FC2ブログ

「短編小説」
鶴蔵てまえ味噌

鶴蔵てまえ味噌・其の玖・落鮎とやくざの親分

 ←烏のおぼえ書き~其の五十八・箱根の関所 →烏のまかない処~其の百六十六・銚子電鉄のぬれ煎餅
 弘化四年、この年の鶴蔵達は甲府から信州へと長期巡業に出ていた。途中たちの悪い雲助に付け狙われたりと厄介なこともあったが、概ね興行は成功を収め、ここ七久保の舞台も盛況のうちに幕を閉じた。

「鶴蔵さん、お疲れ様でした!今日の舞台も素晴らしかったですよ!」

 千秋楽の舞台が終わった直後、近くで料理屋・柳川屋を営んでいる善五郎が鶴蔵の楽屋にやってきて鶴蔵にねぎらいの言葉をかける。その言葉に舞台化粧を落とした鶴蔵はほっとした笑顔を向けた。

「ああ、善五郎さん。いつも舞台を見に来てくれる上に差し入れまでありがとうよ。江戸の味を懐かしむ若い衆が殊の外喜んでいるんだ」

 それぞれの土地の美味をありのまま愉しめる鶴蔵と違い、若い役者の中には長旅に飽き江戸の味を懐かしむものも少なくない。その事を鶴蔵が善五郎に言ったら、『以前出稼ぎで江戸に行ったことがありますので』と江戸風の鰹出汁と醤油が効いた煮物や蕎麦を差し入れてくれるようになったのである。
 特に収穫時期に当たった新蕎麦は好評で、『江戸で食べるものより美味い』といつも不足するほどであった。

「いえいえそんなことはありませんよ。うろ覚えの味で本当に恐縮で」

 善五郎は照れながら頭をかく。しかしそんな『うろ覚えの味』で満足しないのが善五郎の前にいる男である。

「だけど、俺としては善五郎さんの味が食べたいんだよなぁ」

 すると善五郎は喜色満面の笑みを浮かべ、手をぽん、と叩いた。

「そう来ると思いました。今夜辺りどうですか?月見をやりますので宜しかったら匡蔵さんと一緒に。ただちょいと訳ありでお若い方の席がご用意できなかったんですよ。その代わり『お江戸の味』を宿の方へ差し入れさせていただきますので」

「おう、そりゃいいな。若い奴らも厄介な年寄り抜きのほうが羽を伸ばせるだろうし。じゃあ匡蔵や若い連中には俺から言っておくよ」

「承知しました。では寒くないよう支度をして夜にいらして下さい。七久保の夜は冷えますので」

 確かに季節は晩秋の九月、確かに夜になると寒いだろう。

「ああ、じゃあ暮れ六ツにそっちに行くから」

「ではお待ちしておりますね」

 善五郎は嬉しそうな笑みを浮かべたまま、鶴蔵の楽屋を後にした。



 暮六ツ、鶴蔵と匡蔵は連れ立って善五郎の店に出向いた。ただ、店に近づくに連れやけに騒がしい喧騒も聞こえてくる。

「何か・・・・・・嫌な予感がするんだけどさ」

 野郎帽子姿の匡蔵が秀麗な眉をひそめて鶴蔵に語りかける。

「ああ、確かにガラが悪いな。なるほど、善五郎さんが若い衆の席が用意できなかった、ってぇのはあれが原因だろうな」

 そういう鶴蔵も眉をしかめるが、善五郎の料理を目前に引き返すことはできない。結局二人して善五郎の店の暖簾をくぐり、出迎えた手代に善五郎を呼んでくれるよう声をかける。すると程なくして善五郎があたふたと玄関へ出てきた。

「鶴蔵さん、匡蔵さん、いらっしゃいませ。すみませんねぇ、七久保で逗留中のやくざの親分もこちらに来ているんですよ。で、その親分が匡蔵さんの贔屓っていうことで・・・・・・」

 奥歯にものが挟まったような物言いをしつつ、善五郎が詫びを入れる。どうやら『本当の目的』はやくざの親分のご機嫌取りらしい。

「なるほどね。ま、愛想笑いのひとつでもしてやれよ、匡蔵。善五郎さんにはかなり世話になっているんだしよ」

「人事だと思って言いたい放題だねぇ」

 匡蔵は呆れたように小さく肩を竦めたが、特に嫌な顔をするでもなく善五郎に笑みを見せた。

「ま、興行中の食事は本当に助かりましたからねぇ。ここは善五郎さんの顔を立てましょうか。御礼としちゃあ随分安上がりな気もするけど」

「ありがとうございます!」

 匡蔵の言葉に善五郎は心の底から安堵の溜息を吐いた。



 鶴蔵と匡蔵が案内されたのは店一番の大きな部屋だった。

「滝蔵親分、お待たせしました。匡蔵さんと鶴蔵さんが来てくださいました」

「おう、そうか!まま、こっちへ入っておくんな」

 気さくにそう言うと、親分は三人に対して手招きをする。無頼者を束ねる親分だけあって大柄でいかつい顔立ちの男だったが、どうやら風流を好むらしい。近くには先ほど詠んだと思われる俳句が書かれた短冊が数枚並べられていた。

「おお、匡蔵さん!舞台でも綺麗だったが近くで見ても綺麗だねぇ。そうそう、滝夜叉姫、アレは良かった。女の情念をあそこまで表現するたぁ、さすがお江戸の女形は違う」

「まぁお口が上手い」

 満更でもない風に匡蔵が微笑みを返す。

「勿論鶴蔵さんの将門も最高だったぜ。あんたは演技が上手いからこっちとしては気楽に見ていられる・・・・・・ところでお二方は『カラ揚げ』は大丈夫かい?」

「え、ええまぁ」

 実のところ、『善五郎の料理』を期待していた鶴蔵は面食らうが、滝蔵親分はそのまま話をどんどん進めてしまう。

「ならありがてぇ。月を愛でながら落鮎のカラ揚げを洒落込もうと用意をさせているんだ。お~い!」

 滝蔵親分は廊下で控えていた若い衆に声をかける。

「河原の準備はできているか?」

「へぇ、いつでも大丈夫でござんす」

「じゃあ行こうか。ちょいと寒いかも知れねぇが、カラ揚げと酒でじきに暖かくなるからちょいと辛抱してくれよ」

 そして若い衆に御膳籠をもたせると、滝蔵親分は自ら率先して二人を案内し始めた。



 店の裏手にある河原には薄縁を敷いた梁が既に準備されていた。滝蔵親分の配下の若い衆がその上に御膳籠の中の肴を出すと、早速の酒宴となる。ただ、鶴蔵は下戸なので猪口に継がれた酒をちびちびと舐めつつ肴をついばむだけだ。

「お、鮎が仕掛けに掛かったようですよ。ではそろそろカラ揚げを始めましょう」

 善五郎は川の真ん中にある仕掛けを見て声をかける。そして店から仕込んできた七輪に油を入れた鍋をかけると、自ら川の中へ入り仕掛けにかかった鮎を取ってきた。

「この時期は産卵を終えちまった落鮎ばかりですが、これはこれで美味しいんですよ」

 そう説明をしながら、善五郎は三匹の鮎をそのまま油へと放り込む。

「へぇ、素揚げかい?」

「ええ、下手な衣をつけるよりこっちのほうが美味しいんですよ。これも『善五郎流』とでも申しましょうか。きっと鶴蔵さんも気に入ってもらえると思いますよ」

 そうこうしているうちに鮎が揚がり、三人はおろし醤油でそれを食べはじめた。ほっこりとした身に鮎ならではの香味、そして揚げてあるにも拘らずあっさりとした口当たりは鶴蔵の好みだ。

「おお、うめぇな!こんなに揚げたての鮎が美味ぇもんだとは知らなかった・・・・・・おい、善五郎さん。あれを自分で取ってきても大丈夫かい?」

「え、ええ。それは一向に構いませんが・・・・・・」

 すると鶴蔵は自ら足を川に浸しながら仕掛けまで出向き、鮎を四、五匹ほど掴んでくる。そして先ほど善五郎がやったように鍋へぽんぽんと鮎を放り投げた。

「俺は酒が駄目だからこちらをやらせてもらうよ。なかなかどうして面白ぇ趣向じゃねぇか」

 どうやら活きのよい鮎をそのまま油へ放り投げる趣向が鶴蔵には新鮮に思えたらしい。まるで悪戯っ子のように鮎を放り投げてはパチパチと爆ぜる油を見つめている。ただ、善五郎としては料理を客人である鶴蔵にやらせてしまっているという罪悪感があるらしい。ハラハラと見つめる善五郎に、見るに見かねた匡蔵が声をかけた。

「善五郎さん、気にすることは無いよ。本当に鶴蔵は一滴も飲めないんだからさ。好きなようにやらせてやっておくれ。その代わりと言っては何だけど、わっちと一緒に親分のお相手をお願いしますよ。ねぇ、親分さん。そのほうが良いですよねぇ」

 流し目を作って滝蔵親分に尋ねる匡蔵に対し、滝蔵親分が否と答えるはずもない。

「おう、呑めねぇ奴に無理強いするのも風流じゃねぇ。主人、俺と匡蔵さんの相手をしておくんな」

「では、お言葉に甘えて」

 結局押し切られたような形になり、いつの間にか鶴蔵と善五郎の立場は逆転してしまった。



 月が輝く中、風変わりな宴は夜九つまで続いた。ただ、問題だったのはあまりにも鮎が多く採れすぎてしまったことである。まだ生きているのだから逃してやればいいものの、面白がってしまった鶴蔵が全部取ってしまったからたまったものではない。

「本当にあんたは夢中になるとそこいらへんのガキよりたちが悪いんだから」

 頬を膨らます匡蔵にこっぴどく叱られている鶴蔵に、善五郎が助け舟を出す。

「ならば明日は塩焼きにいたしましょう。幸い親分方、そして役者さん側の若い衆の分もたっぷりとございますので悪くはないでしょう」

 そんなことで鶴蔵達に持たされた人数分の落鮎は、翌朝の朝餉として若い衆の胃袋に収まったことは言うまでもない。



UP DATE 2014.8.27 

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

INランキング参加中v
こちらはブログ村の小説ランキングにリンクしております。



こちらは画像表示型ランキングですv
 



今回の鶴蔵たちは、なんとやくざの親分達と宴会を共にすることになってしまいました(@_@;)
この時の旅は本当に大変だったらしく、雲助に絡まれたり、その他追い剥ぎに襲われそうになったりと・・・天保の改革が失敗した直後で、世の中の風紀が乱れていたんでしょうかねぇ。
そんな中でも、やくざの親分との宴は結構楽しそうでした。もしかしたらこの親分が興行主だったのかもしれませんね・・・月を愛でながらほくほくあったかい、揚げたての鮎のカラ揚げ、一度は食べてみたいものです。

次回更新は9/24、松茸出汁のお蕎麦ネタを取り上げます(^q^)
(今回もだけど、信州方面の興行が多いんですよね~。出稼ぎで江戸に来ている人が多いからかしら、信州って)
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のおぼえ書き~其の五十八・箱根の関所】へ  【烏のまかない処~其の百六十六・銚子電鉄のぬれ煎餅】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のおぼえ書き~其の五十八・箱根の関所】へ
  • 【烏のまかない処~其の百六十六・銚子電鉄のぬれ煎餅】へ