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「短編小説」
幕末明治つまべに草紙

幕末明治つまべに草紙~其の参・花簪の亀吉

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 それは明治十九年の春の事だった。砂煙舞う東京・日本橋の袂に立った亀吉は周囲を見回して思わず呟いてしまう。

「なんや、天子様のお膝元になって二十年近くもするっちゅうのに、東京のおなごは地味やなぁ」

 東京に着いた亀吉の、それが第一印象だった。上方に比べ着ているものも男物のように地味だし、髪に挿している簪も平打や珊瑚玉などぱっとしないものばかりだ。
 しかし、これならば亀吉の入り込む余地があるかもしれない――――――勝利を確信した亀吉は、背中に背負った風呂敷包みの結び目をギュッ、と握りしめてニヤリと笑う。

(どうやら花簪はまだ東京には入っておらんようや。せやったらわてが花簪を東京に広めたる!)

 亀吉は大阪の花簪職人だった。ふとしたことから世話になった花簪製造の師匠と仲違いをし、簪作りの道具だけを持って大阪を飛び出してきたのである。
 だが鉄道を使おうにも金を持っていない亀吉はそれを使えず、ひたすら歩いて東海道を上ってきた。大井川に至っては渡し船の代金を渋って、まだ冷たい川を泳いで渡ったほどだ。それほどの苦労をしてもここに来た甲斐があった――――――日本橋の袂に佇んだ亀吉は確信する。そして馬喰町に居を構え、早速花簪を作り始めた。



 目新しい物にはきっと飛びついてくれるはず―――――そんな亀吉の目論見はあっさりと崩れ去った。京阪では馴染み深い花簪だが、東京の娘たちの好みには合わないらしい。 花街の旦那衆や芸妓達、問屋街にも頭を下げ、果てには縁日の露店での売り込みもしたが、玄人の娼妓や芸妓を始め、市井の娘たちにも見向きもされない。ちりめん細工の花簪は平打や珊瑚玉より手頃な値段で手に取りやすいはずなのに――――――亀吉は悩みに悩んだ。そしてどんなものを作ったら付けてくれるのか、あらゆる女達に訪ね歩いていた時である。一人の芸妓が亀吉を気の毒に思ったのか、注文を出したのである。

「ではこの着物に合う簪を一つ、作ってもらいましょうかねぇ」

 二十歳を二つ三つ超えたくらいの年ごろだろうか、決して美人ではないが鉄火な雰囲気のその芸妓が見せたのは、鮮やかすぎる色合いの着物だった。少し緑がかった青色とでも言うのだろうか。昔からの日本の色味では無いことは明白である。

「実はこれも職人に泣きつかれて拵えちまった着物なんだけどね。外国で新しく作られた色なんだとさ。しかし拵えたはいいけど、これにあう櫛や簪が無いんだよ・・・・・・頼まれてくれるかい?」

 確かにこの色では平打やびらびら簪、そして珊瑚玉では華やかさに欠けてしまう。それこど亀吉の花簪の出番だ――――――亀吉は破顔する。

「承知しました。ほな、明後日までお待ちいただけますでひょか」

 ここで失敗したら後がない――――――亀吉は作業場に帰るなり、早速芸妓のための花簪づくりに取り掛かった。花街ならではの華やかさは必要だが、江戸の粋も忘れてはならない。寝る間も惜しんで幾つも作り上げたちりめん細工の花の中で、特に出来の良い物を選びぬき、簪に仕立ててゆく。

 そして殆ど一睡もせずに作り上げたのは、まるで桃の花のような花簪だった。金春色――――――後に新橋色と称される着物を春の空に見立て、その空に咲き誇る桃花、または八重桜を連想させるものにしたのだ。華やかだけど新橋芸者の粋を壊さない、江戸ならではの花簪である。

「へぇ、なかなか良いじゃないか。取り敢えず三月の頭から三日間、雛祭りに合わせて付けてみるよ」

 面倒見の良い芸妓は嬉しそうに桃色の花簪をかざす。その笑顔に亀吉も思わず顔をほころばせた。



 三日間ということで芸妓が付けた花簪だったが、その効果は予想以上のものを亀吉にもたらした。金春色の鮮やかな留袖に桃色の物珍しい花簪は人目を引き、花簪を付けた芸妓は三日間引っ張りだこだったらしい。そして艶やかな花簪の噂は瞬く間に広がり、亀吉の許へ注文が殺到したのである。
 その人気に家族や雇い人だけでは手が足りず、大阪から仲間を十五、六人呼び出し、その弟子共々ちりめん細工の花簪を作らせた。

「・・・・・・いい夢を見させてもらいましたえ。あの芸妓はんの助けが無かったら、わては野垂れ死んでいたやろなぁ」

 老後、すっかり白髪交じりになった亀吉は、知人に聞かれる度にこう漏らした。

「ところでその芸妓さんは?」

「花簪と金春色の着物を付けてひと月も経たない内にいい旦那に身請されましてね。病弱だった本妻さんに至っては旦那以上にその芸妓さんを頼っていてはりましたよ。更に子供にも恵まれまして・・・・・・新橋色が流行っているのまその芸妓はんにあやかってのことやろうとわては思うてはります」

 春の風に乗って甘酒の香りが漂ってくる中、亀吉はぷかり、と煙管をふかした。



UP DATE 2015.2.25 


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何時の世にも『一攫千金』を狙う輩はおりますが、今回の亀吉もまさにその一人でしょう。大阪で師匠と喧嘩して、江戸で一花咲かせようとしたのはいいのですが、やはり花簪は江戸では派手すぎたのかも・・・当初はかなり苦労したようです(史実です)そもそも江戸は武士の町、チャラチャラした華やかなものに対して『野暮ったさ』を感じてしまうのですよ(-_-;)
(参勤交代であらゆる大名が江戸に入ってきましたが、オサレの代名詞は『伊達者』、つまり仙台藩の殿様のセンスなのです。加賀や薩摩、京都の公家などに対しては『華やか』とは感じていたでしょうが、オサレの代名詞にはなっていない)

そんな中、助け舟を出してくれた一人の芸妓。名前は伝わっていませんが、きっと困っている人を見ると放っておけない江戸っ子気質の女性だったのでしょう。なお、新橋色はもう少し時代が下ってから流行するのですが、明治中期にはこの色が日本に入っていたということで今回花簪とタッグを組ませていただきました♪きっと新橋色の着物に桃色の簪、似合うと思うんですよね~(*´∀`*)芸妓さんが使う高級品から下町の娘が使う廉価なものまで多種多様の花簪、日本髪そのものが廃れるまでは価格も安く重宝されたようです(*^^*)

次回『つまべに草紙』は3/25、横浜の娼妓を引き立てる横浜芸妓についてのお話になります(*^^*)
(彫物の話とどちらにしようか迷ったのですが、彫物は夏に取っておこうかと^^;)




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