口の方へ急ぎ足で去っていった。



 勝手口から一番近い三畳間の入り口に『西瓜ひとふね』の紙切れを貼り付けた後、鶴蔵たちは舞台に臨んだ。そしてちょうど一幕が終わり、楽屋に鶴蔵達が戻ってきた頃、近江屋枡五郎の使用人と思われる人足達が西瓜を運んできた。その数八個、かなり多い数だが『ひとふね』と言うには少々少ない感じがしないでもない。

「きっと猪牙舟なんですよ。あれだったら丁度これくらいの西瓜を積んだらいっぱいになるじゃないですか」

 鶴蔵の背後に控えていた梅蔵が笑いながらそう告げる。だが、鶴蔵と匡蔵は全く笑っていなかった。

「近江屋のことだ。こんなんじゃ絶対に済まねぇ」

「あんたもそう思うかい?わっちもだよ・・・・・・ほら、また入ってきた!」

 匡蔵が勝手口を指さすと、再び人足達が西瓜を八個持って入ってきたのである。

「おいおい、どんだけ送りつけてきたんだよ、近江屋の奴・・・・・・まさに『西瓜ひとふね』だな」

 鶴蔵らが呆気に取られている間も西瓜はどんどん運ばれ、瞬く間に三畳の部屋いっぱいになってしまった。その数二十数個、さすがに鶴蔵とその弟子達だけでは食べきれない。

「こいつは『お福分け』するしか無いだろうね」

 匡蔵の言葉に鶴蔵も肯くより他はない。

「梅蔵、ちょいと手間だがこいつを三階(脇役)の奴らと手分けして配ってきておくれ。そうそう、三階の奴らには五つほど片付けてもらわねぇとな」

「へぇ、承知しました!」

 梅蔵は威勢よく返事をすると、早速西瓜を手分けして配り始めた。三階の若手たちへの五つを始め、主要な役者の部屋へ一つづつ、狂言方、囃子、大道具、小道具、衣装、床山、楽屋口、頭取、仕切り場など全ての部署に西瓜を配る。だがそれでも余ってしまったのだ。

「一つ一つがお化けみたいにやたらでかいからねぇ。どうするんだよ、まだ六つも残っているじゃないか」

 困惑顔の匡蔵に対し、鶴蔵は暫く考えあぐねた挙句、最後の手段とばかりに口を開いた。

「仕方がねぇ。おい、梅蔵!俺の家に西瓜を持っていくついでにご近所にも配ってきてくれ!六個あれば向こう三軒両隣に配れるだろう」

「へぇ。では作蔵と充蔵にも声をかけて来ます!」

 ようやく西瓜の行き先が全て決まった安堵感からなのか、梅蔵の声はやけに弾んでいる。その声に苦笑いを浮かべながら鶴蔵は西瓜が置いてある三畳間へ入っていった。

「ん?何か足元が変だな・・・・・・」

 部屋に入った瞬間、鶴蔵は足元に違和感を覚える。

「どうしたんだい?」

「ちょいと来てくんねぇか、匡蔵?何か足元が覚束ねぇっていうか・・・・・・」

「どれどれ・・・・・・、あ、こりゃあ根太がやられているね。西瓜が無くなった後、早々に大工を呼びにやらないといけないだろ、これは」

 匡蔵は顰め面を浮かべながら床を撫でさする。

「おい、匡蔵。西瓜で根太が落ちた、ってぇ話、聞いたことはあるか?」

「いいや、無いねぇ。いっそ中村座の七不思議にでも入れたらどうだい?西瓜如きで落ちる根太、ってさ」

「・・・・・・出来の悪い怪談話だな。客は入らねぇぞ」

「おや、怪談話だなんてこれっぽっちも言ってないよ。七不思議にだって落ち話は必要さ。これは夏狂言でも滑稽もの・・・・・・『東海道中膝栗毛』ってところだろ」

「違ぇねぇ!」

 匡蔵の言葉に鶴蔵は暫く笑い続る。なお、この話が縁となって翌年の夏芝居で開演された『東海道中膝栗毛』において鶴蔵の演技が高く評価、彼の出世作となったのは余談である。



UP DATE 2014.7.30 

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夏につきものの西瓜ですが、中村仲蔵はどうやら西瓜が好きだったらしく、いくつかのエピソードが残っております。前々回の素麺の話の道中でも『畑から直接西瓜をもいでもらって採れたてを食べた。一玉100文(現在だと2500円位)』だとか、今回の翌年に行われた東海道中膝栗毛でも西瓜の差し入れがあったとか・・・もしかしたら20数個の西瓜も鶴蔵が好きだから、ということでご贔屓さんが差し入れしてくれたのかもしれません。それにしても二十数個って・・・(^_^;)
資料にはご贔屓さんの職業、名前は一切なかったのですが、これだけの西瓜を大量購入できるにはそれ相応のツテが必要かな~と青物問屋さんにしてしまいました。さすがに『西瓜ひと船』はねぇ・・・(^_^;)

次回『鶴蔵てまえ味噌』更新は8/26、秋のものにしようか夏の名残の味覚にしようかまだ迷い中です(^_^;)
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