FC2ブログ

「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第七章

夏虫~新選組異聞~ 第七章 第四話 正月の居続け・其の肆

 ←烏のがらくた箱~その二百二十六・今年はあまり蚊に喰われていないかも・・・? →砂漠の星の物語~偽りの神の手2
 新春の陽光が、酒の匂いが漂う部屋の障子を染める。伊東とその取り巻き、そして永倉と斉藤は『待ち人』を待ちながら一睡もせず一夜を明かしてしまった。

「結局待ち人来たらず――――――待ちぼうけを食らってしまったね」

 すっぽかされたというのに何故か伊東は余裕の表情を見せる。そして杯に残っていた最後の酒を呑み干すと、すっくと立ち上がった。

「屯所に帰るんですか!」

 伊東の行動に永倉が食い付くように身を乗り出すが、伊東はニヤリ、と笑って首を横に振る。

「いいや。さすがに酒の匂いがこびりついてしまったので、一旦湯屋に行って酒を抜いてくるつもりだが・・・・・・もし帰営したければ僕は止めないよ」

 伊東の言葉に取り巻き達もニヤニヤと笑う。その人を見下したような態度に、永倉はかっとなる。

「な、何を!帰るわけがないでしょう!俺もとことんまで付き合いますよ!どうせ今帰ろうが数日後に帰ろうが切腹には変わらないんだ!」

 昨晩一睡もしていないその顔色は極めて悪く、目の下には濃い隈ができていた。それでも伊東らに愚弄されてはならないと、その目だけは異様にぎらついている。

「確かにそうだね。では付き合えるだけ僕に付き合ってもらうよ」

 伊東は艶然と微笑むと、篠原、服部の二人を連れて部屋を後にした。どうやら二手に分かれたのは永倉達が勝手に屯所に帰営しないよう見張るためらしい。

「チッ。結局信じちゃいねぇんだろう」

 永倉は誰にも聞こえないように愚痴ると、さり気なく斉藤に近づき語りかけた。

「おい、斉藤。お前よくこの状況で平然としてられるな」

 確かに斉藤は表情どころか姿勢さえ変えること無く酒を飲み続けている。この男は酔う、ということさえ無いのか――――――そう思いかけた永倉に対し、斉藤がぽつり、と低い声で返事をした。

「昨日門限を破った時点で切腹は決まりだろう。山南さんだってたった一日の脱走で切腹だったんだ。あそこまで見事に、とはいかないまでもせめて武士として恥ずかしくない切腹をしたいものだよな。となると、介錯はやはり沖田さんに頼むしか無いのか・・・・・・少々癪だけど」

 どこまでが冗談で、どこまでが本気か真意をはかりかねる言葉を吐きながら、斉藤は眉一つ動かすこと無く、注文を取りに来た男衆に酒の追加を頼んだ。どうやら斉藤はとことん伊東に付き合うらしい。つまり僅かながらでも怯えを胸中に抱いているのは自分だけのようだ――――――永倉は自分が窮地に立たされていることを改めて理解する。

「・・・・・・ええ、ままよ!」

 どのみち切腹は避けられない――――――自棄を起こした永倉は、酒焼けした声で叫び、男衆が持ってきたぬる燗の酒を奪い取るようにひったくった。



 そう、永倉が自棄を起こしたこの日の朝までは伊東も余裕の表情を見せていた。しかし二日目が過ぎ、三日目の日が暮れる頃、さすがの伊東にも苛立ちの色が滲み始める。

「何故来ない・・・・・こちらからは礼節に則った手紙を出したし、向こうからも返事が来たというのに!」

 空になった杯を床に叩きつけながら、伊東は癇癪を起こす。

「腹立たしいですな!伊東参謀を何だと思っているんだか!」

 酔いの勢いに任せて大騒ぎをする伊東派から少し離れた場所で、斉藤は相変わらず淡々と酒を飲み続けていた。その一方、永倉は酒を飲むことさえできず、ぐったりとしている。

「永倉さん、気分が悪いんなら隣の部屋で休んできたらどうだ?」

 だが、永倉は黙ったまま首を横に振るだけで、その場に座り込んでいる。斉藤は伊東派の面々と永倉を見比べながら腹を決めた。

(この様子だと参謀はもう一晩どころかそれ以上居座り続けかねないが、永倉さんがこれでは保たない。ここは・・・・・・そろそろ助け舟を出してもらうか)

 『待ち人』という名の大きな獲物も取り逃がしたようだし、このへんが潮時だろう。斉藤は立ち上がり、厠に行くとだけ告げて部屋の外に出た。



 斉藤からの伝言が土方の許に届いたのは夕餉が終わり、ゆったりと茶を飲んでいた時だった。その書付を見て土方が思わず茶を吹き出しそうになる。

「ひ、土方さん。いったい何が書いてあったんですか?土方さんが吹き出しそうになるなんて珍しい」

 報告書を提出しに来た途端、茶を吹きつけられそうになった沖田は慌てて飛び退りながら土方に尋ねる。すると土方はゲラゲラと笑いながら沖田に手にしていた書付を見せた。

「こ、これが笑わずにいられるかってんだ!あ~腹が痛ぇ!」

 どうやら監察からの連絡事項らしい書付に沖田も目を落とす。そして読み進めていくに連れて、同情の色がその顔に色濃く滲み出てきた。

「・・・・・・あ~あ、永倉さん気の毒に。とうとうお酒も食事も受け付けなくなっちゃったんですか」

 それは斉藤からの報告書であった。そこには結局伊東が誘っていた相手は誰一人現れず、それどころか永倉が今にも倒れそうだと書かれていたのである。

「ああ、これじゃあ永倉がもたねぇからそろそろ助け舟を出してくれだとよ。まったく普段でけぇツラぁ晒してやがるのに、いざとなったらこのザマか・・・・・・お~い、近藤さん!」

 土方は局長室へ続く襖を開けながら、休息所へ帰宅する準備を始めていた近藤に声をかける。

「何だ、歳?伊東参謀に何か動きがあったのか?」

 土方の呼びかけに、近藤は強張った表情で振り返る。そんな近藤に対して、土方は笑いを押し殺しながら斉藤からの書付を近藤にも見せた。

「いいや、そっちのほうま全くだ。どうやら振られたのにしつこく待ちぼうけをかましているらしい。だけど永倉のほうがもう限界だとよ」

 永倉が限界――――――その言葉に、近藤の目が大きく見開かれる。だが土方は『たまにはきつい灸でも据えてやったほうがいいんだよ』と笑い出す。

「だから、明日にでもあんたの名前を貸してくれ。さすがに三日間振られた上での帰営命令なら伊東も諦めが付くだろうよ」

「しかし新八が・・・・・・本当に今夜じゃなくていいのか?」

 近藤が心配そうに尋ねるが、土方は近藤の提案をあっさり却下する。

「どうせなら正月三が日で、ってほうがキリがいいだろう」

「キリで決めるんですか・・・・・・永倉さん、お気の毒に。帰営したら絶対に寝込みますよ」

 これからどんな悪さをしてやろうかと企む悪戯っ子のような表情を浮かべる土方に、沖田は諦観の溜息を吐いた。



 角屋で居続けをした者達が帰営したのは四日目の朝であった。近藤からの正式な帰営命令を携えてやってきた島田の顔を見た瞬間、安堵の表情を浮かべたのは永倉である。さすがに三日間飲み続けた酒と心身の疲労によって足元も覚束ず、それほど距離のない屯所に帰営するにも島田に肩を借りるという体たらくであった。

「我らを罰するのであれば罰すればよろしい。その覚悟はできております故」

 着替えを済ませ、局長室にやってきた伊東が挑むような視線で近藤と土方を睨みつける。

「・・・・・・ですが、私を始め永倉くんや斉藤くん、弟の三木などの組長を始め、幹部を務めている者ばかり。全員が切腹となれば、新選組の屋台骨が崩れるのではありませぬか?」

 これは伊東にとってひとつの賭けであった。創立当初からの同志だった山南でさえ切腹をしたのだ。途中からの入隊で、分離を願っている自分達が切腹を逃れられる可能性は極めて低い。ならば永倉や斉藤の命を盾にしようと目論んだのだ。
 助かればそれでよし、もし切腹になったとしても永倉、斉藤という有力幹部を失えば新選組としても隊の運営が難しくなり、近藤や土方も困ることになるだろう。どちらにしても一矢報いることが出来る――――――そう思って身構えていた伊東だったが、近藤の口から飛び出した言葉は意外なものだった。

「本来なら切腹、ということになるのだろう。しかし今は先帝の喪中、潔斎の期間は祝い事を取りやめ、を血で汚すような真似は慎めとのお達しが来ている。それ故か、この三が日不逞浪士も鳴りを潜めていて、三が日の間君らを呼び出さずに済んだのだが・・・・・・」」

「え・・・・・・?」

「ま、天皇を崇め奉る勤皇の志士であれば当然だろうな。陛下の喪中に酒盛りをする馬鹿なんぞいやしねぇ」

 近藤の、そして土方の言葉に伊東は目を丸くする。そのような通達は少なくとも島原の高札場には貼りだされていないはずだ。
 ただ、その情報を新選組ならず攘夷派の志士も知っていて、天皇の喪に服していたとなれば話は違ってくる。
 正月初日から島原で酒宴を開くという非礼を行う伊東の誘いには応じないだろうし、近藤達も伊東らができることは単なる酒盛りくらいと高を括っていたはず――――――伊東は命がけでとんだ茶番を演じていたことになる。

「陛下の、喪中・・・・・・」

 勿論『お達し』云々は土方が考えだしたハッタリなのだが、状況が状況だっただけにそのハッタリを信じこんでしまったらしい。それでなくても勤皇を気取る伊東にとって天皇の喪中に非礼極まりない酒盛りをしたという汚名に耐えられないのだろう。伊東は顔を青ざめさせワナワナと震える。

「という訳だ。今回は先帝に免じてお目こぼし、ってやつだ。その代わり数日間の謹慎を申し付ける」

 近藤に代わり土方が処分を告げる。その言葉に伊東はがっくりと肩を落とし、その背後で控えていた永倉はへなへなとその場に崩れた。



 三人は三日間の謹慎を申し付けられたが、永倉は心労と肉体的疲労、そして極限状態の無理な飲酒がたたって処分を告知された直後から寝込んでしまい、その期間は六日にも及んだ。

「いいか、あくまでも『謹慎』だからな?迂闊なことをばらすんじゃねぇぞ、サノ!」

 こっそり見舞いに来てくれた原田に対し、布団から未だ起き上がることが出来ない永倉が念を押す。

「解ってるって!そりゃあ組長が謹慎、ってだけでも下に示しが付かないのに実際は寝込んでいました、なんて言ったらもの笑いだしよぉ」

 枕元に座り、にやにやと笑いながら原田が永倉の額をペチン、と叩いた。

「痛っ!と、ところで斉藤はどうした?もう謹慎は解けているんだろ?」

「ああ、珍しく総司が誘って外に飲みに行ったぜ。斉藤が誘うならともかくよ」

 原田の言葉に永倉も不思議そうな表情を浮かべたが、あまり深く考える事もできず、再び眠りへと落ちていった。



UP DATE 2014.8.2

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





ようやく屯所に帰還できた永倉&伊東派の面々に斉藤です♪
新八にとっては生きた心地がしなかったでしょうけど、屯所側ではほぼ笑い話になっていた『正月の居続け』です。きっと土方プロデュースのハッタリも三日間考えに考えてでっち上げられたものなんでしょう。もしかしたら関係各所に伝えてある、なんて真似もしているかもしれません( ̄ー ̄)ニヤリ
その一方、自分の力というかブランド力を過信しすぎて結局攘夷派からもシカトされた形の伊東参謀(^_^;)この力の無さが露呈した途端、むしろ試衛館派側から分離活動が活発化します。というのも、この直後らしいんですよね~高台寺党の分離独立が許されたのって。多分『こいつら実は大したこと出来ないんじゃ?』と判った途端に『隊内が伊東派に汚染される前に追い出してしまえ!』と早々に追い出しにかかったのかもしれません。

ただ、その詳細はちょっとばかりあとになりまして・・・来週8/9及び再来週8/16、家庭の事情により『夏虫』の更新はお休みさせていただきます。次回更新は8/23、二人で飲みに出かけた沖田と斉藤の会話から始まります(*^_^*)
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のがらくた箱~その二百二十六・今年はあまり蚊に喰われていないかも・・・?】へ  【砂漠の星の物語~偽りの神の手2】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のがらくた箱~その二百二十六・今年はあまり蚊に喰われていないかも・・・?】へ
  • 【砂漠の星の物語~偽りの神の手2】へ