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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・秋冬の章

芳太郎の御様御用・其の貳~天保六年九月の晴れ舞台

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 将軍の大刀という、急な試し物の準備に腰物方の役人達が右往左往している。それを横目で見やりながら、五三郎の脇差しを借りた芳太郎は土壇に乗せられた胴の前に立った。そして肩幅に足を開くと、そのまま五三郎の脇差しを振り上げる。

「ふぅ・・・・・・」

 仲間の脇差しを使った本番前の試しとはいえ、緊張することには変わりない。

(落ち着け。大刀の試しはいつもの稽古でやっているじゃないか)

 ともすると、この場から逃げ出したくなる弱い心を叱咤激励するように、芳太郎は自分に言い聞かせる。

(むしろ慣れない薙刀よりも、大刀の方がありがたいかもしれない。稽古でも、そして刑場でも使っているのは大刀なんだから)

 予定されていた薙刀より、大刀の方が遥かに多くの稽古を積み重ねているのだ。自信を持て――――――芳太郎は改めて自分に言い聞かせて大きく息を吸うと、手にした五三郎の脇差しを膝下の硬い部分に振り下ろす。すると、まるで野菜を斬ったように男の足は呆気無く切断され、五三郎の脇差しは丹念に作りこまれた土壇にめり込んだ。

「さすがだな。まるで大根みてぇに膝下を斬りやがって」

 芳太郎の背後から五三郎の感嘆の声が聞こえてくる。

「その脇差し、これから『大根切』とでも名乗ろうか。さすがに『髭切』には敵わねぇけど」

「・・・・・・もう少しまともな銘を付けたらどうだ?『大根切』じゃ間違いなく固山さんにぶん殴られるぞ」

 五三郎の軽口に、芳太郎は呆れたように返事をしつつ、脇差しを土壇から抜いた。抜かれた脇差しには刃毀れ一つ無く、土壇特有の細かな土が纏わりついている。

「へぇ、銘も見ねぇで固山宗次だって判るんだ」

 芳太郎から脇差しを受け取りつつ、五三郎は感嘆の声を上げた。普段の稽古中ならいざ知らず、今は将軍の大刀の御様御用直前の最も緊張する場なのだ。それなのに芳太郎は刀の姿及び斬った感触だけで五三郎の刀の銘を当てたのである。

「あの人の刀は独特だ。これくらい判らないで御様御用の場に臨めるか」

 しかし芳太郎は、五三郎の褒め言葉に何の感慨も示さない。むしろそれができないようではこの場にはいないと憤慨さえしているように、五三郎には見えた。その様子に五三郎は安堵の表情を浮かべる。

「安心したぜ。それくらい余裕があれば問題ねえだろう」

「言ってくれるな。公方様の大刀とお前の脇差しを一緒にするな・・・・・・でも少し冷静になれたみたいだ。ありがとう、五三郎」

 五三郎と軽口を叩いているうちに、芳太郎は自分の心が落ち着いてくることを感じた。やはり先程はいきなり試し物の予定を変更され、気持ちが昂っていたのだろう。あのまま御様御用に臨んでいたら間違いなく将軍の大刀に傷をつけていたに違いない。
 これなら問題なく御様御用に臨めると、芳太郎の頬にようやく微かな笑みが浮かんだその時である。

「前畑、待たせたな」

 腰物方の役人が、試し柄に付け替えた将軍の大刀を持ってきた。

「試し柄への付け替えに時間がかかってしまった。大丈夫だとは思うが、これで大丈夫か確認をしてくれ」

 そう言って差し出された大刀の柄を取り、芳太郎はしげしげと刃を、そして試し柄を確認する。関鍛冶風の板目肌の刃には互の目が混じり、砂流しがかかっている。その独特の作風は、徳川家に好まれている一つの流派を示していた。

「さすがに美しい作りですね。江戸康継の手ですが、今の当主とは少し癖が違うようですね。弟子か、息子か――――――少なくとも当主が作ったものではないと思われます」

 腰物奉行に対し、芳太郎は自分の見立てを告げる。すると腰物奉行は少し驚いたように大きく目を見開いた。

「まさにその通り。それは現当主の息子が作刀したものだ。初代、二代目に比べ腕は落ちているが葵の紋を斬ることができる刀匠。前畑芳太郎、心してかかれ」

「承知――――――ですが、暫しお待ちを」

 芳太郎は腰物奉行に暫しの猶予を希望すると、いきなり試し柄を外し始めたではないか。

「おい、前畑・・・・・・」

 腰物方役人の一人が慌てるが、芳太郎は眉一つ動かさず試し柄を全てばらしてしまった。

「この試し柄を装着されたのは新入りの方ですね?この緩さでは刀に傷をつけてしまいます。傷ひとつ付けぬよう、改めて試し柄を付け直しますので、暫しお待ちを」

 芳太郎は試し柄をばらした理由を述べながら、改めて試し柄を付け直し始めた。多分いきなり試し物が増えたので、若い役人は慌ててしまったのだろう。その緊張感、そして狼狽ぶりの想像が出来るだけに、芳太郎は試し柄を付けた役人を責める気にはなれなかった。
 そしてきっちり試し柄を付け終えた芳太郎は、握りを確認したあと、裃の肩を外して刀を振り上げる。

(どうか・・・・・・成功しますように!)

 芳太郎は祈るような気持ちのまま、将軍の大刀を腰骨の辺り――――――両車へと振り下ろした。



 芳太郎が刀を振り下ろした後、暫しの静寂が試し場を支配する。その静寂を破ったのは、腰物奉行の感嘆を含んだ声だった。

「―――――――お見事」

 芳太郎が振り下ろした刀は最も斬るのが難しいとされる両車を斬りながら、刃毀れ一つ、かすり傷ひとつ付いていなかったのである。その瞬間、張り詰めていた場の空気は一気に緩んだ。だが御様御用はこれで終わりではないのだ。

「では、引き続き御台所様の薙刀の試しを」

 芳太郎がほっとしたのも束の間、今度は薙刀が差し出された。こちらは先日まで嫌というほど稽古を積んでいる。それだけに芳太郎も先程の大刀以上に平常心で臨むことができそうだと感じた。

「承知――――――では参ります!」

 威勢よく返事をすると、芳太郎は迷うこと無く試し柄が付けられた薙刀を手にし、試しを開始した。



 御様御用が終わったあと、腰物奉行主催の宴に呼ばれた芳太郎が藩邸に帰ってきたのは門限すぎの夜四ツ半過ぎだった。予め藩庁には届け出をしているので問題は無いが、今日の結果を待っていてくれていた縫を思うと申し訳ない気がする。
 既に眠ってしまっているだろうが、せめて長屋の外からでも、と芳太郎が園田の家の近くまでやってきたその時である。

「芳ちゃん!」

 草履の微かな足音を聞いたのか、家の中から縫が飛び出してきた。そして真っ直ぐ芳太郎に駆け寄ると芳太郎の胸に縋り付いたのだ。普段であればこのような大胆な行動に出ることがない縫だけに、芳太郎は驚愕する。

「お縫さん!まさか、こんな時間まで待っていてくれていたんですか?」

「当たり前でしょ!だって御様御用なのよ!心配で心配で・・・・・・」

 そこまで一気に吐き出すと、縫は芳太郎の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。

「あ、あのお縫さん・・・・・・」

 いきなり泣き出してしまった縫に対しどう対処していいか判らず、芳太郎は困惑する。そこへ助け舟とばかりに、園田がのっそりと出てきた。

「おい、お縫。芳太郎が困ってんじゃねぇか。ちったぁ姉さん女房らしくどっしり構えていやがれ」

 面白くもなさそうに娘を窘めると、園田は芳太郎に向かって語りかける。

「どうやら御様御用は成功したようだな」

「ええ。名指しで公方様の大刀を試すよう言われた時は肝を冷やしましたが、滞り無く」

 笑顔を見せる芳太郎に、園田の頬にも笑みが浮かんだ。

「そうか。だったら殿からの褒美も問題なく受け取れるな」

「え?殿・・・・・・からですか?」

 園田の意外な言葉に、芳太郎は少し驚く。

「おうよ。公方様の大刀の件は昼過ぎにはこっちにも話が伝わってきていてよ。さすがに家臣に負担をかけちまったって殿直々に褒美を授けたいって話が出ているんだ」

「そんな・・・・・・むしろ慣れない薙刀より有りがたかったんですが」

「ま、いただけるもんは頂いておけ。明日、俺と四兵衛、そしてお前の三人で上様の御前に上がるから、裃に火熨斗をかけておけよ」

「はい、承知しました」

 芳太郎の返事を聞いた園田は、縫に『あまり芳太郎に迷惑をかけるな』と言い残し、早々に家の中へ引っ込んでしまった。

「御様御用が終わっても、暫く忙しい日が続きそうだな」

 園田が家に入った後、縫を抱きしめながら芳太郎が呟く。

「そんなに、忙しいの?」

 ようやく落ち着いた縫が顔を上げ、芳太郎に尋ねた。

「ええ。関係各所に挨拶に回らなくてはいけないんです・・・・・・普段の師匠の名代とは訳が違うので厄介で」

 芳太郎は少し甘えた口調で呟くと、縫の頬に己の頬をすり寄せる。柔らかく、暖かな縫の頬は芳太郎の疲れきった心身を癒していくようだ。

「やっと潔斎が終わってお縫さんと物見遊山に出かけられると思ったのになぁ」

「・・・・・・まだ我慢なさい。忙しい、って言っても向こう一ヶ月くらいでしょ?そんなのあっという間よ」

 年上らしく尤もなことを口にする縫だが、そのの口調も何処か寂しげだ。芳太郎は縫の唇に軽く接吻をすると、額をくっつける。

「とにかくこの忙しさが一段落したら・・・・・・園田さんにきちんとお許しを得ないと。霜月には絶対に挨拶に行きますからね」

 ようやく縫を得られる働きをしたのだ。この機会を逃しては堪らぬと、芳太郎は縫を抱く腕に更に力を込めた。


 そして翌日、芳太郎は川越藩主に謁見するが、その席で思わぬ褒美を得る事となる。



UP DATE 2014.9.10

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いきなり増えてしまった御様御用の刀ですが、芳太郎は何とか成功することが出来ました。腰物方の役人が試し柄に変えている間の時間が良かったのかもしれませんね。五三郎の冗談にも受け答えができ、試し柄の不具合も指摘できる程度の心の余裕があったのは、普段の稽古の賜物でしょうか(*^_^*)

そしてようやく精進潔斎の期間が終わったにも拘らず、縫とのデートは暫しお預けのようで・・・もうちょっとの辛抱だ、芳太郎!

次回更新は9/17、川越藩主からねぎらいのお言葉&金子以外のご褒美があるようです( ̄ー ̄)ニヤリ
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