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「短編小説」
鶴蔵てまえ味噌

鶴蔵てまえ味噌・其の拾貳・焼け野原の天ぷら

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 安政二年の年の瀬、二ヶ月前に起こった大地震の後ようやく完成した掘っ立て小屋に、鶴蔵家族と匡蔵、そして弟子達が一同に揃った。どの顔も木枯らしにさらされたせいか真っ赤になっているが、皆元気そうだ。

「何はともあれ、あの大地震にも拘らず皆無事に歳を越せるのは誠に目出度ぇ!今日はかき集めた酒肴をしっかり堪能して、英気を養ってくれ!特に酒は全部飲みきってくれよ!」

 下戸の鶴蔵の言葉に、思わず弟子達から笑いと拍手が沸き起こる。安政の大地震によって鶴蔵の家は潰れ、仕事場である三座も類焼してしまった。その被害の大きさから考えると馴染みの顔の一つや二つ、いなくなっても文句が言える状況ではない。
 しかし神仏のご利益なのだろうか命を落としたものは一人もおらず、家族一門顔を揃えて年越しが出来る運びと相成った。鶴蔵の許には救援物資も兼ねた贔屓からの歳暮の品々が届けられ、それを若手にも分けてやろうと今回の集まりになったのである。

「それにしても食べたいときに食べたいものが喰える、ってぇのはいいもんだな」

 餅つきをする若手を見つめながら、鶴蔵は妻の千賀と匡蔵に呟く。

「ええ、本当に」

 千賀は素直に笑顔を見せるが、匡蔵は胡散臭そうに鶴蔵を横目でぎろり、と睨みつけた。

「よく言うよ。お千賀ちゃんや子供らに内緒でひとりつまみ食いをしようとしていた男がさ」

「お、おい!」

 匡蔵の言葉に鶴蔵は慌てふためくが、それを千賀は見逃さなかった。

「ちょいと、その話きかせておくれな、匡蔵さん。この人、どこで何を食べようとしていたのさ?」

 そもそも鶴蔵より匡蔵と仲の良い千賀である。『女同士の気安さ』とばかりに身を乗り出して匡蔵に尋ねる。すると匡蔵も鶴蔵を押しのけるように千賀に顔を近づけ、小声で囁く。

「教えてあげる。実はね、この人家族の食料を探しに行っていた際、ひとりで天ぷらを食べようとしていたんだよ。しかも目立つ火事場装束でさ」

 しかめっ面を作りつつ、匡蔵は二ヶ月前の出来事を話し始めた。



 安政の大地震は木と紙で出来ている江戸の家並みをあっさりと潰し、一部を瞬く間に灰にしてしまった。自分達が生きるだけで精一杯の中、店など開く余裕などあるはずもなく、鶴蔵が居を構えている浅草周辺の置き店も全て休みとなっている。更に悪いことに被害の大きかった浅草周辺には棒手振りさえも近づけず、鶴蔵家族は香の物、味噌塩などをおかずに数日間を過ごす事になったのである。
 しかしいつまでもこのままではいけない。否、耐えられないと鶴蔵は意を決し、芝浜の漁師町なら何かしら食料があるかもしれないと一人芝浜へ向かったのである。
 だが未だ余震が続く中、途中火事や崩落に遭う可能性もある。千賀の勧めもあり、歌舞伎衣装の中でも特に丈夫な火事場装束を見につけ芝浜に出向いた鶴蔵は、幸いにもめざしを買い込むことに成功した。これで数日間は食いつなげるだろう。

 食料を手に入れた嬉しさもあり、いち早くめざしを家族に届けようと急ぎ足で浅草に帰ろうとした鶴蔵だったが、帰り道に思わぬ誘惑が待っていた。それは芳町の当たり、曲がり角の向こう側からふわり、と香ばしい香りとぱちぱちと油で何かを揚げる音が聞こえてきたのである。
 その匂いと音に誘われるように鶴蔵がふらふらとそちらの方に向かうと、何と屋台の天ぷら屋が出ているではないか。家族にめざしを届けることもすっかり忘れ、鶴蔵は天ぷら屋へと近づく。すると既にいくつかの天ぷらができており、店先に並んでいた。

「おう、オヤジ。こいつは何だい?」

 鶴蔵は小魚らしき揚げ物を指さし屋台のあるじに尋ねる。

「へぇ、小鰭です」

「貝柱はできるかい?」

 小鰭も悪くないが、どうせなら好物の貝柱もこの際だから食べておきたい。家族を養う一家の主としての責任はとうに消え失せ、既に大食らいの鶴蔵に戻っている。

「できますよ。すぐに揚げますから、ちょいと待ってておくんなさい」

 屋台のあるじは笑顔を見せると早速貝柱を揚げ始めた。それを鶴蔵はコハダを食べながら待っている。だが、一家の大黒柱としての責任を忘れ、己の食欲に走る鶴蔵を神仏は見逃さなかった。
 何と鶴蔵が貝柱を待っている最中、もう一人の客がやってきたのである。

「おう、芝海老と柱を二百ばかり頼む」

 その男は注文をすると上から下まで鶴蔵をじろじろと見始めたのである。そしてその視線を感じた瞬間、鶴蔵は自分が火事装束を着ていることを思い出した。火事装束とは基本的に武士が身につけるものである。そう、武士が屋台で立ち食いをするなどいくら地震の後でもありえないのだ。いくら身を守るためとはいえ、火事装束を着てきたことを鶴蔵は後悔した。

(仕方がねぇ。ここは貝柱を諦めよう)

 幸い後から来た客も貝柱を注文しているので無駄にはならないだろう。鶴蔵は代金を支払うと、そそくさとその屋台を後にした。

「ううっ、中途半端に腹にものを入れちまったから余計に腹が減ったなぁ」

 なまじ小鰭を腹に落としこんでしまったので、胃の腑が元気になってしまったのだろう。何も食べていない時よりもぎゅるぎゅると腹の虫が鳴り続ける。

「どこかに人気のない屋台がないもんかなぁ」

 天ぷらでも寿司でも何でもいい。とにかく腹に入るものがあったら何かしら食べたいと帰路を進みつつ屋台を探す。しかし震災の後で腹が減っていた者達が多かったのだろう。たまたま見つけた二軒の屋台にも人がひしめき合っており、結局何も食べることが出来ず浅草の家へとたどり着いてしまったのである。



「・・・・・・鶴蔵からその話を聞いて『ああ、やっぱり神仏はいらっしゃるんだな』と思ったね。女房子供をほったらかしにして屋台で天ぷらにありつこうだなんて思うからバチが当たったんだよ」

  勝ち誇った笑みを浮かべつつ匡蔵は鶴蔵に流し目をくれる。それがまた鶴蔵にとっては面白く無い。

「おい、匡蔵!それは千賀には話さねぇ、って約束だったろうが!」

 不服そうに頬を膨らます鶴蔵に、千賀を始め弟子たちも耐え切れず大笑いをする。不惑も半ばになって、弟子を多く抱える名優になった今でも食い意地だけは相変わらずだ。きっと死んでもこの食欲は変わらないのだろう。

「ウチの人なら仕方ないさ。しかし気の毒だったねぇ」

 結局小鰭しか食べれなかった鶴蔵を気の毒に思ったのか、千賀は慰めるように良人の肩をぽん、と叩く。
 あちらこちらで復興の金槌の音が響く中、江戸の冬晴れの空はどこまでも青く、江戸の人々を包み込んでいた。



UP DATE 2014.11.26 

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一年間続けてまいりました『鶴蔵てまえ味噌』も今回が最終話となりました。江戸時代の食欲魔神の駄文にお付き合い頂き、本当にありがとうございますm(_ _)m

今回の話、夫を持つ妻として『家族をほったらかして自分だけ食べようってど~なのよ?』と思わないでもありませんが、やっぱりそこは『食乱』鶴蔵。空腹には勝てなかったんでしょうね(^_^;)鶴蔵としても芝浜くんだりまで歩いて買い出しに行ったんだからこれくらいいいだろうという思いもあったかと思います。
しかし身につけていた着物が悪すぎたwwwきっと買い出しの途中で余震があったり火事に出くわしたりしたら・・・を考えて安全な火事装束を身につけていったのでしょう。しかし今回はそれが仇となりました。さすがに武士は屋台でご飯を食べたら色々問題になりますからねぇ(外食で食中毒にでもなったら武士の恥、とされた時代ですので^^;)
資料本では『役者とバレたら体裁が悪い』とありましたが、私独自の解釈で今回の話のようにさせていただきました。

これにて『鶴蔵てまえ味噌』は終わりとさせていただきます。来年(12月末)からは明治時代の女髪結いのお話を書かせていただきますので、そちらもご贔屓にお願いしますm(_ _)m


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