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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第十九話 大阪の乱闘・其の参

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「遅い!遅すぎる!」

 前川邸にある副長室で、土方は苛々と室内を歩き回っていた。京都の探索組のことではない、本当ならすでに帰ってきている筈の下阪組に対しての文句である。
 六月五日には下阪した者達は帰ってくるはずだった。しかし帰営予定日に近藤から『浪士だけでなく少々やっかいな問題が起きた。』とだけしたためられた手紙が来たきり、二日経っても三日経っても帰ってくる様子がない。やきもきしている土方の元にようやく山南から『あと二、三日かかる』と連絡がきたのは六月九日の、日が傾きかけた頃であった。

「ったく、こっちだって探索で忙しいって言うのに・・・・・大阪で何があったんだ!」

 近藤や山南だけではない。あちらに芹沢を筆頭に腕の立つ幹部ばかりが出向いているのだ。そんな彼らをしても解決できない問題があるというのだろうか。京都における長州側の動きが活発化しているだけに苛立ちだけでなく不安も頭をもたげてくる。

「土方副長、ただいま帰りました。」

 そんな土方の許に、探索から帰ってきた佐伯が顔を出した。

「首尾は?」

 不機嫌な声のまま土方は佐伯に尋ねる。動きがあってもなくても、幹部のほとんどが出払っている現時点では動くこともままならない。会津に助けを求めたくても、明後日に迫った将軍東帰の準備に大わらわでそれどころではないのは目に見えている。
 つまり、佐伯が新たな情報を持ち帰ってきてくれたとしても何もすることができないのである。土方が不機嫌になるのもやむを得まい。そして案の定佐伯は今まで掴むことが出来なかった情報を持ってきたのである。

「長州藩だけじゃなく、三条権中納言やら壬生行修理権大夫やらも動きが活発になっております。今日も祇園にて長州側の実力者との会談がありました。ただ大した話は・・・・・。」

 強硬な攘夷派公家がいるとは聞いていたが、実際長州側との会談がこの様な形で執り行われているのを掴んだのは初めてである。だが、祇園の料亭でおこなわれる程度であるからそれほど重要な話ではなかったらしい。佐伯の歯切れが途端に悪くなる。

「どんな話をしていた?」

 土方は口籠もる佐伯を促した。

「畝傍山を愛でるには良い季節だと・・・・・。」

 まるで物見遊山にでも出かけるような会話がなされていたと佐伯は困惑の表情を隠せない。

「畝傍山?何でやつらの話にそんなものが・・・・。」

 土方も訳が分からないと小首を傾げる。この手の事は山南か、水戸学を学んでいる芹沢あたりが詳しいのだろうが、どちらも大阪から帰ってこない。

「大阪においても長州浪士の動きが活発になっているのか・・・・・。」

 顎に手を当てたまま土方は考え込んでしまう。

「副長、このままでは埒があきません。いま一度、大阪に出向かれたら如何ですか?こちらには平間さんや原田さん、藤堂さんだっていらっしゃいますし問題は無いと思いますが。」

 このままでは動きが取れないと、佐伯は土方へ再度の大阪行きを勧める。

「そうだな--------------大樹公の東帰が終われば黒谷も手が空くだろうし、いざとなったら黒谷に助けを求めればいいか。ならば善は急げ、佐伯!お前も付いてこい!」

「はい!」

 どうにもならなくなったら自らが動く--------------それが土方の性分であった。そしてその性分の赴くまま次の日の朝、土方と佐伯は早舟に飛び乗り再び大阪へと向かった。



 土方と佐伯が大阪へ向かっているまさにその時、大阪は大変な事態に陥っていた。

「くそっ!そこの何奴だ、俺様の名を騙って金品をせしめたってふてぇ野郎は!」

 鉄扇を振り回しながら往来を闊歩する芹沢を宥めながら他の隊士達もまたあちらこちらに目を配っていた。何と壬生浪士組が大阪に出向いているまさにこの時、芹沢の名を騙り店から三十両をせしめた者がいるというのだ。
 たまたま奉行所に不逞浪士を突き出しに来ていた壬生浪士組の者達と奉行所へ苦情を訴えに来た店の者が鉢合わせになりその事を知ったのだが、それを聞いた芹沢は烈火の如く怒りだした。

「そもそも三十両なんてみみっちい押し借りをしたことなんざねぇ!ふざけるな!」

 名を騙られたというのも悔しいが、それ以上に中途半端な押し借りで矜持を傷つけられた方が遙かに腹立たしいらしい。若手幹部が芹沢を押さえつけても鉄扇を振り回すのを止めようとはせず、その状態で井上松五郎が待つ新町の妓楼へと脚を向けざるを得なかった。

「確かに百両単位ですものねぇ。芹沢さんがお金を取るときって。」

 沖田は野口と交代しながら芹沢を押さえつけ、芹沢のもう一方の腕を押さえつけている斎藤に話しかける。

「確かに・・・・・だが店の者がそれを知っているとも思えない。三十両でも芹沢さんと騙すには充分な金だ。それよりも気になるのが・・・・・。」

「何ですか?」

「何故今時分になってこんな輩が出てきたのか・・・・・金だけが目当てならもっと早く類似の騙りが出てきてもおかしくはないが。」

 確かに斎藤の言うとおりであった。芹沢や近藤が押し借りをしたのは四月であり、ここ最近は会津からの給金で壬生浪士組は運営できている。押し借りの直後に偽物騒ぎがあるのならいざ知らず、二ヶ月近くも経過し、人々からもその記憶が消え去りかけた時に何故芹沢の名を騙った強請が出てくるのか、それが謎だと斎藤は呟く。

「たまたまなんじゃないですか?」

 斎藤の考えすぎ何じゃないかと沖田は言ったが、斎藤は首を横に振って沖田の言葉を否定した。

「長州浪士達が京都に続々と集まっているのにか?」

「・・・・・ですよね。」

 沖田は芹沢をさらに羽交い締めにしながらため息を吐く。

「私達がお金を必要としている以上に、長州側はさらにお金が要りますものねぇ。国許での戦争もまだ終わっていないんでしょう?」

 その時である。不意に近藤が声を上げた。

「松五郎さんがいる店が見えてきたぞ!」

 これで芹沢を押さえつけずに済む--------------近藤の声に全員がほっとした瞬間であった。



 さすがに年配である井上松五郎を前に暴れることはできないのか、技楼に入った途端芹沢は大人しくなった。しかしだからといって怒りが収まった訳ではない。芹沢はここぞとばかりに松五郎にくだんの件について愚痴を吐き出しながら呑みだし、松五郎もそれを辛抱強く聞いてやっていた。そんな最中、壬生浪士組達がこちらにいると定宿で聞いた土方と佐伯がその宴にやってきたのである。

「何があったんだ、歳?」

 まさか早々に京都に帰っていった土方が大阪にやってくるとは思わなかった近藤は驚きを持って土方に尋ねる。

「何があったんだ?じゃねぇよ!待てど暮らせど帰ってきやしねぇし、長州浪士や公家達は我が物顔で動き回るし・・・・・全く気楽なもんだ。」

 勧められた酒にも口を付けず、土方は近藤を睨み付ける。そしてそんな近藤に対して助け船を出したのは横にへばりついていた沖田であった。

「近藤先生をそんなにいじめないで下さい。こっちはこっちで芹沢さんの偽物騒ぎで大変だったんですから。三十両をだまし取った相手を今現在追っかけている最中です。」

「なんだって?」

 沖田の言葉に、土方の顔がさらに険しさを増す。

「ただの騙りならともかく、京都の長州や公家の動きと連動するような集金か・・・・・気になるな。」

 何かが動き出そうとしている。しかしそれが何かは解らない。

「とにかく・・・・・うぃっく・・・・・京都に・・・・・ひっく・・・・・帰ってからこれからの・・・・・動き方を・・・・・。」

「芹沢さん、あんた聞いていたのか。」

 今の今まで松五郎に対しくだを巻いていたとばかり思っていた芹沢が声をかけてきたことに土方は驚く。

「こんな会話を・・・・・うぃっぷ・・・・・耳許でされて、黙っていられるかってんだ!」

 そう嘯きながら松五郎と共に話の輪に加わった。

「腹は立つが・・・・・偽物探しは一旦中止だ。明日京都に帰ってからこれからの動きをまとめよう。そして・・・・・。」

 芹沢の声が低くなる。

「会津から仕置許可を貰う。いちいち奉行所や会津に下手人を突きだしている暇はねぇ。」

「仕置き・・・・・許可・・・・・。」

 その言葉に沖田は表情を強張らせた。これまで壬生浪士組は、容疑者を捕まえても奉行所や黒谷に突きだしていただけで自分達で責め問い、処断などはしてこなかった。少なくとも今までは大樹公が帰った後の身の振り方が見えてこなかっただけに、余計なことに手出しをしなかったと言った方が良いだろう。沖田が殿内を殺したのも『会津藩の命令』でのことである。
 しかし今、状況は変わろうとしていた。素早い長州の動きに対応するためにはいちいち黒谷や奉行所に『お伺い』を立てている暇は無いのだ。

「解った。だったら京都に帰ったらすぐに仕置き許可を貰いに行こう。近藤さんは総司等を引き連れて街中の探索を、俺は既に放ってある密偵を使って裏から探る。いいだろ、芹沢さん。」

「ああ、俺が考えるよりよっぽどいいじゃねぇか。これで安穏と酒を飲んでいられるぜ。」

 冗談めかしていう芹沢だったが、この男が自分の名を騙られて大人しくしていられるはずもない。結局一番働くことになるのだが、それは暫くの後のことになる。



 大阪の幹部達がこれからの話をしているその頃、佐々木はあぐりと逢瀬を重ねていた。少しでも役に立つ情報を手に入れたいと焦るが、あまり露骨に動き回っては八百藤の主はもとより使用人や、あぐり本人にも疑いをもたれてしまう。それだけは絶対に避けねばならなかった。

(一体桂はどこに潜伏しているんだ・・・・・。)

 無意識に唇を噛みしめてしまう佐々木をあぐりは心配そうに覗き込む。

「愛次郎はん・・・・・なんかあったん?」

 他意もなく、心配してくれるあぐりに対して罪悪感が芽生えてくる。間者としてこの様な感情を抱いてはいけないと思いつつ、そこはまだ二十歳そこそこの青年である。決意が揺れてしまうのは仕方が無い。だが、それでも佐々木は踏ん張り続けていた。

「う~ん、こんな幸せでええんかな、って心配しとんねん。」

 そう茶化しながらあぐりの質問をはぐらかそうとするが、そこは女の勘なのだろう、あぐりは佐々木の言葉に誤魔化されずに、まっすぐに佐々木の目を見つめてくる。

「うそや・・・・・・・愛次郎はんが気にしてるのって、長州藩の動きのことなんやないの?」

 鋭く切り込んでくるあぐりの言葉に一瞬言葉に詰まった。

「な・・・・何をいきなり言い出すね・・・・。」

 そんな事はないと否定しようとするが、その笑顔は明らかに強張っている。

「壬生浪士組と長州ゆうたら水と油やないの。それにここのところの長州藩の動き言うたら、うちでも何かおかしいって思うとったし・・・・・愛次郎はんが気になるのも無理はない思う。」

 あぐりの言葉に何も返せない佐々木であったが、あぐりは構わず続ける。

「うちは・・・・・おとうちゃんを裏切ることもできますえ。」

 大店のお嬢さんとは思えない、強いその表情に佐々木はあぐりの別の姿を見た。女子とは愛する男のためにここまで強くなれるものなのだろうか--------------佐々木はごくり、と唾を飲み込む。

「その気になれば帳簿かて見ることも可能やし、どんなお客はんからの注文か使用人達に聞き出すことも出来ますえ。せやから・・・・・・うちを・・・・・捨てな・・・・・・!」

 その瞬間、佐々木は強くあぐりを抱きしめた。愛おしい--------------今、まさにそう思った。

「そんな事までせぇへんでええ・・・・・・それはわての仕事や。あぐりちゃんは・・・・・わてが怪しまれているのに気がついたらそれを教えてくれればええんや。危ない橋を渡るのはわてだけで充分や。」

 佐々木は強くあぐりを抱きしめながら囁く。

「絶対にあぐりちゃんを・・・・・武士の妻にするから・・・・・せやから絶対危ない事に手ぇ出したらあかんで。」

 恋は人を強くすると同時に弱みにもなる。隙の無かった佐々木に開いた蟻の一穴、それがあぐりへの恋情だとは思いもせず、佐々木は勢いに任せあぐりを抱きしめた。
 そしてその一穴をさらに大きなものにしかねない男が、二人の様子を遠くから見つめている。その男の名は伸造--------------あぐりへの叶わぬ恋情を抱き、佐々木への怨嗟を募らせている八百藤の手代であった。



UP DATE 2010.06.18


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『大阪の乱闘』其の参です。少しずつですが長州、そして攘夷派公家が動き出しております。この時点の壬生浪士組の権限ではせいぜい盗み聞きくらいが限界(笑)なので、次回かその次あたりに会津への援軍(仕置き許可)を貰うことになるかと思われます。
今と法の基準は違いますが、江戸時代も法治国家であることには変わりません。私達一般人が直接犯罪者を罰することが出来ないように、町奉行管轄である浪士達は勝手に人を殺したり罰を与えたりしてはいけないんですよ。犯罪者を罰することが出来る権利を持っているのは幕府&大名(基本的に自領)のみですので、それらの許可がなければ人を殺すことは勿論、罰を与えてもいけません。むしろ犯罪者としてお縄になってしまう(爆)。なのでとりあえずこの件に関しての許可を貰ってからの活動になります。

次回は上記の仕置き許可、そして佐々木&あぐり、さらには芹沢&おうめの関係も取り扱いと思いますv
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