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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第二十話 大阪の乱闘・其の肆

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すっかり日が暮れてしまった田舎道を、佐々木はあぐりとの逢瀬の余韻を引きずりながら壬生へ向かっていた。あぐりのものなのだろうか、微かな移り香が佐々木の肌に纏わり付いている様な気がする。名字帯刀を許された家の娘が付けるのに相応しい、柔らかく甘い香りが佐々木の心まで絡め取るようだ。その名残を振り払うように佐々木はぱちん、と両手で己の頬を叩いた。

(・・・・・土方副長が留守で良かった。)

 廓遊びに長け、勘の鋭い土方であれば一目で佐々木に何があったのか、そしてあぐりとの関係の変化に気がついてしまうであろう。間者として相手に心を奪われてはいけないと思いつつも、芽生えてしまった恋心を潰し、あぐりに対して冷静に接するには佐々木はあまりにも若すぎた。
 恋を自覚した幸せと、仕事への焦燥がない交ぜになったもやもやを抱きながら屯所へ帰ってきた佐々木は、調査報告を平間へするために八木邸の門を潜った。その瞬間、佐々木の顔が途端に厳しくなる。

「・・・・・あんた、まだ粘っとんたんですか?」

 提灯の心許ない灯に浮かんだのは妙齢の美女であった。佐々木は八木邸の玄関に居座っているその女に対して呆れ果てたように呟く。今日ですでに五日ほど、この女は朝から晩まで八木邸に来ては玄関に居座って『ある人物』を待っているのだ。

「姐さん、もう新見はんの借金は返して貰ったんやろ?せやったらもう芹沢局長に逢わへんかて別にかまわへんのと・・・・・。」

「やかまし。あんたみたいな若造にうちの切ない想いなんて判らんやろ!ほっといてや!」

 その女--------------お梅は佐々木に対して憎まれ口を叩くとぷいっ、とそっぽを向いてしまう。そんなお梅の態度に佐々木はため息をひとつ吐くと、そっぽを向くお梅の横を通り抜け、奥にいる平間の前へ出た。

「平間さん、何なんですかあの女!芹沢局長から二十両もぎ取っただけじゃまだ飽き足らないって言うんでしょうか。」

 開口一番佐々木は平間に対して文句を言う。

「さあな・・・・女の考えることは判らん。それより・・・・・。」

 平間は外にいるお梅や八木家の者達に聞こえないよう声を潜めた。

「何か新たな情報は入ったか?」

 長州浪士達が京都に続々と集結しているのは判っている。だが、彼らが今どこにいるのか、そして何を目論んでいるのか皆目見当がつかない。そもそも剣術ならいざ知らず、諜報の訓練など一切したことが無い浪士達である。調査と言っても敵の懐に間者を忍び込ませる訳でもなく、ただひたすら歩き回って情報を集めたり、会合があるという料亭に忍び込んで会話を盗み聞きするのが関の山である。唯一、佐々木が八百藤と関係を持った事だけが諜報としての成功例と言って良いだろう。しかし佐々木とて諜報に関しては素人であることに変わりはない。

「いいえ。長州浪士達もあちらこちらを点々としているらしくて・・・・・。」

 平間の問いに佐々木は渋い顔をして首を横に振った。

「場所を特定するのは難しい、か・・・・・。」

「この前佐伯さんが持ち帰ってきた『畝傍山』の見当もつきませんしね。昔の天子様の陵墓以外、何にもありませんよ、あんなとこ。」

 壬生浪士組のもう一つの弱点は地理に弱いことである。畝傍山に何があるのか、そしてそれが何を意味するのか皆目見当が付かない。大阪の出である佐々木にしても若すぎるせいか『昔の天子様の陵墓』という認識以外持っていないのである。

「とにかく俺たちだけじゃ動くに動けない。芹沢さん達が帰ってくるまで地道に探っていくしかないな。」

 だが、芹沢が帰ってきたら違う問題が勃発しそうだ。玄関に居座っているお梅の存在である。

「あの女、確か菱屋の妾--------------旦那がいるんですよね?」

 佐々木が胡散臭そうに玄関の方に視線をやる。『妾奉公』という言葉が示すように、妾と主人の間にはれっきとした主従関係がある。それなのに主人を蔑ろにして他の男に走るのはいささか問題がありすぎる。身分が全てのこの時代、お梅はれっきとした『犯罪者』なのである。だが平間はその点については大丈夫だろうとあきらめ顔で佐々木に言う。

「あの女・・・・・どうやら菱屋から暇を喰らったらしい。」

「はぁ?」

 思わぬ展開に佐々木が目を丸くした。

「はっきりとは言わないが・・・・・大阪で芹沢さんと何やらあったらしい。」

 『何やら』の部分に平間は含みを持たせる。その意味深な物言いに佐々木は芹沢とお梅が関係を持ったことを察した。

「よっぽど具合が良かったのか、あの女の旦那が相当貧相だったのか・・・・・暇を喰らったというかむしろ芹沢さんから奪い取った二十両を叩き付けて菱屋を飛び出してきたらしい。」

 あぐりといいお梅といい、恋というものは女を大胆な行動に走らせるらしい。佐々木はふと先程まで一緒にいたあぐりのことが心配になった。

(無茶・・・せんといて欲しいんやけど・・・・・。)

 自分に尽くしてくれるのは男として嬉しい限りだが、相手は長州浪士である。女子だからと言って大目に見てくれるとも思えないし、むしろ女子故に手籠めにされる危険債もあるのだ。部屋の中からちらりと見えるお梅の背中にあぐりの華奢な背中が重なり、佐々木は不安を感じずにはいられなかった。



 芹沢ら幹部達が大阪から帰ってきたのは次の日の夕暮であった。これからの大仕事を前に鼻息も荒く壬生屯所に入り込んだ芹沢は、八木邸の玄関で待っているお梅に目を丸くする。

「お、お梅・・・・・なんでお前がこんな所に・・・・・。」

 あんな目に遭わせたのだ、お梅には二度と逢うことはないと芹沢は覚悟していた。いつ死ぬか判らない務めだけに特定の女を作るまいと思っていただけにお梅の思わぬ行動に芹沢は目を白黒することしかできない。そしてそんな芹沢に対して覚悟を決め、菱屋を飛び出してきたお梅は強かった。

「・・・・・・菱屋から暇をふんだくったんや。女子に借金取りの真似事をさせるようなへげたれ、こっちから願い下げやわ!」

 柳眉を吊り上げお梅は先の主人をけなしまくる。

「じ・・・・じゃあ・・・・。」

「帰る所なんてあらへん。芹沢はん、それでもうちを追い払うん?」

 迫るお梅に芹沢はたじたじとなり、思わず一歩後ずさる。

「おいおい芹沢さん、そろそろ年貢を納める時期なんじゃねぇ?いい加減諦めろよ。」

 困り果てた表情の芹沢に対し土方が笑いを押し殺しながらからかう。そもそも本人より先に芹沢のお梅に対する気持ちに気がついていた土方である。これをからかわずにはいられない。
 それに対して近藤はお梅に対し露骨に侮蔑の症状を浮かべた。壬生浪士組として活動をして数ヶ月、芹沢に筆頭局長、そして武士としての理想を見ていた近藤である。その理想をお梅によって--------------主人を裏切り、芹沢と通じた売女に汚されたような気がしたのだ。

「・・・・・俺なんかでいいのか?菱屋ほどいい生活はさせられねぇぞ。」

 そんな近藤の気持ちを知ってか知らずか、芹沢は再びやってきた機会を捉まえようと、恐る恐るお梅に尋ねる。

「ええよ。そんなん元々当てになんてしてへんもん。」

 そんな芹沢に対し、媚びを含んだ声でお梅は囁く。

「浪士組の局長やもん。付き合いかてあるやろうし、うちだけにかまけている訳にはいかへんやろ?もし、うちにいい生活をさせたいって言うてくれはるんなら、これから武功を立てて出世してからでも遅うないもん。でも・・・・。」

 お梅は人目も憚らず芹沢にすり寄った。

「今、芹沢はんを逃がしたら一生後悔する・・・・・それだけはうちにも判る。」

「お梅・・・・・。」

 二人は互いに熱っぽく見つめ合い、徐々に近づいてゆく。その時である。

「おいおい、それ以上は後にしてくれねぇかい。」

 さすがにこの状況に困り果てた周囲を見かねて土方が水を差した。

「とりあえず汗を流してからだ。お梅さんと積もる話もあるだろうが、ある程度の打ち合わせには付き合って貰うぜ、芹沢さんよ。」

「お、おお。勿論だ。」

 急に恥ずかしさを覚えた芹沢は額に汗を浮かべ、乾いた高笑いでその場を誤魔化した。



 湯屋でひとっ風呂浴びた後、久しぶりに全員で顔を揃えた壬生浪士組は疲れも見せずに本格的な打ち合わせに入った。

「・・・・という訳だ。大樹公も江戸にお帰りになられたし、これからの仕事は今まで以上に命の危険にさらされる。離隊をするのならここ数日中に申し出て欲しい。」

 中途半端な気持ちで仕事に取り組まれてしまえば命を落とす可能性も高くなるし、それ以上に仲間をも巻き添えにする可能性が高くなる。その提言を受け三浦、杉山、大松、家木、山田、田所はその場で脱退を申し出た。この時点で壬生浪士組は三十人、最低でも二十人を至急募集しなくてはならない。

「では副長二人で隊士募集及び採用をして欲しい。本来ならじっくり選びたいところだが贅沢は言っていられない。」

 近藤の言葉に土方、山南は強く頷いた。

「ということは全体で五十人ほど・・・・・ところで会津は認めてくれるのでしょうか。」

 基本中の基本、壬生浪士組の運営資金を出してくれている会津が人数分の給金をすんなり出してくれるのかという素朴な疑問を山南が投げかける。

「それはこれから芹沢さんや俺が会津に交渉しに行く。」

 近藤と山南のやり取りに土方が口を挟んだ。

「長州に不穏な動きがあるのは明らかだ。絶対に認めさせるさ。」

 力強い土方の決意に、その場にいた者達の間にほっとした空気が流れる。

「じゃあ頼んだぞ、歳。」

 近藤はこの件は任せたと土方の肩をぽん、と軽く叩いた。



 次の日、早速芹沢と土方は黒谷へ出向き、自分達が仕入れた一連の情報を会津藩公用方・広沢富次郎に報告した。

「そんな事が・・・・・。」

 広沢は一瞬驚きの表情を浮かべたが何か思い当たる節があるのか思案に耽る。なかなか喋りそうもない相手に焦れて土方が自分達の希望、すなわち隊士の増員を口に出してしまう。

「そこでお願いなのですが、この懸案が解決するまで仕置き許可と壬生浪士組の増員を・・・・・。」

「臨時の仕置き許可はすぐに出そう。隊士の増員の方は、七、八十名くらいなら明日からでも問題無いが、それ以上となるとこちらも給金等手筈を整えねばならぬ。今しばらく八十名ほどまでで辛抱してくれぬか。」

 眉間に皺を寄せながら広沢は申し訳なさそうに言った。しかしその人数に驚いたのは増員を申し出た二人の方である。

「は・・・・・八十人も!」

 芹沢と土方は思わず顔を見合わせる。こちらが予定していた人数より三十人も多い人数である。現在在籍している隊士の二倍以上、五十人もの増員である。有り難くはあるがそれだけの人数を急には揃えられない。

「ま・・・・誠に有り難いのですが、ある程度資質も見ますゆえ今より二十人ほどの増員を見込んでおるのですが・・・・・。」

「それは困る!」

 広沢は芹沢の言葉に対し急に声を荒らげた。

「大樹公の東帰に際し、長州や攘夷派公家が発言力を強めておるのは知っておるだろう。だが、大樹公が東帰してしまった今、我が藩や桑名の増員は不可能だ。むしろ警備の縮小さえ議題に上っている状況の中、その穴埋めをそなた達にして貰おうと思っていた矢先に・・・・・。」

「え・・・・・!」

 会津や桑名の警備縮小--------------そのような話は聞いていなかった。そしてその穴埋めを壬生浪士組にと考えていたこともまたしかりである。

「わ、我々はてっきり大樹公の東帰と共に解散させられるのではないかとばかり・・・・・。」

「現状が許すと思っているのか?日々巡察をしておればそれくらい判るだろうが。」

 広沢は途端に厳しい声で叱咤する。

「少なくとも年内に国に帰ろうなどと思わぬ事だ。とにかくこちらも金銭的な事は何とかする。故、浪士組も隊士を増やし、京の街の警護に励むように。年内に百名を目標に隊士を増やせ。いいな?」

 その言葉に芹沢と土方は頭を下げる事しかできなかった。

(百名、だと?・・・・・急激に増やそうもんならどんな輩が紛れ込んでくるか判ったもんじゃねぇ!)

 それでなくても五月に行なった隊士募集で長州側の浪士が紛れ込もうとしていたのだ。この動きが長州にばれたらそこにつけ込まれる。そしてその思いは芹沢も同様だった。

「・・・・・土方、しばらくの間、大々的な隊士募集は控えろ。できるだけ今までの隊士の兄弟や親戚、そして知人など確実なところからまず二十人。そして今回の長州の動きの目的がはっきりし片が付いたところでおおっぴらに募集すればいい。」

 黒谷からの帰り道、芹沢は土方に話しかける。

「言われなくてもそのつもりだったさ。そもそもそんな大人数、まとめることが出来るのは試衛館じゃ近藤さんくらいしかいねえし・・・・・。」

 しかも道場主として門下生をまとめるのと、壬生浪士組として隊士をまとめあげ、生死を賭けた戦いに臨むのとでは勝手が違う。土方にとって試衛館の若手がどこまで出来るか正直不安がぬぐえない。だが、芹沢はその点は心配要らないとはっきりと言った。

「副長の下に十人ほどまとめ役を作るとして、その下に平隊士が三、四人-----------これくらいの人数なら充分に目が届くから何とかなるだろう。」

「まあな。」

 彼らが部下を使うことに慣れてくれば徐々に隊士を増やしていけばいい。とにかくまとめ役、後の副長助勤や組長と言われる立場の人間を鍛え上げ、使えるようにしなくてはならない。

「組作りはお前と平間、山南に任せる。俺と近藤は押し借りに励むことになるだろうから。」

「・・・・・給金は足りてるだろう?」

「花街での諜報活動費さ。相当情報集めに苦労しているみたいじゃねぇか。お前さんにも花街で働いて貰うからそのつもりでいろよ。」

 思わず頷いてしまったが、後から仕事を押しつけられたことに土方は気がついた。以後、しばらくの間壬生浪士組の編成と花街での諜報活動に土方は忙殺されることになる。



UP DATE 2010.06.25


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『大阪の乱闘』・其の肆です。ようやく前振りが終わった~、って感じですかね(^^)。新選組を題材とした少女漫画の二次創作を以前やっていながら、ここいら辺は殆ど知らないので(おいっ)色々調べながら書かせて頂いております。
いや~最近の研究ってすごいものがありますね。大和屋の焼き討ちもちゃ~んと町年寄に『今夜焼き討ちをするから町人は外出させないように。』って届けを出しているとか。今まで感情にまかせて焼き討ちをしていたと思っていただけにこの学説は目から鱗でしたvそうなるとやっぱりこの焼き討ちも何かしら政治的、戦略的な裏があるんじゃないかな~と思っちゃう訳で・・・・・でも、古くからのファンには『感情にまかせての焼き討ち』が魅力的なんでしょうね。
今更ですが、一般的な新選組と違い、組織として生き残っていくために必死な新選組を描いていきますので、第一章残り8話&結章一話、お付き合いの程よろしくお願いいたしますm(_ _)m

次回更新は7/2、タイトルは『愛次郎、死す』か『殉死』か・・・・・佐伯も亡くなってしまうんですよね。次の四話は八月十八日の政変前夜の戦いが中心となります。
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