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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・秋冬の章

行方不明の御刀・其の壹~天保六年十一月の悪党

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 木の葉がすっかり色づき、平河町の山田道場の庭でもささやかな紅葉狩りが堪能できるようになった小春日和のある日、山田家の二階は重苦しい雰囲気に包まれていた。

「・・・・・・やっぱり、紛れてなんかいないわよね」

 二階の一番広い広間には、刀箪笥から引っ張りだした刀が全て並べられている。それを厳しい表情で見つめる幸の横には、山田家の刀が全て記載されている目録と押型が積まれていた。幸はその目録と実際目の前に並べられた刀剣を照らしあわせ、所蔵以外の刀が紛れ込んでいないか調べているのだが、何度調べても他所から紛れ込んだ刀は見つからない。

「おい、幸!稽古に使っていたもんや門弟に貸し出していたもんも全部かき集めたぞ!これで全部のはずだ!」

 ばたばたと派手な足音を立てながら二階に上がってきたのは五三郎だ。その腕には十本近くの大小が抱えられている。しかしその刀の束をちらりと見て、幸は首を横に振った。

「パッと見た限りだと、殆どが相州正宗と関孫六ですよね。ここまで探しても無いのであれば、やはり紛れ込んでいないと思うんですが・・・・・・」

 浮かない顔の幸に対し、五三郎も深く頷く。

「っていうか、いくら御様御用があったからって紛れ込むもんじゃねぇだろう、公方様の御刀がさ。こう言っちゃあ何だが、絶対に腰物方の不注意だと思うんだよなぁ」

 刀を畳の上にそっと並べながら、五三郎は更に眉間に皺を寄せた。



 それは二ヶ月前に遡る。芳太郎達が臨んだ久々の御様御用、その直後に腰物方で管理している将軍の大刀一振りが行方不明になってしまったのだ。勿論これが公になったら腰物方役人や腰物奉行の罷免などの一大醜聞になりかねない。そこで腰物奉行から『山田家の所蔵に将軍家御刀が紛れ込んでいないか』と内々に山田一門へ打診があったのである。

「あの日、急な御様御用もあったことだし、もしかしたら山田家の刀に紛れ込んでいる可能性もある」

 僅かな可能性にでも縋り付きたいと切羽詰まった腰物奉行の依頼に、吉昌は勿論、弟子達も手元の刀を全て調べた。だが結局その行方不明の刀は見つからず、今に至る。

「それにしても近江大掾忠広なんてさ・・・・・・どこかに紛れ込んでも見つけ出しにくい刀を将軍家が所蔵していたとはなぁ。喩え盗まれてどこかに売り払われても判りゃしねぇ」

「何言っているんですが、兄様。盗まれただなんて縁起でもない!それに近江大掾忠広だってお祖父様が大業物二十工に選んだ名工ですよ。別に腰物方の管理下にあったっておかしくないでしょう」

 五三郎のろくでもない物言いに反論しつつも、幸は困惑の表情を浮かべた。

「それにしても御様御用のゴタゴタに紛れて刀が一本無くなるなんて・・・・・・何事もなければ良いのですが」

 宝飾的な意味合いが色濃くなっている刀だが、人を殺すことが出来る立派な武器だ。持ちだされて何かの事件に使われてしまったら一人、二人の責任問題では済まなくなる。下手をすれば切腹ものだ。

「そう言えば先月かなり大々的な処分があったが・・・・・・あれももしかして今回の刀の紛失とも関係あるのかな」

 並べられた刀を再び刀箪笥に仕舞いこみながら、五三郎が幸に尋ねる。

「確か御金蔵からの窃盗事件の責で、蓮池御金蔵番九人が免職されたってことでしたよね。御金蔵の窃盗事件は三月だったのに、何故十月になってから、っていうのも引っかかりましたし・・・・・・あながち無関係では無いのかもしれませんね」

 幸も先月に行われた御金蔵番の大々的な罷免に疑問を呈した。確かに三月終わりに起こった事件の、しかも責任の所在がはっきりしていて即時処断を下せるような事件の処遇が半年近くも後に行われるのは、あまりにも異様だ。

「それと一朱銀二百五十両が盗まれたのが三月二十六日だったのに、盗人の死体が見つかったのが四月三日・・・・・・溺れたにしちゃあきれいな仏で、しかも刀傷があったって幾田さんが言ってたぜ」

 お堀は純粋には町奉行の管轄ではないが、町人が誤って落ちてしまった場合は町奉行がその後処理をする。幾田も万が一ということで駆りだされたらしいが、その時に検死に立ち会ったらしい。

「もしかしたら私達が思っている以上にこの件、根深いものがあるのかもしれませんね」

「ああ・・・・・・そうかもな」

 行方不明の御刀に違和感のある免職、そして刀傷を負った盗人の亡骸――――――解らないことがあまりにも多すぎる。並べられた刀を手際よく片付けながら、幸は深い溜息を吐いた。



 さわさわと紅葉山の紅葉が衣擦れのような軽い音を奏でる。ここ数年では一番美しく染まっている紅葉だが、昔ほどの美しさはまだ戻ってきていない。その所為でも無いだろうが紅葉山御文庫の障子はきっちり閉められ、外の世界とは完全に遮断されている。
 そして 障子を閉めきった小さな座敷では、大久保忠真と山田浅右衛門吉昌が向かい合って深刻な空気を漂わせていた。

「・・・・・・と言うことは、御様御用の際、焼火の間に残っていたのは西山織部と杉嶋桃三郎の両人、という事になるのですね」

 吉昌の質問に、大久保が不機嫌極まりない表情を浮かべつつ答える。

「ああ、先程腰物奉行から内々の報告が来た。本来全員が立ち会わねばならぬ御様御用に、あの二人だけがその現場に来ていなかったのはそなたも知っているであろう」

 そもそも将軍家の刀剣の御様御用には腰物奉行及び腰物方全員が立ち会わねばならない。それなのに西山と杉嶋は職務を怠り執務室である焼火の間に篭っていたというのだ。それだけでも大久保には処断に値するのだろう。だが、それを宥めるように吉昌は穏やかな声音で更に尋ねる。

「はい。ですが、てっきりご自宅にいるものとばかり・・・・・・何故焼火の間にいた事が解ったのでしょうか?」

 すると大久保は更に小さな声で語り始めた。

「あの日、上様が急に御様御用の追加をなさっただろう。それを伝達しようとした小姓が牢屋敷に出向かねばならぬ処、あやまって焼火の間に行ってしまったらしい。そこで出くわしたのが西山と杉嶋というわけだ」

 本当ならば腰物奉行を筆頭に腰物方全員が出張していた牢屋敷に御様御用の追加を伝達し、その後に焼火の間横にある御刀所蔵庫から刀を持ち出すべきだったのだ。しかしそれを知らなかった若い小姓が焼火の間に出向いてしまった処、偶然西山と杉嶋に出くわしたらしい。

「なるほど、そういうことでしたか・・・・・・伝達もなくいきなり御刀を持ち込まれたのであの日はかなりてんやわんやの騒動になってしまいました。確かに腰物方の誰かが残っていれば御刀を所蔵庫から取り出すのも問題ありませんしね」

 だが、牢屋敷に詰めていた腰物方の役人にとっては大問題である。将軍家のみならず、他の大名家の試し物も行う山田道場にとって急な追加は日常茶飯事だが、練りに練った手順を狂わされた腰物方は慌てふためいていたと、吉昌は思い出し笑いを浮かべる。

「そもそも御様御用の現場にいなければならないはずの二人が焼火の間に残っていた事も問題だが、それ以上に問題の点がある」

「どういうことで・・・・・・あっ!」

 大久保の言葉に何かを思い出した吉昌は思わず声を上げた。

「このお二方が宿直の時、物がよく無くなると腰物奉行が申しておりました!」

「・・・・・その通り。つまり今回の件もあの二人が関わっている可能性が極めて高いのだが、何せ証拠がない。事が事だけに慎重に事を運ばねばならん」

 大久保が口を閉じた瞬間、さわさわと紅葉が風にそよぐ音だけが響く。

「それと・・・・・・厄介なことというものは立て続けに起こるらしい。どうやら新實が江戸に戻ってきたらしい」

「そ、それは本当ですか!」

 大久保の言葉に、吉昌の顔が今まで以上に強張る。長年追い続けている宿敵が再び江戸に舞い戻ってきたのだ。これで緊張するなと言う方が無理だろう。

「確かなことは判らないが、深川の料亭でそれらしき男を見たと掃除者の報告があった」

「深川・・・・・・そのような人目につきやすい場所に現れたというのですか?」

「木を隠すには森に隠せという。吉原程監視が厳しくなく、なおかつ人の出入りが多い深川はある意味隠れやすい。ただ、今の時点で深川にいるとは思えぬが・・・・・・気をつけろよ、山田」

「はっ、肝に銘じておきます」

 吉昌は強張った顔のまま頭を下げた。



 飢饉による不景気が続いているとはいえ、ここ深川は相変わらず賑やかである。そんな賑やかな料亭の一つで西山織部と杉嶋桃三郎が芸妓を侍らせ酒を呑んでいた。

「それにしても今日の奉行はしつこかったよな。『何故あの日焼火の間にいたのか!』って」

 ぐびり、と酒を煽りながら西山が愚痴をこぼす。将軍家所蔵の御刀の一本が無くなった事が判明したのは御様御用が終わった九月の終わりだった。その後諸々の調査の結果、御様御用の当日、牢屋敷に出張って来ておらず、焼火の間にいた西山と杉嶋に疑惑の目が向けられ始めたのだ。

「本当についていない。刀の一つや二つ、無くなったって問題ないだろう!今まで俺達がくすねてきたものに全く気が付かなかったくせに、あのぼんくら奉行が!」

 不満気に鼻を鳴らすと、杉嶋は空になった盃を芸妓に差し出す。すると芸妓は作り笑顔を浮かべつつ、盃になみなみと酒を注いだ。

「そうそう!それこそ腐るほど刀なんかあるのに納戸にしまいっぱなしなんて、そっちのほうが問題だろう!」

「その通りっ!だから俺達が有効に使おうって・・・・・・」

 下品に煽る西山に、杉嶋が乗せられ更に声高に叫んだその時である。不意に西山の顔が真剣な色を帯びる。

「しっ、声が高い。誰か・・・・・・きたぞ」

 西山の叱責に杉嶋が口を噤む。するとその次の瞬間襖が開き、番頭が現れ会釈をした。

「お楽しみの処失礼致します。西山様、新實様というお方が訪ねていらっしゃっておりますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」

 番頭の言葉に、西山は先ほどとは一転、満面の笑みを浮かべる。

「おお、そうか!すぐにこっちに通してくれ!それとお前たちはもう下がっていい。番頭、新實を通したら人払いを頼むぞ」

「承知しました。では新實様の台の物だけ運ばせていただきましたら人払いをさせていただきます」

「頼む」

 へつらいの笑みを浮かべる番頭に対し、西山はまるで大名の如く鷹揚に答えた。



UP DATE 2014.11.5

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ほのぼのエロの予定が何故かとんでもサスペンスな展開になってしまいました・・・(-_-;)何故こんなことになってしまったのか自分でもよく判りません(^_^;)
ま、遅かれ早かれこの悪党どもの話は書かねばならなかったので良しとしましょうか(おいっ)

実はこの腰物方・西山織部による将軍家御刀窃盗事件というのは実際にあった事件です。さすがに年表には『故あって斬(斬罪)』としか書かれていませんが、『甲子夜話』にはその旨が回覧として回ってきたと記されておりました。さすがに幕府腰物方が切腹も許されないというのは大事件だったのでしょう。
この事件も今回とあともう一度、そして事件が露呈して西山が斬罪になるところまで書くことになりそうです。
(散々吉昌をいびりまくって吉昌ハゲ散らかしの原因を作っていた男ですからねぇ。どんなことになるのやら( ̄ー ̄)ニヤリ)
そして西山らに接近してきている新實!どうやら悪党は悪党を引きつけるようでして・・・次回更新は11/12 、事件の裏側が明らかになってゆくと思われます(たぶん)♪
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