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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第十八話 茂義蟄居・其の参

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 茂義が統治する武雄領は長崎と隣接しており、佐賀城下を通過せずに長崎とのやり取りができる。その気になれば保守派の目をかいくぐり茂義本人が長崎に出向くことも不可能ではないのだ。そして茂義が武雄に引きこもってから半年が過ぎた天保四年の六月、阿蘭陀船の長崎入港に合わせて茂義は長崎にやってきた。蟄居中であるにも拘わらず、平然と長崎に出向く剛胆さがが茂義らしいと言えば言えるだろう。
 茂義は一旦長崎の武雄藩邸に立ち寄った後、同じく阿蘭陀船の入港に合わせて長崎にやって来ている斉正の所へ挨拶をしに佐賀藩邸に出向いた。

「よぉ、貞丸。少し痩せたんじゃないのか?あの我儘隠居に付き合わされて無理をしているんじゃないだろうな?」

 挨拶に出向くなり悪態を吐く茂義の顔を見るなり、斉正を始め側近の者達は驚きの表情を見せざわつき始める。

「し、茂義!こんな所に来て大丈夫なのか?こんなところに来ているのが保守派の者達に露見したら・・・・・・」

 茂義を目の敵にしている保守派の者達である。茂義の僅かな失態でさえもあげつらい、確実に政治の舞台から葬り去ろうと画策するだろう。それを心配する斉正だったが、茂義はさばさばとした表情でそれに答えた。

「ああ。どうせ三の丸で胡座をかいてのさばっている奴等には気付かれまい。それに、今回ばかりは俺が直接出向かなくてはならない仕事もいくつかある。お前に迷惑はかけないから安心しろ、貞丸」

 茂義が直接出向かなくてはならないほどの仕事――――――すなわち幕府隠密がらみの仕事である。それに気がついた斉正はそうか、と一言言ったきりその話題には触れなかった。この場には佐賀改革派と幕府との密約を知らないものも多い。佐賀改革派の、そして幕府の計画が軌道に乗り成功するまでこの件は秘密裡にしなくてはならないのである。

「殿、阿蘭陀船側の準備が整ったと知らせが参りました」

 松根の側役、井内伝右衛門が報告に来た。下級藩士でありながら弘道館を主席で修了した秀才の顔と名は茂義もよく知っているが、それだけにこの不遇が痛ましい。いつか自分達改革派が主導権を握るようになったら真っ先に藩の中枢へ引き入れたい人物、それが井内であった。

「では行くか。茂義も勿論一緒に来てくれるのだろう?」

 斉正の言葉に否やはない。茂義は強く頷くと斉正に付き従い港に停泊している阿蘭陀船へと出向くことになったのだった。



 例年通りにおこなわれる阿蘭陀船の検分中、茂義は去年唐船を通じて注文した燧石銃五百挺がこの船に積まれていることを知った。

「去年出航した後での注文だったから今年は無理かと思ったが・・・・・・早いものだな。」

「ええ。清国にある我が国の支店から発注しましたので。この国には年に一度、一艘しか船は参りませんが、蒸気船でほんの一、二日の港にはひっきりなしにあらゆる国の船がやって来ます。だから既製品であれば一年かからずにこちらに持ってくることはできますよ」

 阿蘭陀人責任者の言葉に茂義は感心する。この後、積荷は長崎奉行の検分を受けた後、武雄に運び込まれることになるのだが、本来五百挺もの燧石銃を自治領の一領主が購入したとなれば『抜け荷』扱いで処罰されかねない。しかし、今回は幕府が裏に付いており、間宮林蔵も長崎のどこかにいるという話である。今回の検分は文字通り形だけになるだろう。
 だが燧石銃が順調に入荷した一方、茂義個人が楽しみにしていたものはまだ届かなかった。

「今回蒸気機関は届かなかったのか?」

 風吹に対しての下心ゆえの注文だからだろうか、後ろ暗さを感じつつ担当者の赤毛の男に小声で蒸気機関のことを尋ねる。

「ええ。欧羅巴各国で蒸気機関付きの温室が流行っていますから、順番待ちなんです。でもそんなに待たないと思いますよ。注文そのものは半年前にしてありますから」

 阿蘭陀側の通詞も兼ねている男は流暢な日本語で丁寧に質問に答えた。

「そうか・・・・・・ということは来年か」

 温室よりむしろ蒸気機関の仕組みそのものに興味が出てきただけに、それを見ることができないのは残念である。しかしひどく落ち込んだ様子の茂義を慰めるように赤毛の男は茂義を船尾の方へ行かないかと誘う。

「その代わりと言ってはなんですが、つい最近英吉利で発明された物があるんですよ。もしかしたら話には聞いていらっしゃるかも知れませんが『小さな温室』です」

 その瞬間、茂義の目に信じられない風景が飛び込んできた。

「なんという・・・・・・これが『小さな温室』とか言う奴なのか?」

 茂義の目の前にあるのは木枠に硝子がはめ込まれた家型の箱で、その中には羊歯だろうか、青々とした葉を茂らせた植物が元気よく生い茂っている。それが船尾側の甲板いっぱいに並べられているのだ。きらきらと太陽の光を反射する、緑を内包した硝子の箱に茂義は心を奪われる。

「これは英吉利のウォードという医者が発明したもんでしてね。去年のから試しに使い始めているんです。温室の小型版とでも言った方がいいですかね。煙に満ちた空気の悪い場所や潮風からも草木を護ってくれるんで重宝してますが、問題は気をつけていないと熱がこもりすぎて草木が駄目になってしまうくらいで・・・・・・」

「蒸気機関が無くても熱で枯れてしまうのか?そんなに熱くなってしまうのか、この箱の中身は?どう見てもギヤマンと木枠だけなのに・・・・・・そんなにすごいものなのか?」

 先程までがっかりしていた人物とは思えぬほど茂義は矢継ぎ早に質問を仕掛ける。しかし、赤毛の男にとって茂義のこの反応は予想していたものらしく、茂義の質問に答え始める。

「ええ、阿蘭陀から日本までは保つんですけど、やはり熱すぎると枯れてしまうんです。夏場とかは天気とにらめっこですよ。だから大きな温室を作るまでしばらくはこいつで様子を見て、っていうのもありじゃないかと・・・・・・うまくいけばそれほど蒸気機関に頼らなくても良いかもしれませんしね。このうちの二つ三つお譲りしますので、宜しかったらこの国の気候にもこの箱が役立つか、来年にでも教えて下さい」

 何せ去年から使われ始めたばかりの硝子箱だけに凡例が少なすぎるのだと赤毛の男は笑った。



 この箱が出来る以前、イギリスの植物学者や苗木職人は、十六世紀末以来新たな種の植物を求めて世界中を探しまわっていたが、植物そのものを採集すると枯れてしまうため、種や球茎または乾燥させた根茎や根の部分を集めて移動しなければならなかった。
 しかし、新しく発明されたウォーディアン・ケース(ウォードの箱)は、発芽して間もない若い植物を船の甲板に設置して日光を当てることが可能で、さらに容器内の濃縮した湿気が植物の水分を保つ上に海水のしぶきから守ることができるものだったのである。実は茂義がこのウォードの箱を見せて貰ったまさにその年、ヨーロッパ~オーストラリア半年の旅においてウォードの箱の性能実験が行なわれたのだが、半年間箱を密閉し、水をやらなくても中に入れられた羊歯は枯れることなく無事オーストラリアに辿り着いたのである。その前実験として日本に持ち運ばれたウォードの箱だったが、やはり慣れなかった分一部が枯れてしまったが、それでも満足のいく成績を収めたと言っても良い。
 のちに、ウォードの箱は商業的価値のある植物の移動性に革命を引き起こし、新たな植物を植民地に運び込んではプランテーション化を推し進めることになるのだが、この時は単純に生きたまま植物を運ぶことが出来るという点だけがもてはやされていた。



 阿蘭陀船検分の日から数日後、長崎奉行の検分が終わった五百挺の銃と共に、燧石銃の使い方を教授する阿蘭陀軍人も武雄に到着した。幕府の許可がなければ出島から一歩たりとも出ることを許されない阿蘭陀人が武雄に来た事、すなわちそれはこの阿蘭陀軍人招聘が他ならぬ幕府からの命令に他ならないからである。
 まさか阿蘭陀人が直接燧石銃の使い方を教えに来るとは思っても見なかった茂義始め武雄の者達は目を白黒させるが、実は阿蘭陀人以上に驚くべき人物がこの一行の中に紛れていたのである。

「武雄鍋島候、お初にお目にかかります。私、間宮林蔵と申します」

 本来なら極秘裏に各国へ入り込む隠密だが、今回は特別な事情――――――幕府と佐賀藩の密約により間宮自らが挨拶に出向いたのである。

「表を上げて下さい・・・・・・しかし、本当によろしいのですか?いくら武雄が長崎に近いとは言っても出島から阿蘭陀人の指導者を連れ出してくるなんて・・・・・・」

 幕府自ら禁を犯して武雄藩の指導者として阿蘭陀人を招聘し、なおかつ武雄領に呼び出すとは俄に信じられない。美味しい話には裏がある――――――勿論今回も例外ではなかった。

「ええ。何せ佐賀には近隣諸藩をだまし、私ども隠密を匿って戴いております。そして、いざとなったら・・・・・・」

 間宮は意味深に茂義の顔を覗き込む。普通の人間ならば相手に不快感を与えかねない仕草だが、何故か間宮がやると何とも思わないどころか、言葉が引き出されてしまうようにするすると口を吐いてしまう。

「武雄の兵にて幕府の隠密を護れ、と?」

「左様にございます。佐賀公の四位少将の値段としてはそう高くはないと思われますが」

 間宮の言葉に茂義は言葉を詰まらせた。

「もちろん武雄領内で、という条件の下でお願いいたします。さすがに他藩にて銃を扱うのは非礼でございますので。その間に我々は長崎に逃げ、船でどこかに逃げおおせますが、まず今回のことで武雄の方々のお手をこの様な形で煩わせることは無いと思います。では我々が隣の肥前の言葉を覚えるまでよしなに・・・・・・」

 そう言って差しだしたのは千両箱ふたつであった。

「『武雄に銃五百挺を購入させよ』と高島秋帆に指示を出したのは我々でございます。これは銃五百挺の足しとしてお納め下さい」

 茂義は唖然とした。確かに高島秋帆へ家臣を弟子入りさせろと言ってきたのは幕府だったが、燧石銃五百挺の話は純粋に長崎御番を憂えて高島秋帆が提案したものとばかり思っていた。それが幕府の差し金だったとは・・・・・・間宮に種明かしをされなければ一生気がつかなかっただろう。

「幕府の隠密とは、人を心地よい気分にさせて騙すのが得意とお見受けしましたが」

 茂義は嫌みを含みながら間宮に尋ねるが、間宮は平然と受け流す。

「そもそも人を不快にさせたら騙すことなど出来ません。騙すならとことん気付かれないまま、互いに気分良く騙し、騙される――――――私は日本一の騙し屋を目指しております。ですが、武雄の殿様はどうも騙す気になれませぬ」

 間宮のその一言に思わず茂義も笑ってしまった。そしてしばらくの間、間宮ら間者数人は阿蘭陀人軍人と共に武雄で暮らすことになる。



 燧石銃と間宮林蔵達が武雄にやってきた次の日から、日本初の阿蘭陀人教官による銃陣の訓練が始まった。
 輸入した燧石銃は日本の火縄銃と基本構造は大きな変化はないが、火縄を使わず燧石で発火する為に雨の日でも射撃が可能で有効距離が長い。さらに発射前に火縄の火薬の匂が漂わず奇襲攻撃に向いているのである。
 ついでに銃身には銃剣が付き、武士の魂である刀の携帯が不要であった。実はこの事が問題であり、侍は勿論、足軽にしても刀、槍を手放す事に大きな抵抗を示したのである。

『銃身に銃剣が付いているだろうが!何故邪魔な物を持ちたがる!』

 何度も阿蘭陀人教官が注意しても藩士達は刀を手放そうとせず、それは大きな障害となった。しかし障害はそれだけではない、さらに大きな問題は『言葉の壁』であった。
 銃陣は指揮官の『号令』により一糸乱れぬ行動が必要である。しかし、日本の軍役では号令に合わせ行動する習慣は無い。『号令』という概念さえ知らない上に、阿蘭陀語の号令を聞き分けなければならないという事は忍耐強い武雄の藩士にとってもなかなか辛いものがあった。
 そんなある日のことである。せめて号令を日本語に変えれば何とかなるのではないかと阿蘭陀人教官が日本語で号令を出したのである。しかしそれが問題であった。

「筒を、二階に!」

 一瞬の沈黙の後、武雄藩士から思わず笑いが起こった。本当は 『オッフ、スコートル、ケイエール・(銃を肩にあげよ)』と号令をかけるところなのだが、覚えたての日本語で『筒を、二階に』と誤訳をしてしまったらしい。

「もしかして、『二階』と『上』を間違っているんじゃないか?」

「筒、っていうのはじゃあ銃のことかな?」

 裏事情はこうである。武雄滞在中阿蘭陀人教官は武雄城内の二階に居住していた。その為いつも城内の家臣に『二階へ、二階へ!』と急き立てられていたのが耳についていたのだろう。『二階』と『上』を同じ言葉と思いこんだのである。この出来事一つとっても阿蘭陀人教官は彼なりに藩士達に馴染もうと必死だったのだろう。
 あるときなど侍達のかぶる饅頭笠が気に入り自分で『味噌濾こし』の竹篭に紙を張り、紐をつけて教練に出て侍、足軽の大笑いを誘ったりしたという話も残っている。ちなみに武雄藩士の服装は、侍は筒袖に雪袴、饅頭笠を被り、足軽は股引を履き編堅を被っていたと記録に残っている。
 


 閑話休題、上記の例を始めとして阿蘭陀人教官と言葉の問題は、彼が武雄を去るまでの三ヶ月間ずっと付きまとっていた。訓練での言葉はいざ知らず、日常会話は全く通じず食事係も相当困ったと言う話が残っている。
 だが言葉は通じなくても必死さは通じるのだろう。藩士達も教官の意思を汲めるようになり、徐々に教練にも慣れ、銃の操作方法や一列縱隊から二列縱隊への変更も自由にできるようになったのである。これは教官、藩士それぞれの努力のたまものであろう。
 この教練は武雄城下の子供達の格好の見物の対象となり『エン、テイ(オランダ語で一、二)』と呼ばれたそうである。


 そんな騒ぎの中、阿蘭陀人に気を取られ間宮等幕府の間者に気がつく者は皆無であった。阿蘭陀人の通訳か何かと思って誰も気にも留めなかったのである。この存在感のなさこそ隠密たる所以なのかもしれないが、傍で見ている茂義としては空恐ろしくなる。間宮林蔵、この男がとりあえず敵方で無くて良かったとつくづく思う茂義であった。



UP DATE 2010.06.16

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『茂義蟄居・其の参』です。やっぱり佐賀を語る時、当時の軍事&最新科学はどうしても避けて通れない部分ですので今回は斜め前(笑)から取り上げさせて頂きました。

まず五百挺もの銃の購入ですが、史実では天保二年の購入だったそうです。(話の都合で二年後の天保四年の購入にしちゃっていますが・苦笑)
そして驚きなのがオランダ人教官に指導を受けたという事!皆さんもご存じの通り、将軍への謁見など特殊な場合を除き出島から出ることを禁じられていたオランダ人が、近場とは言え武雄に出向いていたという記録があるのですよ~。
注釈には『もしかしたら高島流砲術の教官がオランダ語で指示を出したのでは?』というものもありましたが、そうなると『上』と『二階』を間違える、なんて事はありませんよねぇ・・・・・。

調べれば調べるほど『何故こんな特例が認められるんだ?』とか『この理由に対してこの処分は重すぎだろう。』謎の多い佐賀藩です。私が資料を読み込めていないというのが最大の理由だと思いますが(苦笑)、やっぱり書類に残せないような理由もあったんでしょう。ほぼ妄想でがっちり固めてしまっております『葵と杏葉』ですが、できるだけ史実を取り上げながら頑張って参ります(^^)。

次回更新は6/23、今回あまり書けなかった硝子関係のお話を絡めながら斉正の2度目の参勤について書いてゆきますv
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