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「紅柊(R-15~大人向け)」
乙未・秋冬の章

行方不明の御刀・其の参~天保六年十一月の悪党

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 恭四郎から報告を受けた翌日、幾田は南町奉行所に出仕するとすぐさま南町奉行・筒井政憲にその旨を伝えた。配下の同心二人を殺した新實の目撃証言とあり、筒井もいつになく真剣な表情で幾田の話に聞き入る。

「・・・・・・承知した。幾田、午後にでも目付に目通りを願うから、手下の恭四郎を呼び出せ。目付に詳細を聞かれた場合、実際にその場にいた者の方が説明がしやすいだろう」

 厳しい口調で恭四郎の同席を命ずる筒井の言葉に、幾田は戸惑いを覚えた。町奉行にさえ目通りを許されない立場の恭四郎に、目付への説明をさせようというのか。万が一の聞き間違いがあってはいけないと、幾田は改めて筒井に念を押す。

「恭四郎の同伴は承知しました。ですが、さすがに直接の尋問は身分的にいろいろ問題があるのではないでしょうか?目付がそれを許されるとは・・・・・・」

 すると筒井は更に声を落とし、皆に聞こえないように幾田に囁いた。

「それは問題ない。恭四郎とやらは旗本の名家・渡瀬家の四男であろう?」

「ぶ、奉行!何故そのことを!」

 幾田でさえ『身内の話だから内密に』と言われた恭四郎の本当の身分を、何故筒井が知っているのか――――――すると筒井は腹に一物含んだような笑みを浮かべ、幾田にその理由を語った。

「恭四郎とやらの兄・渡瀬恭一郎とは俳句仲間でな。『弟が南町奉行の同心の下で捕物ごっこをやらかしているからよろしく頼む』と頭を下げられた」

 『捕物ごっこ』とは聞き捨てならない一言だが、弟を心配する兄としては、弟が脚を突っ込んでいる同心の手伝いは危なっかしくて見ていられないのだろう。

「承知しました。ではすぐに恭四郎を呼び出します」

 『本業』の左官を休ませるのは気の毒だが、緊急事態だということは恭四郎も理解しているだろう。筒井に一礼すると、幾田は奉行所付きの中間に恭四郎を呼んでくるようにと依頼した。



 その日の午後、一連の報告をする為に筒井、幾田、恭四郎の三人は紅葉之間を訪問した。目付が常駐している御目付部屋はその斜向かいの部屋だが、その部屋は目付以外入室禁止だからである。
 事情が事情だからだろうか、三人が紅葉之間に入るとすぐさま目付の松平が紅葉之間に入ってきた。

「松平河内守、本日はごきげん麗しゅう・・・・・・」

 筒井が挨拶をしようとすると松平がそれを止める。

「挨拶は要らぬ。それよりも先触れに書かれていたことは真の事であろうな?」

 筒井よりかなり若い目付は、急くように筒井に尋ねる。

「はっ、嘘偽りございませぬ。ここにおります幾田に説明させますが、実際その現場に居合わせたのは背後に控えております恭四郎というものでございます。もしご不明な点がございましたら控えている者にも答えさせますので」

 筒井は口上を述べると幾田を促す。そしてその促しに応えるように、幾田は目の前にいる松平に事の次第を順序立てて報告した。

「何と・・・・・・剣桔梗に軸違い三つ銀杏、と申すか」

 幾田の報告を聞き終えた若き目付は、その時点で既に顔面蒼白になっていた。その唇はわなわなと震え、血の気が失せている。

「・・・・・・しかも、『刀を売りさばいている』と申したというのだな?恭四郎とやら、幾田の報告に多寡は無いか?」

 気持ちがかなり急いていたのだろう。本来であれば町奉行の筒井、そして同心の幾田を通して恭四郎と話さねばならないところを、松平はその慣習を破り、末席に控えている恭四郎に直接尋ねた。

「はっ、その通りにございます。我が耳に聞き間違いはございませぬ」

 低い、落ち着いた声で恭四郎は松平の質問に答える。

「新實益次郎は以前の盗人仲間ですので、顔を見誤る事は絶対にありません。あいつならどんな刀でも売りさばく『つて』を持っているでしょう。鉄屑より高価に売買される刀が潰されることは無いと思いますが、まず江戸には既に無いかと・・・・・・」

「解った。そなた達は表向きだけでも『新實益次郎』の捜査を続けろ。だが、迂闊に手を出すととんでもないしっぺ返しを食らいそうだな・・・・・・最悪、鉄砲隊も使うことになるやもしれぬ」

「て、鉄砲隊!」

 大仰すぎると筒井は異を唱えるが、松平は首を横に振る。

「剣術馬鹿ならいざ知らず、新實という男はかなり狡猾なようだ。もしかしたら既に南蛮渡来の銃のひとつふたつは手にしているかもしれない。とにかく・・・・・・恭四郎、新實の顔を知っているのは今のところお前だけだ。慎重に行動せよ」

「承知」

「旗本の件はこちらで片を付ける。盗品の刀を売りさばいていたとなると・・・・・・斬罪だな」

 呻くような松平の一言に、筒井が驚きに声を上ずらせた。

「ざ、斬罪!は、旗本でありながら・・・・・・せ、切腹は、許されないのですか?」

 いくら悪人でも切腹が許されないのはあまりにも罰が重すぎる。筒井は松平に考え直すよう促すが、松平は聞く耳を持たなかった。

「旗本の分際で盗みを働くとは言語道断、幕府を汚すものに切腹など許されぬ」

 そう言い切ると松平は立ち上がると三人に告げる。

「筒井・・・・・・新實という男と旗本二人組が談合を開いていたことは忘れよ」

 その一言は、旗本二人の件が町奉行の管轄では無いことを告げていた。そして松平が部屋から去った後、三人は顔を見合わせ身震いをする。

「偶然とはいえ、我々はとんでもない事件の切れっ端を掴んでしまっていたのかもしれない」

 筒井の呟きに幾田と恭四郎が頷く。

「そもそも旗本が盗品売買に手を染めるなんて。一体その刀はどのような物なのでしょうかね」

「さぁな。さすがに他所の屋敷の刀とは行かないだろう。そんなうわさ話はついぞ聞いたことがないし、もし盗品が出れば町奉行所にも回覧が回ってくる」

 筒井の推測に幾田と恭四郎も納得したように頷いた。どちらにしろ追いかけるのは町奉行の管轄である浪士の新實だけ、旗本の二人を見かけても上に報告するだけしか許されない。

「ま、ちょっと話を盗み聞きしただけですけど、どうも旗本の二人は小悪党っぽいかんじでしたからねぇ。ちょっとした小金を稼ぐためについ出来心で・・・・・・ってところじゃないでしょうか。それで斬罪、ってぇのも気の毒な話ですよねぇ」

 恭四郎の少し気の毒そうな声音に、幾田が軽く叱り飛ばす。

「悪党に同情してるんじゃねぇ!おめぇみたいに改心すりゃともかく、その小悪党どもは性根まで腐っていやがりそうだ。試し切りされねぇだけでもありがてぇじゃねぇか」

 幾田の啖呵に恭四郎は苦笑いを浮かべる。そして、その小悪党が盗んだものが『将軍家の刀』とはつゆ知らず、三人は紅葉之間を後にした。



 町奉行から目付へ上げられた話は、松平からすぐさま老中に報告された。そして翌日、その話を受けて吉昌は紅葉山に緊急に呼び出された。

「山田。剣桔梗と軸違い三つ銀杏、この二つの紋所の旗本が誰か、名を挙げられるか?」

 静かな怒りに満ちた大久保の問いかけに、吉昌は表情を強張らせる。

「そ、それがしは・・・・・・全てのお旗本の紋所を存じているわけではございませぬが・・・・・・その紋所は」

 ごくり、と生唾を飲み込みながら吉昌は続けた。

「腰物方、西山織部殿と杉嶋桃三郎殿のものではないかと・・・・・・」

「その通り。他にこの紋所を背負っている旗本はおらぬ」

 厳しい顔つきで大久保は吐き出すと、苦しげに眉根を寄せたまま天を仰ぐ。

「まだ、具合の悪いことに・・・・・・この二人が新實益次郎と共謀し、刀を売り払っているとの知らせが町奉行所から上がってきた」

「何ですって!」

 旗本と人斬りの犯罪者――――――どこでどう繋がりを持ったのか定かではないが、交わる筈のない二組が引かれ合うように交わり、共謀したその事実に、吉昌はがっくりと肩を落とした。

「起こってしまった事実を嘆いても仕方ない。新實は町奉行に任せ、我々は西山と杉嶋の郷校を探り、尻尾を掴まねばならぬ。将軍家の御刀を横流しするなど言語道断、その生命で償ってもらう・・・・・・山田」

「はっ」

「来年の御様御用の前に、大きな首を一つ二つ、そなたか弟子に斬ってもらうことになる」

「切腹・・・・・・ですか?」

「いや、斬罪だ。だから西山家や杉嶋家の切腹の作法を予め調べておく必要はない」

 冷たく言い放つ大久保の言葉から、武家社会の厳しさを垣間見る。

(間違いであって欲しいと願うが・・・・・・紋所で特定されたとなると、ほぼ間違いは無いだろう)

 吉昌も事あるごとに嫌味を言われるが、斬罪となるとまた話が違ってくる。西山と杉嶋に同情を覚えながらも、吉昌は同僚の首に刀を下ろす覚悟をしなければならないと唇を噛み締めた。



 吉昌が自宅に帰ると、未だ若い弟子たちが稽古に励んでいた。

「どうだ、五三郎。稽古の方は?」

「まぁまぁ、ってところですね。藁胴も本物の胴も乾燥が進んで斬りやすいんですが、本番とはだいぶ違ってきてしまうので」

 殆どの弟子が全く気にしない胴の乾燥に神経質なほど注意を向ける五三郎に、吉昌は頼もしさを覚える。

「そうか・・・・・・それくらいの腕があれば首を斬るのは問題ないな?」

「何を行っているんですか、お師匠様?首なんて毎月斬っているじゃありませんか」

 唐突に何を言い出すのかときょとん、とする五三郎に、吉昌は苦笑を浮かべながら口を開いた。

「普通の首ならば、な。もしかしたらお前には更に大きな首を斬って貰うことになるかもしれない」

「大きな・・・・・・首?」

 五三郎には吉昌の行っている意味が全く解らない。だが、吉昌の言葉の真意を探ろうと怪訝そうな表情を浮かべる五三郎をそのままに、吉昌は思いつめたような表情のまま一人屋敷へと入っていった。




UP DATE 2014.11.19

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西山・杉嶋・新實会談は即座に上へと報告が伝達されました♪
これはあくまでも新實が同心を二人殺している殺人犯であることと、その殺人犯と旗本がつるんで悪事を働いているっぽいことから町奉行・筒井が判断したことです。ちなみにこの筒井さん、20年近くも町奉行を努められた名奉行だったとか・・・大岡越前、遠山の金さん並にすごい人だったらしいのですが、水野忠邦がらみで一時失脚させられているんですよねぇ。金さんもそうですが、当時の優秀な人材は水野忠邦や三羽烏によってかなり潰されているんじゃと思います。

閑話休題、その名奉行の判断で目付に上げられた話ですが、『将軍家御刀紛失』事件を知っている数少ない関係者として、目付・松平は新實達の談合と将軍家御刀紛失事件を結びつけることが出来ました。ただし、この将軍家御刀紛失に関しては幕府のトップシークレットですので町奉行には知らされることはなく・・・・・勿論老中へと報告されました。

厄介な二組がくっついてしまいましたが、新實をずっと追いかけている側としては小悪党・西山&杉島コンビから新實を捕まえる細い糸が見えてきました。これでうまく新實の件も解決できれば良いのですが・・・。


次週は『鶴蔵てまえ味噌』最終話を、紅柊12月話は久奈とお涼の訓練&偶然久奈の顔を見た西山が久奈に色気を出す話になると思います。そこから久奈の潜入捜査かおとり捜査につながれば良いんですけどねぇ・・・うまく話が運べるかどうかは私の腕次第です(^_^;)




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