FC2ブログ

「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第十八話 大阪の乱闘・其の貳

 ←拍手お返事&お天気お姉さん →拍手お返事&ワールドカップの時に考えさせられること
近藤が夕闇にくれる中奉行所へ向かっていたその頃、早舟三十石に乗って京都に向かっていた土方はようやく伏見へ到着した。湿気を含んだ、むっとする空気が土方を包み、じっとりとした汗が首筋に滲む。早船から下りた旅人達は、近くの船宿に引っ張り込まれたり辻駕籠を拾って京都へ向かうものなど思い思いの方へ向かってゆく。すでに日も沈み紅色だった空も藍色に染まりつつ中、土方としても一刻も早く壬生の屯所に戻りたいがこういう時に限って手頃な駕籠が見つからないものである。

「畜生、こんな時に限って・・・・・仕方ねぇからどこかで提灯でも借りるか。」

 近くには伏見奉行もある。訳を話せば提灯くらいは貸してくれるだろう。そう思い土方は伏見奉行に足を向けようとした。その時である。

「土方副長!ああ、よかった・・・・・この暗がりでなかなか見つけられなくてすみません!」

 誰かが土方を呼ぶがして、土方はその声の方に振り向いた。そこには隊士の安藤早太郎が馬を引いて待っていたのである。

「原田さんや藤堂さんの読みの通りですね。『佐々木からの報告書が届いたら、取るものもとりあえず副長はこちらに帰ってくるだろうから馬で伏見に向かえにいけ!』と言われてここまで来ました。勿論街中での乗馬許可も取ってあります。どうぞこちらをお使い下さい。私は後から参ります。」

 そう言って安藤は土方の傍に馬を寄せた。しっかりと休んだのか馬には疲れた様子もなく、安藤が早い時間に伏見に到着していたことを実感させた。

「だいぶ待たせた上にすまねぇな。じゃあ遠慮無く乗っていくぜ!」

 土方は安藤に対して頷くと、ひらりと馬に飛び乗り即座に馬を壬生へ向かって走らせたのだった。



 いくら街中での乗馬許可を取っているとはいえ、人の往来がある京の街中では思うように馬を走らせることはできない。土方は郊外のあぜ道を選び、馬を走らせる。その所為か思った以上に早く壬生に帰ってきた土方を待ち受けていたのは原田と平間、そして藤堂の三人であった。

「おい、桂小五郎が京都に入ったというのは本当なのか?」

 馬を場帳に引き渡したのち、土方は三人に聞く。

「ああ。佐々木が調べた所によるとすでに長州藩邸に入ってるらしいんだが・・・・・。」

 原田がらしくもないしかめっ面で土方に答えた。

「長州藩邸からの注文からすると増えた浪士は一人、二人じゃないらしい。これはやっぱり会津に報告した方が・・・・・。」

「いや、まだその必要は無いだろうし、桂ほどの大物の上洛ともなればすでに会津でも情報は掴んでいるだろう。局長達が帰ってくる三日後までまずは裏を取る。」

 自分達の雇い主である会津への報告を提案した藤堂の言葉を土方は遮り、しばらく身長に動くことを指示した。

「会津だけじゃないだろう。猿が辻の件で失脚の憂き目にあった薩摩だって黙っちゃいねぇだろうし、長州を目の敵にしている奴は多い。そんな中、あやふやな情報を報告してみろ。俺たちなんざあっという間に蹴散らされるぞ!」

 猿が辻の件とは去る五月二十日に起こった猿が辻の変のことである。尊王攘夷派の公卿・姉小路公知が薩摩藩士・田中新兵衛に暗殺されるという事件が起こったのだ。この事件をきっかけに長州藩と敵対関係にあった長州藩は京都での朝廷工作を行えなくなり、失脚を余儀なくされたのである。
 それにより長州の朝廷に対する発言力はますます高まり、幕府及び各藩はそれを苦々しく思うことしかできなかったのである。そこへきて長州浪士達の京都への集結である。どんなぼんやりした人間でもこれは何かあるに違いないと気がつくだろう。
 それだけにいつもはてきぱきと思ったことをすぐに行動に移す土方だが、今回は慎重にならざるを得なかった。だが、それだからと言って全く動かないという気はさらさら無い。

「今夜から探索の人数をさらに増やす。一時的に巡察の人数が少なくなるのはやむを得ないが、それを補うために隊士募集もかけるぞ。八月までに五十人規模にまで大きくする必要があるな。」

 土方の大胆な発言に三人は目を丸くする。

「し・・・・・しかし、大樹公は数日後に東帰するんだろ・・・・・それを機に辞めるって奴もいるんだし、二十人以上も増やすなんて・・・・・無茶だ・・・・・。」

 原田が呻くように反論する。だが、土方はそんな原田の発言を真っ向から蹴散らす。

「いいか、左之助!これは俺たちが解散して江戸にすごすご帰るか、京都で名を上げるかの瀬戸際なんだぞ!ここでなりふり構っていられねぇことぐらい判るだろうが!無茶をやらなきゃなんねぇんだよ!」

 土方は原田を一喝した。

「局長達が大阪から帰ってきたら本格的に動き出すが、まずは浪士達の動向を把握するのが先決だ。いいな!」

 そして夜を徹しての作戦会議が今まさに始まろうとしていた。



 判明により江戸から上洛し、破約攘夷活動を行い始めた桂小五郎だが、そもそもこの桂を始めとする長州勢の派手な動きの元凶は三月に行なわれた孝明天皇の攘夷祈願であった。
 義弟でもある将軍・家茂の上洛に合わせ、なかなか煮え切らない幕府への当てつけとばかりに孝明天皇は上下両賀茂社及び石清水八幡宮へ行幸したのである。そしてこれを知って俄然勢いづいたのが尊王攘夷派であった。

「天子様の攘夷祈願を無にするとは何事か!」

 事ある毎に尊王攘夷派の公家や長州藩は、孝明天皇の行幸の話を持ち出し、幕府に対し攘夷を決行するように迫ったのである。だが、そう簡単に事が運ばないのが政治であり、外交なのだ。

「今しばらく待たれよ。清国の二の舞にならぬよう事は慎重に運ばなくてはならぬのだ。」

 アヘン戦争で大敗し、欧米諸国の侵略を許している清国を例に出して攘夷派を押しとどめようとする幕府であったが、長州藩をはじめとする攘夷派は憤慨するばかりである。

「幕府は攘夷を決行するのか、それともしないのか。はっきりと答えを出してもらわねば困る!幕府は天子様の御意志を無下にするのか?」

 と、朝廷は幕府に対し強行に攘夷の決行を迫り、やむなく幕府は五月十日をもって攘夷を決行すると答えてしまったのである。結局五月十日に幕府が攘夷を実行に移すことはなかったが、しかしこの発言が問題を引き起こしたのである。

「幕府の攘夷に合わせて我々も攘夷を決行するぞ!」

 幕府の攘夷決行を信じてしまった長州藩は馬関海峡を封鎖、下関海峡を通過する米仏商船を砲撃して遂に攘夷を決行してしまったのだ。これがいわゆる下関戦争である。
 長州藩が外国船を砲撃したことを知った孝明天皇は愕然としたが、少なくとも五月の終わりまでは長州藩はフランス船、オランダ船を砲撃して優位に戦いを進めていた。
 この外国船打ち払いには、過激な攘夷派公卿の侍従・中山忠光が長州藩に招かれて加わっており、その他長州藩からも久坂玄瑞が率いる光明寺党等の攘夷強硬派がこの戦いに参加している。そんな中、各国に散らばっていた長州浪士達が招集をかけられ、手薄になりかけていた京都に集められたのである。
 下関戦争の勢いに乗せ、一気に公武合体派、強いては幕府をも潰そうと画策し、正藩合一による大政奉還および新国家建設を目指す--------------それが長州藩や攘夷派公家達の狙いであった。



 だが、そんな事が計画されているとはつゆ知らず、土方等壬生浪士組は京都にやってきた大物攘夷派浪士を捕縛せんとばかりに動き出そうとしていた。

「・・・・・じゃあ、佐伯、斎藤を中心に川嶋、三浦、そして島田の五人を探索に当たらせよう。いいな?」

 二日間、ほとんど寝ていない土方の顔には疲労の色が色濃く出ていたが、それでもその目はぎらぎらと野望に輝いていた。定廻り同心の如き巡察ではなく、本来自分達が臨んでいた幕府の敵、そして将軍の敵との本格的な戦いを前に土方は、否、その場にいた男達は生き生きと輝いていた。



 壬生の屯所が緊迫した空気に押し包まれている丁度その時、大阪も違う意味の緊張に満ちあふれていた。

「近藤先生・・・・・いくら何でも奉行所の役人の警護なんて大仰すぎますよ。別に仕返しに来ても自分達で返り討ちにすれば良いんですから。」

 窓から京屋の入り口で見張りをしている同心を眺めながら、沖田は近藤に言う。何と近藤は奉行所から同心二名を連れ帰り、そのまま京屋の入り口に見張としてつけさせたのである。浪士の立場で幕臣である大阪奉行の同心に見張について貰うのも落ち着かないし、そもそも腕に自信がなければ壬生浪士組などとっくに辞めている。沖田の壬生浪士組隊士として至極まっとうなその発言に、近くにいたその他の者達も頷くが、その事が余計に近藤を怒らせた。

「それが駄目だと言うんだ!再び騒動を起したら我々だって処罰を受けかねないんだぞ。一度目はこちらの正当性が認められたとはいえ、二度目もそれで通じるとは限らないんだからな!」

 近藤の剣幕に沖田はしゅんとうなだれる。近藤の言うとおり、事の顛末を聞いた奉行所側は『壬生浪士組の護衛』の建前のもと、彼らを監視する事にしたのである。
 上洛してから三ヶ月、真面目な仕事ぶりの割りには悪名ばかりが先行する壬生浪士組を信じることができないのだろう。眠たげに目を擦りながら若い同心達は京屋の前で真面目に見張りについている。

「どちらにしろ大阪東町奉行の有馬殿が仲介の場を設けてくれるそうだ。それまで大人しくしていないと奉行の顔にも泥を塗ることになる。」

 近藤としてはむしろそちらの方が気になるのかもしれない。奔放な芹沢に対して何かと人に気を使う近藤である。その手のしがらみの話が出てくるともう駄目なのだ。自分としては芹沢のように何があってもどっしりと構えていたいのだが、どうしてもそれができない。周囲の者は『近藤さんが外に気を使っているから芹沢はでんと構えていられるのだ。だから気にすることはない。』と言ってくれるが、そういうところが生粋の武士と百姓の倅の違いなのかと劣等感を抱いてしまうのは否めない。

「おい、近藤。その金は奉行所持ちなのか?」

 そんな近藤の劣等感も知らず、『仲介の場』と聞いた芹沢が二人の会話に入ってくる。

「さぁ、どうなんでしょう。奉行所持ちなのか力士持ちなのか・・・・・少なくとも我々の懐は痛まないとのことですよ。」

 近藤もそこのところははっきりと聞いていなかったが、普通仲裁の宴に於いては仲裁者か、非がある方がその宴の代金を持つものだ。少なくとも今回壬生浪士組はそのどちらにも当てはまらない。

「そうか。だったら遠慮無く飲めるな。」

 その一言に周囲の隊士達は一斉に笑い出した。結局その晩、力士達が報復に来ることはなく、被害を被ったのは寝ずの番に立った若い同心達のみだった事は余談である。



 次の日の宴会は穏やかな--------------というには賑やかすぎる中で行なわれた。力と力のぶつかり合いで勝負が付いていたのと、奉行自らが席を設けてくれたという事ですみやかに和解が成立したのである。娼妓も侍らせた酒の席、沖田はさりげなく席を外し、表に出た。

「土方さん、どうしているかなぁ。」

 土方がその場にいたらまた怒鳴られたであろうが、苦手なものは苦手なのである。むしろ力士達とさしで飲んだ方が気楽だとばかりに酒と脂粉の匂いから逃げ出した沖田は、揺らめく川面を見つめながら次の戦いに臨んでいる壬生に思いを馳せるのであった。



 だが、この時の沖田はまだ知らなかった。京都、壬生において自分達の運命を変える計画が練られていることを。そして良い意味でも悪い意味でも壬生浪士組は歴史の渦にたたき込まれる寸前にいることを。人を斬ることに罪悪感を感じ、花街の娼妓が苦手で宴会を抜け出してしまう初心な青年が『隊随一の人斬り』と怖れられるようになるまで間も無いことに当の本人が気付けることなど有るはずもなく、沖田はただきらきらと夏の日差しに輝く淀川の川面を見つめ続けていた。



UP DATE 2010.06.11


Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






大阪の乱闘・其の貳です。タイトルは大阪力士との乱闘を取り上げたものだったにも拘わらずこの部分は二話で終わってしまいそうな気が(笑)。そして今回から『確信犯』で八月十八日の政変と壬生浪士組を絡ませております。ホントこの前のうっかりは非道かった・・・・・後から思えば色々な展開ができたのに(よくあることなんですけどね・苦笑)
本来八月十八日の政変に関わっていないと言われている壬生浪士組ですが、直前に隊士が二人も斬り殺されていますし会津の下で働いている訳ですから何の関係もないというのもねぇ。内紛で殺されたというのも当時の法律(浪士の手前仕置きは禁止)を考えるとありえないような・・・・・と勝手に妄想しております。(隊規に反したら切腹、というのも建前上斬首ができないからですしねぇ。『犯罪者を処分する権限』はそう簡単に手に入れられるものではありません。そこの所の詳細は追々連載の中で^^)
水面下で長州浪士と壬生浪士組の戦いがあったという展開でしばらく勝手気ままに物語を進めて参ります。史実を大事にされる方、申し訳ございません><

次回は壬生での相撲興行の打ち合わせ&京都への帰還、そして本格的な長州との対決になります。
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&お天気お姉さん】へ  【拍手お返事&ワールドカップの時に考えさせられること】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【拍手お返事&お天気お姉さん】へ
  • 【拍手お返事&ワールドカップの時に考えさせられること】へ