「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の拾参・中秋の名月(徳川家茂&和宮)

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 八月も半ばになり、秋の気配が江戸を包む。鈴虫が美しい声を響かせる中、ここ大奥では例年と変らず月見の宴が行われていた。否、むしろ変えることを恐れるかのように無理矢理月見の宴を強行したと言った方がいいだろう。

 第二次長州征伐が実質的な幕府軍敗戦に傾いており将軍・家茂の喪に服している最中、祝いの行事は控えるべきなのだろう。だが良人の死の知らせを聞いた和宮のあまりの落ち込みように、姑である天璋院がことのほか心配し、内々での月見の宴を許可したのである。
 せめて宴の間だけでも辛い現実から逃れられるようにとの天璋院の配慮からであったが、むしろ和宮にとって月見の宴は亡くなったた良人を思い出してしまう辛い催事でしかなかった。



 午前中には御台所・和宮手ずからによる『御根引』が催された。これは四、五日ほど前に植えておいた蓮芋を引き抜くもので引き抜かれた蓮芋は御膳所へ渡され、白胡麻や枝豆を加えた『ずいきあえ』へと変貌した後、食膳に乗せられる。これらは大奥の女官達にも分け与えられ、皆で食する物なのだが和宮はただ一人、箸さえもつけなかった。

「宮様、どうかお召し上がり下さいませ。天璋院でさえも宮様の落ち込みようを心配しているのですよ。」

 お付きの侍女が和宮を説得し、『ずいきあえ』を食べさせようとするが和宮は今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべるだけであった。



 午後には『オイシイシ』と言われる団子を作り枝豆、栗、柿、芋などを添えて白木の台に乗せて供え物とし、申の刻より御休息の間で御歌合わせが催される。
 そしていよいよ月が昇る頃になると縁側に出て中秋の名月を愛でるのである。和宮にとって四度目の大奥風の月見の宴であるがこれほど悲しく、空しい宴は今まで無かった。婚礼のあった、さきおととしの初めての宴、そして無事京都から良人が帰還したおととしの宴は慣れないながらも楽しい宴であったのに・・・・・。



 ようやく手順にも慣れたのに、一番側にいて欲しい人は和宮を一人おいて月よりもなお遠くに逝ってしまったのだ。



「・・・・・わが君は、文も届かぬ遠くへ逝ってしまわれたのじゃな。」

 行事が一段落し、月の光を愛でていた和宮はぽつりと呟く。

「宮様・・・・・・。」

「解っておる。そんな心配そうな顔をするでない。」

 だが、月の光が美しければ美しいほど和宮の寂しさは深くなってゆく。京都から嫁いで、心細かった自分を優しく包み込んでくれた人。務めで江戸を離れていてもまめに文を送ってくれ行事の度に歌を送ってくれた人。



 だが、その人は歌や文の代わりに西陣織の反物と一枚の写真を遺して遠くに逝ってしまったのだ。



 銀盤写真に焼き付けられた変らぬ笑顔が空しすぎる。欲しかったのは高価な反物ではなくあの人の言葉。反物と共に帰ってくるはずだったあの人の笑顔が欲しかったのだ。あの人と共に自分の心も死んでしまいここにあるのは空蝉の如き抜け殻でしかない。

「空蝉の 唐織り衣 なにかせん ・・・・・・・綾も錦も・・・・・・・・君ありて・・・・・・・・こそ。」

 月明かりに照らされる和宮の頬には一筋の涙がこぼれ落ちる。どんなに美しく、高価な錦も一緒にそれを見て、共に喜んでくれる人がいてこそ輝きを増す。愛しい人がいない今、どんなに美しい錦もぼろ布と変りはないのだ。
 冷たい輝きを纏いながら中天に昇りゆく月を眺め季節外れの悲しい空蝉は、悲しい結末を迎えた己の恋をただひたすら嘆くことしかできなかった。



UP DATE 2009.9.15


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前回は『共に白髪の生えるまで』的な愉快なおっちゃんおばちゃんを書かせて頂きましたが今回はそれとは真逆の、夫に先立たれた妻の悲恋をテーマにしてみました。
家茂の死の直後は何かと政治的な決断を迫られたりと大変だった和宮なので、落ち着いて家茂のことを考えることが出来たのは約半月後に当たる月見の宴かな、と。
たまにはこういう悲恋も悪くないですが、個人的には前作みたいな夫婦が理想です(笑)。
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