FC2ブログ

「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・秋冬の章

芳太郎の御様御用・其の壹~天保六年九月の晴れ舞台

 ←烏のおぼえ書き~其の五十九・関所破り →烏のまかない処~其の百六十七・カジキの和風ロースト
 突き抜けるような爽やかな秋晴れの空を、赤蜻蛉が気持ちよさそうに飛び交っている。紅葉狩りや神社仏閣巡りには最適な空模様であるが、ここ小伝馬町牢屋敷の御様場(おためしば)に控えている男達に、そんな空模様を愛でる余裕は無かった。それもそうだろう、この日は二年ぶりの御様御用の日なのだ。緊張するなという方が無理であろう。

 御様場に敷き詰められた白く輝く玉砂利の上は丁寧に作りこまれた土壇が備え付けられている。その上に横たえられているのは、この日の為に吟味された四十代の男の胴だ。生前には侠客だったというその男の肌は敷かれた玉砂利のようにやけに白い。
 そんな胴を取り囲むように多くの役人、そして山田浅右衛門吉昌及びその門弟たちがずらりと並んでいた。

「久納、二宮、唐沢、前畑――――――今回御様御用に臨むのはこの四名で相違ないな?」

 腰物奉行が吉昌に尋ねる。いつになく低く、厳かな腰物奉行の声音に、自然と吉昌の声も強張ってしまった。

「はっ。相違ございませぬ。残念ながら水沢は技量到達に至らず、今回は辞退させていただきまする」

 吉昌のその声には、微かに無念が入り交じっていた。本当は五人の枠があった今回の御様御用である。しかし最初に指名した五人の内二人は家中の事情で辞退をし前畑芳太郎が繰り上げで御様御用に参加できることになった。しかし、もう一人の控えとして稽古に励んでいた水沢は稽古を積んだもののこの日に間に合わなかったのだ。
 これが御様御用でなければ無理矢理にでも参加できたかも知れない。だが、将軍家の刀剣を傷つけるわけにはいかないのだ。

 そんな過酷な状況下において、ぎりぎり御様御用に間に合った芳太郎は、この日の為に新調した熨斗目麻裃を身につけている。これは全て恋人である縫が仕立ててくれた。下手な仕立屋よりも遥かに腕の良い縫が『せめて仕立て代だけでも浮くように』と自ら芳太郎の熨斗目麻裃の縫い物を買って出てくれたのである。
 しかし恋人とはいえ縫は直属の上司の娘である。さすがに体裁が悪いのでは、と断ろうとした芳太郎だったが、縫の父親でもある園田が『こいつは言い出したら聞かないから』と諦め顔で許可をしてくれたのである。

「あ、それと挨拶回りの駕籠はやっぱり許可が下りなかった。済まないな芳太郎」

 園田は御様御用にあたり前畑家から出されていた要望が通らなかったことを詫びる。さすがにお徒歩が藩の駕籠を使うのはまかりならぬと言われたらしい。

「いえ、駄目で元々の申請でしたから。それより他の申請がすんなり通ったのが以外でした。下手をしたら熨斗目麻裃以外、全部通らないと思っていたので」

 挨拶回りの際の供揃えはかなり難しいと思っていただけに、四人もの供揃えを藩から借りる許可が降りたのは僥倖だと言えよう。その点に関しては園田も自慢げだった。

「ああ、どうやら殿のご意向らしい。お前の御様御用拝命を殊の外喜ばれいるそうだ・・・・・・確かに銀兵衛以来、御様御用拝命は出ていなかったからなぁ」

 それだけ川越藩に喜ばしい話が無かったということであろう。芳太郎は藩から自分にかかる期待をひしひしと感じつつ、御様御用当日を迎えることとなった。



「では、これから御様御用を始める」

 腰物奉行が重々しく告げると、腰物方の役人が御道具箱に入れられた刀を持ってきた。大刀ひと振りに脇差しふた振り、そして薙刀一振りだ。それらは既に白木の試し切り用の柄に変えられていて、後は御様御用に臨むばかりになっていた。

「久能喜三郎、前へ!」

「はっ!」

 名前を呼ばれた久能が進み出て、試し柄に替えられた大刀を受け取る。

(たしかあれは大樹公の関孫六。今年になって作らせたと聞いたが)

 今回の御様御用の為、関孫六の大小一揃えをわざわざ作らせたと聞いている。将軍家としても試物芸者の腕が落ちることを憂えているのだろう。
 そうこうしているうちに久能は熨斗目麻裃の肩を脱ぎ、胴の前に仁王立ちになると、そのまま刀を振り下ろした。

ザシュ


 肉を切り裂く独特の音と共に刀は振り下ろされ、胴の下にある土壇にまで食い込んだ。

「三の胴を土壇まで・・・・・・刃毀れも無いな。お見事」

 腰物奉行の感嘆の声に久能は頭を下げる。

「刀味も手心も申し分なく、大樹公の御道具として申し分ございませぬ」

 そう言い残すと久能は肉と脂、そして血で汚れた大刀を再び腰物方の役人に渡した。普段なら門弟自ら刀の手入れをするところだが、今回ばかりは腰物方の努めだ。

「次!二宮俊五郎!」

 久能の次は二宮だ。緊張の面持ちで脇差しを手にする先輩の背中を見つめながら、芳太郎は昨日の夕方のことを思い出していた。



 御様御用の前、それに臨むものは十日間の精進潔斎をする。これは将軍家の刀を穢さぬ為であり、その間は人間の胴を使った稽古は勿論、女性に触れることも一切禁じられていた。
 尤も御様御用の準備や各所への挨拶回り、作法の習得等で十日間などあっという間に過ぎてしまうのだが・・・・・・勿論芳太郎もそれに則り十日間の精進潔斎をしていたため、縫と会う事も叶わなかった。勿論寂しさもあったがこればかりは仕方が無い。

「せめて顔でも見れたならば・・・・・・」

 悶々とした気持ちが頂点に達した昨日の夕方である。

「すみませ~ん。芳ちゃんの熨斗目麻裃を持ってきました」

 何と縫が御様御用当日に身につける熨斗目麻裃を自ら届けてきてくれたのである。まるで子犬のように玄関に飛び出した芳太郎は、縫に抱きつきたい衝動を抑え、風呂敷包みに包まれたそれを受け取る。

「ありがとう、お縫さん。これで明日は堂々と臨めますよ!」

 精進潔斎も必要だが、それ以上に芳太郎にとって縫が必要不可欠なのだ。縫の顔を見た瞬間に力が漲るのを自覚しつつ、芳太郎は縫に笑顔を見せる。

「絶対に・・・・・・成功してね」

 それとは対照的に、心配そうに潤んだ目で縫は芳太郎を見つめる。それは弟を心配する姉のような感情なのか、それとも恋人を想う切ないものなのかは定かではない。だが、その潤んだ瞳を確認した芳太郎は、縫の為に御様御用を成功させることを誓った。



 唐沢の順番も滞り無く終わり、今度は芳太郎の出番である。今度は芳太郎が担当する姫君用の薙刀だ。
 三ヶ月前にそれを知らされた時は、できれば大刀が良かったと少しがっかりしたが、将軍家の刀を試すことには変わりない。むしろどのような武器でも扱えることをしらしめる良い機会であると思い直し、懸命に薙刀での試し稽古を重ねたのである。

「次!前畑芳太郎、前へ!」

 腰物奉行が芳太郎の名を呼ぶ。

「はっ、御前へ」

 芳太郎が立ち上がり、前へ出た。そして試し柄を付けられた薙刀を手に取ろうとしたその時である。

「腰物奉行!失礼つかまつります!」

 焼火之間で仕事をしている筈の腰物方の役人が、突如大声を揚げて飛び込んできたのである。それに対して激高したのは他ならぬ腰物奉行その人であった。

「騒々しい!この席をなんだと心得ている!お前の声で試し手の手許が狂い、上様の刀に傷でもついたらどうするつもりだ!」

「も、申し訳ございません!ですが、上様直々にこの刀を試すようにと・・・・・・!」

 そう言って差し出されたのは一振りの大刀であった。

「しかも試し手の指名が・・・・・・川越藩御徒士、前畑芳太郎に御様をさせよと!」

「セ、拙者ですか!」

 己の名前を出された芳太郎は唖然とした。



 暫しの沈黙が御様場を支配する。その嫌な沈黙を打ち破り、腰物奉行がようやく口を開く。

「う、上様直々とは・・・・・・い、一体どういうことだ!申してみよ!」

「はっ、どうやら松平大和守が上様に前畑の事を自慢してしまったらしく・・・・・・

「我が殿が?」

 芳太郎の問いかけに、腰物方の役人は頷き、言葉を続ける。

「あの思慮深い大和守が珍しく家臣を自慢したものですから、上様も興味を持たれたのかも知れませぬ。腰越藩一の腕をもつ剣士の試しを是非とも受けたいと」

「・・・・・・前畑、大丈夫か?」

 腰物方からの要請で、芳太郎は薙刀の試し切り稽古を中心にやってきたはずである。それをいきなり大刀で、と言われても勝手が違うのだ。

「もし、前もっての準備がいるようなら遠慮無く申し出てみよ」

 腰物奉行も将軍の暴挙に困惑気味である。将軍の刀のついでに大奥から『ついでに』と試し斬りの以来を持ち込まれることはあるが、将軍直々というのは初めてなのだ。しかも将軍本人の刀だけに傷を付ける事もできない。腰物奉行は心配そうに芳太郎に尋ねるが、芳太郎は笑顔を見せて返事をした。

「ではお言葉に甘えて一度だけ。この胴の足の部分で稽古をさせていただきます。おい、五三郎」

 芳太郎は小声で見学の為列に控えていた五三郎に声をかける。

「ちょっとお前の脇差しを貸してくれないか?見たところ多分・・・・・・」

「大刀らしいけど、少々小ぶり、俺の長脇差しとそう変わらねぇな」

 五三郎も刀を値踏みするように一瞥すると、己の脇差しを芳太郎に渡した。

「俺の脇差しはひん曲げても構わねぇが・・・・・・公方様の刀でヘマはするなよ」

「ああ、解っている」

 芳太郎は敢えて笑顔を見せると土壇に近づき、五三郎の脇差しを一気に振り下ろした。




UP DATE 2014.9.3

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)

 



修行に明け暮れ、長いこと待ちに待った御様御用にようやく芳太郎が臨めることになりました!
この御様御用、藩や個人の事情(藩に黙って稽古をしているとか、参勤で国許へ帰らねばならないとか)もあり辞退する人もいたらしいですけど、基本的には名誉ですからねぇ。芳太郎が属している川越藩では諸手を上げて応援しているようです。でなければ武士の最下級・御徒士の分際で4人の供揃えを付けて挨拶回りOKなんて許可、出ませんって(*^_^*)

だけど川越の藩主様、浮かれちゃったんでしょうねぇ・・・ついつい上様の前で口を滑らせ、芳太郎が窮地に追い込まれております(^_^;)よりによってアポ無しで将軍の大刀を試すことになるなんて(T_T)
取り敢えず、緊張を解きほぐすために五三郎の脇差しで練習をしてから、本番に臨むようですが・・・果たして成功するのでしょうか?次回をお待ちくださいませ♪
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のおぼえ書き~其の五十九・関所破り】へ  【烏のまかない処~其の百六十七・カジキの和風ロースト】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のおぼえ書き~其の五十九・関所破り】へ
  • 【烏のまかない処~其の百六十七・カジキの和風ロースト】へ