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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第八章

夏虫~新選組異聞~ 第八章・序

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梅雨明け宣言も間近と思われる七月の第二土曜日、中越は取材先からいつもの煉瓦造りのカフェーへと向かっていた。智香子には先に行くように伝えてあるから既に向こうに到着しているはずだ。

「しかし、豊田の話があそこまで話が進んでいたとは・・・・・・」

道を急ぎながら、中越は先程の取材のことを思い出す。豊田紡織株式会社の豊田佐吉が、二年後の大正十二年に自動織機試験工場を愛知県の刈谷町に設置するという話を聞いた。これにより布の製造は格段に早くなることが予想されるが、それと同時に多くの機織職人が職を失うだろう。豊田は機織職人の工場への雇用を打ち立てているが、どこまでそれが実現するかも定かではない。

「二年後、今より景気が良くなってりゃいいが・・・・・・まだ失業率も上がったしなぁ」

新たな機器が導入されるのは決して悪いことではない。しかしその波に煽られてしまう弱者がいることも確かだ。せめて自分達新聞記者はそんな弱者がいることをきちんと報道しなければならない――――――そう肝に銘じつつ歩き続けていたらいつの間にか煉瓦造りのカフェーへ到着していた。中越は重量感のある扉をゆっくりと開ける。その瞬間、若い女性の声が中越の名を呼んだ。

「佑さん!こっちこっち!」

案の定先に来ていた千香子が沖田老人と共に席についており、智香子が手招きをしている。その手招きに誘われるように中越は二人がいる席へと近づいていった。

「すみません、お絹さん。取り敢えず冷ました麦湯を一杯、いただけますか?その後でブラジルを薄めで」

この店に来るようになって二ヶ月、すっかり慣れてしまった注文をすると、麻のジャケットを脱ぎながら席についた。

「沖田さんすみません、今日も遅刻をしてしまって」

 席についた中越は開口一番沖田に謝り、頭を下げる。

「いいえ、お気になさらずに。それにしても今日はいつにも増して一段とお洒落をなさっているようにお見受けしますが、特別な取材でもあったのですか?」

 いつものスーツと趣が違う中越の姿に、沖田老人が不思議そうに尋ねる。

「ええ。豊田紡織株式会社の社長の記者会見に出席する機会を与えてもらったの、でちょっと品川まで出向いてきました。二年後を目処に自動織機試験工場を作るとの事で」

 すると沖田老人は『それはめでたい』と満面の笑みを浮かべた。

「ほぉ。紡績だけでなくとうとう織布まで本格的に機械化ですか!機織がますます楽になりますねぇ。昔、姉が内職で機織をしていましたが、三寸織るのに丸一日近くかかってしまうとぼやいておりました」

 確かにその点は便利になるだろう。機織に余計な時間を費やさなくても良くなるのだ。だが、職人の働き口という大きな問題があるのだ。中越は思わずその事を口走ってしまう。

「しかし・・・・・・自動織機が普及したら機織職人が失業してしまうでしょう。僕としてはその点がやはり心配で」

「なるほど、さすが新聞記者さんらしい視点ですな」

 沖田老人は愉快そうに微笑むと、手元にあったシトロンを一口含んだ。

「確かに失業は困ったものですが、人間、切羽詰まったらどうにでもなるものですよ」

「そんなものですかね?」

「そんなものです。職を失った幕臣たちもなんだかんだ言って新しい職に付きましたし、現にこの爺も剣術一辺倒だったものが、必要に迫られて鉄砲にまで手を出しました」

 それを聞いて中越は目を丸くする。

「沖田さんって、砲術も出来るのですか?」

 てっきり砲術嫌いで鉄砲には手を出していなかったとばかり思っていた沖田老人が砲術を嗜んでいたとは――――――中越は驚きの声を上げた。しかし沖田老人はただニコニコと人を喰ったような笑みを浮かべるだけだ。

「旧式の小銃だけですけどね。何せ戊辰戦争では剣は文字通り『無用の長物』でしたから・・・・・・これでも幹部の中では一、二を争う腕前だったんですよ。尤も皆鉄砲はからきしでしたけど」

 沖田老人は遠くを見つめるような目をしながら更に続ける。

「勿論鉄砲導入当時の私はかなり抵抗しましたよ。これでも一端の剣術家だと自負しておりましたし・・・・・・若者というものは意外と頑なですからね。経験や知識が無い分、既存のものに縋り付いてしまうのかもしれません。手放したところで大して困りはしないのに」

 自嘲的に沖田老人は笑う。

「大して困りはしなかったって・・・・・・だって長年修行をして、免許皆伝もなされていたんでしょう?」

 中越は驚きも露わに沖田老人に尋ねた。人生の殆どを費やして積み上げてきたものを手放すなんてそう簡単に出来るものではないだろう。現に中越自身だって新聞記者のキャリアを捨てて別の職業に就けと言われたらかなり抵抗すると確信できる。
 だが、沖田老人は『生きるか死ぬかがかかっていましたから』と淡々と話し続ける。

「ええ、そうですよ。でもやはりどんどん新たな武器が外国からもたらされる中、いつまでも刀に頼っていては命がありませんでした――――――いえ、むしろ自分の命だけだったら刀に殉じていたかもしれませんね」

「自分の命だけじゃない・・・・・・ということは、小夜先生とよりが戻ったんですか!」

 不意に智香子が歓声に近いはしゃいだ声を上げる。やはり女性である智香子は沖田老人と小夜とのロマンスに食いついてしまうのだ。そんな智香子に中越は頭痛を覚えるが、沖田老人はまるで孫娘を見るかのように慈愛に満ちた目で見つめるだけである。

「まぁ、戻ったといえば戻ったんですが・・・・・・今日はそこまで話が辿り着かないと思いますよ。なにせ幕臣取り立ての後、大幅な新選組の改変に大政奉還、王政復古の大号令に油小路の変と次から次へと事件がありましたからね」

「油小路の変というと・・・・・・あの」

 中越は表情を曇らせ、言いにくそうに沖田に尋ねる。

「ええ、本物の『藤堂平助』が殺された事件です。詳細は話の中で言ったほうが良いですよね」

 意味深な笑みを浮かべつつ、沖田老人は再びシトロンで唇を湿らせた。

「それと因縁といえば・・・・・・今日これから話に出てきます少年は、新選組の歴史の後半部分で重要な役回りをしていくことになります。特に函館で――――――」

 沖田老人は二人の顔を交互に見ながら今までにない重々しい口調で言葉を紡ぐ。

「市村鉄之助くん、っていう土方さん付の小姓になった少年です。役職柄、仕方なく配置した小姓だったんですけど・・・・・・土方さんとは実の親子以上の深い絆で結ばれていくことになるんです。今日のところは大した話にならないかもしれませんが、この少年のことは心の隅に留めておいていただけると助かります」

 その瞬間、沖田老人の言葉に若々しさが蘇り、大正の気だるい夏の空気は一気にきりりと引き締まった幕末の空気へと変化する。
 その空気感をひしひしと感じながら、中越と智香子は沖田老人の紡ぎだす世界に引きずり込まれていった。




UP DATE 2015.2.28

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幕臣取立て直後から始まります第八章は、政局的にも、そして新選組的にもかなり波瀾万丈な章になる予定です。
幕臣に取り立てられても政治は極めて不安定、この3ヶ月後にはいきなり大政奉還がありますし、佐幕vs倒幕の争いも政治の舞台から本物の戦場へと変化しますし・・・その前に新選組的には油小路の変があります。
近藤に背中を斬られ、ますます精神的に追い込まれていく沖田がどうなっていくのか、そして幕臣になった新選組に加わる新たなメンツとは・・・中越や千香子と共に沖田老人の話にお付き合いして頂けましたら幸いです(*^_^*)

次回更新は3/7、屯所に鉄砲を搬入しにきた国友村のメンツに混じっております、口の悪い少年が主人公となりそうです(*^_^*)
(以後トシは二次でもそうだったようにおっさん扱いだと思われますwww)
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