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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第七章

夏虫~新選組異聞~ 第七章・結

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 いつもは快適な煉瓦造りのカフェーにもじわり、と不快な湿気とうだるような暑さが忍び寄る。店に入ってきた貿易商の会社員らも暑さに耐えられず、手にした扇子を扇いでいた。
 しかし沖田老人の話を聞き終えた中越と智香子はその暑ささえ感じることさえ忘れ、呆然とした表情のまま沖田老人の顔をじっと見つめている。それほど今日の沖田老人の話は波瀾万丈だったのである。

「あの・・・・・・少々お若い二人には刺激が強すぎましたでしょうか?」

 沖田老人は少し心配そうに二人に声をかける。その一言で二人は、緊迫の幕末京都からうだる暑さの横浜にやっと引き戻された。

「あ、すみません。あまりにも予想を超えた話でしたので」

 その時中越は自分の額に汗が滲んでいるのにようやく気がついた。中越はハンケチーフで額の汗を拭くと、改めて沖田老人に尋ねる。

「それにしてもまさか近藤局長自ら沖田さんに剣を振るうなんて・・・・・・」

 確かに抜刀した興奮状態だったとはいえ、弟子を背中から斬りつけるとは中越には信じられなかった。それだけ近藤にとって『幕臣取立て』は重いものだったのだろうと思うが、それにしてもひどすぎる。憤慨する中越に対し、沖田老人は年長者の穏やかさ――――――または諦観の声で中越を宥める。

「弟子の不始末は師匠が、ということですよ」

 沖田老人は麦湯で唇を湿らせると更に言葉を続ける。

「しかし、興奮状態の私でさえも無意識に近藤先生の『私欲』を感じていたようです。尤もこれは後に土方さんに指摘されたことなんですけど――――――いくら惚れた相手が危機に直面しているとはいえ、局長であり師匠でもある近藤先生に逆らうなんてありえませんよね。仮にも武士なんですから」

 沖田老人の言葉に中越と智香子は頷いた。

「人間、価値が有るものを手に入れてしまうとそれを失いたくないと思うものです。さらに欲しいものがもう少しで手に入るとなれば尚更でしょう。新政府には極悪人の極みのように言いふらされている新選組ですが、そんな御大層なものじゃありませんでした」

 過去を見つめる沖田老人の皺が深くなる。それは午後になって伸びてきた影のせいなのか、それとも沖田老人の苦悶の色なのか定かではない。

「身分に固執するし別れた女をいつまでも想い続けもする。欲しいもののためには嘘もつくし、家族とのささやかな生活を守るために敵も斬る――――――ちっぽけで、弱い存在でした」

 沖田老人は言い切ると、いつもの好々爺の笑顔に戻る。

「では今日のところはここまでにいたしましょう。この続きは・・・・・・」

「来週の土曜日にお願い致しますわ!」

 中越が口を開く前、沖田老人の言葉を遮って言い放ったのは智香子だった。

「ち、智香子さん・・・・・・・」

 その勢いの良さに中越は声を震わせるが、智香子は臆することもなく花のような笑みを浮かべる。

「勿論私も同席させて頂きますわ!だってこんなスリリングなお話、佑さんの又聞きじゃ面白さが半減してしまいますもの」

 愛らしい顔でぐさりと痛いところを突いてくる智香子の一言に、中越は新聞記者、そして男としてのプライドを傷つけられる。さすがにこのまま言われっぱなしでは男がすたる。ここはしっかり言っておかないと後々の自分の立場に関わってくると、中越は喧嘩覚悟で異論を唱えた。

「・・・・・・ねぇ、智香子さん。仮にも僕は新聞記者なんだけど。それなのに面白さが半減する、は無いでしょう?」

 中越としては精一杯の反論だったが、やはり智香子の方が上である。表情ひとつ変えることなく中越の文句を受け流す。

「あらごめんなさい。一割も伝えられない、の間違いでしたわ。佑さんはお話を端折りすぎるんですもの」

「うっ・・・・・・」

 智香子の指摘に中越は言い返すことが出来なかった。確かに新聞記者は限られた文字数で物事を的確に伝える能力を必要とされる。それゆえ要点をまとめて伝えることには長けているが、その分面白みは無くなってしまうと中越自身も自覚していた。そこを智香子に指摘されたのである。

「ははは、どうやら勝負ありのようですな」

 中越に勝ち目はないと判断した沖田老人が仲裁に入る。その瞬間、中越は助かったとばかりにホッとした表情を浮かべた。

「ありがとうございます、沖田さん。言葉を売り物にしているはずなのに智香子さんのほうが弁が立って・・・・・・お恥ずかしい」

「なになに。男がおなごに口喧嘩で勝ったなんて話は聞いたことがございませんよ」

 沖田老人は呵々と笑いながら席を立った。

「では次回は来週の土曜日、午後二時にこの喫茶店でということにいたしましょうか」

「はい、よろしくお願い致します!」

 特に大きな事件さえなければ土曜日の午後は休みのはずだ。中越は沖田老人の提案に大きくうなずき、再び滴り始めた汗を手の甲で拭った。



 沖田老人と別れた後、中越と智香子は弁天町の大通りに面したレストランで食事をした。その後中越は仕事が残っているからと智香子と別れ職場に再び舞い戻る。
 横浜貿易新報の社内にはまだ多くの記者が残っており、明日の朝刊の締め切りに間に合うよう記事をまとめている。中越もそんな彼らに混じり、自分のデスクに着くと早速原首相の疑獄関連の記事を書き始めた。
 しかし、昼に聞いた沖田老人の話の印象が強すぎてなかなか記事をまとめることが出来ず、中越はペンを放り投げて天を仰いだ。

(もし自分が沖田老人と同じ立場になってしまったら・・・・・・)

 智香子が他の男に言い寄られることも我慢できないだろうし、その誘惑に智香子が負けてしまったら許すなんて事は出来ないだろう。沖田老人が心を病んだというのも納得がいく。

「そりゃあ心も患うよな・・・・・・むしろ沖田さんは頑張ったと思うけど」

 天井を見つめながら思わず中越は口走る。身分が全ての時代だったこともあるが、それで耐えられることとそうじゃないことがあるだろう。
 物狂いの果てに自害してもおかしくない中、沖田老人は瓦解を乗り越え、今日まで生きているのだ。その生命力、忍耐力に脱帽するしか無い。

(それにしても、どうやって二人は再会することになったんだろう?)

 沖田老人によると二人の再会場所は江戸だという。つまり小夜が京都から江戸にやってきたに違いない。そして薩長軍に占領され、混乱が続く江戸で何の約束もしていない二人が出会う確率は極めて小さい。沖田と小夜の再会はまさに運命と言えるだろう。

(だけどその話はどんなに早くても慶應四年一月以降・・・・・・いや、新選組が江戸に引き返した後に追いかけるとなると更に半月、か)

 元々『入女』には甘い箱根の関所だが、慶應四年の頃は殆ど機能していなかった筈である。それでなくても雪山を避け、多少険しいが伊豆半島の付け根を突っ切れば熱海から真鶴へ、そして東海道へと抜けられる。雪深い中山道よりはこちらのほうが可能性が高いだろう。

(ま、そのうちその話にも出てくるだろう・・・・・・あ、次回の話!)

 いつもは教えてくれれう沖田老人だが、今回は智香子の騒動があったので聞きそびれてしまった。

「う~ん。やっぱり不動堂村の屯所の話が中心だろうな・・・・・・あ、あと大政奉還を直後に迎えるんだっけ!」

 思わず声を出してしまった中越だが、その瞬間周囲の同僚からものすごい目で睨まれ思わず首をすくめる。

(まずい・・・・・・ここは職場だった)

 そう反省しつつも、中越の頭の中はすぐに沖田老人の話へと戻ってしまう。
 幕臣取り立てから僅か四ヶ月後に徳川幕府は調停に大政奉還をした。更に王政復古の大号令もあるし、本格的な激動の時代が目前に迫っている時期である。それだけではない、新選組内でも油小路の変がこの後に起こっているのだ。

(そう言えば、藤堂平助はあの戦いで死んだんだっけ)

 『労咳』を患っていた沖田老人が果たして油小路の変に参戦していたか否かは定かではないが、気になるところである。
 中越は来週に待ち受けている激動の時代に思いを馳せつつ、先ほど放り投げたペンを再び手にした。




UP DATE 2015.2.21

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波瀾万丈の第七章もようやく幕を閉じましたε-(´∀`*)ホッ
多摩の田舎から出てきた百姓のせがれ達が幕臣に―――そんな夢の様な話の影には多くの血や涙が流れております。第七章はそんな『影』の部分の話になってしまったような気がします。しかし光があるかぎり、どうしても影が出来てしまいますからねぇ・・・幕臣取り立てという眩い光ゆえに出来てしまった濃い影の存在を無視することは出来ませんでした。

ただ満月であっても中天の太陽であっても頂点を極めればあとは陰るだけ。新選組もまたその例に漏れず徐々に衰退の道をたどってゆきます。第八章はその第一歩、大政奉還~油小路の変辺りを中心に、できれば鳥羽・伏見の戦い直前まで書けたらいいな~と思っております(*^_^*)

次回更新は2/28、たぶんいつものカフェーでの話になると思います(*^_^*)
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