FC2ブログ

「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第十七話 茂義蟄居・其の貳

 ←横浜慕情 白蛇の恋・其の参 →拍手お返事&お天気お姉さん
 前藩主・斉直から『御叱捨』――――――十二日間の謹慎及び請役罷免の処分を受けた茂義は、佐賀城下の武雄屋敷にいた側室らも引き連れ、武雄領へと引きこもった。否、斉直の手から逃げたといった方が良いだろう。
 本来なら江戸城下に妻子を居住させる大名の如く佐賀城下に世嗣を置いておかなくてはならない。しかし、事情が事情なだけに茂義の家族に危害が及ぶのを危惧した斉正が特例を認めたのである。

「どこでどういう繋がりがあるか判らないのが我が藩だ。いくら警備を厳重にしても、いつ暗殺者が入り込むか、または従来の家臣が暗殺者になるか判らぬ。すまぬ、私の力の無さで苦労をさせてしまって・・・・・・」

 武雄に出立する前日、茂義に対して斉正が頭を下げた。欲に目がくらみ、力のあるものに贔屓して貰おうとする輩はいつの時代でもいる。その手段がか弱い女性を殺めたり、産まれたばかりの赤子を殺すことであってもだ。
 特に産まれたばかりの元次郎は長ずれば武雄藩主、そして請役になる人物である。しかも父親が茂義であれば保守派に不都合な教育を施すのは目に見えている。それだけに災いの芽は摘んでしまおうとばかりに、幼い命が暗殺の危険にさらされているのである。
 先日も元次郎の部屋に蝮が放り込まれていたという事件があったばかりなだけに、事は深刻だ。

「気にするな、貞丸。側室達やややの命を気にかけながらの蟄居を覚悟していたが・・・・・・むしろ感謝しなくてはならないのは俺の方だ。側室達にもしばしの不便は我慢して貰わねばならぬが、大殿の怒りが鎮まるまでの緊急避難はやむを得まい。それよりも・・・・・・」

 茂義は険しい表情を浮かべながら斉正に問いかける。

「大殿の贅沢ぶり、我儘ぶりはますますひどくなるだろう。せめて着物くらいは普通の大名並に二、三度くらい袖を通して貰いたいものだが・・・・・・」

 将軍や大名になると着物を洗濯して着ると言う事はまず無い。二、三度袖を通した着物は家臣へ下賜し、新たな着物を身につけるのである。
 斉正が尊敬している上杉鷹山は『木綿の着物を三度も洗濯した』として奇異の目で見られていたが、それほど大名というものは衣類を贅沢に消費する身分なのである。
 そして、そんな大名の中でも斉直は特に着るものには贅を極めた。一度袖を通したものは上着であっても肌着であっても二度と袖を通さない。それだけでも財政を圧迫しているのに、茶道や能など数種類の趣味にも金を湯水のように使う。
 木綿の着物を何度も洗濯して着続け、なけなしの予算からかろうじて弘道館の雨漏りを直す金や必要な書物を買う金を捻出する斉正とはどこまでも対照的なのである。

「父上自らが絹の着物を纏うのは仕方が無い。しかし、それを私や配下のものにまで強要するのは勘弁して貰いたいのだが・・・・・・やはり無理なんだろうな」

 斉正の悩みはまさにそこにあった。斉直は自分の前に現われる人間に対しても絹の服を着ることを強要するのである。一度茂義が倹約令で決められた木綿の着物姿のまま斉直に謁見したら、ひどい癇癪を起され手が着けられなくなったのだ。
 身分的なこともあるのだろうが、それ以上に自分を差し置いて倹約を推し進めていく若者達に取り残される焦りと苛立ちが斉直を暴走させたらしい。それ以来斉正を始め佐賀藩内の者は絹服での謁見を強いられている。

「あまりひどいようだったら姫君に口利きを願って、大奥女中達にもう一度締めて貰うか!」

 重苦しくなりかけた雰囲気を吹き飛ばすように茂義は言うと大声で笑った。その声は年も押し迫った佐賀城二の丸にいつまでも響いていた。



 側室や息子と共に塚崎城に入った茂義は、ゆっくりする間もなく即座に長崎にいる武雄の御用商人を呼びだすように指示を出した。

「殿、何もそこまで急がなくとも・・・・・・」

 指示を受けた側役は呆れた表情を浮かべるが、茂義は聞く耳を持たない。

「善は急げ、と言うだろう。できるだけ早く武雄に来るように田中伝左衛門に連絡を」

 そして三日後、慌ててやって来た田中に対して茂義は矢継ぎ早に品物を注文しだしたのである。

「まずは砲術関係、医学関係の蘭書だろう。それと蘭引(蒸留装置)や乳鉢、乳棒・・・・・・」

 茂義が次々に名を上げてゆく器具の名を聞いた田中は茂義に提案する。

「でしたら『しりんだぁ』や『びぃかぁ』も御入りようなんじゃありませんか?」

「なんだ、そのしり・・・・・・何とか、ってぇのは?」

 聞き慣れない言葉に茂義は面食らう。

「南蛮で作られておりますギヤマンの器具にございます。ギヤマンはほとんどの薬品に対して変質せず、熱にも比較的強いので実験器具として利用しやすいとか。ギヤマンを駄目にする薬品はほんの数種類と聞いております」

「しかしギヤマンは高いからなぁ。陶器で代用できないのか?」

 茂義は田中に妥協を持ちかけるが田中はこればかりはと首を横に振った。

「焼き物では直接火にかけられないでしょう?きちんと細工が施されたギヤマンは器ごと火にかざしても壊れることはありません。器が壊れてしまったら破片で怪我をする方も出るでしょうし、何より薬品が飛び散ってしまうではありませぬか。やはり必要なものでございます。そのうちギヤマンの窯でもお作りになられるにしても、ひとつふたつは南蛮のものを持っていた方が・・・・・・」

「そこまで薦めるのなら一揃えは購入しようか。あ、そうそう忘れるところだった、南蛮の絵の具も忘れないでくれ。特に溶剤の油をな」

 茂義はちゃっかり自分の趣味の道具の注文もするのを忘れなかった。何年後になるか判らないが、佐賀本藩においても西洋の科学技術の導入が行なわれるだろう。古賀穀堂もそのうちに蘭学専門の学問所を作りたいと言っていただけに、蟄居の間に出来ることはやっておきたい。そう茂義は考え、無理をしながらも少し大目に本や実験器具を購入した。
 この後も武雄藩は書物や道具の購入を積極的に行なっていくのだが、この経験がものを言い佐賀藩の本藩はもとより他の支藩や大配分の家、さらには貿易に不慣れな他藩の輸入手続きも手がけるようになる。



 一通りの注文を終えるとふと思い出したのは風吹のことであった。数人の側室もいるし、子供にも恵まれている。いつこの蟄居が解除されるのか判らない今、彼女に逢うという願いは諦めるべきなのだろう。

「元々・・・・・・又家臣と旗本の娘じゃ身分が違いすぎるか」

 石高だけなら二万石強を誇る武雄藩である。本来なら大名であってもおかしくないのだが、武雄を含む龍造寺一族を滅ぼさず、領地も分け与えてくれた鍋島家に対しそこまでの我儘は言えない。だが叶わぬ恋だと思えば思うほど風吹への想いは募ってゆくのである。

「あいつが・・・・・・一生姫君様にお仕えするという言葉を信じるしかないか」

 自分が子をなしていながら風吹に貞操を求めるのは虫が良すぎること位百も承知である。しかし、理性ではどうにもできない感情の部分が、風吹が他の男のものになることを認めようとしないのだ。
 誰かのものになるのなら、実を付けぬ花のまま一生咲いていて欲しい――――――今の茂義には、心の中で密かにそう思うことしか許されないのである。

「風吹・・・・・・」

 ちらちらと小雪が舞い始めた庭をぼんやり見つめながら、茂義の心は江戸に飛んでいた。



 募る想いは風吹も同じであった。だがこちらは静かで穏やかな武雄と違い、極めて強力な誘惑者、直孝という存在がいるのである。

「一度振られた位で諦める江戸育ちの男がいるとでも思っているのか!そんな贅沢が許されるのは公方様だけだってんだ!」

 初日こそ泣き崩れる風吹を気遣い大人しく帰ったものの、次の日からほぼ毎日、仕事がある日は手紙、無い日は本人が直接やって来て風吹をこれでもかとかき口説く毎日である。

「なかなか頑張るではないか、直孝とやらも。貞丸も『お船』に関しては相当しつこいようじゃが・・・・・・やはり鍋島宗家の血筋なのかのう、あのしぶとさは」

 毎日繰り広げられる風吹と直孝の攻防に対し愉快そうに笑う盛姫であったが、風吹は盛姫の前にも拘わらずふくれっ面をする。

「まったく・・・・・・冗談ではございませぬ。あそこまでしつこい男だったとは思いませなんだ。幼き頃は頼りがいのある近所の兄分だとばかり思うておりましたが・・・・・・」

「その頃の風吹はよほどかわゆかったのじゃろうな・・・・・・・風吹、そのふくれっ面を止めよ。笑いが止まらぬではないか」

 そういうと盛姫はさらに声を押し殺しながら笑い続ける。可愛らしい童女と目の前のふくれっ面の鬼女官の変わり様は、盛姫でなくとも笑ってしまうだろう。盛姫の命でふくれっ面こそ止めた風吹であったが不満そうな表情はそのままである。だが、その表情は単なる不満から来ている訳でないことは盛姫が一番よく知っていた。

「しかし何だかんだ言っても直孝の訪問や手紙が待ち遠しいのではないか?手紙がなかなか来ない日などはっきりと不機嫌なのが判るぞ」

 盛姫の言葉に周囲の女官達も思わず笑い出す。風吹としては面白くないこと甚だしいが、本当のことだけに言い返したくても言い返せなかった。
 確かにこの頃では直孝の訪問や手紙を待っている自分がいることも否めない。直孝に対して揺れ始めている自分の気持ちもこの頃自覚し始めている。しかしまだ、直孝に対する想い以上に茂義に対する想いは強いのである。

「まぁ、茂義が蟄居を命じられてひと月も経っておらぬのじゃ。これから情勢がどう転ぶか判ったものではないし・・・・・・茂義の元へ旅立つにしても、直孝の妻として家庭に入るにしても妾は喜んで送り出すから安心せよ。ただ、しばらくは楽しませてもらおうぞ」

 からかいの中に含まれた盛姫の優しさに風吹の胸は熱くなった。茂義か直孝か、どちらを選ぶかまだまだ迷い続けるだろうが、どんな答えが出るにしてもまずは主君である盛姫に真っ先に報告しようと誓う風吹であった。



 だが、もともとやんちゃな盛姫がそう大人しくしているはずもない。風吹と直孝の状況の一部始終を年賀状と共に良人、斉正に送りつけたのである。もちろん斉正から確実に茂義に情報が流れることを見越しての確信犯である。質素倹約令の中、派手な遊びこそしない盛姫だがこの手の悪戯は結構多いのである。そしてまたご丁寧に斉正も盛姫からの手紙を一字一句完璧に写し取り茂義への年賀状に添付したのである。そしてその内容を見て茂義は勿論愕然とする。しかもその手紙には、

『どうやら風吹が我が庶兄・直孝に靡きそうだと妻から手紙が来た。茂義も兄上も大事ゆえ、どちらを応援しようか迷って困る』

 と、ひとを煽っているとしか思えないとんでもない内容の添え書きまであったのである。

「あの野郎・・・・・・人が領内から出られないのをいい事に風吹に手を出しやがって!」

 恋は盲目とは良く言ったものである。側室も子供もある身でありながら、茂義は早速風吹に対し情熱的な恋文をしたため始めたのである。さすがに佐賀と江戸では毎日手紙を送る訳にもいかないが、江戸に用事がある者がいると聞けば必ず風吹への恋文を持たせた。何せ蟄居の身、暇はいくらでもあるのだ。
 かくして江戸~佐賀間において風吹を巡る恋の鞘当ての幕が再び切って落とされた。そして茂義の作戦は武雄からの恋文だけではなかった。再び御用商人の田中を呼び出すと、今までとは全く毛色の違うものを注文したのである。

「田中、南蛮の珍しい花を輸入することはできるか?」

 茂義の思わぬ発言に田中は面食らう。だが、そこは商売である、すぐに商人の顔に戻り説明をする。

「はい、いくつか丈夫な草木なら手に入れることは出来ますが、『温室』を作って頂かないことには寒くて枯れてしまう草木も少なくありません。なので温室を必要としない草木のみで宜しいでしょうか?」

「おん・・・・・・しつ?地下にある室とはまた違うものなのか?」」

 茂義は聞き慣れない『温室』という言葉について田中に尋ねる。

「冬に暖かいところは似ておりますが、草木の成長に必要な日の光が入るようにギヤマンの窓をたくさんはめ込み、それでも寒い場合は蒸気にて室を暖めるのでございます。阿蘭陀を始めとする欧羅巴は日本より寒いので、そういった温室で草木を育てているのです」

 ギヤマンに蒸気――――――ここでも出てきた南蛮の技術に茂義は興味を示す。

「どちらにしろギヤマンの工房は作る必要がありそうだな。そして草木を育てるのに蒸気を使うとは・・・・・・確か今年来た阿蘭陀船にも蒸気機関は積み込まれていたよな?」

「ええ。ただ、草木を育てるのはあそこまで大きくない、それこそ子供の玩具のようなものでも大丈夫でしょう」

 田中の自信に満ちた言葉に茂義はにやりと笑った。

(花好きの風吹の気を惹くために目を着けた南蛮の草木だったが・・・・・・まさか蒸気機関を手に入れることになろうとは。軍事目的なら幕府や長崎奉行もいい顔をしないだろうが、温室のためなら文句はでないだろう・・・・・・我ながら目の付け所が良い)

 直孝の変化朝顔に対抗するのには日本では滅多にお目にかかれない南蛮の草木を、という下心からの草木輸入だったが思わぬ方へ話が転がった。
 唐船経由でも手に入りやすい銃と違い、南蛮船が来る六月でないと注文をする事ができない品物ではあるが、それでも模型でない蒸気機関を手に入れることができるかもしれないという幸運に、茂義は嬉しさを感じずにはいられなかった。



UP DATE 2010.06.09

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。
押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






茂義蟄居・其の貳です。この男、謹慎→自領への蟄居を命じられてへこむどころかむしろ生き生きとやりたいことに次から次へと手を出しています。今回取り上げた砲術、ガラス制作、珍しい草花の育成、ついでに絵画(笑)というのは彼がやったことのごく一部、この他にも農業、窯業、鉱業から妙なものの採集まで(魚の骨を集めていたとか・・・・・たぶん骨格標本でも作りたかったんじゃないかと思う。)思いつくもの全てに手を出していたんじゃないかと言うくらいバイタリティに溢れた活動をしております。蘭癖大名は多々あれどこの人ほど無節操に何でも手を出したひとも居ないんじゃないかと(爆)。これに比べたら斉正なんておとなしいものですv

次回更新は6/16、温室(とはいっても持ち運びができるコンパクトタイプのもの)&ガラス作りを中心に展開していきます。


《参考文献》
◆吉田幸男歴史論文集 
◆近世武雄史談
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【横浜慕情 白蛇の恋・其の参】へ  【拍手お返事&お天気お姉さん】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【横浜慕情 白蛇の恋・其の参】へ
  • 【拍手お返事&お天気お姉さん】へ