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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第二十一話 愛次郎、死す・其の壹

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壬生狼(みぶろ)--------------壬生の狼。長州浪士や京都の町人が侮蔑を込めて影で壬生浪士組のことをこう呼ぶ。壬生浪(みぶろ)の音から来た言葉ではあるのだろうが、名は体を表わすとは良く言ったものである。将軍が京都から去った後の壬生浪士組は、まさしく餓えた狼の如く長州浪士達に牙を剥きはじめた。



「植村長兵衛!御用だ!壬生浪士組を偽証し、金策をしたこと明白である!」

 それはじりじりと夏の日差しが照りつける六月二十六日のことだった。上七軒の茶屋『紫乃屋』の一室で、芹沢の名前を騙った犯人の一人らしき人物が酒を飲んでいるとの一報が壬生の屯所に飛び込んできた。
 それを聞いた沖田と原田はそれぞれの率いる巡察隊を引き連れ、植村のいる一室にやって来たという訳である。開け放たれた廊下側は勿論、隣の部屋、そして階下にまで浪士組の面々が待機している。およそ七、八人くらいだろうか、植村一人で相手するには少々多すぎる人数であった。

「糞っ!壬生狼がッ!」

 植村は悪態を吐き出すと同時に食べ散らかした台の物を沖田に投げつけると、窓から外へ飛び出し裸足のまま屋根を伝い南へと逃げ始めた。その動きは脱兎の如く素早く、すぐさま追いかけなければ見失ってしまう。

「すみません。誰か私の草履も一緒に持ってきて下さい!植村を追いかけます!」

 屋根の上に逃げたお尋ね者を追いかけるのに、わざわざ草履を履いていく訳にもいかない。沖田は部下にそう告げるなり窓から身を乗り出し、植村を追いかけて屋根に登り始めた。

「総司!無茶するんじゃねぇ!」

 沖田と一緒にいた原田が窓から上半身を乗り出し沖田の背中に怒鳴りつけるが、沖田はちらりと視線を投げかけ子供のように無邪気な笑みを見せた。

「原田さん!私は大丈夫ですから奴を下から追っかけて下さい!お願いします!」

 その一言だけ残すと、沖田は植村を追いかけ始めた。



 ここで捕まったら間違いなく打ち首の植村は命からがら屋根を飛び越え逃げてゆくが、それ以上に沖田は身軽であった。体格差も沖田に有利に働き、徐々に植村との距離を縮めてゆく。

「いい加減諦めたらどうですか!」

 言葉遣いこそ丁寧だが、その声は恫喝以外何者でもない。その声から逃れようと必死に前へ進む植村だったが、とうとう手が届きそうな距離まで追い詰められる。

「畜生!てめぇらなんかに捕まって堪るか!」

 沖田の手が植村の襟を掴もうとしたまさに瞬間、植村が振り向きざまに大刀を抜き、沖田をなぎ払ったのだ。

「おっと。」

 植村の攻撃を避けるため沖田が身体を捩り剣撃を躱した瞬間、続けざまに第二刃が襲いかかる。

キーン!

 耳をつんざく金属音が響いたと思った刹那、植村の刀が折れ勢いよく屋根に突き刺さる。 

「ああ屋根に刺さってくれて良かったぁ。あんな物騒なもの、地面に飛んでいったら怪我人が出ちゃいますからねぇ。」

 人を喰っているとしか思えない、のんびりとした沖田の発言に植村の頭にさらに血が上る。

「この若造!ふざけやがって!」

 植村は折れた刀を捨て、沖田に体当たりを喰らわそうと突進したが、沖田はそれもひょい、と避け、足を引っかける。屋根の上で均衡を失った植村はもんどり打ってごろごろと屋根の上を転がり、そのまま地面に落下した。

「うわっ!」

 突如植村が落ちたあたりから複数の男の叫声が聞こえてくる。どうやら原田が率いてきた隊が間に合ったらしい。浪士組の面々が緩衝となって植村は大怪我をする事もなくそのまま捕縛される。

「原田さ~ん。うまく受け取って貰えましたぁ~?」

 あまりに脳天気な沖田の言葉にさすがの原田も腹に据えかねたのか、地面から沖田を見上げ、怒鳴りつけた。

「てめっ!もう少しまともな捕まえ方をしやがれ!このすっとこどっこい!」

「すみませ~ん。だけど刀を抜かれちゃったんでこれが限度なんですぅ。」

 まるで原田をからかっているとしか思えない物言いだが、それでも憎めないのが沖田らしい。

「ほら!とっとと降りてきやがれ!年下の癖に俺様を見下ろしやがって!」

「ははは。済みません、今から降ります!」

 沖田は笑いながら謝ると、するすると屋根から地面に降りてきた。地面にはご丁寧に草履が並べられている。

「とりあえずこれで一人は、ってところか。」

 捕縛され、押さえつけられている植村を睨み付けながら原田が呟く。

「もう一人の方はやっぱり大阪に逃げてしまったんでしょうかね。」

 被害者に聞いた押し借りは二人だったという。だが、紫乃屋にいたのは植村一人であり、他に怪しげな客は居なかった。

「それはこいつに吐かせりゃいいだろう。ついでに他の不逞浪士のネタも得られりゃ御の字だけどな。」

 原田は縄でぐるぐる巻きにされた植村を顎で指し示しながら、ま、無理だろうけどよ、と苦笑いを浮かべたが、その言葉に沖田も同意せざるを得なかった。



 責め問いの結果、壬生浪士組を偽って集めた金は、岩塚と言う男からさらに上層部に流れているという話だけ聞き出せた。しかしこれは壬生浪士組側としてもおおかた予想できていたことなので情報を集めるという点においてこの捕物は失敗に終わったと言って良い。
 勝手仕置きの許可を貰ったとはいえ、さすがに初めて犯罪者を罰するとなると心許ない。心配性の近藤の提案で呼び出された会津藩の役人立ち会いの下植村は斬首となり、千本通三条上ルの梟首台に三日間晒される事になった。



「やはり岩塚は大阪に潜伏している・・・・・か。」

 責め問いの結果報告を聞いた芹沢が腕を組んで唸る。

「出来るだけ早く大阪に出向きたいが・・・・・・土方、大阪の地理に詳しい奴は?」

 前回の下阪では道に迷いとんでもない目に遭った。それでなくても今回の捕物は道に迷うという悠長な真似は出来ないのだ。芹沢は道案内が出来る者が隊内にいないか土方に尋ねる。

「確か佐々木が大阪の出だが・・・・・そうだな、数日くらい奴を八百藤から外した方が良いかもしれない。」

 一人合点をした土方に対して近藤が訝しげな表情を浮かべた。

「佐々木君に何かあったのか、歳?」

 近藤の問いかけに土方は僅かに眼を細め、声を潜める。

「俺の勘だが・・・・・あの浮つき方、完全に女に転んだな。」

 土方の口からその言葉が零れだした瞬間、全員の顔が途端に険しくなる。

「こっちの思惑はばれちゃいないだろうな?」

 芹沢の声に険悪なものが含まれる。木乃伊取りが木乃伊になってしまっては物笑いの種だ。しかしそれはまだ大丈夫だろうと土方は片頬に可視化に笑みを浮かべる。

「佐々木と共に八百藤に出入りしている島田の話ではまだ大丈夫だとの事だ。だがいつばれてもおかしくねぇだろう。」

 土方の言葉に全員が頷く。

「だったら佐々木は絶対だな。それとお飾りの局長、副長連中と・・・・・・腕っ節を鑑みて安藤と松原くらい連れて行くか。」

 本当ならば助勤格の二、三名は連れて行きたいのはやまやまだが、京都での巡察、そして諜報の仕事がある。ただでさえ忙しい助勤達を大阪の捕物に連れて行くのは憚られた。

「そんなところだな。じゃあ明日にでも下阪するか。」

 芹沢のまとめの一言に、全員が大きく頷き、その場はお開きとなった。



 明けて二十七日の早朝、芹沢以下七名は早速早舟にのって大阪へと向かった。吹き渡る川風と水流に乗って三十石船はまるで飛ぶようにするすると大阪へ向かってゆく。

「おい、佐々木。」

 船に乗り込んで一刻くらいした頃だろうか、土方は隣に座っていた佐々木に耳打ちをする。

「何でしょう?」

 佐々木は土方の囁きに何の気無しに言葉を返したが、その視線の僅かなゆらぎに気付かない土方ではなかった。

「お前・・・・・八百藤の娘に転んだか?」

 単刀直入に切り込む土方の言葉に、佐々木の顔が茹で蛸のように真っ赤に染まる。

「も・・・・・申し訳ありません。ですが・・・・・仕事はきちんと・・・・・。」

 焦れば焦るほど佐々木の言葉はもつれてゆく。

「相手の娘のおめぇの魂胆はばれちゃいねぇだろうな?」

 その反応に対し、疑わしげに土方は問いただす。その問いに佐々木は何も答えられずただ黙って俯くことしかできなかった。完全に娘には佐々木の魂胆はばれているらしい。だが、島田の報告では八百藤の主はもとより使用人に至るまで佐々木を怪しむものは誰一人いないどころかむしろ好意的に受け入れられているという。

「・・・・・ってことは、その娘は親におめぇのことを密告しちゃいねぇ、ってことだな。」

 一気に結論に飛んだ土方の発言に佐々木は付いていけす混乱の表情を浮かべた。

「ど・・・・どうしてそうなるんですか!」

 しっかりしているとはいえ佐々木はまだ二十歳、まだまだ若すぎるのである。改めてその事に気がついた土方は、軽い恐慌に陥ってしまった佐々木を諭すように丁寧に説明をしてゆく。

「島田からの報告だ。おめぇが間者だと言う事は使用人や八百藤の主の様子からするとばれちゃいねぇらしい。ま、娘が黙っていてくれれば・・・・・。」

「違うんです!・・・・・・どうしたらいいのか・・・・・・。」

 土方の説明を遮るように、佐々木は悲鳴に近い声を上げてしまう。

「あん?どういう事だ?」

 佐々木の動揺に何かを感じたのか、土方は佐々木の言葉を促す。

「あぐりちゃんは・・・・八百藤の娘さんは私の思惑を知った上で、その手助けをしようと申し出てくれたんです。一応断りはしたんですが、どんな突飛なことをしてしまうか・・・・・。」

 そこまで言って佐々木は声を詰まらせた。

(厄介だな。)

 玄人の女であればどこまで踏み込め、そしてどこで引けばいいのか理解しているが、あぐりはごく普通の娘である。しかも恋に目がくらんだ素人娘ほど大胆すぎる行動を起しやすい。

「判った。大阪についたら島田に早飛脚を出しておく。他に気にかかることは何かないか?どんな些細なことでも構わねぇ。それが命取りになる可能性だってある。」

 土方の言葉に佐々木は一生懸命何かを思い出そうと考え込み始める。

「・・・・・・逢瀬の時、八百藤の娘さんのお供として付き従ってくる伸造という手代がちょっと気になります。その男もあぐりちゃん、もとい・・・・。」

「あぐりでいい、めんどくせぇ。」

「では失礼して、あぐりちゃんに懸想をしているらしいのです。だから恋敵の私を単純に排除しようとしているのか、それとも探りを入れに来た密偵として調べているのか皆目見当が付かなくて困っているんです。もし私の思惑がばれてしまうことがあるとしたらそこからだと思います。」

「判った。よく思い出してくれた。」

 恋敵ときたか--------------土方は内心頭を抱えたが、それを表情に出さないようにする。手代となれば主人の娘とねんごろになり、店を継ごうという魂胆もあったはずだ。そこに邪魔者が現われたら間違いなくその邪魔者を排除しようと画策するだろう。深刻な表情を浮かべている佐々木の肩をポン、と叩くと土方は荷物から紙と矢立を取り出し、島田への指示を書き始めた。



 大阪に到着した芹沢達であったが、そう簡単に岩塚が見つかるとは思っていなかった。そう言うこともあり山南は折角だからと佐々木に実家へ顔を見せたらどうかと提案する。

「これから壬生浪士組の仕事もますます忙しくなるし、いつ命を落とすか判らない務めだ。会える時に会っておいた方が良いんじゃないかい?」

 そんな山南の言葉に、いつもなら『部下をあまり甘やかすな!』と文句を言う土方も山南の提言に珍しく乗った。

「できればお父つぁんやおっ母さんにここ最近おかしな事が無いか聞いてこい。普段暮らしている人間の方がこういう事に敏感だ。」

 闇雲に大阪の街を探し回るより街中の小さな噂を拾って動いた方が確実だ。

「そうですね。ではお言葉に甘えて・・・・・。」

 副長二人に勧められては断りたくても断れないし、親に心配をかけているだけにこの申し出はありがたい。佐々木はもちろんその申し出を受けた。

「山南さん、あんたも付いていってやってくれ。万が一複数の敵と出くわしたら厄介だ。」

「そうだね。ではご一緒させて貰おうか。」

 土方は複数の敵と出くわしたら、と理由を付けたがそれだけではない。佐々木が聞き逃しそうな事も山南が隣で聞いていれば聞き逃すことはないだろう。むしろ一人仕事を抜けだして親に会いに行くという後ろめたさを感じていた佐々木にとっても、山南の同行は心の負担を軽減するものであった。

「お手数おかけします山南副長。よろしくお願いいたします。」

 そんな成り行きで佐々木と山南は佐々木の実家がある今橋へと向かったのだが、そこで偶然にも押し借りにあったばかりの店に出くわしたのだ。しかもそこは天下の大店、鴻池屋である。ざわざわとしている店先の人混みを掻き分け、山南と佐々木は鴻池屋に入ってゆく。

「失礼します。壬生浪士組の者ですが一体何が・・・・・・。」

 そう言いかけた途端、一斉に鋭く、敵意に満ちた視線が二人に向けられた。

「あんさんたち、さっきの男の仲間でっか?押し借りをした直後に顔を出しはるなんて、ええ度胸してはりますなぁ。」

 お世辞にも好意的とは言えない棘を含んだ声で、中年の番頭らしき男が山南の言葉に答える。何が何だか皆目見当付かなかったが、もしかして・・・・・という思いが頭をよぎり、山南と佐々木は視線を交わし、互いに頷く。

「あの・・・・・出来れば詳しくお話を伺っても宜しいでしょうか。実は我々の偽物が大阪や京都で出没しており、下手人を捜している途中なのです。できましたらご協力願いたいのですが。」

 山南の穏やかな話しぶりと佐々木の整った見目がこの時は役に立った。店員達はようやく先程来た男が壬生浪士組を語った偽物だと合点した。

「本当に四半刻ほど前の話です。壬生浪士組や、って男がうちにやって来て・・・・・・。」

「金品を巻き上げられてしまったのですね。ご愁傷様です・・・・・その男の特徴などは覚えていらっしゃいますでしょうか?」

 山南の穏やかな促しを受けて、鴻池屋の番頭の話は始まった。



UP DATE 2010.07.02


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夏虫第一章もあと8話&結章になってしまいました。今回のタイトルは悩みに悩んだ末結局『愛次郎、死す』・・・・・うん、タイトル付け苦手なのは自覚しております。しかし他に浮かばなかったんですよ~><
このタイトルが示すようにこの話を含めて四話は佐々木愛次郎の悲劇に向かってゆくことになります。それまでに彼が何を遺してゆくのか・・・・・他の方の話ではあまり書かれていない、壬生浪士組の一員として仕事をこなしていたという佐々木愛次郎を書ききりたいものです。(もちろんあぐりとの悲恋も。)

ちなみに今回妙に嬉しかったのは主役の沖田に見せ場があったことですかね~。時代劇さながら屋根の上で殺陣をやらせてしまいました。こういう機会がないとなかなか話に出してあげられないっていうのがねぇ・・・・・。たぶん主役っぽくなるのは池田屋以降だと思います。そこまで行くと恋愛とかももう少し絡ませる事が出来るんですが、まだまだ先になりそうです。


次回更新は7/9、岩塚捕縛を中心に書きたいと思います。
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