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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・秋冬の章

芳太郎の御様御用・其の参~天保六年九月の晴れ舞台

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 御様御用の翌日、前畑芳太郎とその父・四兵衛は上司である御徒一番組の御徒頭・園田伊織と共に川越藩藩主・松平斉典の御前への目通りを果たした。

「此度の御様御用、なかなか天晴だったとのこと。我が藩としても鼻が高い」

 江戸家老の言葉に三人は低く頭を下げる。山田一門の高弟として何度も御様御用に臨んでいる四兵衛と違い、芳太郎にとっては今回が初めての御様御用である。どんな失敗があってもおかしくない中、つつがなくその勤めを果たせた事は藩としても安堵するところなのだろう。

「飢饉続きで暗い話題が多かった我が家中だが、此度の御様御用の成功は久々のめでたい話題。そこで藩から褒美を授けようと思うのだが・・・・・・」

 その瞬間、江戸家老の口の端が意味深な笑みに崩れたのだが、平伏していた芳太郎は全くその表情に気が付かなかった。

「――――――まずは前畑四兵衛」

「ははっ」

「子息の御様御用を成功させた事、及び一番隊徒士として長年実直に仕えてきた事を評価し、そなたを七番組組頭に昇進させる」

「え・・・・・・?」

 全く想像もしなかった江戸家老の言葉に、に四兵衛も、そして芳太郎も呆気にとられる。

「公での発表は十二月になるが――――――最近の素行の悪さにより現・七番組徒頭の田辺を組頭から降格、川越へ転勤させることになった。それ故の昇進だ。どのみち四兵衛も御様御用を幾度も務めている身、ある程度の肩書は必要であろう」

 その言葉に四兵衛は涙を浮かべ、額を畳に擦りつけた。

「ありがたき所存にございます」

「そして前畑芳太郎」

「はっ」

 芳太郎も四兵衛に倣い、頭を低く下げ江戸家老の言葉を待つ。すると、四兵衛の時以上にとんでもない言葉が江戸家老の口から飛び出したのである。

「そなたには一番隊頭・園田伊織が娘・縫との婚姻を申し付ける」

「・・・・・・・え?」

 俄には信じられない言葉に、芳太郎の思考は完全に止まった。



 珍妙な沈黙が暫し漂った後、ようやく芳太郎が口を開く。

「あ、あの・・・・・・お縫さんとの婚姻って・・・・・・」

 震える声で尋ねる芳太郎に、江戸家老はニヤニヤと意味ありげな笑いを浮かべた。

「何だ、気に食わぬのか?園田の娘に対するそなたの執心はそれがしも聞き及んでいるが」

 からかいを含んだ告げる江戸家老の言葉に、芳太郎は耳や首筋まで真っ赤にする。

「あ、あの、その・・・・・・拙者にとっては大変ありがたいお話なのですが、身分が・・・・・・あっ!」

 その瞬間、芳太郎はある事実に気がついた。

「もしかして、父の昇進というのは?」

「ようやく気がついたか、前畑芳太郎」

 それは藩主・斉典の言葉であった。斉典も笑いを噛み殺しつつ芳太郎を見つめている。

「その通り。勿論一番の理由は四兵衛の長年の働きによるものだが、園田家との釣り合いを考えての昇進でもある。芳太郎」

「はっ!」

「これからも奢ること無く家中の為、そして前畑と園田の家の為、剣技に磨きをかけ精進せよ」

 穏やかながら厳しい斉典の言葉が芳太郎の胸に突き刺さる。その言葉の重さを感じつつ、芳太郎は口を開く。

「ははっ、ありがたきお言葉、肝に銘じます!」

 こみ上げる喜びを胸に、芳太郎は藩主と江戸家老に深々と頭を下げた。



 藩主の御前から退出し御徒長屋に戻った芳太郎は、その足で平河町の道場へ向かった。本当ならば真っ先に縫に逢いたかったが、さすがに親の目があり、気恥ずかしさが勝ってしまったというのは否めない。それにどちらにしろ道場にも報告はしなければならないのだ。なので頭を冷やしがてら道場へと向かったのである。

「うわぁ、四兵衛先生も出世ですか!おめでとうございます!」

 芳太郎の報告を聞いた瞬間、真っ先に声を上げたのは幸だった。

「やったな、芳太郎!とうとうお縫さんと一緒になれるじゃねぇか!しかも藩主様のお墨付きとあっちゃあ誰も文句は言えねぇな!」

 続いて芳太郎に絡んできたのは五三郎である。だが、五三郎の興味は四兵衛の出世より芳太郎の結婚にあるらしい。

「となると道場でも祝宴をしないとな。今回の御様御用で他の者も出世とか褒美が出ているし・・・・・・お師匠様に掛けあってみるか」

 そして祝宴の心配をしだしたのは為右衛門である。道場で冷静になるどころかやんやの大喝采、終いには挨拶回りが終わったら道場で宴を開くところまで話が進んでしまった。

(まいったなぁ)

 祝ってくれるのはありがたいが、これではますます冷静でいられなくなる。頭を冷やしに来たはずなのに、更に自分が昂ぶっている事を芳太郎は自覚した。それを抑えるために芳太郎は敢えて事務的なことを口にする。

「まぁ、取り敢えず挨拶回りが先ですよ。あと父の出世は十二月に公になるとのことですから、その前に宴はちょっと・・・・・・」

「だったら忘年会と一緒にやっちまえばいいじゃねぇか」

「あ、それええですね!ぎょうさん酒とか肴を用意して」

 芳太郎の思惑などつゆ知らず、ますます賑やかになってゆく仲間達に対し、芳太郎はただ苦笑いをうかべることしか出来なかった。



 さんざん騒ぎ尽くした後、芳太郎が川越藩藩邸に帰宅できたのは夕暮れ時だった。すっかり茜色に染まった藩邸内を、芳太郎は御徒長屋に向かって歩いてゆく。そして自宅がようやく見え始めた時、その玄関から丁度誰かが出てくるところだった。

「あれ・・・・・・?」

 きっちり結い上げた高島田に地味な万縞の小袖には見覚えがある。まさかと思って芳太郎がよくよく見てみると、それはやはり縫だった。

「お縫さん!」

 縫に気がついた芳太郎はすぐさま駆け寄り、縫に抱きつく。

「よ、芳ちゃん?」

 細身とはいえ、並より背の高い芳太郎である。勢い良く駆け寄られ、抱きつかれた縫はふらつきながらも何とか足を踏ん張った。

「俺の家から出てくるなんて・・・・・・もしかして俺の帰りを待っていてくれたんですか?だったら道場への報告なんてしに行くんじゃなかった!」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 まるで仔犬のようにはしゃぐ芳太郎の言葉を、縫は顔を赤らめながら否定する。

「し、四兵衛さんの昇進祝いを持ってきたの!た、確かにあなたとの事もあるけど、それは昇進が公になった後、年が明けてからでしょ!」

 顔を赤らめつつも現実を突きつける縫の言葉に、芳太郎はようやく冷静さを取り戻した。

「そ、そういえばそうですよね。てっきり明日からでも一緒に住めるような気になっていました」

 縫を抱きしめていた腕を緩めつつ、芳太郎は少しがっかりしたような表情を浮かべる。

「ねぇ、お縫さん。いっそ縁者として明日から一緒に暮らすのは・・・・・・」

 婚約を決めた後、その家風に慣れるため『縁者』として暮らす例がある。芳太郎はそれを提案したが、案の定縫に突っぱねられた。

「だ~め!あなたは将軍家御様御用を拝命した男なのよ!私にとっては三度目だけど、あなたにとっては初めての・・・・・・一生に一度のことにしないといけないんだから」

 最後の方は消え入りそうな声で呟いた縫だったが、芳太郎はその一言を聞き逃さなかった。

「ということは、死ぬまで俺と一緒にいてくれる、ってことですよね、お縫さん!」

「・・・・・・そ、そうよっ!だからこそ、ちゃんとした準備も必要でしょ?私だって・・・・・・芳ちゃんの妻になる覚悟がいるんだから」

 芳太郎より六歳年上とは思えない、初々しい姿に芳太郎の気持ちも高ぶってくる。だが、さすがに御徒長屋のまん真ん中でこれ以上はしゃぐのは体裁が悪すぎた。

「じゃあその覚悟、明日にでも二人っきりの場所で聞かせてもらいたいなぁ」

 芳太郎は縫にしか聞こえない小さな声で囁く。その声に含まれた、妙な色気に縫は動揺を隠せない。

「なっ・・・・・・あ、挨拶回りがあるでしょ!」

 このままでは芳太郎の思う壺だと、縫は最後の抵抗を見せるが、縫を求めてやまない芳太郎のほうが一枚上手だった。

「それなら大丈夫です。元々明日行くつもりだった道場への挨拶は今さっきしてきちゃいましたし、老中や各奉行、その他大名への挨拶回りは明々後日の大安の日に行きますから」  

 してやったりといった風の芳太郎に対し、縫は面白くなさそうにそっぽを向く。

「・・・・・・仕方ないから付き合ってあげる」

 その声は蚊の鳴くような小さな声だったが、芳太郎を狂喜乱舞させるには十分すぎる威力を持っていた。

「良かったぁ!もう、精進潔斎の期間から、ず~っとお縫さん不足だったんですから!」

 恥ずかしさからか素直になれない六歳年上の恋人は、本当の意味で芳太郎だけの女に――――――妻になるのだ。その嬉しさに、芳太郎は再び縫を愛おしげに抱きしめた。



UP DATE 2014.9.17

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御様御用のご褒美は、とんでもないサプライズ人事でしたヽ(=´▽`=)ノ

前畑四兵衛の昇進は史実なのですが、丁度この時期川越藩では藩政改革、財政改革に取り組んでいたんですよね。なので財政的に藩士を潤してやるのは難しいけれど、昇進なら・・・というのがあったのかもしれません。人間、やはり頑張りを認められれば俄然やる気が出てきますので(*^_^*)

そして四兵衛の昇進と連動する形で芳太郎の結婚の命令が下りました(*´艸`*)そりゃあ『藩命』ですからねぇ、誰も逆らえないでしょう♪芳太郎に横恋慕していた女達はさぞや悔しがっていると思われますが、芳太郎にとっては最強の後ろ盾です(*^_^*)
二人の祝言は来年2~3月くらいに書きたいですね。勿論初夜込で(*´艸`*)宜しかったらお付き合いお願いします♪


次週は鶴蔵てまえ味噌で『まつたけ蕎麦』(信じられないくらい贅沢な蕎麦なんですよ、これが)、来月の『紅柊』は先月登場した蝮の瀬田と女掏摸・久奈の続編になります♪



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