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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第二十話 硝子玉と四位少将・其の貳

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 天保四年十一月の佐賀藩参勤は何かと大変であった。早く進まねばならないにも拘わらず、茂義から預かった厄介な荷物――――――武雄の野草が入った硝子箱を割らぬようにするためあまり早く進むことができないのである。
 何があっても割れないように下半分を真綿でぐるぐる巻きにし、かといって日差しを遮っては中の山野草が枯れてしまうので上半分はむき出しの輿に乗せ、しずしずと歩いて行く。例えは悪いが斉正の初就封より遙かに丁寧な扱いである。おかげで今回の参勤は駕籠に酔うこともなく、駕籠の中で熟睡してしまい松根に起されることもしばしばであった。

「佐賀でなかなか眠れなかったのが嘘みたいですね」

 確かに佐賀では心労で不眠症に悩まされていた斉正であったが、駕籠で寝入ってしまう彼を見てそれを信じるものは皆無だろう。松根に嫌みを言われるほど熟睡できる、それほど今回の参勤の速度は遅かった。

「茂義が江戸に出向けないとはいえ、こやつの扱いは難儀だな」

 毎日本陣に到着するなり斉正は硝子箱を撫で、溜息を吐いた。船旅でも割れなかったものだから、もう少し乱雑に扱っても大丈夫なのでは?と思うものの、家臣達が『ギヤマン細工』というものに怯え、必要以上に大事に扱ってしまうのである。

「もう少し楽にしたらどうだ?このギヤマンの箱は大海原を航海してきても割れずに我が国にやって来たのだぞ。そう簡単に割れるとも思えぬが」

 ある日のこと、あまりに家臣達が神経質に硝子箱を扱うのでからかい半分に斉正がもう少し気を楽にしろと進言したが、家臣達は一様にぶるぶると首を横に振る。その怯えように斉正は違和感を覚えた。親類同格・武雄鍋島家領主の注文とは言えこの神経質さは尋常ではない。斉正が訝しげな表情を浮かべたその時である。

「殿、実はそうはいかぬ事情が発生しておりまして・・・・・・」

 松根が言いにくそうに斉正に囁く。

「間宮殿がギヤマン箱の件も上層部への報告書に書いてしまったらしく、尾張殿がそのギヤマン箱を一目見たいと我が姫君様に申し出られたと、江戸藩邸から知らせが参ったのです」

「尾張殿というと国子殿の弟君であったな?てっきり鳩にしか興味を示されないお方だとばかり思っていたが」

 現在の尾張藩主は盛姫の異母弟・斉温なのだが、その鳩道楽は大名の間でも有名であった。人一倍身体が弱く、江戸で療養していると言われるだけあって外に羽ばたいていく鳩に気持ちを託しているのかも知れない。盛姫も病弱な弟からの申し出とあれば断るに断れなかったのだろう。

「『戸山荘』絡みではないでしょうか。あそこも植物の栽培に関しては力を入れざるを得ませぬから、どのようなものか興味がおありなのでしょう。もっとも尾張殿ご本人と言うよりは周囲の者が、と言った方が良いのかもしれませぬ」

 その言葉に斉正は溜息を吐いた。間宮はただ仕事に忠実だっただけだ。薩摩へのの間者として、と言う建前だろうが佐賀に関しての報告だってしているだろう。特に保守派の動きと武雄が導入した武器一式の報告は必須に違いない。そもそも燧石銃五百挺の代金は幕府から出ているのだ。それら一連の会計報告の中での硝子箱の報告だったと思われる。

「ということは、風吹には申し訳無いが先に尾張殿に、という事になるか」

 幼い頃から大奥に出入りをし、それなりに大名家の付き合いを知っている風吹である。それに相手は盛姫異母弟であるから特に問題無く貸してくれるだろう。ただ、それが一度や二度ならともかくそれ以上になると色々と厄介である。
 ただでさえ倹約令を理由に大名同士の付き合いも最低限にしている佐賀藩である。硝子箱による付き合いの増加は出来るだけ避けたい。

「・・・・・・色々難儀だなぁ。運び込むのも、付き合いも」

 珍しい物、新しい物を手に入れればそれに興味を示すのは仕方が無いと思う。しかし相手の興味をそのまま叶えようとすればこちらに支障をきたすのだ。その均衡に頭を痛める斉正だったが、三十年後の未来、佐賀が手に入れた物や技術によって藩が、そして日本全土が翻弄されることになろうとは想像することも出来なかった。



 硝子箱のせいで進みがゆっくりでも、宿泊場所の予定はそうそう変更できるものではない。天候に恵まれたこともあり、斉正の参勤行列はいつもより一刻ほど遅い時間に佐賀藩邸に到着した。斉正は硝子箱を家臣に任せ、自らは早々に盛姫のいる黒門に脚を運ぶ。

「国子殿、遅くなりましたがただいま帰りました」

 その一言を発し、斉正自身もようやく江戸に『帰ってきた』事を実感する。斉正にとって江戸藩邸は安心できる我家なのである。

「よう帰ってきたな、貞丸。今回の参勤、ギヤマンの箱のせいで相当疲れたであろう。今日くらいはゆっくりと・・・・・・」

「出来るわけがないでしょう、国子殿を前にして。いつからそんなにつれないお人になってしまったのですか」

 盛姫の気遣いをやんわりと断りながら、斉正は満面の笑みを浮かべた。

「貞丸こそどこでそんな戯言を覚えたのじゃ?まさか浮気なぞしておらぬじゃろうな?」

 斉正の言葉に負けじと盛姫も言い返すが、二年近く振りの逢瀬ではそれさえも夫婦のじゃれ合いにしかならない。

「残念ながら私は国子殿以外目に入りませぬ。だから家臣達に側室を侍らせたくなければ早く国子殿を身籠もらせろとせっつかれておるのです」

 どこまでが冗談でどこまでが本気か判らない言葉を口にしているうちに、夕餉の支度が出来たと女官が声をかけた。

「では先に夕餉をとってから積もる話を・・・・・・といきましょうか。実は見せたいものがあるのです」

 斉正にしては珍しく勿体ぶった物言いに、盛姫は小首を傾げる。

「何なのじゃ、見せたいものとは?」

「それは後でのお楽しみです。でもあまり期待はしないで下さいね。私は茂義ほどの甲斐性はありませんので」

 斉正は藩主以上に大事に扱われた硝子箱を引き合いに出して、盛姫の笑いを誘った。



 斉正が『見せたい物』を盛姫に渡したのは夕餉が終わった閨の中、袱紗に包んだそれを盛姫に直接渡した。

「これは?」

 袱紗には何か硬く、小さなものが包まれているようである。それを袱紗越しに確認しながら盛姫は斉正に尋ねた。

「その袱紗を開いてみて下さい」

 斉正の言葉に促されるように盛姫はそっと袱紗を開く。そこには素朴ではあるが、高価であろうと思われる硝子の切子玉が数個入っていた。それを見た瞬間、盛姫の目が驚きで丸くなる。

「一体どうしたのじゃ?ギヤマンの玉となればそう安いものでは無いはずじゃ。藩の財政が逼迫している最中、このような・・・・・・」

「実はこの切子玉、私の手なのですよ」

 職人が作った高価なものではないと、斉正は照れくさそうに笑った。

「行灯の光だからまだ見ることができますけど、日の光のもとでは少々見苦しいかもしれません。私としては職人に手伝って貰いながら一生懸命作ったのですが・・・・・・」

「貞丸・・・・・・が、か?」

 盛姫は信じられないといった風に斉正の顔をまじまじと見つめる。

「ええ。拙い部分はお許し・・・・・・!」

 そう言いかけた斉正であったが、盛姫の目に涙が浮かんでいるのに気がつき言葉を飲み込んだ。何か問題があったのだろうか――――――一瞬焦った斉正であったが、盛姫の涙の理由は斉正が思っていたものとは全く違うものであった。

「嬉しい・・・・・・」

 盛姫は袱紗ごと切子玉をぎゅっ、と胸に抱きしめる。

「妾は・・・・・・幼き頃よりあらゆるものを与えられてきたが、これほど人から貰うて嬉しいと思うた事はない。貞丸・・・・・・妾は幸せじゃ」

 徳川の姫として、その気になればどんな高価なものでも手に入れられる盛姫である。しかし、それだからこそ愛しい相手が手ずから作ってくれた物の重さは並の女子よりも深く理解できる。逼迫した財政の中、その中で自分への土産を忘れず、しかも自ら作ってくれた斉正に盛姫は感謝した。

「これほど喜んでいただけるとは・・・・・・」

 盛姫のあまりの感激に斉正も思わずもらい泣きをしてしまう。

「今の私に出来ることと言ったらこれくらいですが・・・・・・いつかもっと繊細なぎやまん細工を土産に出来るように頑張ります。それまで苦労をかけてしまいますが許して下さい、国子殿」

 斉正はそう囁きながら盛姫を抱きしめた。高貴な白檀の香りが斉正の鼻孔をくすぐり、斉正は改めて盛姫の許に帰ってきたのだと実感する。

「苦労など・・・・・・貞丸の為なら妾は何とも思わぬ」

 盛姫は斉正の頬に手を当て、ふと心配そうに斉正の顔を覗き込んだ。

「貞丸・・・・・・少し痩せたのではないか?」

「やはりそう見えますか?」

 斉正はばつが悪そうな笑顔を浮かべ、盛姫の肩の辺りに顔を埋めながら囁く。

「あちらでは心労で寝付けない日も少なくありませんでしたから・・・・・・」

 斉正の思わぬ告白に、盛姫は慌ててべったりとくっつく斉正を引きはがそうと腕を突っ張った。

「だったら余計に今日は早く寝た方が良かろう!妾は逃げも隠れもせぬし、閨事は明日でも・・・・・・!」

 だが、斉正は腕を突っ張る盛姫を強引に抱きすくめ盛姫の叱咤を封じ込めてしまう。斉正も年が明ければ二十一歳、幼い『貞丸』ではないのだ。

「今更そんな無茶を言わないで下さい。佐賀にいる間、どれほど国子殿に餓えていたかご存じないのかも知れませんが、本当に辛かったんですから・・・・・・」

 斉正は幼子のように拗ねながら、焦れるように盛姫の帯に手をかけた。



 一年八ヶ月ぶりの交情のあと、斉正はすぐに寝入ってしまうかと思われたが、むしろ盛姫の肌に触れてしまったことで神経が高ぶり、ますます目が冴えてしまったらしい。なかなか寝ようとせず、むしろ積極的に盛姫に話しかける。

「私の昇官の為にかなり動いて下さったんですってね」

 盛姫の滑らかな背中を撫でながら、斉正は尋ねた。

「そうじゃ。まさか中奥や浜御殿に呼び出されるとは思わなんだ」

 斉正の問いに対し、少し不満げに盛姫は文句を言う。

「浜御殿・・・・・・」

 その言葉に斉正は以前盛姫が倒れた時に聞いた話を思い出した。よりによってあの場所とは・・・・・・盛姫を想うあまり、斉正もまた不機嫌な表情を浮かべる。

「そうじゃ。父上は妾があそこで土左衛門を見たのを知らぬ故、盗み聞かれることはないじゃろうと選んだらしいが、妾としてはもう少し別の場所を選んで欲しかった」

「私のためにそんな思いを・・・・・・申し訳ありません」

 斉正は盛姫を抱きしめている手に力を込めた。そのぬくもりに安心したのか盛姫も徐々に落ち着きを取り戻していく。

「確かに釣りは面白かったが、また土左衛門が出てくるのではないかと冷や冷やし通しじゃった。今回はさすがに大人しゅうしておったから、以前のような目に遭わずに済んだが」

「釣り?婦女子でもやるのですか?」

 盛姫の口から出てきた意外な言葉に斉正は驚いた。確かに釣りは武士のたしなみと言われているものであるが、婦女子が、しかも将軍家の姫君が行なうとは想像も出来ない。

「芝居や歌舞音曲では飽きたらぬ者も少なくないのじゃ」

 盛姫は先程とは打って変わって嬉しげに語り始めた。

「御台の母上様が始められてから大奥では猫も杓子も釣りをする、というか道具が目当てじゃな。金蒔絵の細工竿は見ているだけでも良いし。それに・・・・・・」

「それに?」

「釣り道具の箱には秘密のものも入れやすい。父上には絶対に言うてはならぬものが、大奥の釣り道具箱には入っているとかいないとか・・・・・・」

「大奥らしいですね」

 個人的な付け届けから大名家に関わるものまで大奥へ流れる金品は少なくない。佐賀のように将軍家の娘自らの働きかけや、間者受け入れなどで要望を叶えて貰おうとしている藩は他にないと思われる。

「そうじゃ。話は変わるがのう・・・・・・あのカメンとかいう犬はどうなったのじゃ?」

 間宮に懐いていた洋犬の話は茂義や斉正の手紙によって黒門内で話題になっていた。さすがに外にばれるとまずいので、藩邸の表屋敷にさえばれないよう箝口令を敷いていたが、愛嬌のある大きな犬の話は硝子玉と同じくらい盛姫の興味を惹くものなのである。

「カメンですか・・・・・・それが、とんでもないことになってしまって」

 盛姫の興味津々の質問に対し、斉正は途端に困惑の表情を浮かべた。



 斉正と盛姫が人なつっこい洋犬の話をしていた頃、風吹は行灯の光の下、茂義からの手紙を読んでいた。

「蘭犬探索方って・・・・・・常憲院様(徳川綱吉)の御世でもあるまいし」

 夜分故笑いを堪えようとするが、どうしても耐えられず吹き出してしまう。斉正の困惑に風吹の失笑――――――間宮林蔵に懐いていた犬はとんでもない事件を武雄で起していたのである。



UP DATE 2010.06.30

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硝子玉と四位少将其の貳です。二度目の参勤、そしてお土産受け渡しシーンです。茂義の方がゴージャスなのは勿論風吹をモノにするためです。基本的に男性というイキモノは『釣った魚に餌はやらない』ようなので(というか稼ぎを奥さんに握られているのか・爆)それっぽく斉正&盛姫のほうは小さな切子玉で済ませてしまったことに(笑)。

今回は二人の会話の中でさらりと流してしまっておりますが、『盛姫の釣り』というか姫君様の釣りというのは相当インパクトがあったようです。松浦静山著『甲子夜話』にもその記述が残っているんですが、どうも盛姫本人か、その側近から直接情報を仕入れたらしく、他の項目よりもかなり詳細にどこをどういう風に散策しただとか、どんな和歌を詠っただとか書かれておりました。甲子夜話には佐賀藩の質素倹約令も全部掲載されておりますし、相当繋がりがあったようですね。いつか松浦静山がらみの話も書きたいんですが、いつになることやら(^^;

次回更新は7/7、ちょうどオリジナル転向一周年の日ですね。カメンの騒動と斉正四位少将授与を中心に展開したいと思いますv
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