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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第十六話 茂義蟄居 其の壹

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 嵐の予兆はすでに茂義が武雄藩領主に就任した八月頃から漂っていた。元々本藩の請役として政局に参加していた茂義だが、正式に親類同格・武雄鍋島家当主になったことで、さらなる権力を身につけたのである。
 お飾りの当主であれば鼻薬を嗅がせこちらの言いなりにさせたり、権力にものを言わせて黙らせればいいと思っている保守派も、実力を伴った茂義が発言権を持つとなると心穏やかではいられない。
 茂義と同様親類同格であり、しかも斉直の実子でありながら斉直に反抗的な須子領主・茂真といい保守派にとって煙たい人物ばかりが斉正に仕えるのを心良しとしなかった保守派は、陰に日向に茂義の行動に以前にも増してケチを付けるようになっていったのである。
 そしてさらなる事件が起こったのは十一月の半ばのことであった。何と前藩主斉直が鹿島・小城の江戸参府に乗じて自分も江戸参府をしたいと表明しだしたのである。

「もう半年も経ったのじゃ。大奥の古狐どもも儂のことを忘れておるじゃろう」

 円形脱毛症を作るほど精神的に追い込まれたことなどすっかり忘れ、昔の友人が多く隠居生活を送っている江戸に帰りたいと我儘を言い出した。しかし疲弊しきった財政立て直しを執り行っている最中、斉直の江戸参府を叶えるだけの金などどこにもない。いかに前藩主の要望といえど、こればかりは請役として許す訳にはいかないのである。

「大殿!いくら大殿の要望でも今の佐賀の財政においてそれは出来かねまする!」

 茂義を始め、改革派に属する七名の若手重臣が斉直のいる三の丸に乗り込み、斉直の申し出に対して断固反対を表明したのである。

「大殿は既に隠居の身!参勤の必要はございませぬ!大殿が江戸に参れば三万三千七百両の江戸費用、及びその他に七百五十貫の銀が必要でになり、到底許すこと出来ませぬ!大殿とて数年前までは佐賀の政を担っていたお方、佐賀の懐事情をお考え下され!」

 茂義は斉直に対し正論をまくし立て、一切の参勤準備をしないと言い放った。いくら斉直でも実際に参勤の手筈を整え、旅費の工面をして貰わねば江戸に出向くことはできない。そんな押し問答を続けている内に鹿島・小城両藩の参勤行列は佐賀を出立してしまった。こうなると少なくとも斉正が江戸に向かう来年の十一月まで待たねばならない。

「許さぬ・・・・・・たかが請役の分際で・・・・・・切腹じゃ!茂義、切腹せよ!」

 案の定斉直の怒りは爆発した。隠居しているとは言え、藩主だった人物に反対すれば結果はおのずと見えている。財政好転まで延期を諌言した茂義に対し、斉直は切腹せよとわめきだしたのである。さすがに親類同格家の当主を切腹させるとなると他家が黙っていないからと周囲の者と斉正が押しとどめ、最終的に茂義は『御叱捨』とされ、十二日間の謹慎と共に請役を罷免された。だが事はそれだけでは済まなかった。

「二度と儂の前に姿を見せるでない!儂の許しなく江戸へ出向くことは勿論、佐賀城下に足を踏み入れることも許さぬ!」

 と茂義は事実上の武雄領への蟄居を命じられたのである。このあまりにも我儘極まりない処分に一番被害を被ったのは斉正であった。
 茂義だけでなく重臣七名まで処分されてしまっては改革が頓挫してしまうのが目に見えている。残っているのは茂真と松根、古賀穀堂、そして実力はあるが身分の低さから松根付きになっている弘道館の修了生――――――中村彦之允、井内伝右衛門らを中心とする数人くらいだ。古賀穀堂以外、皆二十代前半の若さであり、斉直を中心とする隠居派と対抗するには甚だ心許ない。当時御側として斉正に仕えていた古賀殻堂もこの事態を受け『この事態に人物極めて乏しく誠に憂うべく――――――』と書き残している。

 そして保守派の狙いはまさにそこにあった。そもそも斉直自身江戸に出向く気は毛頭無かったのである。江戸に出てしまえば佐賀にいるほどの贅沢はできないし、何よりも自分より遙かに身分が上の嫁御とその実家である徳川将軍家が目を光らせている。
 そんな斉直に対し、『奥女中達はすでに殿のことなど忘れて芝居にうつつを抜かしている』だとか『殿を待っておられる方々が江戸にいらっしゃるでしょう』など甘い言葉を囁き、愚かな隠居をその気にさせたのは周囲の取り巻き達であった。
 無理難題をふっかけ、自分達にとって危険な存在になりつつある茂義を失脚させる――――――それこそが保守派の狙いだったのである。だがそんな事態に対しても当の茂義は至って平然としていた。

「俺が居なくても大丈夫だ。穀堂先生も、須古領主殿も、松根だっているんだ。それに弘道館の連中だって徐々に力を付け始めている。表だって派手な行動はできないかもしれないがこれからやることの礎を作る事くらいは出来るさ」

「しかし・・・・・・」

 あまりに脳天気な茂義の言いぐさに斉正は不安を隠しきれない。そんな斉正に対し、穏やかすぎるほど穏やかな表情で茂義は語り続けた。この男は本当の危機に陥った時にこそ穏やかな表情を見せ、周囲を鎮めるという不思議な能力がある。

「俺たちにとって現状はまさに真冬そのものだ。だがこういう時こそ真の力を付け、蓄えなきゃならないんだぞ。草木だってそうだ。真冬に花を咲かせることは無いが、その時に深く根を伸ばして自力を蓄えている。春に大きな、またはたくさんの花を咲かせるためにな・・・・・・いい話だろう。問題は直孝の野郎の受け売りだって事だけどな」

 そういうと茂義はにっこりと斉正に笑いかけ、声を潜めた。

「請役に付いていなくとも幕府との密約は履行できる。否、むしろ役職に縛られない方が都合が良いだろう。どちらにしろ幕府の後ろ盾がなければ俺たちは保守派にあっという間に潰されてしまうんだから、せいぜいごまをすっておくさ」

 それでもまだ心配げな表情を浮かべる斉正の肩をぽん、と叩くと茂義は勢いよく立ち上がる。

「事実上の蟄居がどれくらい続くか判らないが、穴蔵にこもっている間に砲術や医術、その他の蘭学三昧の生活をしようかと思っている。勿論、南蛮船もだ・・・・・・悪いな、貞丸」

 お前の道楽も代わりに楽しんでやるよ、とばかりの悪戯っぽい表情を浮かべた茂義につられ、斉正の顔にもようやく笑みが浮かんだ。

「だったら自力で南蛮船が造れるようにして欲しい。今は無理かもしれないが・・・・・・いつの日か財政を立て直したら自分で船を持ち、それに乗ってみたいものだ」

「悪くはないな。そうすりゃ国子殿の許にすぐに帰れる、ってところか?」

 冗談めかしてとてつもない要望を茂義に言い放った斉正だったが、すぐに茂義に切り替えされてしまう。以前の斉正であればその一言で顔を真っ赤にしてもじもじしてしまうところだろう。しかし、ここ最近斉正も大人になってきたのか、茂義の言葉に対して言い返す。

「それを言うなら風吹の許に、の間違いじゃないのか?長期間武雄に籠もるようなら国子殿に風吹を寄こすように伝えるが・・・・・・」

 意味深な笑みを浮かべる斉正に対して茂義は何とも言い難い、複雑な表情を浮かべた。

「それはありがたいのだが・・・・・・それはちょっと待って欲しい。お前だって知っているだろう?五日前に喜美がややを産んだのを・・・・・・」

 去る十一月二十八日、茂義には世継ぎとなる息子・元次郎を授かっていた。のちに数多の戦で佐賀軍を率いて活躍する鍋島茂昌である。すでに正室が亡くしている茂義が、側室に世嗣を産ませることは何ら罪ではないのだが、何故か後ろめたさを風吹に感じてしまうらしい。

「やっぱり茂義は風吹に頭が上がらぬのだな。安心しろ、この件はしばらく風吹には黙っておく」

 深刻な状況の中、そんな軽口を叩く二人であったが、のちにこの隠し事がとんでもないことを引き起こすとはこの時点で思う余地もなかった。



 茂義処断の知らせが江戸黒門に知らされたのは十二月の半ばであった。その中で一番衝撃的だったのは勿論風吹に宛てられた茂義からの手紙である。

『前藩主の怒りを買い、江戸は勿論佐賀城下にも出向くことを禁じられている。このまま一生そなたに逢えないかも知れない。どんなことがあろうともそなたのことは一生忘れない  茂義』

 二度と会えないかもしれない相手への恋心の告白とも取れるその一言に、気丈な風吹の目から涙が溢れる。

「何故・・・・・・」

 墨痕淋漓とした茂義の筆痕に、風吹の涙がぽたり、ぽたりと落ちてゆく。切腹にならないだけ良かったと素直に思えない自分の欲深さに辟易するが、それでも一生逢えないというのでは死んだことと変わりないではないかと恨み言のひとつでも言いたくなる。

「少しは・・・・・・我が身を考えればいいものを・・・・・・」

 だが、我が身の安穏を顧みず、主君に、そして藩に尽くす茂義に風吹は惹かれたのである。悲しさ、そして悔しさに風吹はただひたすら泣くことしかできなかった。
 そんな落ち込み、萎れている風吹に盛姫からの呼び出しがあったのは、手紙が来た日の夜であった。泣き膨れた顔を見られるのを嫌がるだろうと、あえて行灯の明かりさえ控えめにした盛姫の部屋へ風吹はのろのろとやってくる。

「風吹・・・・・・気持ちは判らぬではないが、気を落とすでないぞ」

 盛姫の慰めにも、風吹はただ嗚咽を抑えながら頷くことしかできなかった。止めたくても涙は溢れ、頬を濡らしてゆく。

「長くても数年もすれば事態は変わるじゃろう。貞丸が実権を握り、茂義の蟄居を解くまで待てるか?もしそれが耐え難いようであれば・・・・・・」

 盛姫がそう言いかけた瞬間、風吹が鋭い声でそれを遮った。

「お気遣いありがとうございます。ですが・・・・・・私は大丈夫でございます!これからも姫君様のお側で・・・・・・仕えさせて下さいませ」

 決して大丈夫とは思えなかったが、そう言いきられてしまえば盛姫もそれ以上言い出すことはできない。低い嗚咽だけが響く部屋の中、重苦しい空気が二人を包み込んでいった。



 茂義の事実上の蟄居の一報が来てから数日後、ひょっこりと思わぬ人物がやってきた。十二月五日付で寄合から晴れて火事場見廻の役に就いた直孝である。

「この度晴れて火事場見廻の役を授かりました。風吹殿の父君、石川又四郎殿とも務めを共にすることもあろうかと思いますので、今まで以上によしなに」

 型どおりの挨拶をする直孝に対し、風吹はそれを上の空で聞いていた。ここ数日の風吹はそれこそ魂が抜けてしまったかのようにぼんやりとしているのである。盛姫を始め黒門の中に居る者は風吹と茂義の関係を知っているだけに、しばらくの間そっとしておこうと腫物を扱うように風吹に接していたがこの男だけは別であった。

「茂義の奴が謹慎処分になったそうですね」

 直孝の問いに風吹は表情を強張らせ、黙りこくったままである。否、答えることができないといった方がいいだろう。茂義の事について一言でも喋ってしまえば、涙が零れてしまいそうで話をすることができないのだ。そんな風吹に構わず直孝はしゃべり続ける。

「いつまでも逢えぬ男を思い続けているつもりですか?風吹殿・・・・・・いや、由紀殿」

 直孝は風吹の本名を口にした。その力の籠もった男の声に風吹は我に返る。

「俺は――――――ずっと貴女を想っておりました。貴女がまだ幼かった日から・・・・・・俺がまだ鍋島の中屋敷に住んでいた頃からずっと・・・・・・」

「え・・・・・・?」

 思いもしなかった直孝の意外な言葉に風吹は面食らう。確かに鍋島家の中屋敷と風吹の実家である芝定火消の役宅は道を挟んで斜め向かいにあり、二人は近所の子供らと共に一緒に遊んでいたのは確かである。しかし直孝が自分に対してそのような想いを抱いていたとは今の今まで知らなかった。その事実に風吹は混乱する。

「江戸の華、芝の定火消を任されている名家の姫と、冷や飯食いの妾腹の大名の子では結ばれぬものと諦めておりました。しかも貴女は姫君様付きの女官になってしまった。ですが・・・・・・」

「止めよ、餅ノ木!これ以上何も聞きたくない!黙れ!」

 風吹はこれ以上聞きたくないと耳を塞ぐが、激情に駆られた直孝は風吹の言葉など聞かず、ただひたすら自分の想いを吐き出し続ける。

「いいえ、止めませぬ。幸いなことに俺は餅ノ木家で家督を継ぎ、火事場見廻りという貴女の家柄に相応しい仕事にも就きました!家柄も、役職も問題は無いはずです!だから――――――!」

 直孝は風吹の手を取り強く握りしめるが、風吹はただ首を横に振るだけだった。

「――――――茂義は二度と江戸に来ることが出来ないかも知れないんだぞ?だったら俺の妻になって欲しい。父上には俺から申し込みに・・・・・・」

「それだけは・・・・・・許して」

 直孝が発しようとした決定的な言葉を、風吹自らが涙ながらに遮る。その風吹の涙に直孝は風吹の細い手を離さざるを得なかった。

「私は・・・・・・一生を姫君様に捧げる覚悟をしております。姫君様の命なくしては誰の妻にも・・・・・・側室にもなる気は毛頭ございませぬ。だからもう少しだけ・・・・・・そっとしておいて・・・・・・」

 絞り出すようにそれだけ言うと、風吹は突っ伏しただ泣きじゃくる。そして直孝はその震える肩をただ黙って見つめることしか出来なかった。



UP DATE 2010.06.02

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茂義蟄居・其の壹です。元々折り合いが悪かった斉直と茂義ですが、とうとう本格的な正面衝突をやらかしました(笑)そしてついでに隠し子発覚(爆)。いえ、正式な跡取り息子なんですけどね~。風吹に対して隠しているだけであってv

実は請役として佐賀藩の藩政を取り仕切ってきた今までより、武雄に引きこもってからの茂義の方が生き生きしていたりします。佐賀本藩に先駆けて西洋砲術や医学を取り入れ、佐賀の科学立国化に成功しているんですよね~。しばらくの間は保守派に隠れて西洋技術の取り入れ&シュミの絵画&子育てに没頭すると思われます。それに対してやきもきするのは風吹でしょうね~。手紙のやり取りだけでいつ会えるか判らない、もしかしたら一生逢えないかも知れない状況なんですから。まぁ彼女が動き出すとしたら姫君の命令か、茂義の隠し子(違っ!)が発覚した時のどちらかになるでしょう。それまでは心の中での葛藤が――――――今まで以上に茂義を想う気持ちに翻弄されるかと思います。

次回は茂義の武雄での蟄居生活&斉正の苦悩&風吹の苛立ちあたりを中心にv


《参考文献》
◆吉田幸男歴史論文集 
◆Wikipedia 鍋島茂昌
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