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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第七章

夏虫~新選組異聞~ 第七章 第十二話 医者の娘・其の肆

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 うららかな春の日差しが差し込む局長室だが、その気配はまるで真冬に戻ってしまったかのように凍てついていた。

「総司・・・・・・お紗代さんに何があったんだい?」

 不吉な予感を感じているのか、近藤は遠慮がちに沖田に尋ねる。その問に、沖田は躊躇いつつも重い口を開いた。

「お紗代さんですが、今朝方かなりひどい喀血をしたそうなんです。私が見舞いに行った時もずっと寝込んでいました。ここまでひどい体調だったのは初めてで・・・・・・」

 青白い顔のまま、沖田は微かに口許を歪める。どうやら笑みを作ろうとしたらしいのだが、近藤や土方の目からはどう見ても笑顔というよりは、今にも泣き出しそうなのを堪えているようにしか見えなかった。

「さすがにお紗代さんも覚悟を決めてしまっていて・・・・・・で、今日のお見舞いの際に頼まれごとを一つ、されたんです。その件について近藤先生と土方さんに許可を頂きたいのですが」

「俺達の許可が必要な程、でかい要件なのか?」

 沖田の口調に嫌な予感を覚えた土方が身構える。そんな土方に対し、沖田は頭を掻きつつ少し困ったように眉を下げた。

「でかいといえばでかい、とも言えますね・・・・・・あの、お紗代さんを私の縁者として葬っても、構わないでしょう・・・・・・か」

「はぁ?」

 『縁者』――――――すなわち自分の婚約者として紗代を弔いと言い出した、今にも消え入りそうな弟分の言葉に、土方は否定を込めた声を上げる。確かに『縁』はあったかもしれないが、そこまでする義理はこちらには無い。そんな土方の否定にあい、沖田の声は更に弱々しくなる。

「やっぱり駄目、ですかね。功庵さんからも実際はそこまでしなくても口約束だけしてくれれば、と言ってもらったんですけど・・・・・・気の毒じゃないですか、まだ二十歳にもなっていないのに」

 明らかに情にほだされている口調である。このままでは完全に沖田は紗代の病、そして死に流される。土方は喝を入れるつもりで更に声を荒らげた。

「おい、総司!いちいち情にほだされていたら新選組なんざやっていられねぇだろうが!功庵さんも口約束で構わねぇ、って言っているんだから適当にごまかして・・・・・・」

「構わないよ、総司。お紗代さんを弔ってやれ」

 それは近藤の声だった。その声に土方と沖田は揃って近藤の顔を見る。

「おい、近藤さん!」

「これも何かのご縁だろう・・・・・・功庵さんだって口ではそう言っているが、できれば真似事でも娘を嫁がせてやりたいと願っているに違いない。娘を持つ父親として他人ごととは思えないんだ」

「ありがとうございます、近藤先生!」

 近藤からの許可に涙ぐむ沖田に、近藤も思わずもらい泣きをする。それを忌々しげに横目で睨むと、土方はすっ、と立ち上がった。

「歳?」

「壬生寺か光縁寺か――――――空きがあるか聞いてくらぁ。不謹慎かもしれねぇが、いざ縁者として弔おうってなって空きがないってんじゃ話にならねぇだろうが」

「すみません、土方さん。よろしく・・・・・・お願いします」

 頭を下げる沖田に、土方は一瞥をくれそのまま局長室を後にした。



 西本願寺から壬生へ向かう道を、土方は供さえ付けず一人ぶらぶらと歩いていた。勿論本来の目的は『墓探し』だったが、それ以上に一人になって頭を冷やしたいという思惑もある。

「まったく師匠弟子揃って情に流されやがって・・・・・・結局俺が尻拭いじゃねぇか」

 伊東が京都に帰還するのは三月の十日過ぎだ。その後のことを考えるとせめて埋葬場所くらいはあらかた決めておいたほうがいいだろう。
 沖田本人に手配をさせても良かったのだが、小夜との別離以来、色々ありすぎて精神的に不安定になっている沖田に墓の手配などさせては、更に紗代の病、そして死に引きずられるのは確実だ。

「ひどい喀血か・・・・・・できれば伊東どもを追い出して少し落ち着くまで待っていてくれりゃあ助かるんだが」

 せめて三月いっぱいは紗代に生きていて欲しい――――――土方が願ったその時である。

「土方・・・・・・副長はん?」

 聞き覚えのある、若い女の声が土方を呼び止めた。その声に土方は思わず振り向き、驚きに目を大きく見開く。

「お、お小夜じゃねぇか。久しぶりだな」

 土方が振り向いたその視線の先にいたのは、春らしい浅葱の着物を身に纏った小夜だった。



 春の柔らかな風が二人の間を吹き抜ける。その風の様に柔らかな笑みをたたえた小夜が土方に頭を下げた。

「ご無沙汰しております。あの、総司はん・・・・・・沖田センセはお元気でしょうか」

 別れさせられたとはいえ、やはり気になるのだろう。遠慮がちに総司の近況を尋ねる小夜に、土方の頬は自然と緩んだ。

「俺の前では総司で構わねぇよ。で、あいつだが・・・・・・元気だ、と言いてぇところだが、残念ながら訳ありで・・・・・・ちょいと構わねぇか?」

 向かう方向からすると、これから藤堂の休息所に向かうのだろう。もしかしたら伊東派側の動きの切れ端が判るかもしれないと土方は小夜に尋ねる。

「へぇ・・・・・・昼九つの鐘がなるまでに藤堂はんの休息所に辿り着ければ」

 平静を装いつつも隠し切れない怯えを土方は聞き逃さなかった。そしてうっすらと小夜の手首に付いている青痣にも気がつく。沖田と暮らしている時には見たことのない痣だ。

「もしかして平助の野郎、おめぇに手を上げているのか?」

 土方の声に言い知れぬ険が含まれる。

「・・・・・・大したこと、あらしまへん!」

 土方の声音に、小夜が慌てたように大声で否定した。

「うちさえ・・・・・・うちさえ我慢すれば事は丸く収まります。せやないと・・・・・・村に火ぃつけるって・・・・・・」

「何だって!」

 藤堂のあまりの仕打ちに土方は激高する。

「あの野郎、伊東に寝返っただけでなく性根まで腐り果てやがったか!」

 土方は刀の柄に手をかけて藤堂の休息所へ殴りこみに行こうとするが、それを慌てて止めたのは他ならぬ小夜だった。

「堪忍しておくれやす!うちは・・・・・・うちは、耐えてみせます!総司はんと別れさせられて・・・・・・心許なさから藤堂はんの誘いに乗ってしもうたのは、うちの落ち度やし・・・・・・」

 感極まり、とうとうしゃがみこんで泣きだしてしまった小夜に、土方は掛ける言葉を見つけられなかった。

(何てこった!幾ら事実上の謹慎を食らったからって平助が女に手ぇあげるたぁ・・・・・・)

 だが、小夜を守るために藤堂の謹慎を解くわけにもいかない。と、その時である。

(情報・・・・・・・そうか!)

 土方はある事を思いつき、自らもしゃがみ込みながら泣きじゃくる小夜の肩に手を置いた。

「本当だったら士道不覚悟で平助のやつに切腹を申し付けてぇところだが、こっちにもちょいと訳あってそれが出来ねぇ。そこで、あんたに頼みがあるんだ」

「たの・・・・・・み?」

 ようやく泣き止んだ小夜が顔を上げ小首を傾げる。

「どんなことでもいい、あいつが仲間内の事を口にしたら報告してもらいてぇんだ。ま、ちょっとした間者だな」

 土方は早口になるのを堪えながら、丁寧に小夜に説明をし始めた。

「あんたもうすうす感づいているかもしれねぇが、新選組は近々分離する。平助は俺達と袂を分かつことになる・・・・・・言葉は悪いが裏切り者、だ」

「・・・・・・」

 顔を強張らせながらも、小夜は気丈に頷く。江戸の女と違って気の強さを露骨に出すことは無いが、小夜もかなり負けん気の強い女なのだろう――――――土方は小夜の気の強さに賭けることを決意する。

「分離組に斉藤、って男がいる。で、平助から漏れ聞いた話を、どんな形でもいいからその男に言伝てくれ。そうすれば間違いなく俺の耳に入るから」

「さ、斉藤はんも分離しはるんですか?」

 小夜の驚きの声に、土方は軽く目を見張る。

「何だ、斉藤を知っているのか?」

「へぇ。まだ総司はんと暮らす前、たまに文を届けて貰って・・・・・・」

「あいつは飛脚か」

 土方は喉の奥でクックッと笑った。

「ま、それも給金の内だ。あいつにはせいぜい頑張ってもらうさ。だが、あんたは無理するなよ。探りを入れているのが露見したら、女でも容赦しねぇだろう。特に平助は今でもおめぇに手を上げているくれぇだ・・・・・・慎重にな」

「へぇ。あの、ところで・・・・・・」

 小夜が聞きにくそうに土方に尋ねる。

「総司はん・・・・・・訳あり、って何かあらはったのですか?」

 その言葉に土方は、一瞬しまったと顰め面を浮かべたが、すぐに表情を戻し、観念したかのように告げた。

「実は会津に紹介された医者の娘が労咳を患っちまって・・・・・・そんなに先が長くねぇんだ」

「そ、そんな・・・・・・!」

 小夜も年頃の娘だ。自分には許されぬ、総司との結婚を約束された娘に嫉妬を覚えたこともある。だが、労咳を患い、幾ばくもない命であるのはまた別だ。あまりにも容赦の無い運命に小夜は言葉を失った。

「よくよく女運がねぇんだろうな、あいつには。しかも情にほだされてその娘を『縁者』として弔いたいとか言い出しやがって・・・・・・お陰で俺は壬生まで使いっ走りだ」

 その何ともいえないしょっぱい表情に小夜は思わず吹き出した。

「ほんま、いつも総司はんがご迷惑をおかけしてすんまへん」

 まるで本当の妻のように自然と言葉が溢れる。その無意識の言葉に、土方は沖田と小夜の繋がりの深さを感じた。

「・・・・・・やっぱりおめぇの方が総司の嫁には向いているな」

「え?」

「総司は図体はでかいが中身は寂しがり屋のガキのまんまだ。そんな野郎には強い女が必要なんだよ。身分云々は関係ねぇ――――――すまねぇ、ちょいと長話しすぎたな」

 既に日は中天に近づいている。もうじき昼九つの鐘も鳴ってしまうだろう。

「もし平助になにか言われたら土方に絡まれて逃げ出すのに手間取っだと言っておいてくれ。それが不満なら覚悟を決めて屯所に来やがれ、と」

 そう告げると土方は小走りに小夜の前から去っていった。




UP DATE 2014.10.11

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だいぶ紗代が弱ってきてしまっているようです(´・ω・`)たぶん最初は小夜と藤堂の件を忘れるため、というか半ば小夜へのあてつけ的な意味合いで見舞いに行ったであろう総司ですが、ますます紗代の病状に引きずられてしまっているようです。元々精神的に参っている時だったので余計なのかもしれませんね。

一方偶然小夜に出くわした土方は『逃げられないなら』と小夜に諜報もどきを頼みます。これは『男には話さなくても女に話ことがあるかもしれない』という土方ならではの考えに基づくものかと・・・普通の娘より頭の回転が早いというのもこの仕事を任せた理由のひとつかもしれません(*^_^*)

次回更新は10/18、とうとう新選組が分離します。
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